第64話 坂田亮介
「坂田亮介(さかた りょうすけ)? 誰です? そいつ」
「今の高校生では知らなくて当然。なにしろ、戦前の犯罪者だからな……」
放課後、俺たちは『校内における心霊担当要員』である、表向きは用務員である須藤さんに呼び出されていた。
彼の用件は、この学校の近くに封印されている悪霊が荒ぶり始めた……封印を解こうと暴れ始めたのだという。
「戦争中、一家の主が出征して居ない家で強盗、殺人、強姦と好き勝手やり死刑になった奴だ。さらに死刑にされたことを恨んで悪霊になった」
「理不尽な……」
「久美子、悪霊ってそんなものだから」
真に恐ろしきは人の心ってやつで、どんな些細なトラブルでも死んだ人が強く恨みを感じれば悪霊になってしまう。
大量殺人鬼が恨みから悪霊化するなど珍しくもなく、元々被害者のことを考えられるような人なら連続殺人など行わないし、死刑にされて怨むわけなどない。
俺は別におかしいとは思わなかった。
悪霊など、どこの世界でも異物扱いなわけで、俺たち除霊師はそれを消し去るために存在しているのだから。
「須藤さん、よくわかりましたね。『封印を内側から叩く』行為は、封印に近づかなければわからないでしょうに」
「学校の近くなので、毎日様子を見ているからな。清めの塩を撒いておいたが、どうも効果はないようだな」
「裕が再封印するってこと?」
「だろうな」
除霊してもいいんだが、日本除霊師協会に正式な除霊依頼が入っているか確認してからでも問題ないはず。
先に様子を見に行こう。
そう思ったところで、とある人物が駆け込んできた。
「師匠、大変です! 葛城先輩が!」
「もう一人前になったと勘違いして、一人で勝手に浄化にでも行ったか?」
現状で、葛城桜が一番やらかしそうなのはこれであろう。
彼女は一刻も早く一人前の除霊師になって、自分を利用する祖父と距離を置きたい。
今の、久美子と涼子が同伴している浄化にも不満があるはずだ。
現在では、お札があれば低位の怨体一体は無難に浄化できるため、もう付き添いは嫌だと思い始めたのかもしれない。
結局のところ、二人の同伴も会長の意向そのものなのだから。
「それならまだいいんですけど、弓道部の部員たちが、彼女を拘束しました。その後ろにいかにも古臭い服装の若い男の怨体が三体も……あれだけハッキリとした怨体を複数出し、人に憑りつかせて操っているということは……」
「これは、私のミスかな? 広瀬君、急いでくれ」
「わかりました」
どうやら、とっくに坂田亮介の封印は解けていたようだな。
怨体で弓道部の部員たちを操り……一連の騒動で部員がわずか三名にまで減ったと聞くから、俺たちを恨んで……そうか!
「坂田亮介の目的は俺か」
「坂田亮介の悪霊は除霊師を恨んでいる。封印される前に激しく抵抗し、三名の除霊師を殺しているくらいだからな」
俺を呼び寄せる餌として、怨体で操っている弓道部員たちにまだ未熟な葛城桜を誘拐させた。
意外と知恵が回る悪霊だな。
「急ごう」
「師匠、案内します」
「頼む」
これは少し出遅れたかもしれない。
とにかく急がねば。
元々忍者で、さらにレベルアップで身体能力を著しく強化した千代子の案内で、坂田亮介が封印されている場所へと全速力で向かうのであった。
「シネ! ジョレイシハシネ! オレヲフウインシヤガッテ!」
弓道部の三人によって、私は学校の裏側付近にある薄暗い雑木林へと連れて行かれた。
すると、そこになにも彫られていない小さな石碑が設置してあり、それがガタガタと揺れながら、恨みの篭っていそうな声が石碑の下から聞こえてきた。
完全に封印が解かれたわけではなく、悪霊は比較的外に出しやすかった怨体を操って三人に憑りつかせたのであろうか?
