第63話 坂田さん
「ふう……風呂はいいな」
除霊師として名をあげていくと、色々とあって大変だ。
忍の方の望月家からの依頼で、昔任務の途中に息絶え悪霊化した忍者たちの霊を集めていた『忍墓地』を除霊したのだが、その報酬の一部が千代子であったのには驚いた。
俺が除霊師としての稽古をつけていたのもあるが、元々忍としても優秀だそうで、俺になにかないように傍で護衛をするそうだ。
そんな護衛と言われても……と思ったのだが、菅木の爺さんに言わせると、俺には意外と隙があるらしい。
『悪霊の気配には敏感なくせに、どうして清水の嬢ちゃんにベッドに潜り込まれるのか……』
『悪意がないからだな。暗殺者ならすぐに気がつくぞ』
『その手の暗殺者の中には、感情のコントロールが得意な奴もいる。裕に接近するまで一切の感情をなくし、一瞬で心臓にナイフを突き立てられたら終わりではないか』
『今の日本に、そこまでして俺を殺そうって奴がいるのか』
『今のところはいないが、将来はわからないな。だから、今のうちに備えている』
『菅木の爺さん、案外暇なんだな。政治家は、もっと経済政策とか外交に集中したら?」
『してるだろうが! 優秀な除霊師と経済は密接に繋がっている。都心の真ん中が悪霊の巣になった時、対応できる除霊師がいなければ、いったいどれだけの損害が出るか。そういうことに備えるのも政治家なのだ。霊を信じない間抜けが足を引っ張るので、こういう仕事は大変なんだ』
『なるほどね』
『部屋は余っているのだ。望月の嬢ちゃんも同居だな』
『その目的のための、最上階のエグゼクティブルームだったんかい』
『でなきゃ、ただの高校生をそんな部屋に住ませるか。まあ、頑張れよ』
『なにを頑張るんだよ?』
そんな会話があり、望月千代子もうちに同居することになった。
幼馴染の巫女、安倍一族の優秀な美少女除霊師、元トップアイドルにして神の歌い手、優秀なクノイチにして除霊師でもある少女。
そして、日本除霊師協会会長の孫娘。
それだけ同居しても部屋が余っているエグゼクティブルームは凄い……じゃなくて、俺はこれからどうすればいいのだ?
菅木の爺さんの思惑どおり、ハーレムでも作れってか?
「師匠、お背中流しますね」
「えっ? えっ?」
そんなことを考えていたら、いつの間にか後ろにバスタオルを巻いた千代子がいて、俺の背中を流すと言ってきた。
さすがは忍者。
気配の消し方はプロ級であった。
悪意、殺意がないので、やはり気がつきにくいな。
「師匠、この望月千代子。死ぬまで師匠を守りますので」
「随分と長い話だな……」
「なんのこのくらいです。師匠のおかげで、私は除霊師としても忍者としても大きく実力を増すことができました。その恩を一生かけて返しますので」
「そんなに気負わなくていいよ」
レベルを上げたのは、あくまでも自分なのだから。
育ったと思ったら、すぐに巣立って構わない……千代子の場合、そんなわけにはいかないのか……。
ったく、あの会長め。
日本除霊師協会における自分の影響力を確保するため、千代子が強くなったことを、彼女の元の実家である望月家に流して恩を売るから。
ついでに、千代子が元の実家に戻されれば、俺が今うちにいる葛城桜の面倒をこれまで以上に見ると思っている。
菅木の爺さんの分析では、そういう意図もあるようだ。
肝心の葛城桜は、祖父への反発と、自分の人生に悩んでそれどころではないけどな。
「千代子は、葛城先輩みたいに悩まないのか」
「前は悩んでいましたけど、もう解決したので。さあ、お背中流しますね」
「そこまでしなくてもいいかな」
「師匠はなにも気にせず、そこに座ったまま私のお世話を受ければいいんですよ。なにしろ、私の師匠ですから」
「そこまで言うのであれば……」
「あっ、体を洗うスポンジがない! 仕方がないので、私の体で直接洗いましょう」
「ええっーーー!」
どうしてそんな急に、そんな話に?
