第68話 岩谷彦摩呂の決意

「なるほど。新人B級除霊師にしては、広瀬君は頑張っているんだね。彼のように若くて才能があり、地元を支えてくれる除霊師が増えるのはいいことだよ」


「そうですね、彦摩呂様」


「田舎の除霊案件をそういう秀才君に任せられれば、『天才』である彦摩呂様は、重要案件のみに集中できるのですから」


「そうだね、彼らは地方でそれぞれに重い責任を背負っている。僕たちは、この国の存続に関わるレベルの除霊依頼を懸命にこなせばいいのさ」


「さすがは彦摩呂様」


「次の安倍家当主に一番近いと言われているだけはあります」


「僕なんてまだまだだよ」


「……」




 他人様を監視する。

 おおよそ除霊師の仕事ではないけれど、私は安倍一族でも端の端。

 辛うじて安倍一族扱いされる程度のC級除霊師で、才能もお察しのとおりであった。

 除霊師としての才能に見切りをつけ、後方の非除霊部門に異動願いを出したのだが、それを了承してくれる条件が、岩谷彦摩呂の監視任務であった。

 依頼者はわざわざ口にしなくてもわかると思うが、岩谷彦摩呂が若手除霊師たちの支持を一身に受けていることに危機感を抱いている今の当主様だ。


 私も若手だからであろう。

 一定期間岩谷彦摩呂の監視任務を引き受けたら、後方の企業に回してくれると約束してくれたので、気は進まないが、これも使われ人の悲哀だと思って引き受けたわけだ。


 先代当主の急死と、その後の次期当主決定で長老会が混乱して無様を晒したことにより、今の当主は人気がなかった。

 先代よりも、圧倒的に除霊師としての実力に劣るというのも人気がない理由の一つであったが。


 やはり、安倍一族の当主は除霊師として優れていなければ。

 そんなわけで、私の監視任務は現当主の岩谷彦摩呂への嫉妬から始まったものだとばかり思っていたのだが、どうやら違うようだ。


 彼は見た目もよく、表面上のスペックもいい。

 ちょっと上から目線なのが気になるが、これは生来のお坊ちゃまであることが原因であろう。

 その天然なところも魅力だと感じて、支持している若手除霊師も一定数存在した。

 ほぼ全員が女性だけど……次期当主の妻の座は魅力的か……。

 基本的には誰にも優しいし、在野の若手除霊師の才能を素直に褒められるところなどを見れば、人間性が劣悪というわけではない。

 むしろ、善良な人間なのだ。

 その性質が、除霊師や安倍一族の当主に向くかどうかは別としてだが。


 私が捻くれているからなのか?

