第59話 逆襲の忍者
「ここが、広瀬裕の住むマンション……凄腕の除霊師ともなれば、セレブ並の生活というわけね……」
日本除霊師協会からの依頼は一応達成したが、忍なのに広瀬裕とその仲間たちに捕らえられるという失態を犯した私は、望月家には戻らず、仕返しの機会を待っていた。
身体能力でいえば常人に近い除霊師に、忍である私が捕らえられてしまった。
いくら任務に成功したとはいえ、望月家がいい顔をするわけがない。
ましてや私は、除霊師一族である別の望月家からの養子なのだから。
どうやって仕返しするかだが、広瀬裕が日本除霊師協会から受け取った悪霊憑きの品を盗んでしまえばいい。
あれらの品は歴史の闇に消えたというか、悪霊が憑いたせいで価値もクソもないので除霊師や日本除霊師協会に預けられ、実質死蔵されているもの。
ゆえに、盗まれても表沙汰にされにくい。
悪霊が憑いているので盗んだ方が不幸になるものだし、保管している側も管理責任を問われるかもしれないからだ。
それに、基本的に警察は悪霊憑きの美術品に関わりたがらない。
元の所有者から贈与された扱いだが、そうなると税金の問題が発生する。
ところが、厄介な悪霊憑きの品を保管してもらう相手に税の負担などさせたら、誰も預かってくれなくなるからだ。
そんな事情があり、悪霊憑きの品は極めて所有権が曖昧なのだ。
なのでこれを私が盗んだとしても、広瀬裕は警察に届けないはず。
悪霊憑きの件も、すでに解決済みという情報を忍である私は入手していた。
「そして、広瀬裕たちは今東京にいる」
特別な依頼で東京に出かけていたので、今がチャンスというわけだ。
「盗んでしまえば、あとはどうとでもなるわ」
私は武器や刀剣や美術品に興味なんてないので、すぐに売り飛ばしてしまえばいい。
この手のいわくつきの品を購入する人たちには権力者も多く、売ってしまえば広瀬裕も手は出せないであろう。
日本除霊師協会の会長としても、広瀬裕が盗難品を取り戻すのを止めるはず。
「あのジジイの泣き顔が目に浮かぶわね」
自分たちの手に余るから渡した品が盗まれ売り飛ばされても、売り主に気を使わなければいけない立場にいる会長は、広瀬裕の動きを阻止しなければいけない。
自分の立場や地位に縛られて、厄介な品の除霊をしてくれた広瀬裕へ不義理を働かなければならないなんて。
人のことをバカにしてくれた、あのジジイに相応しい結末よ。
「セキュリティーは甘いわね」
戸高ハイムは戸高市で一番の高級マンションでも、都心部のタワーマンションに比べれば、このレベルの高級マンションなんて沢山ある。
セキュリティーは甘めで、プロの忍である私は簡単に潜入できた。
「実家である神社の方にはないから、ここにあるはずよ」
譲渡された美術品などはかなりの量との情報なので、間違いなくここに保管されているはずだ。
私は、一瞬でドアの鍵を外して最上階にある広瀬裕の自宅へと侵入した。
「広いわね……」
さすがは、ワンフロアーで一室のエグゼクティブルーム。
これほどの広さなら、美術品や刀剣の類は保管されているはず。
「価値のある品を探さないと……」
当然全部は持ち出せないので、その中でも価値がある品を持ち出さなければ……。
私は家探しを開始した……のだが……。
「ないっ! そんなバカな!」
広瀬裕の自宅をすべて隈なく探したというのに、どういうわけか美術品や刀剣の類が一つも見つからなかった。
実家の神社にもないとすれば、一体どこに保管しているというのだ?
銀行の金庫?
いや、そんな動きは一切なかった。
「そんなバカな……」
こんなところで計画が狂うなんて……。
とにかく、広瀬裕が除霊した美術品や刀の所在を探らなければ……そう思っていたところ、玄関のドアが開く音がした。
どうやら、誰か帰ってきた……広瀬裕たちはまだ東京で、帰ってきた気配は一人だけ。
「そうか、あいつか」
葛城桜。
私とは違って、望んでいなかったのに霊力に目覚めた女。
さらにあの会長の孫で、あいつの都合で広瀬裕の傍にいなければいけない女。
結局、あの事件のせいで弓道部にもいられなくなり、可哀想……なんて微塵も思わない。
なぜなら、葛城桜には霊力があるから。
私が望んでも手に入らなかった霊力の多さ。
私が忍を生業とする望月家に養子に行かなければいけなかったのは、霊力がなかったから。
霊力さえあれば、私は養子に行かずに済んだのに!
