第65話 後始末
「広瀬裕、それは?」
「霊力追跡に使う魔法薬」
「それって、日本除霊師協会直属の『除霊師探偵』くらいしか持っていない薬だって聞いたけど」
「俺は自分で作れるから」
「あんたも大概ね。だから生臭ジジイが拘るのか……」
今回の事件、会長が黒幕なのはほぼ決まりというか、奴しか黒幕はいないわけだが、ただ会長に詰め寄っても証拠がないと言われてしまえばそれまで。
そしてなにより、心霊絡みの事件なので警察はあてにならない。
除霊師はそれをいいことに、たまに霊的な現象を利用して悪さを行うことがある。
そのため、日本除霊師協会には『除霊師探偵』という私設の調査機関があるのだが、ここも会長には配慮しなければならないので、残念ながらあてには出来ないであろう。
随分と姑息な手を使ってくれるが、逆に言うと奴は俺の仕返しを防ぎにくい。
なぜなら、俺から仕返しされてもそれを警察に言うわけにもいかず、同時に除霊師探偵を動かすわけにもいかないからだ。
彼らが調べれば、自分の悪行も公にされてしまうのだから当然だ。
自分の悪行だけ隠すという手法もお勧めできない。
なぜなら、会長の権力基盤も万全というわけではなく、反体制派に知られれば困るからだ。
菅木の爺さんが、反体制派を利用しない理由がないというのもある。
というわけで、俺はただ会長が関与した証拠を掴めばいいのだ。
自作した魔法薬を解かれた封印にかけると、この場にいない除霊師か悪霊の霊力残滓が外へと続いていた。
悪霊が会長の命令で封印を中途半端に解くわけがないので、間違いなく除霊師が関与している。
なんの利益もないのに除霊師がわざわざこんな危険な橋を渡るわけがないので、会長がなんらかの利で釣って除霊師たちを動かしたのであろう。
「C級が二名ってところだな」
「霊力の残滓といっても、ただの赤い糸なのにわかるの?」
霊力残滓を探る魔法薬は、そこに垂らすと赤い糸が現れて見えるようになる。
糸の太さで、霊力残滓を残した者の霊力量が大凡わかるのだが、素人目にはわかりにくいのも事実であった。
「C級除霊師となると、会長もなにかしら弱みを握って秘密の依頼を頼みやすいな」
「人の弱みを握るとか、生臭ジジイならやりそう」
「坊さんでもあるのに……」
「お坊さんに幻想持ちすぎじゃないの? 神主と同じよ」
「それはそうなんだけど」
お坊さんにも、神職にも、規格外というか、その職に相応しくない人は一定数いるからな。
「とにかく、早く犯人である除霊師たちに辿り着かないと」
霊力残滓を探る魔法薬は万能ではない。
魔法薬でしか探れないわずかな霊力残滓など、すぐに消えてしまうからだ。
特にこの霊力残滓の持ち主は、C級除霊師でしかない。
余計に霊力残滓はすぐに消えてしまうのだから。
「急ぎ辿ればいいのね」
「そういうこと」
「ちなみに、私の霊力残滓もこんな風に細いのかしら?」
「そんなに変わらないんじゃないかな?」
「落ち込むわ……霊力があれば、生臭ジジイの干渉をかわせるのに……相川さんたちのようになれたらいいのに」
「……今後の努力次第じゃないかな?」
まさか俺に好意を持てとは言えず。
それでも随分と話ができるようになったなと思いながら、俺たちは赤い糸を辿って戸高市内を走り抜けていく。
そして、とあるビルの裏側に赤い糸は繋がっていた。
気配を消しながらビルの裏側に入って行くと、二人の若い除霊師が一体の怨体を退治する様子が確認できた。
「ふう……終わったな」
「低級怨体一体の除霊を紹介されてどうにか食い繋げたけど、これから先はわからないし、厄介な悪霊の封印を中途半端に解くなんて悪事を行ってしまって……でも、相手は会長だからな」
「バカッ! それを言うな! 俺たちC級除霊師でも下の方は、時にはそんな仕事を引き受けてでも、食い繋がなければ生きていけないんだよ! 会長だって、そういう俺たちを重宝してくれるはず。霊力が少ない分を偉い人との関係で補わなければ、俺たちは除霊師としてやっていけないのだから」
「もしもの時、切り捨てられる可能性もあるだろう」
「今は大丈夫だ。大体、先のことを考えられるほど、俺たちに実力と余裕はないんだから」
「なるほど。やっぱりあの会長の命令か」
「何者だ? いつの間に!」
「気配を消されていたんだ!」
ちょうどいいタイミングで、二人のC級除霊師たちの話を聞けたのは好都合だった。
この二人、きっと運がないんだろうな。
「上手く録音できたわね」
そして俺が言うまでもなく、葛城桜は自分のスマホで二人の会話を録音していた。
「これ、除霊師探偵に渡せばいいのかしら?」
