第57話 反転の錬金術
「うわっ! なにこれ? 裕ちゃん。後ずさってしまうほど禍々しいね」
「あの刀、後ろに血まみれの武士が見えるわ。討死したのかしら?」
「変な黒い霧とか吹き出しているわね」
「こんなの、まだ私には手に負えないわよ」
今日の依頼人は、日本除霊師協会であった。
悪霊は物に、それも古い物に憑りつくケースが多い。
というか、憑りついたまま年月が経過して古くなるパターンが大半であった。
これを除霊師が除霊するのだが、ここでネックになるのはやはり除霊費用である。
人間の生活とお金は、切っても切り離せない関係にあるよな。
除霊してその品が売れて最低でもトントンになればいいのだが、ただ古いだけの人形を高い除霊費用をかけて除霊するかといえば、それはその人次第。
そんな金はない、出したくないと放置され、保管中にますます厄介な品になっていくわけだ。
日本除霊師協会はそんな品の保管というか封印を引き受ける。だが、日本除霊師協会のキャパだって無限というわけではない。
段々と除霊不可能という理由で保管庫に封印されているものが増えてきて、ついには新たにそういう品の引き受けができない状態になってしまった。
そこで、少しでもそういう在庫を減らすべく俺たちが駆り出されたわけだ。
「全国から選りすぐりの厄介な品を用意した」
と、笑顔で語る日本除霊師協会の会長、葛城桜いわく『生臭ジジイ』。
昨日の今日で、何食わぬ顔で俺たちに除霊を依頼をするのだから、確かに食えない爺さんではあった。
この前の件で五億円もふんだくってやったのに、そんなことは忘れたかのように俺に話しかけてくるのだから、菅木の爺さん並に油断できない爺さんというわけだ。
俺の隣にいる桜の顔が露骨に歪んだので、彼の性格と言動は実の孫からも嫌われているようだ。
まあ、気持ちはよくわかる。
「あれ、妖刀ムラマサよね?」
「そうだな。あれが、妖刀ムラマサだ」
確か、徳川家が不吉だという理由で所有を禁止した刀工の作品のはずだ。
十数本ほど置かれているが、その後ろには多くの武士らしき悪霊たちが見えた。
「徳川家康がこの刀で負傷して激高したと言われているが、ムラマサはよく切れる刀で戦場でもよく使われた。貫通力があるので、暗殺にも使用されたと言われている。こう、襖の裏からズブっとな」
ムラマサが妖刀扱いされたのは、切れ味がよくて犠牲者が多いゆえ、それに憑りつく悪霊が多かったから。
その切れ味に魅了された所有者たちが死後も手放したくないと、悪霊化して憑りつくパターンも多かったそうだ。
この刀を他人に渡してなるものか、ということであろう。
「戦後、GHQがかなりの数の日本刀を没収したが、その時にも悪霊憑きの刀に手を出して死んだ米兵は多いと聞く。刀に憑いた悪霊に体を乗っ取られ、多くの米兵を惨殺。あまりの惨状に、その名を兵員名簿から外された『スタッドレー中将』とかな」
「確かに、そんな感じの悪霊がこちらを睨みつけているわね」
里奈は、とあるムラマサに取り憑いている、一人の米軍将校の悪霊を確認した。
かなりの年齢で、軍服が豪華なので将軍クラスだと思ったが、まさか過去にそんなことをしでかしていたとはな。
「刀は人を殺す武器なので、悪霊が憑きやすい。このように展示すらできないもの、所有者が手に負えなくなったものが、ツテで日本除霊師協会に集められる」
無料で引き受ける代わりに、所有権は日本除霊師協会に移るそうだが、この手の品を所持していると最悪一家全滅もあり得るので、背に腹は代えられないと持って来る人は多いそうだ。
「そして、我ら日本除霊師協会に限界が訪れようとしているわけだ」
この手の品を一カ所に集めすぎると、それはそれで厄介の種になってしまう。