まだ除霊師になったばかりの私では、真実はわからなかったけど。
「ザコジョレイシガ! ホンメイガキタラ、イッショニコロシテヤル!」
やはり私は、広瀬裕を呼び寄せる囮でしかなかったのか。
実力差から見てそれはわかっていたが、今はただ自分の実力不足が悲しいだけ。
相川さん、清水さん、葛山さん、望月さんは、除霊師として順調に成長してるのに……。
生臭ジジイも、あれで除霊師としての実力は高いのに、その孫である私がこの体たらくとは……。
「サア! セキヒヲドカセ! ココマデフウインヲユルメタノダカラ、アトスコシダ!」
悪霊が、どうして先に封印を解かなかったのだろうと思ったら、外部からも力を加える必要があるようだ。
先に外に出した怨体たちが弓道部の三名に憑りついて私を拘束し、ここに連れて来てから緩んだ封印を解かせるわけか。
「お任せください」
「弓道部は潰させない!」
「葛城さんはお好きにどうぞ」
駄目だ。
完全に怨体の影響を受けておかしくなっている。
弓道部衰退の原因が自分たちであることを認められず、その心の闇を悪霊に利用されたのか。
と、ここまでは心霊を齧った程度の新人除霊師にでもわかるけど、今のお札すらない私では、怨体すら浄化できず、悪霊の封印が解かれたら終わりであろう。
私も、この三人も、確実に悪霊に呪い殺される。
この三人がおかしくなり、操られている程度で済んでいるのは、悪霊本体ではないから。
この石碑の下から感じる禍々しさからすると、悪霊はとてつもなく性質が悪いものに決まっていた。
「三人とも!目を覚まして!」
私は三人の拘束から逃れようとするが、やはりとんでもない力で押さえつけられてしまう。
完全に体のリミッターが外れており、全力で私を押さえ込んでいるようだ。
怨体に操られているから限界まで力を出せるのであって、私ではここまでの力は出せない。
「ううっ……動くな!」
「生贄は無傷の方がいいって相場よ。痛っ!」
「これで弓道部は……」
なんら制限もなく、ずっと全力の力が出せるわけがない。
三人の体は確実にダメージを受けており、あとで激痛が走るくらいならいいが、筋肉や関節に大きなダメージを受けたであろう。
怨体は、どうせ自分の体ではないし、壊れたらまた別の人間に憑りつけばいいと思うので、憑りついた相手がどうなろうと知ったことではないのだ。
「サア、フウインヲ!」
「させないわよ!」
「葛城さんは大人しくしていなさい!」
残念ながら私は、三人のうち二人に全力で抑え込まれ、膝をついてしまった。
そして、残り一人がついに小さな石碑をどかしてしまう。
すると、石碑の下から黒いモヤのようなものが立ち上がり、それが徐々に人間の形へと変わっていった。
かなり古臭い格好だが、確か戦中、戦後の国民服とかいうものだったと思う。
悪霊は、戦争で死んだ人なのであろうか?
「ジユウダ! ウバイ! コロシ! オカスノダ! アーーーハッハ!」
石碑の下から出現した悪霊が大声で叫びながら手を振るうと、三人に憑りついていた怨体たちが吸い寄せられ、そのまま悪霊本体に吸収されてしまった。
もう出番は終わったというわけか。
「ひっ! なにこれ? イタタ……」
「私たちはなにを? 体が痛いんだけど……」
「葛城さん! これはどういう? 腕が……」
三人は、自分たちが悪霊に利用されていたことにすら気がついていないようだ。
さらに全力を出したツケで、腕や足の筋や関節を痛めたようで、痛みのせいでその場に座り込んでしまった。
「エモノガヨッツ!」
「「「ひぃーーー!」」」
霊感がない三人でも見えるレベルの悪霊だ。
かえって見えない方が幸せというもの。
悪霊に睨まれ、獲物だと宣言された三人は、逃げ出すこともできずにいた。
あまりに悪霊が強力なため、ヘビに睨まれたカエルのように動けないのだ。
「仕方がない……」
この三人には色々と言いたいことがあるけど、私は除霊師なので前に出なければ。
たとえ悪霊に敵わなくても、三人を置いて逃げ出すわけにはいかないのだから。
「我ながら損な性格をしている? 性格? せめてお札があれば……」
あっても、私の霊力では駄目ね……。
時間稼ぎをして逃げる……これも不可能。
どのみち、私はここでこの悪霊に殺される運命だったのか……。
せめて、もう少し修行の成果が出ていればね……。
相川さんたちと私。
なにが違うのか?