「それはやめろ!」
「未成年じゃないか。なら、奪い取ればいい!」
「でも、なぜか体が動かないぞ」
「そんなわけが……本当に体が動かない……」
自分たちの悪事を葛城桜に録音されてしまった二人は、彼女のスマホを実力で奪い取ろうとするが、すぐに自分たちの体が動かないことに気がついた。
それもそのはず。
気配を消して彼らの後ろに立った時点で、俺がちゃんと細工をしていた。
細い霊力の糸で紡いだ網で、二人の体ではなく霊体を絡め取っていたのだ。
「下手に動くと、霊体と肉体が離れてしまうけど」
「広瀬裕、どうなるの?」
「霊体離脱したような状態になるな」
無理をすれば体は動くが、霊体の方は網に絡め取られたままになる。
霊体が分離した体は、網から逃れた時点で動けなくなるし、死んではいないが霊体が入っていない肉体など、悪霊たちからすればすぐに乗っ取れる最高の器でしかない。
生きている人間が、肉体と霊体を分離させるメリットなど皆無なのだ。
霊体が分離して動けない肉体では、俺と葛城桜を捕らえられないというのが一番大きいが。
「要するに、ろくなことにならないというわけね」
「クソッ! どうして俺たちはこんな目に……」
「除霊師として上手く行かないからって、偉い人に縋ろうとするからだな。除霊師は、最後には自分の実力のみがものを言うのだから」
会長の命令に従って汚れ仕事をしたとしても、向こうはそのことで恩義など微塵も感じない。
逆に二人は、会長にとって都合の悪い悪事を知る身になってしまった。
会長が二人を邪魔だと思えば、逆に二人を除霊師協会から追い出すことだってあり得るのだから。
「そんなぁ……」
「俺たちはどうすれば?」
「何食わぬ顔で普段の生活に戻る。真面目に浄化をこなし、時間をかけて力量を上げるしかないな。二人は会長の弱みを握っているが、同時に共犯でもある。もしもの時、一番の悪党である会長は逃げ延び、あんたらはトカゲの尻尾切りで除霊師協会を追い出されるかもしれないな」
「そっ、そんなぁ……」
「俺たちレベルの除霊師が、日本除霊師協会を追い出されたら……」
実は、除霊師協会に所属せず、己の実力のみでやっているフリーの除霊師もいるが、その数は非常に少ない。
実力がない除霊師がフリーになるなど、これ以上不利なことはないからだ。
一匹オオカミでやるからには、高い実力が必要というわけだ。
もしくは、除霊師の名を語る詐欺師でしかないのいうのが実情であった。
「というわけで、明日から平穏な除霊師ライフを送りたいのであれば、ちょっと協力してもらおうかな」
「協力って、なにをすれば?」
「会長に直談判して落とし前をつける」
「げっ! そ、そんな危険なことをするのか?」
「ヤバイだろう! それは!」
俺が会長に直談判しに行くと言ったら、二人の除霊師はあからさまに嫌そうな表情になった。
俺たちを巻き込まないでくれと言った感じだ。
「封印の中途半端な解除、という罪があるんだ。諦めて俺に協力するんだな。第一、霊力の網から抜け出せるのか?」
なんのためにこんな回りくどいことをしていると思うんだ。
お前たちも、交渉の材料として連れて行くに決まっているだろうが。
「逃げられない!」
「クソッ! 放せ!」
「覚悟を決めるんだな。俺が交渉を成功させたら、あんたらは明日から普通のC級除霊師に戻る。できなければ、除霊師は廃業して他の仕事で食っていくしかないだろう」
「とほほ……」
「覚悟を決めるしかないのか……」
「では、ご同道願いましょうか」
俺たちは。二人の除霊師を逃がさないよう、急ぎ日本除霊師協会戸高支部に向かうのであった。
「会長ですか? そういえばいますね」
「だと思った」
「だと思った?」
「いえ、ただの独り言なので気にしないでください」
拘束している二人の除霊師もいるので、普段とは違って支部のビルがある裏口から入ると、一人の若い職員が俺たちに声をかけてきた。
会長はいるか聞くと、彼はこの戸高支部にいると答えた。
あれだけの小細工を命じたのだから、本人がいて当然なのだが、念のために聞いてみたのだ。
「最上階の貴賓室にいますよ」
「ありがとうございます。ところであなたは、会長の側近かなにかで?」
「……よくおわかりで……。秘書の鮫島と申します」
「普通は、いきなり裏口から入ってきた若造除霊師一行を会長の元に案内しないでしょう。状況は理解してるはず」
「坂田亮介の悪霊が無事除霊されたそうですね。あれはかなり厄介な悪霊だったので、会長もお喜びですよ」
この鮫島とかいう男。
本当に、本心からそう思っているのか?