弓道部を辞める羽目になった?
日本除霊師協会の会長の孫?
その程度のことで……まあいいわ、運悪く一人で帰宅したのが運の尽き。
せいぜいお前を利用してやることにしよう。
「霊力に目覚めたとはいえ、所詮は一般人よ」
確かに私には霊力はないけど、身体能力なら私の方が圧倒的に上。
すぐに拘束して、美術品のありかを聞くことにしよう。
「っ! 泥棒?」
「久しぶりですね。葛城先輩」
「あなた、望月さん?」
「ええ、その節はお世話になりました」
今日は広瀬裕たちが仕事で東京に出かけていたので、私一人だけのはずが、部屋に入った途端、首筋に冷たいものを押し当てられてしまった。
直接確認できないけど、刃物を首筋に押し当てられたのであろう。
そしてそれをしたのは、先日の事件で暗躍した望月さんであった。
彼女は望月家の忍であり、本物の一年E組の望月さんとは別人だった。
生臭ジジイの依頼で暗躍し、私が弓道部にいられなくなった理由を作った子だ。
私は望月さんのせいで弓道部を辞める羽目になったというのに、今度はいきなり首筋に刃物を突きつけられるとか。
私は、不幸の星の下に生まれたというのかしら?
「望月さん、これは誰が見ても犯罪だと思わよ」
住居不法侵入に、脅迫、傷害未遂か……私が怪我をすれば傷害から未遂が取れるでしょうね。
「お嬢ちゃんは、なにもわかっていないわね」
「どういうこと? 望月さん」
「あんたは霊力に目覚め、除霊師を目指していている時点で、一般人の枠から少し外れているということよ。そしてそれは、忍の世界も同じ。裏社会、いわゆるアウトローな連中と同類な部分も多くなる。ましてやあんたは、日本除霊師協会の会長の孫なんだから」
つまり、一般人なら『これは犯罪だ! 警察に通報しなければ!』、『こんなこと警察が許すわけがない! 必ずお前は警察に捕まるぞ!』というものが通用しないパターンもあるというわけね。
覚悟はしていたけど、まさかいきなり忍に刃物を突きつけられるなんてね。
よりにもよって、広瀬裕がいない時に……。
ああ、だから狙われたのか。
でも今の私を人質に取ったとしても、広瀬裕が望月さんとの取引に応じるはずがない。
ということは、他に狙いが……。
「うちの生臭ジジイから譲渡された美術品や刀が目当てなのかしら?」
「そのくらいは理解できるようね。どこにあるのか、吐いてもらいましょうか」
「無駄なことを……」
「はあ? 無駄ってどういうことよ」
どういうもなにも、実際にここにはないし、広瀬裕の実家である神社にあるはずもない。
ではどこにあるのかといえば、広瀬裕に直接聞けばいいじゃない。
この前『お守り』に沢山の品を出し入れしているところを見たから、それが答えなのだけど、私を人質にそれを寄越せと交渉したところで、彼が望月さんに渡すとは思えない。
それに、今の望月さんでは相川さん、清水さん、葛山さんにだって勝てないでしょうに。
それがわかっているからこそ、望月さんは広瀬裕たちの留守を狙ったのでしょうけど。
「随分と無駄なことをするのね。任務は終わったんだから実家に帰ればいいのに」
「うるさい! このまま除霊師に出し抜かれたままでは、私は養家に戻っても立場がないんだよ!」
養家……そうだったわね。
望月さんは、除霊師一族である分家からの養子だったのだった。
彼女の任務は成功したが、その過程で忍としてはあるまじき失態を冒してしまった。
それを挽回しなければ、実家に戻りたくないってことか。
「こんなことをして、余計に望月家から叱られると思うけど」
すでに終わった仕事の関係者に手を出すなんて、逆に養家から怒られると思うのだけど……。
「うるさい! 私は!」
結局、彼女も私も家族の都合に翻弄されてしまう存在というわけね。
私も生臭ジジイのせいで今までの生活を失い、かといって、今の生活に懸命に馴染もうとしているわけでもない。
逃げ出す度胸もなかった。
もしその気があるのなら、私は今日東京にいたはずなのだから。
「あんたには霊力で劣る私だけど、忍としての身体能力に圧倒的に優れている。無駄な抵抗はしない方がいいわよ」
「しないけど……」
確かに望月さんの言うとおりで、私の身体能力では望月さんから逃れることは難しい。
このまま大人しくしているしか……ああっ、でも。
「でもなによ?」
「あなた、広瀬裕はともかく、清水さんたちにも身体能力で勝てなかったわよね?」
とにかく不思議なのは、除霊師とはいえ身体能力は一般人並のはずである相川さん、清水さん、葛山さんに、望月さんが捕らえられたこと。
あの三人は、広瀬裕と行動を共にする過程で、なにか力を得たと考えるのが普通だ。
それがなんなのかわからないけど、彼女たちは東京での除霊を終え、もうそろそろ戻ってくるはず。
「望月さん、そろそろここを出ないと……ほら」
「この前の忍か……この部屋に金目のものなんてそんなにないぞ。なにしろ俺の小遣いは、あれだけ稼いで月に二万円だからな」
「えっ? どうして? 気配すら感じなかった……。広瀬裕、あんたは除霊師のはず……」
