第42話 銀狐
「裕じゃない。元気してた?」
「あれ? なにしているの沙織姉ちゃん」
「なにって、見ればわかるじゃないの。巫女さんのアルバイトよ。叔父さんに頼まれてね。私、戸高大学の学生で簡単に通学できるから。あら、久美子ちゃんじゃない。綺麗になったわね」
「沙織さん、お久しぶりです」
放課後、実家に顔を出したら、従姉の沙織姉ちゃんが巫女服姿で社務所内にいた。
彼女は父の弟の娘なのだが、叔父さんは早婚だったので、沙織姉ちゃんの方が年上だった……父がモテないのは、俺がそうであるように血筋……今はそうでもないか。
「沙織姉ちゃん、彼氏できた?」
「ふんっ!」
「痛っ!」
なんだ。
沙織姉ちゃんもこちら寄りか。
そういえば叔父さんが、『沙織にはまったく男っ気がなくて、父親として逆に心配になる』とか言っていたからな。
二つ返事で巫女のアルバイトを引き受けるあたり、スケジュールの都合を聞く彼氏がいないのは明白か。
「裕のくせに生意気な。私が巫女を始めた以上、すぐに人気者になるのは確実よ」
「はあ……」
沙織姉ちゃんのその自信は、一体どこからくるのであろうか?
でも、不思議なんだよな。
沙織姉ちゃんは客観的に見ると結構綺麗なんだけど、彼氏がいた話を聞いたことがない。
「性格に難があるんだな」
「ふんっ!」
「痛っ!」
あと、俺にすぐ拳骨を落とすところとか。
「裕、私は忙しいのよ。明日から友達もアルバイトに来るから、その受け入れ準備もあるし」
両神社の参拝客が急に増えて人手不足だそうで、沙織姉ちゃんは急遽巫女さんのアルバイトを始めたのだそうだ。
時給は親戚価格なのと、うちは最近儲かっているのでかなりいいそうだ。
さらに、同じ大学に通っている友人を紹介すると紹介料が入るらしい
うち、一応宗教法人なのにそんなことして大丈夫か?
沙織姉ちゃんは戸高市内にある戸高大学に通っているため、簡単に通勤できるのもよかったらしい。
そんなわけで、明日からは巫女さんの数がかなり増えるのだそうだ。
「あれ? でも前は、スーパーでアルバイトしているとか言ってなかったっけ?」
「裕、人生において時間は有限なのよ。そして、ここは時給がいいの」
確かに、このところうちは儲かっているからな。
儲けすぎると税金がとても高くなるとかで、節税も兼ねて、神職の人たちや巫女さんの給料をかなり上げたそうだ。
宗教法人は無税という話を聞くが、当然営利事業には普通に税金がかかる。
竜神会も、菅木議員に紹介してもらった税理事務所に経理を見てもらい、ちゃんと納税はしていた。
「そういうことを、巫女さんがあまり口に出して言わない方がいいかもしれない」
「もう就活しなくてもいいし、アルバイトは増やせるしで、ラッキーって感じ」
「そうなの?」
沙織姉ちゃんは竜神会に就職するのか。
完全なコネだけど、沙織姉ちゃん頭がいいから父が必要だと思った……ことにしておく。
「あと、職場でいい彼氏を見つけるわ」
「頑張ってね」
そういうことを堂々と言ってしまうから、沙織姉ちゃんにはなかなか彼氏ができないのかもしれない。
俺はそんな気がしてきた。
「いい人いないの? 裕はこのところ、女の子を何人も引き連れて中東の王様みたいだけど」
「なんだよ。その微妙な例えは」
確かにこのところ、久美子、涼子、里奈と一緒に登下校し……同じところに住んでいるから当然だけど……日常生活に必要な買い物をしたり、除霊も一緒にやっているから、同級生たちから『広瀬は死ねばいいと思う』とか言われているけど。
「竜神会で? いなくもないけど、沙織姉ちゃん、異常にハードルを高く設定するから」
要するに、高望みし過ぎなのだ。
いわゆる三高狙いで、条件が悪い男の人からのアプローチを受け入れないのだから。
「もっといい男の人は?」
「そんなもの、そう都合よくいるか……「よう、広瀬たちじゃないか」」
とここで、意外な人物が俺に声をかけてきた。
それは、担任の中村先生であった。
「先生、どうしたんです? 急にうちの神社に」
「戸高第一高校に赴任してきてから、この神社に参拝したことがなかったのでな。特になにか特別な理由があるわけではないぞ」
「「「「「……」」」」」
とは言うのだが、俺たちには中村先生の目的がわかってしまった。
それは、この世の神社が参拝客寄せによく使うもの。
縁結びの神様を祭り、恋愛おみくじ、縁結び絵馬、その他お守りなどのグッズを発売することであった。
先日失恋したばかりの中村先生からすれば、ここは一度神に縋っておこうというわけか?