そんなわけはないか。
「ただ、除霊に少し手間がかかってね。経費を請求に来たんですよ」
「ほほう。少し足が出てしまったと?」
「ええ、ほんの少しね。そこで、どこにでもいるB級除霊師としては、会長様におすがりしたいわけですよ」
「なるほど状況は理解できました。では、ご案内いたしましょう」
俺たちは、鮫島という男の案内で会長がいる貴賓室へと移動する。
「(広瀬裕、あの男、白々しいわね)」
「(とんでもなことに巻き込まれた)」
「(だから、地道に浄化を続けようって……)」
葛城桜は鮫島という男を怪しみ、二人の除霊師は会長から汚れ仕事など受けなかった方がよかったと大いに後悔していた。
葛城桜の言うとおり鮫島という男は怪しいし、愚痴を零す二人をいちいち相手にするのも面倒くさい。
などと思っていたら、会長がいるという貴賓室の入り口ドアの前まで辿り着いた。
「どうぞ、お入りください」
「鮫島さんは入らないのかな?」
「私程度の者が、大事な話合いの席に参加できませんので」
「どんな話をするか、どんな結果になるか、容易に想像がつくから入らなくてもいいのか?」
「私はエスパーではないので。未来は予知できませんよ」
「そうかもしれないな」
一緒に入らないのなら仕方がない。
俺たちは、鮫島という男を置いて貴賓室へと入った。
すると、会長はノンビリとソファーに座って、お茶を飲んでいた。
いかにも余裕綽々といった態度だ。
本心は知らんがな。
「さすがではないか。戦中から、八十年近くも封印されていた坂田亮介の悪霊を除霊するとは。拙僧はこの功績に報いようと思う」
「功績に報いるねぇ……そういえば、坂田亮介の悪霊って報奨金指定されていないんじゃあ……」
古から、厄介な悪霊には報奨金がつくケースがあった。
多額の報酬を出し、除霊師のやる気を出そうという意図だ。
一番景気がよかったのはバブル経済の頃で、不動産は金になったので、条件が微妙な土地や建物をを占拠する悪霊に対しても億単位の報奨金が出されたそうだ。
のちにバブルが弾けると、報奨金はよほど条件のいい土地を占拠している悪霊以外まったくでなくなってしまったのだが。
報奨金は、浄化、除霊報酬の上増し扱いなので、デフレ不況で金がない日本の企業や組織、人が出すわけないという。
「それが偶然にも、三億円の報酬が上乗せされていてな。あそこは学校に近い場所なので、以前から日本除霊師協会戸高支部も苦慮していたのだよ」
「なるほど」
つまり会長は、俺が無事葛城桜を救い出し、坂田亮介の悪霊を除霊すると確信していたわけか?
だから、自分の孫娘を?