生き延びたら、もう少し素直に聞いてみるとしよう。
もし生き延びられたらだけど……。
「マズハ、オマエカラダ!」
まずは一番強い私を?
いえ、私とこの三人の霊力量なんて、この悪霊にしたら差なんてないに等しいはず。
悪霊は一目散に私に襲いかかってくるが、残念ながら私にそれを防ぐ術はなかった。
こういう時、私を助けてくれる男性がいたら、きっと好きになってしまうであろう。
そんなことを考えながら、私は悪霊に殺されるまでのわずかな時間を待つのであった。
「師匠!」
「だぁーーー! この戸高市には、性質の悪い封印が多すぎ!」
「そうでもないですよ。都内とかに比べたら」
「さすがは一国の首都ってか」
もうすぐ坂田亮介の悪霊が封印された学校裏の雑木林に到着するところで、俺と千代子はかなり高位の悪霊の気配を感じた。
どうやら、封印解除の阻止には失敗したようだ。
俺と千代子は、封印が解けて外に出てきた悪霊の気配を敏感に察知していた。
「千代子、すまないがお先に」
「えっーーー! さらに速く動けるんですか? さすがは師匠」
「じゃあ、お先」
久々に、ステータスの素早さを100パーセント発揮する機会が訪れたな。
今は一秒でも早く現場に辿り着き、保護しなければいけない人たちがいる。
四名と多めなので、悪霊に出し抜かれて犠牲者が出ないようにするためだ。
仕方がない。
「いけぇーーー!」
全力で雑木林に入ると、本当にギリギリだったようだ。
葛城桜に襲いかかる坂田亮介らしき悪霊を確認できたので、俺は『お守り』から神刀ヤクモを取り出し身構えた。
そして、彼女に襲いかかろうとした悪霊を横合いから一刀両断に斬り捨てる。
「ダレダ……オレノジャマヲ……」
「ふーーーん、まだ消えないとは凄いな」
坂田亮介の悪霊は、戸高備後守よりもかなり高位の悪霊だな。
犯罪者だから処刑されたというのに、逆恨みも甚だしい。
盗人にも三分の理?