これらの品についている悪霊たちが霊団化でもしたら、最悪な事態になるからだ。
それに、封印には手間や費用がかかる。
保管しているだけで赤字が出るが、まさか日本除霊師協会が悪霊憑きの品の引き受けを拒否するわけにもいかない。
そこで、俺にこれらの品の除霊を依頼してきたわけか。
「除霊費用は? まさか無料奉仕じゃないよね?」
それなら、俺は御免被る。
他の、例えば岩谷彦摩呂などに頼めばいい。
どういう結果になっても、俺の責任ではないから知らんけど。
「まさかな。安倍一族ですら断った、性質の悪い品ばかりだ。除霊できたものは全部無料でやろう」
「本当に?」
よく見ると、古くて価値のある名刀や鎧兜、工芸品や書画も多い。
悪霊憑きなので手を出すと死んでしまうから、仕方なしに封印されている美術・工芸品の類は多く、これを除霊できるのであれば、笑いが止まらないくらい儲かるからだ。
例えば数百万円の価値がある美術品に憑いた悪霊を除霊するのに数億円かかるとして、これを除霊する人はまずいないはず。
そんな理由で封印、もしくは放置されている工芸・美術品は多かった。
不動産屋ほどではないが、美術商も除霊師のお得意さんだったりするのだ。
「全部欲しいか?」
「全部除霊するから、くれ」
「本当に除霊できるのならいいが、本当に全部か?」
「見た感じ、除霊が難しい品はないので大丈夫」
俺は、急遽ここに集められた数百点の美術品・工芸品・絵画・武具・刀など見て、特に厄介な悪霊が憑いている品を見つけられなかった。
精々、上級の下までくらいであろう。
戸高備後守には劣るかな。
それでも、この世界のA級除霊師たちからしても、相当厄介な悪霊たちなんだが。
「裕君、美術品は気をつけた方がいいわよ」
「えっ? どうして?」
「偽物が多いから。安倍一族もたまに引っかかるのよ」
とある依頼者から『価値のある美術品だが、悪霊憑きなので差し上げます。除霊してくれたら嬉しい』と言われて美術品を引き受け、大金をかけて除霊したら偽物で価値がなかった。
なんてことがよくあるらしい。
そして、その偽物を美術商が二束三文で買い叩いていくわけだ。
偽物でもインテリアとしては需要があるので、美術商は利益が出るらしい。
「最初の依頼者と、美術商がグルなのよ。典型的な心霊美術品詐欺ね」
「酷い話だね」
「美術品が本物か偽物かなんて、わかる人は少ないもの。対策として、安倍一族も美術商を営んだりしているけど、プロでも真贋を間違えたなんてよくあるのよ」
「なるほどね。でもいいさ」
俺が除霊すれば、ほとんどコストはかからない。
たとえ偽物でも、俺が損をすることはないからだ。
「でも、ほとんど偽物はないかな」
「裕君、わかるの?」
「審美眼はないけどね」
どういうわけか、価値の高い美術・工芸品に限って強い悪霊が憑くのは、先日の弓を見ればあきらかだ。
価値の低い品、偽物ほど弱い悪霊が憑く傾向にあるのはこの世界でも同じだな。
「たとえば数少ない例外として、この掛け軸なんて偽物じゃないかな?」
「コレハホンモノダァーーー!」
「うるさいよ」
俺が偽物だと断言した掛け軸から、まるで飛び出す絵本のように爺さんの悪霊が飛び出してきたが、すぐに霊力を籠めた拳で一発殴りつけて除霊してしまった。
「この掛け軸はもう大丈夫」
「でも偽物だよね? 裕ちゃん」
「ああ。このように、大したことない悪霊は大したことない品に憑りつき、厄介な悪霊ほど古く、価値が高い品に憑りつく傾向があるかな」
稀に、偽物を本物だと確信し、それを他人には渡さないと頑張っている性質の悪い悪霊はいるけど、そんな悪霊はそういないはずだ。
「売れている芸能人ほどいい家に住む。みたいなものね」
里奈が言わんとしていることはなんとなく理解できた。