「こういう除霊師もいるってことだな」
どうやら自部屋前まで戻ってきた広瀬裕は、すぐさまこの状況を察知したようだ。
望月さんにその気配すら感じさせないまま、彼女に霊器であろう刀を首筋に当てていた。
実際に見ていないけど、望月さんの動揺ぶりから容易に察することができる。
残念ながら望月さんは、広瀬裕に仕返しするどころか、逆にますます不利な立場に置かれてしまったようであった。
「あのな、裕。ワシは、お前のトラブル解決人ではないのだぞ」
「そんなこと言っても。忍者に狙われたのは事実だから、そこを解決するのが菅木の爺さんの仕事じゃないか」
「処置はするが……あの会長、ろくなことをしないな。依頼した任務を達成したのだから、余計な嫌味など言わなければいいのに。余計な一言がこういう事態を招く」
「で、菅木の爺さん、これどうしようか?」
「これとはなによ!」
「俺の専門は、生きている忍者じゃないんだけどなぁ……」
東京での仕事を終え、東京駅で購入した大量のお土産と共に帰宅すると、自宅に忍者が潜入していた。
先日暗躍した望月さんだが、葛城桜の首筋にナイフを当てていたので、俺も静かに彼女の後ろに回って霊刀宗晴をその首筋に当てた。
レベルアップの影響で俺の身体能力は高いので、久美子たちにできた望月さんの拘束が俺にできない道理はないというわけだ。
俺の気配の欠片すら感じられなかった望月さんは、『信じられない!』 といった表情を浮かべていたけど。
そして望月さんの拘束後、さてどうしたものかと、一緒に新幹線で戸高市に戻ってきた菅木の爺さんを呼び出したわけだ。
「ちょっと待て」
そういうと、菅木の爺さんはスマホを取り出してどこかに電話をかけていた。
何件かリレーしたのち、いよいよ本命と会話を開始したようだ。
「国会議員の菅木だ。実はな……」
「まさか、望月家?」
「ここと話合わなければ意味ないのでな。それで、望月千代子を引き取りに来てくれ。えっ? いらない? くれてやるから好きにしろ。それは人の親として言っていいセリフでは……実の子ではないからいいだと? おいっ! 切るな! 切れたか……」
どうやら、電話の主は依頼に成功したとはいえミスを犯し、挙句に暴走した望月さんはいらないと言ったようだ。
煮るなり焼くなり好きにしろと言って、そのまま電話を切ってしまった。
「さすがは忍の一家というか……まあ、あそこの家はあまり血筋にもこだわらないからな」
「いかにも忍者って感じだな」
「忍の技術に優れているかが一番大切なので、よくまったく血の繋がらない養子が継ぐことも多いと聞くな」
そのため、養子で沢山子供を受け入れて育てるのだと、菅木の爺さんは教えてくれた。
望月さんのように除霊師一家の分家から養子に入るのは、非常に珍しいケースなのだそうだ。
ましてや、そういう子が跡を継ぐのも。
「親族ではあるが、しくじれば簡単に捨てるというわけだな。三代も遡ると血筋的には他人というケースが多いので、そこまで血筋に拘らないわけだ」
そんな事情で、望月さんは実家から捨てられてしまった。
そのまま家に戻っていれば、まだ叱られるくらいで済んだのかもしれないが、こうして実際にしでかしてしまった以上、望月家としては彼女は見捨てるという判断のようだ。
「それでも、始末されないだけ現代の望月家も変わったということだ」
かもしれないが、その代わり竜神会にその身柄を渡す。
好きに取り扱えというのも、時代錯誤な気がしてならない。
望月家の忍が不祥事を起こしたので、そのお詫び代わりだと考えれば、そう不思議な話ではないのか。
そう言う考え方が、除霊師他、裏の世界の人たちが一般人に嫌われる理由の一つなんだろうけど。
一般社会なら当たり前のことが通用せず、しきたりや過去の慣習が密かにとはいえ適用されることもある世界というわけだ。
「菅木の爺さん、どうするよ?」
「護衛にでもして、衣食住を保障すればいい」
でもなぁ……。
今の望月さんの実力だと、別にいらないというか。
レベルアップの影響で久美子たちの守りが固く……それに比例して俺の自由度が落ちているような気もしなくもない……未熟で俺に隔意があるであろう望月さんを預かる意味がないのだ。
「勤労学生扱いで、竜神会で雇ったら?」
現在、竜神会は人手不足なので、普通にアルバイトでもしてもらった方がいいと思う。
残念ながら、忍としての望月さんには需要がないということだ。
そう万が一のことはないとはいえ、俺も彼女に傍にいられると落ち着かないというのもあった。
「それがいいかのぉ」
「ふざけるな!」
養家から見捨てられてしまった望月さんの処遇を話し合っていたところ、ショックのあまり無言のままであったと思われた彼女が怒鳴り声をあげたため、俺たちは驚いてしまった。
「私の待遇を決める? そんな慈悲なんていらない! 忍はしくじりを犯せばただ死あるのみよ。私なんて殺せばいいでしょう!」
望月さんは、自分の処遇なんて話合わなくてもいい。
始末した方があと腐れないと言い放った。
一体彼女は、いつの時代の人なのだろうか?