「ああ、あと。年末年始は、うちの生徒たちがここでアルバイトするかもしれないからな」
神社にとって、年末年始は初詣があるので稼ぎ時だ。
巫女さんの数を増やすことは確実で、沙織姉ちゃんのコネで集めるのにも限界があるから、神社の方で募集するはず。
となると、うちの高校の生徒たちの中に応募する者も出るのは確実であろう。
ただ、だからといって中村先生が下見に来る意味はない。
門前町の時も、喫茶店の洋子さん目当てだったからなぁ……。
額面通りに受け取れないのは仕方がないと思う。
「裕、こちらの方は?」
「担任の中村先生だよ」
「どうも、広瀬君の担任の中村です」
いきなり俺を『広瀬君』と言い換えるあたり、中村先生は女子大生で見た目はいい沙織姉ちゃんに目をつけたようだ。
だが、沙織姉ちゃんは高望み女である。
地方公務員の中村先生では厳しいかもしれない。
「(裕ちゃん、あの二人どうなるかな?)」
「(無理なんじゃねえ?)」
問題は、沙織姉ちゃんの高望みであろう。
しかも、まだ女子大生だから別に焦る必要はないという。
「(こうやって、女性は嫁き遅れていくのね)」
「(高望みかどうかは知らないけど、中村先生も微妙だものね)」
本人たちに聞こえていないと思って、みんな随分な言い方だな。
これも女子高生の余裕というものか?
「あなたのような方がいれば、安心して生徒たちも巫女さんのアルバイトに来れますよ。では……」
そんな確認、いちいち必要なのかという仕事を終えた中村先生は、沙織姉ちゃんと話して満足できたようだ。
どうやったのかは知らないけど連絡先も聞いたようで、嬉しそうに神社をあとにした。
それだけのスキルがあるのに、中村先生ってなせかモテないんだよなぁ……。
「裕ちゃん、私たち中村先生と親戚になるのかな?」
「ないと思いたい……」
「相川さん、さり気なく『私たち』って言ってるけど、沙織さんは裕君の親戚で、相川さんとは関係ないじゃないの」
「裕、私たちって中村先生の親戚になりそう?」
「葛山さん! あなたまで! 裕君、わっ、私たち、中村先生と親戚になるのかしら?」
三人とも、それは将来俺と結婚するから、もし俺の従姉である沙織姉ちゃんと中村先生が結婚した場合、自分は彼とも親戚関係になってしまうことを案じている?
「裕、久しぶりに会ったらモテモテじゃない……あっ、そうだ! 従姉弟同士でも結婚できるのよね。裕は優良物件になったから、結構狙い目かも」
沙織姉ちゃん、そこで火に油を注ぐような真似はやめてくれ。
「沙織さん、今度一緒に除霊に行きましょう。格段に厄介な奴の」
「そうね、そこで事故があってもそれは仕方がないといいますか……よくあることですから」
「事故だものね。しょうがないよ」
三人とも、怖いことを言うな。
だけど、俺と沙織姉ちゃんが相思相愛とか決してないから。
だってこの人、もの凄い面食いで三高の男性が好きなのだから。
除霊中に謀殺するなんてリスクを負う必要ないと思う。
「裕、あんた、この子たちやめた方がいいんじゃない?」
「普段は優しいから……」
沙織姉ちゃんが、変なからかい方をしなければな。
「私は年上がいいんだけどね」
「じゃあ、中村先生は?」
「あの人は微妙じゃない。キープするかもって程度?」
残念ながら、中村先生は今回も失恋しそうな気がしてしまう俺であった。
「ただいま、お兄ちゃん」
「えっ? 俺がお兄ちゃん?」
「裕、あんた妹なんていたの?」
「俺は一人っ子のはず」
「もしかして、裕君のお父さんが外で……」
「みんな、私に対する風評被害はやめてくれ」
実家の居間に入ったら、そこに一人の幼女がいた。
キラキラ輝く白銀色のショートカットと、今時珍しい着物姿が特徴で、年齢は五歳ほどだと思う。
そんな幼女が俺を『お兄ちゃん』と呼ぶので、久美子たちの視線は同じくこの場にいた父へと向かっていた。
父が浮気して外で作った、俺の異母妹だと思ったようだ。
父は、速攻でそれを否定していたが。
「小父さん、最近景気がいいから隠していた子を認知したんですか?」
「久美子ちゃん、それはとてつもない誤解だと思う。第一、そんなことをして、私が無事なわけがあるかい?」
「そういえば! もしそんなことをしたら、小母さんにボコボコにされますよね」
うちの母さん、怒らせると怖いからな。
