第66話 古武術部

「裕ちゃん、朝だよ」



 今日も朝食ができたので、私は裕ちゃんを起こしに行った。

 最近、女の子の同居人ばかりが増えて大変だけど、いつか私と二人きりでラブラブな新婚生活を送るため、私は料理の腕を磨くのだ。


 清水さんはお嬢様なので、今のところ料理は下手。

 葛山さんも元有名アイドルで忙しかったから、料理の経験はほとんどない。

 望月さんも忍者だから……以下同文。

 葛城先輩の料理の腕前は知らないけど、あの会長の孫で裕ちゃんは避けているから大丈夫。


「裕ちゃん、起きなさい」


 いいわね。

 将来の旦那様を起こすのって。

 世間からは古い女扱いされそうだけど、私がそうしたいんだから別にいいじゃないって感じ。

 そう思いながら布団を剥いだのだが……。


「なっ! なぜ葛城先輩が?」


 先日、清水さんが裕ちゃんのベッドに潜り込んだばかりなのに、今度は葛城先輩が裕ちゃんに抱き着いて寝ていた。


「葛城先輩!」


「あら、おはよう。相川さん。もう朝食の時間?」


「ええ、準備は……って違う! 裕ちゃんに抱き着くな!」


「ああこれね。実は深い事情があるのよ」


「事情ですか?」


 もしかしたら、なにか特別な事情が……ないと思うけど、ここですぐ激高するような女は裕ちゃんも愛嬌がないと言って嫌うかもしれない。

 一応、念のため、話くらいは聞いておこうと思う。


「私が引っ越す前ね。私は、愛用していた抱き枕があってね」


「裕ちゃんを、愛用の抱き枕代わりにするな!」


 そんなことしていいのなら、まず私がそうするわよ!


「それにしても、どうして望月さんは葛城先輩を阻止していないの?」


 望月さんを除霊師として大幅にパワーアップさせた裕ちゃんは、彼女から『師匠』と呼ばれ、慕われるようになっていた。

 その尊敬の気持ちがいつ恋愛感情になるのか?

 もうなりかけている可能性は高いけど、同居するようになったのだから、せめて清水さんや葛城先輩のような横紙破りは阻止してほしい。


「望月さん!」


「ここでーーーす。おはようございます」


「どこ? って! ベッドの下かい!」


 知らなかった。

 望月さんにはちゃんと個室とベッドがあるはずなのに、まさか裕ちゃんのベッドの下で寝ていたなんて!


「おはようございます。もう朝食ですか?」


「朝食だけど、どうして葛城先輩の侵入を許すのよ!」


 それを阻止してこその、望月さんの忍びとしての役目じゃないの?


「師匠は、敵意がない人間の侵入に反応しないと聞きました。つまり、師匠がなんとも思っていない葛城先輩が師匠のベッドに潜り込んだとしても、それは師匠が許可しているようなものだからいいのです。それに、『英雄色を好む』というではありませんか。そんなわけで、忍たる私は師匠が何人の女性とつき合おうとも問題ないのです。できれば、たまに閨にお呼びいただければ……」


「忍、凄いわね!」


 いきなりの愛人志願宣言か!


「たとえ正室でなくても、私はクノイチです。男性を満足させる技術は十分」


 うっ!

 さすがは女忍者ね!

 その手の知識、及び技術、経験はすでに習得済みなのね!

 私と同じ年なのに侮れないわ!


「まあ、主に書籍及びネットからの情報収集のみですけど」


「駄目じゃん」


 じゃあ、私とそんなに変わらないじゃない。

 というか、清水さん、葛山さん、葛城先輩は……年上だから彼氏と経験あるのかな?

 でも、全然年上に見えないのよね。

 むしろ年下に見えなくもない。


 ちなみに私は、もうずっと裕ちゃんとつき合っているようなものだから!

 うん、きっとそうなのよ!