一つわからないのは、坂田亮介の悪霊が外に出した怨体たちが、必ず弓道部の三人を狙う保証がないという点だ。
あの三人にしても、必ず葛城桜を拉致して封印がある場所まで連れて行くとは限らない。
別の人間を標的にした可能性の方が高いわけで……なにが、坂田亮介の悪霊が出した怨体が弓道部の三人を……などと考えていたら、部屋の外からわずかだが、霊力の揺らめきを感じた。
「(鮫島……細工の本命は、あの男か?)」
彼なら、現時点でもB級除霊師程度の霊力を感じたので、そういう工作もできるはず。
会長がトップである無間宗に、それを助ける霊的なアイテムもあるだろうからだ。
「三億円ですか」
「安くて不満かね?」
会長の顔は笑っていたが、目の奥はまったく笑っていなかった。
今回の事件のお詫びに三億円はやるが、このことを公にするなというわけか。
まったく、自分の地位を乱用して力技でくる坊主だな。
「基本額はそれでいいと思うのですが、色々と経費がかかりましてね」
俺がそう言うと、葛城桜は先ほどスマホに録音した二人の除霊師の自白を、そのまま流した。
今回の事件の黒幕は、会長であるという二人の除霊師の自白だ。
「お爺さまぁ~~~私を助けてくれた広瀬裕さんに、もっと配慮してあげて」
続けて、猫なで声で会長に懇願する葛城桜。
普段の彼女を知っているのなら、隔意ある祖父に対し『お爺さま』なんて絶対に言わないはず。
つまり、彼女も完全なグルというわけだ。
俺が指示したわけではないが、上手く合わせてくれたというか……これまで散々自分を翻弄した祖父に対する復讐なのであろう。
「……」
ここで証拠などないと言い張ることもできなくはないが、もしそれをしたら、今回の事件の真相を知ってしまった葛城桜が、容赦なく外部に事実を暴露するはず。
それがわかっているので、会長は静かなままであった。
「この録音内容、菅木の爺さんが欲しがっていたような……あの爺さん、とても変わっていて、真実の暴露芝居収集マニアなんだ。事実じゃなくても、大物政治家だから上手く活用する狡さがあるよね」
「大物政治家あるあるなの?」
どうせこの会長を完全には追い込めないし、この会長が辞めて別の会長がこちらに干渉してこないとも限らない。
証拠の二人をトカゲの尻尾切りにしないことを条件に、報酬の大幅上乗せで終わりだな。
やらかせば金を吸い取られるということを会長が学習してくれれば、自然と俺や葛城桜に対する干渉は止まるはず。
なにしろ、会長や無間宗だって資金は無尽蔵ではないからな。
「経費か……あと二億円出そう」
「(まあこんなものか……前回と合わせて十億円だからな)」
「お爺さまぁ~~~もっと出してあげて。桜のお願い。でないと、今回の事件の真相、東京でお爺さまに反抗的な幹部の人たちに話してしまうかも。私、バカで口が軽いのぉーーー」
「(ぷっ、えげつねえ)」
ここで、祖父に対し可愛く強請るフリ……口調はともかく、内容は完全に脅しだよな。
会長も、葛城桜の発言に顔を歪めていた。
まさか、ここまで露骨に孫娘に反抗されるとは思っていなかったのであろう。
「もう二億……」
「えっ、五億も追加してくれるの! ありがとう、お爺様」
「……五億だな」
気を抜くと笑ってしまいそうだ。
報酬と同じ額の経費を要求し、合計で十億円もふんだくろうとしているのが実の孫なのだから。
相変わらず、会長は渋い顔をしていた。
このところの大出費。
すべて日本除霊師協会の予算で出せるはずもなく、相当な額を自腹で支払うことになったからであろう。
「坂田亮介の悪霊が出した怨体に取りつかれた三人ですが、意識は失っていたものの、どうやら無傷みたいですよ」
「それはよかった」
「ええ、怪我人が出ないのは一番ですね」
「そうだな」
俺は正義を追及する警察官ではない。
要は会長は俺に干渉してこなければいいわけで、大金を奪うのはその目的のための方法でしかなかった。
勿論、除霊で無料働きはゴメンというのもあったけど。
「桜、これからのことだが……」
「高校を卒業するまでは、広瀬裕さんのところで真面目に修行して、凄い除霊師になりたいですぅ」
「……そうか。それがいいな……」
自分の孫娘のブリッコ口調に顔を引きつらせながら、彼は戸高市に残ると言う葛城桜の考えに賛同し、秘密の話し合いはこれにて無事に終了したのであった。