ここは風俗店じゃないんだぞ。
実際に行ったことがないので、あくまでも予想でそう思っただけだが。
「師匠はお気になさらず、私が勝手にしていることなので。では……あがっ!」
「なにがお気になさらずですか。まったく、これだから忍者は油断なりません」
「涼子まで?」
まるで某風俗店のサービスみたいに、俺にボディー洗いをしようした千代子を阻止すべく、やはり体にタオルを巻いた涼子も風呂に乱入してきた。
どうやら忍者である千代子に先を越されたようで、慌てて風呂場に飛び込んできたようだ。
「涼子さん、いきなり人の頭をはたかないでください」
「はたかれるようなことをしたからでしょう。いいですか。あなたは、裕君と知り合ってまだそう時も経っていないのですから、ここは相川さんの次につき合いの長い私が、裕君の背中を流してあげるのが筋というもの」
「久美子さんじゃないんですか?」
「おほん、確かに体を洗うスポンジがないですね。ここはマッサージも兼ねて、私が直接手で洗いましょう」
「そこまでしなくていいからさ」
「裕君、遠慮は無用ですよ」
と言いながら、涼子が怪しげな笑みを浮かべながら両手をニギニギさせながら接近してくる。
これは逃げられない……逃げられないわけないけど、別に逃げる必要はないかなと思ったその時……。
「嫌ねえ、なんか必死すぎて笑えるわ」
「はっ! 葛山さん?」
「真打ちはあとから登場するのよ。裕、私が背中を流してあげるわ」
続けて、三人目となる里奈が、やはり体にタオルを巻いただけの状態で風呂場に入ってきた。
「私が背中を流してあげるなんてシチュエーション。ファンなら大金を積んでもやってほしいと思うくらいの名誉なんだから、ありがたく受け取りなさい」
確かに、自称元トップアイドル、今は地域限定アイドルの里奈の人気は本物だ。
むしろ、トップアイドル時代よりもコンサートチケットの入手が困難だと言われていた。
テレビや雑誌などのメディアにも一切顔を出さなくなってしまったので、唯一彼女を生で見られるコンサートにファンが殺到していたのだから。
そんな彼女が他人の背中を流すなんて、まずあり得ないのは確かであった。
「涼子、つき合いの長さなんて関係ないって。裕に生霊のストーカーを退治してもらったあの時から、私と裕は運命の糸で結ばれていたのよ。だから、あなたたちは引っ込んでなさい」
「ふっ、地域限定アイドルがなにを言うのかと思えば……。それは、裕君が真面目に仕事に取り組んだだけじゃない。私なんて、お父様亡くなって悪霊化してしまった時、裕君はお父様との最期の時間を作ってくれた。ただ強いだけじゃなく、人間としての懐の広さもある。だから私は、安倍一族なんてゴミ箱にポイして、一生裕君について行くって決めたの」
いつの間にか、涼子の中で俺がもの凄く評価されている。
評価されているがゆえに、三人の争いは余計に激しさを増していた。
というか、風呂くらい普通に入らせてくれ。
さて、どうやって逃げ出そうかなと考えていたら、ちょうどいいタイミングで風呂場の外から声がかかった。
「裕ちゃん! 夕食の準備できたわよ!」
「はぁーーーい! というわけでお先に」
「「「ええっ!」」」
三人の驚きの声を無視して、俺は急ぎ風呂場からの脱出に成功した。
そして、すぐに着替えてからリビングのテーブル席に座る。
「裕ちゃん、今夜は牛丼にしたよ。外食のよりも野菜多めで」
「牛丼うめえ」
やっぱり、久美子の手料理を食べていると元の世界に戻ってきた実感があるな。
この世界ではわずか一分間の出来事だったが、俺が三年間死霊王デスリンガーと戦っていたのは事実なのだから。
「(三人とも、裕ちゃんを理解していないわね。無理押しだと引いちゃうのに)」
「久美子、なにか言った?」
「お替りあるよ」