「菅木の爺さん、望月家ってそんな感じなのか?」
「みんながみんな。必ず任務に成功するわけではないのでな。時に、しくじりの罰で殺されるものもいると聞く。当然、病死や事故に見せかけるそうだが」
除霊師も厳しい世界だと思うが、忍者はそれ以上なんだな。
「私を殺せ!」
「嫌だよ」
「どうしてよ?」
「プロの除霊師として、それはできないな」
異世界の神よりレベルアップ能力を授かった俺であったが、当然デメリットも存在する。
それは、生きた人間を殺すと、除霊師としての力が落ちてしまうというものであった。
死者に対し絶大な力を発揮できるよう、その反動で生きた人間を殺すのはタブー、弱点になったというわけだ。
俺がこれからも除霊師として生きていくため、生きた人間を殺すのは絶対にしてはいけないことなのだ。
その代わり、地面を歩いていたら蟻を踏み殺してしまったのでアウトとか、蚊を潰したら駄目、水を飲んでその中にいる微生物を胃液で殺したので駄目とか。
そこまで厳しいルールではないのが救いであろう。
安倍一族や涼子みたいに、精進料理でなければ霊力が落ちるということもないので、そう厳しいルールではないはず。
「大体、ここで人一人殺して、それをなかったことになんてできるか。というか、お前は時代劇の忍者か? 俺はあんたを殺す気なんてないし、そういう時代錯誤なのをやりたければ実家に戻ってくれないかな?」
望月家も、面倒事をこちらに押しつけないでほしい。
「そうね、勝手に暴走していい迷惑だわ」
「あんたが言うな! あんたには言われたくないわよ!」
ここで話に加わってきた葛城桜に対し、望月さんは激高してしまった。
どういうわけか彼女は、葛城桜を許せないなにかがあるようだ。
「今回の事件、真の黒幕はあんたの祖父さんだろうが! 私はあんな奴嫌いです、関係ないんですって風な態度を取っても、その嫌いな祖父さんのせいであんたはここにいられるんじゃないか。本当に嫌なら東京に戻って、一人で除霊師見習いをやればいい。会長の孫だから恵まれているくせに!」
除霊師になれず忍者の親戚家に養子に出された望月さんからすれば、嫌いといいつつ祖父のコネでここに残っている葛城桜は許しがたい存在というわけか……。
「そんなに除霊師になりたいのか?」
「なれるものならばね」
「試してみるか」
望月さんだが、霊力がないってことはない。
元々霊力がゼロの人間なんていないので当たり前なんだが、一般人の霊力は基本的に1か2である。
彼女の場合、そこまで低くはないが、精々で3か4……4はないだろうな。
望月さんは俺に好意を持っていないのでステータスが出現せず、あくまでも俺のパラディンとしての鍛錬で得た霊力探知の結果であったが。
「裕君、望月さんくらいの霊力だと、お札が発動しないと思うわ」
「それなんだよな」
除霊師は、最低限お札を使えなければ除霊師とは認められない。
ところが、あまりに霊力が低いとお札を使っても燃えるだけで無駄になってしまうのだ。
それと、霊力が低すぎると高性能なお札が使えない。
霊力3の除霊師が、千倍の威力があるお札を使ったとしても霊力3000にはならない。
それが可能なら、もう少し除霊師の実力低下は問題になっていなかったはずだ。
せっかくの高額のお札が発動しないまま燃えてしまい、無駄になるということはよくあった。
最低限、お札が使える霊力量というのがあるのだ。
「私は、霊力が低すぎて日本除霊師協会で一番安いお札も使えない」
霊力3だとなぁ……。
日本除霊師協会認定のお札には、一般人が間違って使わないよう、というわけではないが、最低5くらいはないと発動しなかったはず。
霊力5なら、一万円のお札を使えば低級の怨体は浄化できるというわけだ。
ただ、霊力5の人が除霊師をやっても、ほとんど利益など出ないはず。
下手をすれば、浄化をすればするほど赤字になりかねなかった。