連続殺人犯なので、一分も理はないか。
「広瀬裕!」
「間に合ってよかったですね。葛城先輩」
彼女になにかあると、会長に恨みを買うからな。
それに、どうも彼女は、坂田亮介の悪霊から狙われていたようだ。
わずかな封印の隙間から怨体を外に送り出し、強い除霊師である俺に隔意があった弓道部の三人に憑りつき、葛城桜を人質にして俺をおびき寄せる。
坂田亮介。
悪霊になってもそこまで知恵が回るのなら、もっとまともに生きればよかったのに……。
「まあいい。先にお前を消すとするか」
悪霊に情けをかけても意味はないからな。
いや、除霊してやることこそが情けというものか。
「クソッ! コウナレバァーーー!」
元が女性と子供ばかり狙う卑怯な連続殺人犯だからか、坂田亮介の悪霊は俺に襲いかかることはなく、その視界を奪おうとしてか、咄嗟に砂埃をあげた。
砂煙を煙幕代わりにし、一気にその場から逃走を目論んだのだ。
さすがは、連続殺人犯。
武士の悪霊のように、最後まで除霊師と戦うという矜持など欠片もなく、ただ逃げ延びてまた女性や子供を殺すことを優先したいようだ。
逃げることを恥としないので、こういう悪霊の方が厄介なのはこの業界の常識であった。
「逃がすか」
すでに神刀ヤクモで一撃加えたため、ほぼ消えかけといった感じの悪霊であったが、どうやら地縛霊化していないらしく、力を回復させるためにこの場から逃げ出そうとしていた。
だが、奴にとって一つ残念なことがあった。
それは、俺が一人ではないということだ。
「悪霊、霊力が落ちて、勘も鈍ったか?」
「ソレハドウイウ……」
「逃げられるとでも? 忍法!『霊縛り』の術!」
俺を追いかけてきた千代子が、悪霊の動きを封じてしまった。
忍法に、人間の影を縛って動けなくする『影縛り』というのが創作物ではあったが、どうやら霊の動きを封じる忍法というものも存在するようだ。
千代子の忍術を受けた悪霊は、その場で動けなくなってしまった。
「ウゴケナイ……」
「お前が万全な状態なら通用しませんでしたけど。これも、師匠の強力な一撃のおかげです」
「うん、そうだね」
この子、本当に出会った時と全然印象が違うな。
目をキラキラとさせながら、俺の最初の一撃を賞賛していた。
「でも、神刀ヤクモの一撃で消えない悪霊だからな」
それは封印もされるわけだ。
高位の除霊師三人を殺した、とてつもなく強力な悪霊なのだから。
「(しかし、どうして封印が解けたんだ?)」
こんな厄介な悪霊。
普通は、定期的に封印のメンテナンスが行われていないとおかしい。
須藤さんもいるので、もし封印が緩んできたら日本除霊師協会に報告が行き、必ず封印強化のための除霊師が派遣されるはずなのに……。
「(ということは、誰かが故意に封印を緩め、悪霊が封印を破るように持っていった)」
それも、最初は悪霊が怨体を外に飛ばせる程度に封印を緩め、憑りつかせた人間に封印を完全に解かせるという、非常に繊細なコントロールを行える者。
そんなことができるのは、専門家レベルで霊に詳しい……ほぼ除霊師しかいないか。
「(この騒動の黒幕は……まあいい。あとでまた罰をくれてやる!)」
事件の黒幕への対処は後回しだ。
俺は神刀ヤクモを構え直し、悪霊にトドメの一撃を加える。
「クソォーーー! マタコドモノホソイノドモトヲキリサキ! クビヲシメナガラ、オンナヲオカシタイノニィーーー!」
「迷惑だ! 消えろ!」
トドメにチラシの裏に筆ペンで書いたお札を投げつけると、悪霊は完全に除霊された。
安いお札を使ったのは、もうあの悪霊が低位の怨体くらいの霊力しか残っていなかったからだ。
それにしても、他人には理解できない性的嗜好の持ち主だったな。
「大丈夫ですか? 葛城先輩」
「……」
どうやら、今回の事件は葛城桜の勝手な行動ではなかったようだ。
同じく、近くに気絶して倒れている弓道部員たちが怨体に取り憑かれ、彼女をここに連れてきた。
というのが真相であったとしか考えられなかった。
除霊師としては初心者である葛城桜には対応できない事態であり、彼女を叱っても仕方がないと俺は判断したのだ。
