第62話 悩み

「確認しました。忍墓地は、無事すべて除霊されています。さすがは、菅木議員が紹介してくれた除霊師といったところでしょうか」





 無事依頼を終えて下山した俺たちだが、やはり日帰りは難しいということで、千代子の今の実家である忍の方の望月家に泊まることとなった。

 千代子の義父が応対するが、優れた忍という印象は受けない。

 俺たちの場合、レベルアップの影響もあるのであろうが。


「裕、罠やカラクリはなさそうね。残念」


「今の時代にそぐわないんじゃないかな?」


「そうですね。有名な忍者屋敷である甲賀望月家は親戚ですけど、あそこの屋敷は今は観光地なので……」


 千代子の義父と共に屋敷の中に案内してくれた中年女性が、ここはただの古い屋敷でカラクリの類はないと教えてくれた。

 彼女は千代子の義理の母だそうだ。

 望月本家は古い屋敷ではあったが、落とし穴とか、どんでん返しとか、からくり宿とか、隠し部屋の類はないように見えた。

 なぜか里奈がとても残念そうな顔をしていたが、昔は忍者でも今の世では諜報関係者なので、時代に合った忍術を身につけると思うのだが……。


「それが事実なのですが、まるで忍者小説や漫画のような動きができる者がいるのも事実。あっても邪魔にはなりませんので」


 そういえば、千代子も人間ばなれした身体能力を持っていたな。

 レベルアップの恩恵に比べれればささやかなものなので、千代子は任務中に久美子たちに捕らえられてしまったのだけど。

 今は、レベルアップの影響でかなり身体能力を上げていた。


「依頼された任務は達成したのだから、素直に戻ればいいものを……」


「すみません、義父上」


「広瀬殿の度量の広さに感謝するのだな。お前はこれより、広瀬殿つきとする。忍と除霊師、双方の力を得たお前は、これより死ぬまで広瀬殿にお仕えするのだ」


「わかりました、義父上」


「はい?」


 除霊依頼が終わったので報告に来ただけなんだが、俺の目の前で義親子が色々と決めていた。

 千代子が俺に仕える?

 どうしてそんなことになっているんだ?


「失礼ながら、随分と時代錯誤ではないかなと……」


「そうです! 裕ちゃんには、これから一生私が妻として仕えるから必要ないです!」


「相川さん、それは先走りというものよ。私が裕君に妻として仕えるから」


「いやねえ、重たい時代錯誤な女ばかりで。裕はそんな女はいらないってよ。私なら、裕が除霊師として働けなくなっても歌で食べさせてあげる。私は今を生きる女だから、仕えるとかそういう面倒なことはないからいいわよ」


 千代子の義理の父親め。

 余計なことを言って、久美子たちの争いを助長しやがって。


「武士がいなくなった今の時代、竜神会で中核を成す広瀬家は重要な存在であり、その中でもあなたが重要ということなのでしょう。理由もちゃんとありますとも」


 千代子の義父は、『今の時代に時代錯誤である』という俺の発言に聞く耳も持っていなかった。

 そんなことは関係ないとでも言いたげだ。


「裕になにかあると困るからな」


「またタイミングよく」


 どうしてこのタイミングで?

 というくらいドンピシャで、菅木の爺さんが姿を現した。


「今の裕は、個人では非常に優れた除霊師だが、所詮は個人でしかない。今はともかく、それでは将来困るのだ」


「つまり、安倍一族みたいになれってか?」


「そうだ。あの連中も賛否両論あるが、今の除霊業界は世界的に新人除霊師の霊力低下、弱体化が問題になってるのでな」


 若い除霊師ほど、平均霊力が低くなっていく傾向ってやつか。

 俺の周囲にいる除霊師(女性限定)たちは、レベルアップの恩恵でどんどん成長しているので実感がなかったのだ。


「将来、安倍一族のみならず、他の除霊師一族でも衰退・滅亡があるやもしれぬ」


「その時に、広瀬一族が隆盛を迎えていれば問題ないということですか?」


「そうだ」


 涼子の問いに、菅木の爺さんが一言で答えた。

 有名な除霊師一族でも、時が経てば経つほど没落する可能性からは逃れられない。

 そんな時、駄目になった除霊師一族の穴を埋めをする別の一族があれば世間の混乱も少なく、その役割を広瀬家が務めろと、菅木の爺さんは言っているのか。


「俺かよ」


「剛はすでにこの世に亡く、残念ながら裕の両親は除霊師としての才能がない。広瀬家がこれから名のある除霊師一族となるためには、お前が開祖とならなければならない。つまり、人を集めろということだ」