逆に、向こうの世界のお札は、品質の安定性と量産性に劣る代わりに、霊力1でも発動できた。
死霊王デスリンガーが率いる多くの死霊たちに対し、除霊師の数が足りないので、除霊師以外でもお札を使うことが多かったからだ。
霊力1の兵士が、百倍くらいのお札を使って低級の死霊にダメージを与え、足止めをすることはよくあったのだ。
そうしなければ、とてもではないが死霊王デスリンガーの侵攻を阻止できなかったというわけだ。
「除霊師になれるかどうかは自分次第だな。ついて来い」
俺たちは望月さんを連れ、低級の怨体が湧くポイントへと到着した。
ここは戸高市にある霊の通り道で、霊から生み出された怨体もここを通って移動するというわけだ。
戸高支部も、数日に一度新人除霊師たちに怨体を浄化させており、俺たちの初仕事もここであった。
「これを使って浄化してくれ。やり方はわかるよな?」
「ええ、以前に何度も試したけど、お札は発動しないで無駄に終わったわ」
俺が望月さんに渡したお札が、霊力3でも発動できる自作のお札であった。
このお札なら、霊力不足で発動しないことはないはず。
彼女が近くにいる怨体にお札をぶつけると、お札から青色い炎が立ち、怨体を包み込んでそのまま消滅してしまった。
どうやら、俺のお札なら低級怨体なら浄化できるようだ。
「私、初めて怨体の浄化に成功した……」
望月さんは一人感動に浸っていたが、残念ながらステータスは出ないな。
ならばレベルを上げなくても、最低限一日一体の低級怨体を浄化できるくらいに強化し、あとは卒業まで竜神会で預かって終わりだな。
最低限、C級除霊師として独り立ちできればいいと考えよう。
「(裕ちゃん、レベルアップなしで霊力って上がるの?)」
「(上がるさ)」
そうでなければ、この世界で除霊師はまったく成長できないことになってしまうではないか。
その成長はレベルアップに比べれば微々たるものだが、とりあえず霊力8を目指していこうと思う。
昔の久美子くらいの霊力量だ。
「もう一体!」
「はいっ! 師匠!」
どうやら、俺の指導で怨体が浄化できるようになったと勘違いした望月さんは、俺を『師匠』と呼び出した。
変な忍者である。
初浄化成功の興奮で自分の霊力が尽きていることに気がついていないようなので、そっと俺が霊力補充をしておいた。
今はできる限り怨体の浄化を繰り返し、浄化に慣れてもらうためであった。
「次に行きます」
「続けてくれ」
結局、合計で八体の浄化に成功した
「私が怨体を浄化できるなんて……師匠、ありがとうございます」
感無量といった感じの望月さんは、先ほどの反抗的な態度から一変して、俺を師匠と呼ぶようになった。
除霊師の才能がないからと、実家から親戚に養子に出されたことがよほど辛かったのであろう。
これまで一体も怨体を浄化できず、お札すらろくに使えなかったのが、今日初めて怨体を浄化できた。
嬉しくて当然というわけだ。
「(ただ……)」
久美子たちと違って、望月さんにステータスは出ないな。
そんな急に、俺に対して好意なんて抱かないか。
となると、涼子と里奈って実はチョロかったのか?
「(レベルアップしないとなると、別の方法で霊力を上げるしかないか)」
レベルアップできれば霊力なんて簡単に増えるんだが、『俺を好きになれ!』なんて自分で言うのも恥ずかしい。
とにかく、一人で日本除霊師協会に売られているお札を使い怨体を浄化できれば、望月さんも独り立ちするするだろうから、そこまでは面倒を見よう。
こうなれば、向こうの世界で使われたあの道具を使うしかないな。
「特訓の続きは家で」
「はいっ! 師匠!」
「裕ちゃん、どんな特訓なの?」
「イメージトレーニングみたいなものかな?」
俺は久美子にそう説明してから自宅マンションへと戻るのであった。
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