第60話 霊力圧縮循環回送増幅ポンプ 

「裕君、これは?」


「正式な名称は『霊力圧縮循環回送増幅ポンプ』って言うんだけど」


「覚えきれない」


「葛山さんはちょっと頭の出来が……なのね……」


「涼子、怒るわよ! 名前がゴチャゴチャして覚えにくいのよ」


「そうだね。なんか間違って覚えそう」


「だよね? 久美子」




 それぞれの部屋に繋がる共用部分のリビングにおいて、ソファーに座った望月さんは頭頂部にゴムホースがついたヘルメットのような装置をつけていた。

 ホースの先端にはジョウゴのようなものがついており、それは左胸に装着されている。

 なにも知らない人が見たら、非常にシュールな光景であった。


「裕、これはなにに使うの?」


「霊力を短時間で増やす装置」


「それって凄くない?」


 レベルアップできないこの世界の除霊師は、長い年月をかけて徐々に霊力を成長させるしかなく、しかも成長率もレベルアップに比べると相当劣る。

 なので、そんな事情を知るようになった里奈が、短時間で霊力が上がる道具に驚くのも無理はなかったというわけだ。


「色々と制約はあるんだけどね」


 まずは、確かに短時間で霊力は上がるのだが、その上昇率は大したものではなかった。

 それに、一人一回しか使えない。

 一度霊力が上がると、そのあと何回道具を使っても霊力は上がらないのだ。


「実際にやってみるか。ちょっと気分が悪くなるから、嫌ならやらないけど」


「やります! 師匠」


 それはそうだ。

 とにかく今は少しでも霊力を上げないと、望月さんは一生俺たちとパーティを組んで浄化しなければならないのだから。

 とりあえず、霊力が8以上になれば……。

 実はこの道具、向こうの世界で大した霊力がない人たちの底上げに使っていたので、霊力が上がるとはいっても、それほど大した効果はないのだ。


「ちなみに、私がこの道具を使うとどうなの?」


「ほんのちょっと上がるんじゃないかな?」


 よくて霊力が10も上がれば上出来かな。

 霊力が多い人は成長率が高いという性質の道具ではないのだ。


「あとでやってみようかな?」


「眩暈、立ち眩み、吐き気、頭痛などに襲われるけど」


 この道具を使うと、全員がほぼ例外なく気分が悪くなる。

 その割に成長率が微妙なので、向こうの世界では大した評価を受けていなかったんだよな。


「じゃあ、霊力を頭頂部のホースから左胸の心臓に送り込むイメージで」


「はい!」


 どうやら俺は望月さんから信用されているようで、彼女は早速俺の言うとおりにし始めた。

 全身から頭部に集めた霊力を圧縮し、ホースで心臓に送り込む。

 次に心臓の鼓動を早め、体内のモーターを全力で回すというイメージが一番近いと思う。

 一見出来損ないのヘルメット、ホース、ジョウゴを組み合わせた道具にしか見えないが、素材などは向こうの世界にしかないものを使っていて、それなりに複雑な原理や仕組みでできている。

 ゆえに、安物というわけではなかった。


「ううっ、確かに気持ち悪いです……」


「すまないが、我慢してくれ」


「はい……師匠……」


 レベルアップなしで霊力を増やすというのは、こんなにも大変なのだ。

 だから異世界から、レベルアップして強くなるパラディンが召喚されたとも言えるのだから。


「裕ちゃん、これどのくらいで終わるの?」


「あと数分かな? 気持ち悪いのがなくなったら教えてくれ」


 そして十分後くらいであろうか。

 望月さんの気持ち悪さがなくなり、これにて彼女の霊力を増やす作業は終了した。


「気持ち悪いのはなくなりましたけど、立ち眩みが……」


「今日は無理しないで休んでくれ。明日、浄化で霊力の増加を確認するから」


「はい」


「(裕ちゃん、この装置使った?)」


「(当然)」


 召喚直後でまだ弱かった時、俺たちは全員この装置を使って霊力を増やした。

 俺は、あまりの気持ち悪さにゲロを吐いたけど。


「みんなも使う?」


 多分、よくて霊力が10も上がれば上出来だけど。

 レベルアップ分の補正もないので、本当に霊力が10も上がれば上出来なのだ。

 末端の兵士が、少しでも死霊たちに抵抗できるようにという装置でしかないからな。


「私はいいかな?」


「そうね。あとで機会があったら」


「苦痛なのはパス」


 久美子たちは、装置の使用を断ったがそれはそうだろう。

 今日はそのままお休みとなり、そして翌日。

 望月さんは、昨日の場所で再び怨体と対峙していた。

 今日は日本除霊師協会の一番安いお札を持ち、それが使えるかどうか試しているわけだ。


「いきます!」


 望月さんが怨体に対して投げたお札であるが、無事に効果があり、怨体は青白い炎と共に消えてしまった。

 相変わらずステータスは表示されないけど、今の霊力なら一日に一体の低級怨体を浄化できるはず。

 将来独り立ちも可能であろう。

 無理に、俺たちと行動を共にする必要もあるまい。

 望月家には戻れないであろうが、浄化ができるのであれば除霊師としてなんとかやっていけるはずだ。


「師匠、私は葛城桜の祖父である会長の命令で酷いことをしたのに、ここまでしていただいて……」


「それはしょうがないんじゃない?」


 高校一年生の女子に、そこまで責任を負わせるのもな。

 ここで恩を売っておいて、二度と俺たちに害を成さなければ。

 あの事件では会長から五億円ほどせしめたので、このくらいの指導は料金のうちだ。


「同じ年なのに、師匠は懐が広くて優しいですね。私は……」


 ここで突然、俺の脳裏にあの見慣れたステータスが浮かんできた。




望月千代子(神速の忍)

レベル:1


HP:50

霊力:10

力:11

素早さ:24

体力:22

知力:15

運:4


その他:忍術、★★★




 あれ? 

 一人立ちしてもらおうと指導をしたら、思っていた以上に好かれてしまったのか?

 それにしても、霊力が少し低めなことくらいで、他の数値は非常に優秀だな。

 忍なだけあって、素早さはなかなかのものだ。

 ただ彼女の不幸は、レベルアップしている久美子たちを相手にしてしまったことであろう。

 そしてそれを証明するが如く、望月さんの運の数値は低かった。

 里奈よりも低いので、確かにこれまでの彼女の人生を考えると、それが如実に出ているのではないかと。


「師匠? これは……師匠、これからもよろしくお願いします。私は望月家からの物納賠償なので、もっと強くなって師匠の護衛に入ります。私、忍でもあるので」


「はあ……」


 こうして、新たな同居人として女忍者が加わった。

 自称望月家から俺への謝罪、賠償の品だと堂々と公言するあたり、絶対にここから出ていかないと思う。

 もう今さらな気がするので、別にそれでいいと思ってしまう俺は、どこか麻痺しているのかもしれない。





「あれ? 私が全然ここに馴染めないのに、どうして盗みに入った望月さんが先に馴染んでるの? 私、実は結構コミュ障?」


 そんなことはないと思うが、現時点で葛城桜と俺たちとの間に距離があるのは事実であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る