俺は、古い価値のある美術品・工芸品ほど制作者や所有者の思念が篭りやすく、それにある種の残留思念体である霊が引き寄せられるのだと思っているけど。
「さて、とっとと終わらせて持って帰ろう」
俺は神刀ヤクモを取り出すと、次々に悪霊憑きの品を斬っていく。
先に悪霊が顔を出すこともあったが、それも一緒に斬ってしまうので同じことだ。
悪霊たちは数分ほどですべて天に召され、さらに万が一に備えて、自作した霊水を念入りに部屋中に撒いて除霊を終わらせた。
「早いなぁ」
「ここの品で、左膳寺左衛門ほど厄介な悪霊が憑いている品はないから」
神刀ヤクモさえあれば、簡単に除霊できる。
お札でもいいのだが、最近納品するものが多くて節約をしていたのだ。
それもあり、今まではお札を使っていた久美子も、今では笏を変形させて使う神木でできた棒を使っているくらいなのだから。
「じゃあ、そういうことで。いただいていきますよ」
「ああ、約束だからな」
俺は、除霊した品をすべて『お守り』に仕舞い、今日はそのまま自宅へと戻るのであった。
それにしても、この会長の腹が読めないな……。
こんなに高額の美術品や工芸品を無料でくれるなんて……。
「会長、各支部の『封印庫』が空いて、支部長たちが大喜びですね」
「ああ、これで新しい厄介な品を受け入れられるな」
最近、除霊師の実力が落ちたせいで除霊できず、除霊師協会や除霊師一族預かりの美術品や工芸品が増え過ぎて困っていたのだ。
価値のある品が多いとはいえ、所持しているだけで死ぬとなれば、そんなものは無価値どころか厄介の種でしかない。
所有者たちが藁にも縋る思い、断腸の思いで所有権を放棄しているのに、これ以上受け入れられないなんて、日本除霊師協会の恥だからな。
それを公言するわけにもいかない以上、広瀬裕に除霊してもらった美術品や工芸品をやるくらい、どうということもない。
保管には莫大なコストがかかるというのもある。
「金よりも信用が大切な時もあるのだ。これで暫くは大丈夫なはず……」
「実は、海外からの問い合わせもありまして……」
「海外……思ったよりも保たないかもしれないな」
除霊師の実力低下は、世界共通の悩み事か……。
となると、桜には頑張ってもらうしかないな。
拙僧が嫌いという共通の話題があれば、他の娘たちの間に割って入れるやもしれぬ。
そのためには、嫌われ役を続けていた方が都合がいい。
「裕君、こんなに日本刀をどうするの?」
「霊刀宗晴と同じさ。除霊して安全になったので、これを霊刀へと反転させる」
戸高ハイムにある自宅に戻った俺は、広いリビングのフローリング床の上に数十本の日本刀を並べた。
過去の名だたる名工の作ばかりであるが、すべて実際に人を斬ったことがあり、そのせいで悪霊に取り憑かれていた、いわくある品ばかりであった。
高いものは一本数千万円ほどするそうだが、これを上手く反転させて霊刀にすれば、使用者の霊力を元にお札と同じ効果を発揮する。
涼子の髪穴もそうだが、霊器とは除霊師の霊力をエネルギーとして怨体と悪霊を除霊する武器。
これらは当然、優れた技量を持つ鍛冶師にしか作れない。
現在、なかなか新しい霊器が生まれず、既存の品を除霊師たちが大金で奪い合っているのは、現代の刀工や武器職人に力量がないから……とも言えなかった。
現代の刀工たちの作品が過去の名工の品と比べて極端に落ちるということもなく、要は一度悪霊のせいで魔・負の方に偏った武器を除霊師が反転させられないからなのだ。
例えば霊刀を新しく作るとして、まずは普通の刀工が優れた刀を打つ。
これに根気よく毎日霊力を沁み込ませていくのだが、とにかく完成に時間がかかる。