「駄目ではないですよ! 師匠に変な病気を感染す危険がないではないですか。それに、この身はもう師匠のものなのです」


「ただの護衛でしょう?」


「そうね、護衛ね」


「そういう葛城先輩は、裕ちゃんを抱き枕扱いしかしていないじゃない!」


「そうですよ。その辺で購入して、今日からは一人で寝てください。今認識しました。私以外は全員排除します。私は、師匠の安全のためこの体制を続けますので」


「裕ちゃんのベッドの下で寝ないでよ!」


「では、天井裏ですか? 私は忍なので慣れていますよ」


「どっちも駄目!」


「広瀬裕が拒否していない以上、私が一緒に寝ても問題ないじゃない。それに、広瀬裕も私くらい胸があった方が嬉しいはずよ。清水さんなんてペタンコだから。相川さんも私並みに胸があるから大丈夫なはず。葛山さんも微妙じゃない?」


「誰がペタンコですか! 私は人並みにはあります!」


「私が着痩せするのは、ファンも周知の事実よ! それに、ただ胸があればいいってもんじゃないでしょう! このお子様先輩!」


「誰がお子様先輩よ!」


 またも胸のなさを指摘された清水さんと、葛城先輩よりは胸がない葛山さんが部屋に飛び込んできて新たに参戦してきた。

 自分の悪口に敏感なのは、除霊師の特徴なのかもしれない。


「あとから来た人が、裕君に関することでも先輩面ですか?」


「そうよ! あんた裕から嫌われていたじゃないの! あのジジイのせいで」


「奴はもう死んだようなものだから」


「実の祖父に酷い言い方ですね」


「忍は非情なんじゃないの?」


「主には情が深いですよ。命をかけて守りますとも」


 また増えた!

 葛城先輩は、実の祖父である会長を切り捨ててまで裕ちゃんに?

 どうして裕ちゃんばかりにこんなに女性除霊師ばかり?

 それが、向こうの世界のパラディンの業なの?


「(向こうの世界でも、三名の仲間は全員女子だったし……というか、清水さんと葛城先輩は、世界が違っても結局仲間になってしまった……むしろ、裕ちゃんが男性としてモテているし!)」


 つまり、裕ちゃんは除霊師として強くなればなるほど、女性除霊師が寄ってくる?

 向こうの世界にいた時よりも強くなっている分、葛山さんとか望月さん以外にも、さらに増え続けていくということなのか……。


「裕ちゃん! はっ、いない!」


 つい、みんなの言い争いに意識を向けていたら、またも裕ちゃんはベッドから脱出していた。

 さらに、素早く一人で朝食を食べ、急ぎ学校に行ってしまったようだ。


「もう! 裕ちゃんとの、朝の大切な時間を邪魔するなぁーーー!」


 こうなったのは、全部菅木議員のせいだ!