 岩谷彦摩呂は、正直どうかと思ってしまうのだ。

 除霊師としての実力は、間違いなく現当主よりも上だ。

 先代と比べるとまだかもしれないが、岩谷彦摩呂はまだ若い。

 先代当主と同年代になれば、もしかしたら彼よりも優れた除霊師になっているかもしれない。


 なのだが私は、彼に危ういものを感じてしまうのだ。


「楠木さん、どうかしましたか?」


「ああ、いえ。ちょっと考え事を……」


 私が当主からの監視役だと、岩谷彦摩呂とその取り巻きたちに気がつかれるわけにいかない。

 上手く彼を支持する、いち若手除霊師だと周囲に対し思わせないと。


「楠木さんが考え事ですか。気になりますね」


 後方の企業への移動を希望した私だが、実は彼と同じく日本で一番と称される大学を卒業していた。

 だからこその異動希望なんだが、彼の監視を始めた直後にそれを知った岩谷彦摩呂に気に入られ、アドバイザー、参謀扱いされ、重用されるようになったのは誤算だったな。

 私など、除霊師としてはまったく才能がないんだが……。


「封印からの解放がなった、戸高真北山と戸高盆地はさぞや動物霊たちに狙われたはず。それを広瀬裕以下六名のみですべて除霊というのは凄いと思いまして……」


 私の正体に気がつかれると困るので、とりあえず先ほど岩谷彦摩呂が話をしていた広瀬裕の話題を振っておいた。

 彼には悪いが、もし岩谷彦摩呂が彼に嫉妬でもしてくれたら、私に嫌疑をかける暇はなくなるはずだからだ。


「それを聞くと、確かに凄い実績ですね」


「地方の除霊師にしてはやりますけど、彦摩呂様には勝てませんよ」


「駄目だよ。安倍一族ではない除霊師を『地方の』などと言って低く見るのは。彼らは、彼らがなすべき義務をちゃんと果たしているのだから。それはとても素晴らしいことなのだよ」


「申し訳ありません、彦摩呂様」


「わかってくれたのならいいんだ」


 本当に、この人は悪い人じゃないんだよな。

 安倍一族以外の除霊師はマイナークラスで、自分たち安倍一族の除霊師たちはメジャークラスだと言ってナチュラルに見下しているんだが、本人にはまったく自覚がない。

 お坊ちゃま育ちだから……貴族や王様が下々の者たちが……と言っているのに等しいのだ。

 悪意はまったくない。

 となると、話題を広瀬裕に振ったのは私の失敗だったかな?


「つまり、楠木さんはこう言いたいのですね。広瀬君たちも頑張ったのだから、ここは我々もなにか大きな除霊案件をこなして、共に人々のために働く除霊師だと世間に対し知らしめる必要があると」


 いや、そんなつもりはまったくないのだが……。

 そういうのに私が参加しても、足手纏いになるだけというのもあった。


「(私は留守番でいいな……)除霊師は除霊が仕事ですからね」


「そうですね。じゃあ、ここはドーーーンと! 大きく派手な除霊をやりましょう」


 そう言うと、彦摩呂は全国ハザード心霊マップを取り出した。

 これは、日本全国にある封印された悪霊たちの情報や、危険なのでゼロ物件指定された場所などを記したものだ。

 これに記載されているということは、基本的に現時点で除霊はほぼ無理と言われているものばかりであった。


「広瀬君とは、この前安蘇人古墳で会ってね。若いのに、頑張っている印象があったよ」


 あなたも、他人を若者と言うほど年寄りではないが……。


「ちょうどここにいい封印エリアがあるじゃないか。安蘇人古墳にも近く、頑張っている広瀬君たちに対してもいい模範となるであろう。ここを除霊して解放しよう」


「ここは……さすがは彦呂様ですね」


「我々も死ぬ気でついて行きます!」


「ようし、頑張るぞ」


 私は、岩谷彦摩呂が指差した場所を見て、息が止まりそうになった。

 そこの除霊は、複数のA級除霊師が参加しても絶対に不可能、やるだけ無駄、悪霊が増えるだけと言われている場所ではないか。


 しかも、そんな危険な場所を除霊する理由が、広瀬裕にお手本を見せるだなんて……。

 やはり岩谷彦摩呂は、本心から自分の方が広瀬裕よりも除霊師として圧倒的に優れていると思っているようだ。

 そこになんの根拠もないわけだが、同時に悪意もないので困ってしまう。

 これなら、『俺様が広瀬裕よりも上だという証拠を見せてやる!』と、彼に悪意でも向けた方がマシかもしれない。


 そして、なにが凄いかって?

 そんな理由で岩谷彦摩呂たちは、成功率がほぼゼロパーセント、死亡率はほぼ100パーセントの除霊を実行しようとしている点だ。

 それに賛同する、まるで邪教の信者のような岩谷彦摩呂を熱烈に支持する除霊師たち(女性多め)。

 私は、なにか悪い夢でも見ている気分だ。


「楠木さんも準備の手伝いをお願いします」


「……わかりました」


 ここで断れば、私に疑いが行ってしまうかもしれない。

 命は惜しいので、急ぎ当主に連絡することにしよう。


 ……すぐに除霊師をやめて、普通に転職活動した方がよかったかも……。

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