場合によっては数百年ほどかかるケースもあり、とにかく一から霊刀を作るのは手間とコストと時間がかかるのだ。
「面倒なのね」
里奈は、並べられた刀を見ながらそう呟いた。
「そこで、魔・負に犯された武器を『反転』させる方法が編み出された」
要は、一度悪霊などに取り憑かれた武器や防具を、聖・正の側に反転させるわけだ。
「マイナス1の刀を反転させるとプラス1だけど、マイナス100の刀を反転させればプラス100みたいな感じってこと?」
「そう、それ」
「じゃあ、もっと霊器ってあってもよくない?」
「だから、反転させる前にその武器に取り憑いている悪霊を除霊しないと作業ができないじゃないか」
ここで、時が経つにつれて除霊師の実力が落ちてきていることが響いていく。
次第に武器に取り憑いた悪霊を除霊できず封印・保管される武器が増えてきたのだ。
そうなると反転させる武器がないわけで、さらに一度霊器になった武器でも、また悪霊に反転させられてしまうことだってある。
除霊師が悪霊に殺されてしまい、持っていた武器が魔刀になることだってあるのだ。
殺された除霊師が悪霊化するケースもあるので、霊器が魔・負の側に反転することだって当然あるというわけだ。
「他にも、手入れが悪くて壊れてしまったとか、所持していた除霊師の死後に行方不明になってしまった霊器もある」
なかなか新しい霊器が生まれない以上、除霊師たちは徐々に減っていく霊器を奪い合うわけだ。
霊器があれば、お札よりも悪霊を除霊しやすいのだから。
「霊器の存在は大きいわね。私も髪穴を得てから、全然除霊の効率が違うもの」
涼子の髪穴は父である安倍清明の形見であり、これを彼女が手に入れたのは幸運であろう。
俺から見ても、髪穴は素晴らしい霊器であった。
「過去には、除霊師の子供二人が、父親が使っていた霊器の取り合いで殺し合いになったこともあるから」
「涼子は大丈夫なの?」
「うちの場合、本妻の子供たちに霊力がないのよね。それに、父の遺言でもあるから」
涼子は、安倍清明の霊から直接髪穴を譲ると言われたそうだが、実はそのあと、彼の本妻とその子供たちが使えもしない髪穴の所有権を主張して大騒ぎだったと聞いた。
だが彼の遺言が残っていて、それには髪穴は涼子に譲ると書かれていたそうで、渋々ではあるが諦めたようだ。
他の遺産はすべて本妻と子供たちが相続するようにと書かれていたので、本妻側としては『愛人の子供に不動産や有価証券・預金などを渡さなくてよかった』と思ったらしい。
「それもどうかと思うけどね」
「あの人たち、あまり霊力がないのは仕方がないとして、この手の知識にも疎いのよ。髪穴の価値とか全然わからなかったみたい。私は、父が使ったこれがあればいいわ」
父親の遺産よりも、使っていた霊器を望むか。
さすがは、生粋の除霊師とでもいうべきか。
「それに、これがあればいくらでも稼げるから」
確かに、涼子もレベルが大分上がったので、除霊で苦戦することはほとんどないはずだ。
髪穴があればほとんどお札は必要なく、上位の悪霊にも対応可能なので、安倍清明の遺産はいらないわけだ。
母方の実家が大金持ちってのもあるんだろうけど。
「結局、霊器不足の原因も、今の除霊師に力がないからなんだね」
「大凡、久美子の言ったとおりだな」
この世界に戻って来てから、『これは!』と思った除霊師は、安倍清明くらいだからな。
亡くなった祖父さんは彼よりも上だというけど、実際に確認したことがないのでなんとも言えなかった。
「さてと、これらを全部反転させるかな。ちょっと手伝ってくれ」
「わかったよ、裕ちゃん」
「任せて」
「いいわよ、裕」
「私も手伝うわ」
「「「「ええっ!」」」」
なんと、葛城桜も除霊が終わった品の反転を手伝うと言ったので、俺たちは思わず驚きの声をあげてしまった。