 聖域守護のための宗教法人竜神会のトップ広瀬家と、安倍一族の代わりが務まるほどの除霊師一族広瀬家が必要というわけか。


「人を集めろってもなぁ……」


 俺のパラディンの特性に頼ると、ほぼ女性除霊師しか集まらないという。


「ほほう。裕は、男性除霊師から熱い視線を送られても構わないと?」


「嫌です」


 もしそんな男性除霊師と組んで仕事をするとしたら、彼に背中を向けて除霊したくないし、夜もオチオチ寝ていられないじゃないか。


「男だろうが、女だろうが、広瀬家も除霊師を集める必要がある。裕が一番偉いのだから、男の除霊師が嫌なら除外すればいい。その分、女性除霊師で埋め合わせていれば、ワシはなにも言わんぞ。要は、それなりの人数が揃っていればいいのだから。当然お前の子は、優れた除霊師になる可能性が高いわけで、子供は沢山いた方がいいな」


 この爺さん、今の世情に合わないことを……。


「裕、お前。まさか自分がこれから先、一般人と同じような人生を歩めると思っているのか?」


「思っている」


 定期的に除霊して、あとはプチ贅沢に生きても構わないじゃないか。

 常に牛丼は特盛で、ラーメンはチャーシューメン煮卵入りでだ。


「なにを言うのかと思えば……高名な除霊師が、一般人と同じ人生など歩めるわけがない。一人の女性と結婚して、子供を作ってなどまず不可能だ。特にこれから拡大する広瀬家ではな」


 除霊一族広瀬家勃興のため、俺は複数の女性除霊師と子供を作れというのか?

 できたら、久美子と普通に結婚してノンビリ過ごしたいんだけどなぁ……。


「裕、これより日本は少子高齢化からの、人口減社会となる。死ぬ人の方が多く、死者が増えればその分悪霊になる者も自然と増えるわけだ。ところが、やはり除霊師も減少傾向にあり、さらに平均霊力も初代安倍晴明が知ったら嘆くレベルだろうな。日本のみならず、世界中がそんな感じだがな」


 なにより致命的だったのは、除霊師が現代社会の社会常識を受け入れてしまったことだという。


「有名な除霊師一族が行う政略結婚を本家の人間ですら嫌がる者たちが増えた。一夫一婦制により、優れた才能を受け継ぐ子供が減ったのだ。優秀な除霊師に子が生まれないケースが増え、それも個人の自由で済まされる時代となった。このままだと、将来除霊師の数は大幅に減ってしまうであろう。除霊師がいなくなれば、その国の経済活動に大きな支障をきたすのだ」


 悪霊に土地を占拠されてしまい、さらにそれを除霊できる除霊師がいなくなってしまった未来か……。

 人が多く住む土地なら致命的か。


「除霊師の世界に、現代の一般的な常識を当てはめるのはかえって危険だ。最近、悪霊を信じない者が増えているが、信じようと信じまいと、悪霊が占拠した場所に人が無警戒で入れば確実に死ぬ。その事実に変わりはないのだ。速やかな悪霊の排除が必要となる」


 ゆえに、広瀬家はこれから規模を拡大しなければいけないわけか。

 向こうの世界と同じような状況になってきたな。

 優秀な除霊師が、複数奥さんを貰って子供に厳しい訓練を課していた。

 あの世界の死霊やアンデッドはもっと強く、もっと多くの人間に害を成している。

 優秀な除霊師が、沢山子を成して世界を守るというのも義務だったわけだ。


「裕がどう思おうと、ワシはそれを進めていく。悪いがワシは、日本の政治家なのでな。それも古い政治家なので、人権だの、男女平等だの、口先の綺麗事など無視するまでのこと」


 菅木の爺さんめ。

 だからこれまで、次々と俺の傍に女性除霊師を送り込んでいたのか。


「菅木議員、それを望月家の人たちの前で言っていいんですか?」


「いいから言っている。そんなわけで裕、今お前になにかあったら困るのでな。その子は忍としてもかなりの凄腕だ。お前がどう言おうと傍に置くことに決まったのだ」


「千代子のためでもあります。先日の依頼でしくじったと勝手に勘違いし、広瀬殿の自宅に潜入しようとした罪を償うためのお傍付き。そう言っておけば、うちの分家も文句は言わないでしょう」