「いる!」
向こうの世界での三年を含めても、俺はまだ二十歳前。
高校一年生に、結婚相手の話なんてされてもなと思う。
菅木の爺さんは、もうすぐ死ぬ年齢だから焦っているのだろうけど。
「葛城先輩、どうかしましたか?」
「別に……モテる男は大変ね」
そんな俺たちの喧騒をよそに、一人静かに夕食を食べる葛城桜であったが、なにか考え事をしているようだ。
祖父である会長のこと。
将来のことなど色々と悩んでいるのであろうが、俺もそれなりに日々色々とあって大変なのだ。
それに彼女は、向こうの世界で一緒に戦った葛城桜とは別人である。
仲間という意識はなく、早く会長の元に戻ってほしいというのが俺の本音であった。
「……なにかしら? 私は弓道部を退部した人間。もう関係ないはずよ」
「まあまあ、そんなことを言わずに」
「また戻ってくればいいのですよ」
「……」
翌日の放課後、帰宅しようと玄関に向かう途中で顔見知りに声をかけられた。
私が以前所属していた弓道部の部員たちだ。
彼女たちも那須与一の弓のせいで悪霊絡みの事件に巻き込まれたのだが、事件後の彼女たちは広瀬裕の介入を招いた私を散々に責め立てた。
『部活動自治に対する、明白な妨害行為への加担』。
理由はいかにもそれっぽいものだが、結局のところは、経済的に苦しい新入部員が持ち込んだ悪霊憑きの霊器への対応で大失敗し、恥を糊塗するために私や広瀬裕たちに勝手に隔意を抱いているだけなのだ。
新入部員からして、実は校内の生徒ではなく忍者の望月さんだった。
まさか、偽部員が校外から入って来るとは予想していなかったのだろうけど、この件でも弓道部は校長や生徒会から叱られた。
公に出来ない案件なので内々で叱られただけだけど、悪霊絡みであったために注意しないわけにいかない。
霊を信じていないのに、霊のことで叱られる。
理不尽に感じるのも当然ね。
さらに、先日の事件のせいで弓道部は部員がわずか三名にまで減ってしまった。
勝手に私に弓の除霊を依頼した件で、蚊帳の外に置かれていた部長とも言い争いになり、部員たちに呆れた彼女は、早々に部活動を引退してしまったそうだ。
実質退部したに等しく、もう弓道部には関わりたくないと言っていた。
そんなことがあっても、この目の前の三人は弓道部に残っていた。
三人なので部活動の要件を満たさず、もし来年までに部員が五名にならなければ同好会へと転落してしまう。
そうなれば部費の支給も止まってしまい、道具代などで色々と金がかかる弓道部はますます廃部へと近づくであろう。
だから、一度追い出した私を再び入部させようとしているわけだ。
彼女たちの顔を見ると『仕方がないから入れてやる』と言った表情をしており、元から弓道部に戻るつもりなどないが、私はただ呆れるしかなかった。
「聞けば、葛城さんのお祖父さんは日本除霊師協会の会長なんですってね」
「だからなに? 弓道とは全然関係ないじゃない」
私に生臭ジジイの話をするなんて、というかあなたたちは霊なんて信じていなかったはずなのに。
というか、彼女たちにとって霊なんて自分に利があれば信じているフリをして、利がなければ信じない。
その程度のものなのだろうと思う。
ただ私の祖父が力のある組織の会長だから擦り寄ってきた、という風にしか見えなかった。
「弓道部は、来年度に新入部員が入らないと同好会に格下げになってしまうの」
「そうなったら、生徒会から予算がほぼ全額執行されないわ」
「今は葛城さんを入れて四人にして凌いで、来年度に最低でも一人は新入部員を入れて五人にする」
「それしか、弓道部が生き残る方法はないわ」
確かにそれしかないだろうが、あれだけの騒ぎを起こしたくせに好き勝手なことを言ってくれる。
今さら私が、弓道部に協力すると思っているのであろうか?