「ああ、似合わない口調で喉が変になったわ」
自宅マンションへの帰り道、葛城桜は声を『あーーー、あ―――』と出しながら元の口調に戻していた。
「俺も、あの口調はどうかと思うけど。それにしても、ふんだくったな」
「いいのよ。無間宗はお金があるから」
「宗教って儲かるのかね?」
「それは、それぞれじゃないかしら?」
「報酬だけど、半分の五億は葛城先輩のものだな」
俺が釣り上げた金額ではないし、あって邪魔にならないだろう。
彼女がいつ、俺たちのマンションを出て行くのかは知らないが、それならお金はあった方がいい。
女子高生が持つにしては大金だけど。
「いいわ。あなたにあげる」
「でも、五億円だからなぁ」
子供のお小遣いでもあるまいし、五億円をポンと貰うのはどうかと思う。
「なら、私を強くしなさい! 望月さんは、私よりもあとに来たのに強くなった。その秘密を五億円で買うわ。今日の事件で実感した。除霊師は強ければなんとでもなる。五億円だって、強くなりさえすれば簡単に取り戻せるはず。違う?」
「強くなれば、数年で取り戻せるかな」
この世界の除霊師はレベルが低いので、強い除霊師は本当に稼げると聞いた。
実際俺もそうだしな。
「あなたに教わるのも悪くないわ。なんと言っても、あの生臭ジジイを二回も凹ませた男だからね」
葛城桜は、祖父に対し嫌いなだけではなく、もっと複雑な感情を秘めているのかもしれないな。
俺が、会長を越える除霊師だから気に入ったということは、やはり祖父である会長を気にしているのだから。
「……あれ?」
「どうかしたか?」
「ねえ、私の脳裏に浮かぶゲームのステータスのようなものはなに?」
「……なんだって!」
「これが秘密なのね! ちゃんと教えなさいよ!」
どうやら、今回の事件のおかげで、俺はこの世界の葛城桜に気に入られ? 好意を持たれてしまったようだ。
五億円のこともあるので嘘をつくわけにもいかず、俺の周りには女性除霊師しか集まらないという法則が再び発動してしまったのであった。
「会長、大丈夫ですか?」
「大丈夫さ」
「雰囲気からして、随分な出費をなされたようですが……」
「まあな」
随分と金がかかったのは事実だが、これも広瀬裕という逸材に拙僧の孫の桜を意識させるため。
その程度で十五億円もと思う者は多かろうが、これは拙僧の意見ではない。
拙僧も広瀬裕の才能には目をかけているが、さすがに十五億円も使うかと言われるとな。
「奥様に叱られませんか?」
「かもな。拙僧の奥は恐いのでな」
「無間宗をあそこまで大きくした逸材ですからね」
無間宗は仏教系宗派の中でも資金力がある方だが、数十年前、拙僧が跡を継いだ時にはそうでもなかった。
拙僧が除霊師として活動し、その報酬で赤字を補填していたくらいなのだから。
結婚した奥が無間宗の金庫番になってから、無間宗は大きくなっていったのだ。
その奥が、『百億円までなら好きに工作しろ』と言うものだから、拙僧も金を惜しむ必要がなかったというわけだ。
実際、拙僧の姑息な策は二度も広瀬裕に叩きつぶされ、二度目は桜も一緒になって拙僧から金を奪っていった。
ある種の共犯関係になったということは、二人の関係が近づいたというわけか。
「(こんな姑息な策に日本除霊師協会の金を使うわけにいかず、結果的には拙僧の完全持ち出しで、坂田亮介の悪霊が完全に除霊された。会長として功績は得られたか)」
さすがに今、広瀬裕をA級除霊師にしてしまうと問題なので、高校卒業間際くらいにA級にしてしまえばいいし、あの男の周りには優れた女性除霊師が多い。
桜もそれに入れるようになれば、確かに奥の言うとおり十五億円など安いものか。
あとは、うちの桜が広瀬裕の子供でも産んでくれれば、まさしく奥の狙い通りなのであろう。
「鮫島、次の予定は?」
「広島支部です」
「わかった」
桜は自ら残るというほどやる気を出してくれたし、暫くは拙僧が余計なことをしない方がいいだろう。
幸い、桜は奥を嫌ってはいない。
彼女に任せるとしよう。
拙僧は基本的に、奥の言うとおりに動いて成功してきたのだから。
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