「師匠、この子たち、結構体を痛めていますね」
気絶している弓道部員たちを調べた千代子が、彼女たちが体にダメージを受けていることを報告してきた。
悪霊や怨体に取り憑かれると、体の組織が壊れないよう、力を出し過ぎないようにブレーキをかける機能のコントロールまで奪われてしまう。
その瞬間はバカ力を発揮できるのだが、そのあとで体を壊す人は多かった。
もっとも、悪霊に憑りつかれた場合、最後は呪い殺されていることの方が多く、検死したらどういうわけか体中の筋肉が断裂していた、というケースの方が多いそうだが。
葛城桜をここに拉致するため、弓道部員の三人は一〇〇パーセントの力を出して、筋肉や関節に大きなダメージを負ってしまったのであろう。
千代子がそれに気がついたのは、彼女が忍者でもあるからだ。
忍者は、潜入先で負傷した場合、自分で治療や応急処置をしなければならない。
そのため、基本的な医療の知識があるのだと聞いた。
「見た目はそうでもないけど、結構重傷ですよ。筋肉や関節にダメージ大です」
「悪霊や怨体に憑りつかれた人あるあるだな。生きているだけラッキーだろう」
悪霊本体に憑りつかれていたら、確実にこの三人は死んでいたはず。
封印が中途半端に解かれたので、悪霊は分裂させた怨体を外に出して指示するしかなかった。
そういう微妙なコントロールができるのは……そういうことだろう。
「急に三名も怪我人が出るとなると、面倒なことになるな」
俺はすぐに『治癒魔法』を使って三人を治療した。
治療しなかったら三人の保護者が騒ぐだろうし、治療したらしたで心霊関係者……特に日本除霊師協会や安倍一族が……まあ、仕方ないか。
相手はカタギなんだから。
世界は変わっても、除霊師なんてヤクザな商売だな。
「須藤さんを呼んできます」
「頼む」
千代子が、三人の処置を任せるため須藤さんを呼びに行った。
とにかく、この気絶している三人をどうにかしなければ。
今回の事件を公にはできないだろうから、後処理は須藤さんに任せるのが一番だ。
あとは、菅木の爺さんも動いてくれるだろう。
「葛城先輩、大丈夫ですか?」
命拾いしたからであろう。
彼女は俯いたままだった。
今回の事件も、黒幕のことを考えるとなぁ……。
彼女がそれに気がついているかどうかわからないので、俺も不用意にそれを口に出せないのだけど。
「葛城先輩?」
「いったい、私がなにをしたというの?」
「……」
まあ、気持ちはわからないでもない。
彼女は、日本除霊師協会の会長にして、無間宗のトップでもある祖父の権力拡大に利用され、散々な目に遭っているからな。
それがなければ、普通に弓道をやる女子高生として過ごせたはずなのだから。
ある意味、『己の生まれの不幸を……』某白いロボットアニメの敵役のセリフそのものであった。
しかし困った。
俺に、そういう女性を慰めるスキルは存在しなかった。
こういう時、なにを言っていいのかわからないのだ。
「ねえ、広瀬裕」
「はい?」
「あなたなら、私のような立場に追い込まれた時どうする?」
「そうですね。足掻きます」
「足掻く?」
「はい」
俺は頭がいいわけではない。
運命の隘路に追い込まれた時、そういえば、召喚された時もそうだったよな。
軽い気持ちで死霊王デスリンガー討伐を引き受けたが、すぐに死んでしまっても不思議ではなかった。
でも、あそこでそれを断っていれば、元の世界にも戻れなかった。
久美子とも再会できなかったであろう。
「最高に冴えた、一番効率のいい選択肢なんてそう思いつかないので」
除霊師として腕を上げられれば、元の世界に戻った時に役に立つ。
そう自分に言い聞かせ、三年間死に物狂いで努力した。
だから今の俺がいる。
大概図太くなったので、俺が葛城桜に言えるのは、「今の現状を嘆くよりも自分なりに動くしかない」だけなんだよなぁ……。
「無責任な物言いですみません」
「いいんじゃない? 綺麗事だけ言う人よりも」
「珍しく評価された!」
最初に出会った時から、彼女の俺に対する印象は最悪だからな。