「なんの魂胆で?」
「そんなものはないわよ。どうやら私は、除霊師として生きていくしかなくなってきた。使える霊器となるとやっぱり弓がいいわけで、あの那須与一の弓をせめて貸してもらわないと」
せっかく弓道部のあるうちの高校に引っ越してきたのに、会長のせいで弓道部にいられなくなってしまったからな。
さらに、まだ自分が除霊師として未熟であることにも気がついている。
今はとにかく、自分が強くなるしかないと思っているようだ。
だが……。
「葛城先輩、一つ聞きたいことがあるのですが」
「なに? 清水さん」
「なにか変なモノが見えたりしませんか?」
「怨体や悪霊なら、大分前から見えるけど。他になにか見えないと除霊師として駄目なのかしら?」
「いいえ、そんなことはないです」
残念ながら、葛城桜にはステータスが出ないようだ。
色々と試した結果なんだが、今のところステータスが見えるのは、俺と久美子の両親(ただし、除霊師の適性なし)。
あとは、久美子、涼子、里奈のみであった。
竜神様たちは神様なのでステータスが出なかったし、銀狐も同じだった。
神様はレベルアップしないようだ。
それと、多分双方に信頼する気持ちがなければ出ないんだろうな。
葛城桜は最初俺を胡散臭いと思っていたから、まだステータスが見えるほど俺を信頼していないのであろう。
「とにかく、まずはこれらの武具をすべて反転させるから」
俺は刀を使うので、霊刀の予備は多い方がいいだろう。
かなり多い予備になってしまうが、多すぎたら売ればいい。
高く売れたら、俺の小遣いも増えるという寸法だ。
ふと考えてみたら、俺はこの世界に戻ってから数十億を稼いだのに、俺の一か月の小遣いが二万円というのは酷いと思う。
信じられないことに、これでも以前より上がっているのだから凄い。
ヘソクリの確保は、俺の緊急課題というわけだ。
「裕ちゃん、美術品とか工芸品はどうするの?」
「こうします」
これは霊器にする必要などないので、悪霊が憑きにくいようにさらに浄化、クリーニングするような感覚だな。
久美子たちに並べてもらった品々に強力な治癒魔法をかけると、長年悪霊が憑いていた後遺症でくすんで見えていた美術品・工芸品の類は、すべて綺麗な状態に戻った。
「古い割に、随分と綺麗なのね。保存状態がいいというやつね」
悪霊が憑いていた品の唯一の利点は、悪霊が憑いているがゆえに劣化しない点にあった。
憑いている品が古くなって壊れると悪霊たちが困るので、経年劣化を抑えるのだ。
ただ、悪霊がついているせいで暗く見えたりくすんで見えたりするので、除霊しないとその効果がわかりにくいというのもあった。
それと、低位の悪霊や怨体が憑いていた品は、普通に古くなるので、それは軽く治癒魔法で治しておくか。
「こんなものでいいよな」
俺には絵や掛け軸、彫刻、工芸品などの正確な価値はわからないからな。
鑑定は後日ということにしよう。
「続けて武具の類だが、まずはこれを巻いてくれ」
まずは用意した大量の白い布を、大きめのタライに入れた自家製霊水の中に浸す。
次に、この布を刀などの武具に巻き付けていくのだ。
「裕、これだけで反転できるの?」
「まさか」
さらに、これに俺の霊力がゼロに近くなるほどの治癒魔法を重ねがけしていく。
こうすることで、悪霊憑きの古い名刀が霊刀に反転するのだ。
まずは悪霊の影響で刀に染み付いた悪いものを浄化し、次に聖の気を沁み込ませていく感じだ。
「新しい刀だと、こう簡単には行かないけど」
「新しい方が、新だからやりやすいんだと思った」
「新しい武具は硬いからね。タオルみたいなものさ」
新しいタオルは、水をよく吸わないのと同じようなものだと思う。