「義父上、それは?」


「お前の元の実家が、好き勝手なことを抜かしているだけだ。千代子が除霊師として不出来だからという理由でうちに養子に出しておいて、もうお前が広瀬殿のおかげで除霊師としての腕を上げた情報を掴んでおってな。元に戻せと言い始めたのだ」


「勝手にもほどがあるわね」


 里奈が怒るのも無理はない。

 元々除霊師としては力不足だったから家に置いておけないと、忍を生業とする分家に養子に出しておいて、今は除霊師として十分に実力がついたので戻せと言う。

 犬や猫の子でもあるまいし、除霊師の望月家の連中は酷いな。


「それだけ、除霊師側の望月家も危機感を抱いているのだ。あそこは安倍一族以上に、一族の者たちの霊力が落ちているからな」


 なるほど。

 だから、そんな身勝手なことを言ってでも千代子を戻そうとしているのか。


「だから、そちらに出してしまった方がいいのだ。広瀬殿の傍にいるとなれば、連中も千代子に手が出せないのでな。それにしても……」


「その子のことを望月家に漏らした奴がいるが、犯人は簡単にわかるというもの」


「菅木議員、私にもわかった」


「他にいないと思うけど……」


「あの会長、やっぱり嫌な奴だって」


「ここまで私を翻弄した依頼者はいませんね」


 俺たち全員の目が、一斉にこれまで静かにしていた葛城桜へと向いた。

 犯人は、彼女の祖父しかあり得ないからだ。


「あの生臭ジジイ!」


「菅木議員、葛城先輩ですけど、会長に返した方がいいですよ」


「私たち、相当浄化につき合ったので、もうC級除霊師として独り立ちできますよ」


「戻しても、会長様の孫なんだからちゃんとフォローが入るだろうし、別に除霊なんてしなくてもコネで左団扇だって。芸能界でも、そういう人はいたから」


 久美子たちは、もう葛城桜を会長の元に戻そうと言い始めた。

 彼女は、俺が向こうの世界で一緒に戦った葛城桜ではないし、彼女の扱いに苦慮し始めたというのもある。

 とはいえ、彼女を無下に扱えば会長の介入を許すわけで、うちへの同居を決めた菅木の爺さんに苦情を述べたのだ。


「一度引き受けたから義理は果たしたかな? 考えておこう」


「……」


「不満か? 葛城桜」


 菅木の爺さんが、葛城桜に問い質した。


「霊力に目覚めたばかりにこれまでの生活を奪われ、生臭ジジイに利用され、ここでも完全なお客さん扱い。生臭ジジイのところに戻っても、またあの生臭ジジイに利用される。私がなにをしたって言うのよ!」


「なにもしておらんな」


「そうでしょうとも」


「突然の人生の転換と、その境遇には同情するが、ワシにはなんともできん。裕たちも同じであろうな。葛城の嬢ちゃんは、ただ嘆くだけで状況に流されているだけ。それでは、また会長に利用されるだけだろう。とはいえ、日本除霊師協会長の孫娘だ。適当にやっていれば、金持ちの除霊師一族に嫁に行けるであろう。それが嫌でも、あの会長の孫娘なのだ。コネで待遇のいい職に就いて、ただ席を温めつつ、高い給料を貰うということも可能だな」


「私は……」


「つまりだ! お前さんは自分のしたいことがなにもないから、こうしていつまでも中途半端な位置にあるのだ。望月の嬢ちゃんに抜かれた? 当たり前であろう。彼女は、自分の除霊師としての実力を上げることを切に願って努力した。だから、今ではもうお前さんなんて相手にもならない優秀な除霊師となった。他の三人も同じだ。今の中途半端な状態ならば、会長の元に戻った方がマシであろう。利用はするが、あの会長も孫娘は可愛いはず。会長の孫娘という立場を生かして優雅に暮らすがいい」


「……」


「結局のところ、自分の人生は自分で決めなければいけない。ワシが言いたいのはそれだけだ」


 その日は望月家に宿泊し、翌日戸高市に戻ったが、その間葛城桜はずっと無言でなにかを考えているようであった。

 あの会長の孫なので可哀想な部分もあるのだが、残念ながら今の俺に彼女の悩みを解決できる能力や人生経験はなかった。


 パラディンにだって、できないこと沢山あるのだから。

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