「あら、先生。手作り弁当ですか? 奥様から?」


「今さらこのジジイに、婆が弁当なんて作らないさ。若い女性からだ」


「今の時代、スキャンダルはご法度ですよ」


「若い女性からだが、これはあれだな。陳情も込めたものという意味合いでいいのかな?」


「『おねだり』の間違いではないのですか?」


「うーーーん、ちょっとそれとも違うかな? 意味をくみ取るのが難しいのでな」





 朝、ワシの事務所に相川の嬢ちゃんから手作り弁当が届いたんだが、日の丸弁当で、おかずがどういうわけかワラ人形だった。

 ワラ人形はおかずにはならないので、これはあれだな。

 『私は、かなり怒っている』という意味であろう。

 なにしろ、二人きりの生活をなくしてしまい、四人の別の嬢ちゃんたちを受け入れたのはワシなのだから。

 だがな。

 その決定に、竜神会幹部である相川の嬢ちゃんの両親も反対しておらぬぞ。


 つまり、相川の嬢ちゃんは、偉大なる除霊師『広瀬裕』の正室として頑張れという意味なのだ。

 古来より、優秀な除霊師で妻が一人だった者などほとんどいない。

 今の除霊師業界全体に蔓延する危機打開のため、ワシは現代社会の常識に逆らってでも、相川の嬢ちゃんに嫌われても、広瀬裕の子を多数後世に残す覚悟を決めた。


 このままでは、あと百年もすれば除霊師がほとんどいなくなってしまう。

 それも、今の基準で言うところのB級除霊師ですらほとんどいなくなってしまうであろう。


 亡くなった剛も、生前この状況を危惧していた。

 ワシは、奴のやり残したことを完遂しなければいけないのだ。

 あと何年生きられるかわからないが、残りの人生をすべて賭けても。


「なんか、スーパーの総菜でも買って来てくれ」


「えっ? 食べるんですか? そのお弁当」


「日の丸弁当の部分は普通に食べられるのでな」


 最近、政治家も言うほど裕福ではないのでな。

 とにかく、今は節約しなければ。

 だいたい、ワシが贅沢したら、月の小遣いがようやく三万円になった裕が怒るに決まっているのだから。




「『古武術部』を立ち上げる?」


「弓道部が実質休部状態である以上、私が弓の練習をできる場所が必要だもの」




 放課後、葛城桜は、一昨日の事件のせいで休部状態となった弓道部に代わり、古武術部の立ち上げを宣言した。

 怨体に取り憑かれたせいで彼女を拉致した元弓道部の三人は、俺が『治癒魔法』で治したので怪我はしていないが、再び厄介な悪霊を見てしまったせいで、戸高市から引っ越してしまったからな。

 現在の弓道部の部員はゼロで、復活させるにしてもハードルが高いというわけだ。


「清水さんは槍術、望月さんはクナイや手裏剣の練習もできるわ」


「それはいいですね」


「私も、いちいち人気のない場所で練習するのも面倒なので」


 葛城桜の意見に賛同する千代子であったが、彼女もいつの間にか、『菅木マジック』の力で、戸高第一高校に転入していた。


「葛山さん、相川さんも、なにか護衛用でも習った方がいいわよ」


「お札だけだとキツいかもね」


「色々練習する場所を確保するために『古武術部』かぁ……。じゃあ、私は裕ちゃんから貰った棒の練習をしようっと」


「私は、ナギナタ!」


「里奈、ナギナタの経験あるのか?」


「全然ないけど、これから習えばいいのよ」


 久美子と里奈は、普段は後衛でも護身用になにか武器を習った方がいいと判断したようだ。

 久美子は、普段は笏に変換してある棒を。

 里奈はなぜかナギナタと言いだしたが、彼女が勘で決めてしまうのはよくあることだし、それが間違っていたケースも少ないので問題ないであろう。

 レベルアップのおかげで、一般人よりも早く習得できるというのもあった。


「私にもなにか頂戴」


「じゃあ、これ?」


 俺は、『お守り』から一本のナギナタを取り出した。

 会長から預かった悪霊憑きの武器の中にあった、『ナギナタは大和撫子の必須武道』だと懸命に鍛練するも、結局お嫁に行けず、悪霊化した女性が憑いていたものだけど。

 ちゃんと除霊して霊器化しているので大丈夫なはず。


「葛城先輩は、例の弓ですか?」


 結局、五億円貰ってしまったので、代わりに那須与一の弓を進呈したのだ。

 それと、千代子が使っているクナイ、手裏剣などの武器も霊器だ。

 望月家には、悪霊憑きのため曰くつきの先祖の愛用品というのが存在し、それを俺が霊器に転換して千代子にあげたわけだ。


 俺のベッドの下に布団を敷いて寝るのはやめてほしいと思うが、優秀な護衛なので仕方がないというか……。

 霊器は、報酬代わりでもあった。

 お金だと本人が受け取らないのだ。


「ここなら、弓の的を利用してクナイを投げる練習もできます」


「弓、クナイ、手裏剣、ナギナタ、刀、槍、棒……まさに古武術部ね」


「でも、大会には出られないよね? 裕ちゃん」


「当然」


 そんな暇、そもそもないし。

 というわけであろうが、残念ながら古武術部は認められず、古武術同好会として弓道部の代わりに練習場を使うことになったのであった。

 どうせ、練習も毎日しているわけではないのだけど。

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