悪霊に憑りつかれ、悪い気に浸された武具の類は、悪いものを取り除いてしまえば、新品のものよりも聖の気を吸収しやすいわけだ。
「霊水に浸した白い布で悪い気を浄化して取り除く。次に、俺が治癒魔法の重ねがけをする。以上だ」
「わかったよ、裕ちゃん」
「意外と簡単なのね」
「俺が覚えた方法は、霊力の多さを生かした方法だから」
自分で武具を作ったり、刀を打つとなると、向こうの世界にいた三年では習得できなかったはず。
大量の霊力を用い、力技で魔・負に傾いた品や武具を聖属性にしてしまう。
弱点は、管理を怠ると簡単にまた魔・負の側に反転してしまうことであろう。
「とはいえ、一からこの手の霊器を作れる職人なんて、この世界では少ないから」
だから、有名な除霊師一族が古い霊器を抱え込み、実力がある除霊師が大金で手に入れるわけだ。
実力がある除霊師なら、お札代を考えると、長い目で見たら霊器の方がお得という考え方もあるからだ。
「那須与一の弓も、霊器にできるのかしら?」
「それは勿論。元々、この弓は霊器だったから」
那須与一が除霊師をしていた時は、この弓も霊器だった。
このように、優秀な霊器が呪われた武具と化し、その逆もよくあるというわけだ。
「では、作業をお願い」
「わかったわ」
「この弓が霊器になったら、生臭ジジイ悔しがるかしら?」
元は、会長が住職をしている寺が預かっていた品だからな。
除霊できないから封印していたものを、俺が霊器に反転させてしまえば、会長も気分はよくないかもしれない。
「とにかく、報酬として貰ってきた品を全部浄化・反転させてみよう」
まずは、数十本の刀を含む武具に霊水で浸した白い布を巻いていく。
すると、すぐに黒いシミが浮かび出てきた。
「悪霊を浄化しても、こういう風に悪いものは出るのさ」
三十分ほど放置すると、白い布の上にさらに多くの黒いシミが浮き出てきた。
布が汚くなったので新しい白い布を巻いていく。
同じ作業を何回か繰り返してから、もう一度綺麗な白い布を巻き、今度はみんなに部屋を出て行ってもらった。
なぜかというと、これから治癒魔法を重ねがけするので、人がいると治癒魔法が人の方に作用してしまうからだ。
これは、その人が無傷でもそうなるので、部屋から出て行ってもらうしかないのだ。
「じゃあ、行くぞ!」
全力で、俺の霊力が尽きる寸前まで何度も繰り返し部屋にある武具に治癒魔法をかけていく。
一時間ほどで作業が終わり、部屋に戻ってきた久美子たちが白い布を取ると、反転させた武具は霊器独特の青白い光を放つようになった。
「あとは、美術品や工芸品の類かな」
霊力回復薬で霊力を回復させてから、他の美術品などの浄化も行っていく。
こちらは霊器にする必要がないので、武具ほど手間はかからなかった。
「裕ちゃん、これってゴッホの『ひまわり』に見えるけど、本物かな?」
「本物だと思う」
俺に芸術品の鑑定眼はないけど、この手の美術品は優れた芸術家のものほど厄介な悪霊が憑きやすいのだ。
芸術家が気持ちを込めて制作したものなので、悪霊が魅かれやすいというわけだ。
「ゴッホの『ひまわり』は、『花瓶に挿された向日葵をモチーフとした油彩の絵画』という定義なら七点あると言われ、そのうち六点は現存が確認されているわ。これは、幻の七点目かしら?」
涼子は職業上、美術品にも詳しいようだ。
俺たちに絵の説明をしてくれた。
「幻の七点目ねぇ……涼子、七点目自体が本当に存在するの?」
「これがそうなんじゃないの? 確かに裕君は美術品に詳しくはないけど、霊的な視線で優れた美術品の判定はできるもの。葛城先輩は、会長からなにか聞いていませんか?」