「珍しく? 私、そんなに印象悪いの?」
「当然だと思いますけど……」
初対面で助けたのに、いきなり人をセクハラ人間扱い。
菅木の爺さんのせいで同居しているけど、基本こちらは無視。
久美子と涼子に浄化の立会人をさせているけど、それをありがたがる素振りも見せない。
里奈に言わせると、『とっとと一人前の除霊師と認められて出て行ってくれないかな?』。
千代子に言わせると、『自分の生まれを言い訳に、悲劇のヒロインぶっている、いけ好かない女』。
などと、正直言って誰からも好かれていなかったのだ。
「えっ? 私の印象はここまで最悪だったの……」
「ええまあ……非常に言いにくくはあるのですが……」
なるべく俺たちに関わりたくないって顔を隠さなかったからなぁ……。
印象がいいわけないし、本人もそれでよしと思っていたとしか思えなかったのだ。
「(そこは改めるしかないのか……)それで、黒幕に復讐しに行くんでしょう?」
「なんだ。わかっていたんですね」
俺は正直なところ、葛城桜が今回の事件に黒幕がいることに気がついていない可能性も考慮していた。
封印への微妙な細工だったので、自然に封印が緩んだと、除霊師に成り立ての人は思ってしまうこともあるからだ。
「当然よ。これだけ厄介な悪霊の封印が少しだけ解けて、悪霊が外に送り出した怨体が悪さをするなんて偶然、そうはないじゃない。私も過去の資料くらい見るわよ」
「意外だ……」
除霊師という職業は、結局のところ霊力の多い人の方が評価される。
なぜなら、霊力が多い人の方が沢山除霊・浄化できるからだ。
知識を蓄えるのも除霊師としては必要なことなのだが。それをしなくても、霊力が多い人は成果を出せてしまう。
同じ霊力量の除霊師が二人いて、勉強している人といない人、どちらが成果を出せるかといえば、勉強している人の方が出せるのだが、その差は僅かであることが多かった。
そのため、除霊師でもまったく勉強しない人はしないのだ。
勉強しなくても霊力が多い人は霊的な勘に優れているので、やはり成果を出しやすいというのもあった。
現に、岩谷彦摩呂などはせっかく日本一と称される大学の学生なのに、どうも霊的なことはほとんど勉強していないようだ。
それでも、この世界では優れた除霊師として評価されている。
依頼を勘でこなし、加えて不勉強なので、この前の安蘇人大古墳のように他人の成果を自分の成果だと勘違いできる天然さも持ち合わせていた。
さらに周囲の人たちは、岩谷彦摩呂の勘違いに気がつけない。
なぜなら彼らもあまり勉強しておらず、彼らからすれば岩谷彦摩呂は優れた除霊師で、ついでに学歴のいい彼は、霊的な知識にも優れていると勘違いしているからだ。
そんなわけで、不勉強な除霊師というのは実に多く、俺は葛城桜が実はちゃんと勉強していたことに驚いてしまった。
「(そういえば、向こうの世界の彼女も……)」
リーダー扱いになった俺に最初反発していたが、彼女は自分なりに裏でちゃんと努力をしていたのを思い出した。
「生臭ジジイに仕返しするの?」
「わかるんですか?」
「当然。そう、私はあのジジイに一撃を加えなければ、永遠にあのジジイの干渉を受けるってわけね」
会長が、葛城桜を自分の権力拡大のための道具と見ている以上、殴りつけても縁を切らなければ一生なにか企まれることは確実であろう。
少なくとも、俺にはそうとしか思えなかった。
「いいわ。私も同行する」
「実の祖父でもですか?」
「実の祖父だからよ。ああ、それと……」
「なんですか?」
「そんなとってつけた敬語は不要よ。似合わないんだから、普通に話しなさいな」
「……わかった」
「それでいいのよ」
と俺に笑顔を向ける葛城桜を見ていたら、向こうの世界で一緒に戦った別の世界の彼女を思い出してしまった。
気絶している三人の処置は千代子と須藤さんに任せることにして、俺たちは姑息な策を弄する会長に再び仕返しをするため、二人で行動を開始するのであった。
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