「弓道部の現状は、散々自分勝手なことをした報いじゃない。地道に部員を集めるしかないんじゃないの? 少なくとも、私は戻るつもりはないわよ」
弓道部に戻るつもりはないと断言したら、彼女たちは信じられないといった表情を一斉に浮かべた。
弓道が好きな私が戻らないとは考えなかったのであろう。
同時に、その表情には怒りも混じっていた。
「(情けをかけてやったのに……って思っているのね)別に、弓道は部活でなくてもできるわ」
生臭ジジイと、菅木議員のせいで今はここから動けないけど、そのうち絶対にここを抜け出して弓道ができる環境に戻るつもりなのだから。
「葛城さん、そもそも今の弓道部が窮地に陥ったのは、あなたのせいでしょう?」
「そうよ! 葛城さんは私たちに償う義務があるのよ!」
「いくら偉い会長の孫だからって、自分だけ責任から逃れて、もう弓道はできないって悲劇のヒロイン気取り? いい気なものね」
「言ってくれるわね」
生臭ジジイのせいでとことん祟るわね。
私もあいつの被害者なのに……。
「言い方が回りくどいわよ。それで、なにをしてほしいのかしら?」
彼女たちがほしいのは、端的に言えば『お金』。
弓道部が同好会落ちを避けられるとは思えないので、来年度以降の部費の補填を求めているのであろう。
私が日本除霊師協会会長の孫だから、ゴネれば金を取れると思っているのだ。
広瀬裕も候補に入っていたはずだけど、そんなことを彼に言っても鼻で笑われるはず。
私の方が金を取りやすいと思ったからであろう。
そんな暇があったら、アルバイトでもして部費を確保すれば……彼女たちは自分たちを被害者だと思っており、それを微塵も疑っていないので無理でしょうね。
自分たちにも悪い部分があったなんて、絶対に認めないはず。
三人でつるんでいるから、ある種の群集心理が働いて、余計に反省するなんてあり得ないか。
「あなたたちに、そんなことをする義務はないわ。当然、義理もね」
弓道部の部員が減ってしまったのは、あなたたちの無責任な偽善行為と、非見識な行動のせいじゃない。
彼女たちのミスを私が尻拭いする必要なんてないわ。
「わけのわからないことを言っている暇があったら、部長さんと辞めた部員たちを説得すれば? ……あなたたち!」
彼女たちの要求を拒否して立ち去ろうとしたら、突然三人に取り押さえられてしまった。
同時に、首筋に冷たいものが押し当てられた。
まさか、刃物?
「犯罪だと思うけど」
「大丈夫よ」
「だって、坂田さんが力を貸してくれるから」
「心霊絡みで事件を起こしても、心神喪失状態扱いで事件にならないのよ」
「あなたたち……」
この三人、どこか様子がおかしい。
私が除霊師として未熟だから今まで気がつかなかったけど、よく見るとこの三人には悪霊が……いや、悪霊が憑いていたら最悪彼女たちは死んでしまっている。
悪霊に見えるけど、多分怨体のはず。
目を凝らすと、三人には同じ姿形の怨体が憑りついていた。
「坂田さん?」
「坂田さんは言っていたわ。あなたが死ねば、弓道部は復活するって」
「坂田さんは言っていたわ。除霊師を殺せば、弓道部は廃部にならないって」
「坂田さんは言っていたわ。除霊師は俺が殺すって。だから私たちは罪にならないの」
「……」
駄目だ。
この三人は、どういう過程でこうなったのか知らないけど、怨体を複数出していた悪霊に操られている。
死んでいないということは、その悪霊本体は現時点では封印されていると推測できるわ。
そんなことがわかっても、私は三人に捕らえられて逃げられないのだけど。
怨体に憑りつかれたせいでこの三人、力を加減しないで出し切っている。
弓道は弓を引かなければいけないので、一般人が思っているよりも力がある。
最初、弓を引けるようになるまで筋トレをするから、他人が思っている以上にキツイ武道なのだ。
私も同じだけど、この三人も弓道部なので一対三は辛いわね。
逃げ出そうにも、全力で抑え込まれてしまっている。
「(お札もない……)」
今日も夜に浄化の仕事があるけど、まさか学校にお札を持ち込んでいるわけがなく、三人に憑りついた怨体を浄化するのも難しかった。
私の霊力では、お札ナシで三体も怨体を祓えるわけがないのだ。
「さあ、行きましょう。坂田さんの元へ」
「坂田さんは強い霊なのよ」
「きっと、広瀬裕にも余裕で勝てるんだから」
坂田なる悪霊の真の目的は、強い除霊師、つまり広瀬裕というわけね。
そして、私は彼をおびき出すオトリでしかない。
実力差から考えてそれは仕方がないのだけど、また彼に迷惑をかけるのか……。
生臭ジジイのせいで、相当な厄介者扱いされているというのに……。
もし私が死ねば、きっと生臭ジジイは広瀬裕を敵とみなして全面的に対立するだろう。
霊力に目覚めただけでしかない私は、他人に迷惑しかかけられない。
ただそれだけが悔しいと思う私であった。
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