「武具もそうだけど、美術品の類は悪霊が憑きやすい。そういう品を除霊師や日本除霊師協会が預かることはあるって。その『ひまわり』は、戦前にある貿易商が所有していたそうよ」
ところが、その貿易商は商売に失敗して最後に自殺してしまった。
そんな彼が死ぬまで手放さなかったのが、この『ひまわり』ということらしい。
「死後、『ひまわり』は色々な人の手に渡ったけど、どの人も長生きできなかったそうよ」
その理由は、『ひまわり』に自殺した貿易商の悪霊が憑いていたから。
さらに立て続けに所有者が死んでしまったため、彼らの霊も悪霊化して霊団を構成するに至ったのだという。
「除霊が困難なうえに、こんな絵を美術館に寄贈するわけにもいかず、その結果、日本除霊師協会の封印庫に封印されていたわけ。それを、他の厄介な品も含めて全部簡単に除霊してしまうあんたも大概だけど」
「できるから仕方がない。ゴッホの他にも、ルノワールくらいはわかるけど……」
悪霊に憑りつかれたせいで、死蔵されている美術品のなんと多いことか。
世界中で、同じような美術品は沢山ありそうだな。
「それで、浄化した品はどうするの?」
「当然使う!」
全部無事に反転させ、過去の名工の作が見事霊刀になった。
日替わりで使ってみよう。
某海賊漫画のキャラみたいに、口に銜えて一度に三本使うとか?
さすがにあれは、物理的に不可能か。
「裕ちゃん、結構他の武器もあるね。武器だから、人を斬ったりする関係で悪霊に憑りつかれやすくなるのか」
「そんなところだな」
その武器に斬り殺されたので、悪霊化して憑りつき持ち主に復讐する。
死んでもその武器が忘れられないので、死後悪霊化して憑りつき独占しようとする。
昔は実際に戦で使われたものなので、こういう品は悪霊に魅入られやすいのだ。
「ナギナタもあるわね」
「涼子、使う?」
「ナギナタも使えなくはないけど、私は髪穴があればいいわ。これはお父様の形見だから」
涼子は、あくまでも父親から受け継いだ名槍に拘るようだ。
「私は、武器とか苦手というか、どうやって使えばいいのかわからないのよねぇ……」
歌って踊る里奈に武器は必要ないのか。
完全な後衛メンバーなので、最悪お札で身を守った方が確実と言える。
「じゃあ、鎧とか使う?」
「動けないじゃない」
反転させた武具の中に鎧兜の類もあったのだが、これなら俺が向こうの世界から持って帰った白衣で十分なんだよな。
むしろ、鎧兜よりも防御力はあるくらいだから。
「じゃあ、今日はこれで作業は終わり」
美術品は売り飛ばすという手もあるのか。
そんなことを考えていたら数日後……。
「私は『ギャラリー本物』の田中です! ここに七点目のひまわりがあると聞いて! 十億出します!」
「こいつは胡散臭い美術商として有名ですからね。私が二十億で買いましょう」
「私が買います! 三十億で!」
「ワタシ、トアルカタノダイリニンデス。ヒマワリ、ゴジュウオクデカイマス」
「ワタシハ、アルカイシャノオーナーノイライデキマシタ。ヒマワリ、ナナジュウオクデカイマス」
「あの腐れ会長が!」
どうりで呆気なく所有権を手放すと思ったら……。
あの会長、彼らから紹介料くらい取ってそうだな。
「裕ちゃん、それでひまわりの相場っていくらなの?」
「見当もつかない」
仕方がないのでオークションに出したら、とあるアラブの石油王の代理人をしている美術商が百五十億円で買っていった。
ただのひまわりの絵なのに……。
他の美術品も彼らがまるでハイエナのように買い取っていき、俺たちは合計するととんでもない金額が記載された小切手の束を見て、お金ってあるところにはあるんだなと思ってしまったのであった。
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