それに、うちの父にそんな度胸はないと思う。
「その子は、戸高ハイムのお稲荷様だよ」
「ああっ! あの時の子ギツネか!」
竜神池のお稲荷様が保護してきた子ギツネが、ついに人間に変身できるようになったわけか。
「ですが、早いですね」
「そんなものなの?」
あまり心霊や神様に詳しくない里奈が、涼子に疑問をぶつけた。
「あの子ギツネの状態から、ここまで大きくなり、人間に変身できるようになるには、あと数十年かかると思っていたけど」
「普通のキツネじゃなくてお稲荷様なのに?」
「この子は、祭られていた社を失って長年町中に佇んでいたのよ。その間、当然お稲荷様としては成長できないわ」
むしろ、お稲荷様としては退化しかねない事態だと、涼子は説明を加えた。
お稲荷様は、妖狐にでもなったら別だが、祭られていなければ成長できないという特徴があったのだ。
「竜神池のお稲荷様とは違うんだね」
「僕は元々九尾の狐で、半分神みたいなものだからね。それに、竜神池稲荷神社はなくなったわけではないから」
突然居間に人間姿のお稲荷様が入ってきて、久美子に対し『自分は特別だから、そう簡単に退化なんてしない』と断言した。
「この子は、戸高ハイムにある『戸高西稲荷神社』のご神体で、ちゃんと綺麗に祭られているし、戸高赤竜神社、戸高山青竜神社の影響も強くて、早めに成長しているんだよ」
なるほど。
だからこの子ギツネは、成長が早いのか。
竜神様たちにしても、人間の姿の分身体を外に出せるようになるまでそんなに時間はかからなかった。
これが『信仰の力』というわけか。
沢山の参拝客が来るようになったから、一人一人の信心は小さくても数が集まればというやつなのであろう。
某漫画の〇気玉みたいなものだ。
「それで、なぜ俺が『お兄ちゃん』なんだ?」
「うん? お兄ちゃんだから」
「裕は『銀狐(ぎんこ)』に気に入られたようだね」
「銀狐?」
「この子の名前さ。とても綺麗な白銀色の毛が特徴なのさ」
お稲荷様が、子ギツネの名前を教えてくれた。
狐になるととても綺麗な白銀色の体毛か特徴なのだそうだが、今は人間の姿なので、綺麗な白銀色なのは髪の毛のみであったが。
「お兄ちゃん、温かいから」
そう言うと、銀狐は俺の膝の上に座ってしまった。
小さい女の子特有の高い体温が伝わってくる。
俺は一人っ子なので、妹って悪い気がしないな。
「裕、その子の面倒を頼むよ。同じ戸高ハイムに住んでいるだろう?」
「わかった」
聖域の西を守る『戸高西稲荷神社』のご神体だからな。
いくらお稲荷様でもまだ子供なので、もっと大きくなるまでちゃんと保護しないと。
「うちに住めばいいさ」
「ありがとう、お兄ちゃん。銀狐、大きくなったらお兄ちゃんのお嫁さんになってあげるからね」
「「「はぁーーー?」」」
このまま銀狐を預かって終わればほのぼのした話で終わるはずだったんだが、ここで彼女が爆弾を投下してしまったため、久美子たちの表情に少し修羅っぽいものが入り始めていた。
「人間とお稲荷様は、結婚なんてできないし……」
「できるわよ。過去にいくつか例があるから」
「本当なの? 涼子」
「元々、安倍晴明の母親も、白狐(びゃっこ)と呼ばれた妖狐だったから……」
初代安倍晴明の霊力の高さは、半分妖狐の血を継いでいたからというわけだ。
以後も、極稀に妖狐と結婚したり子を成す人間がいて、彼らの子孫も優秀な除霊師の素質を持っていたと言われている。
そんな能力も代を経ると徐々に落ちていき、最近では妖狐も人間と結ばれなくなり、余計に優秀な除霊師が出てこなくなったというわけだ。
「どうして俺なんだ? 銀狐」
「うんとね、お兄ちゃんはこうやっていると暖かいの。霊力が一杯」
俺は、カイロかバッテリーみたいな扱いなのか?
もしくは、スマホの充電器?
「銀狐はまだ幼いから言葉が足りないんだね。この子は、裕が竜神様たちや僕を解放してくれたおかげで自分も助けてもらえたと、君に感謝しているのさ。あと、妖狐の類は霊力が多い人間が好きなんだよね。一緒にいると心が落ち着くから」
妖狐にとっての除霊師って、マイナスイオンとかリラクゼーション的な扱いなのであろうか?
「でもね。妖狐は情が深いんだよ。いい奥さんになると思うなって! 三人とも、そんな目で僕を見ないで……」
お稲荷様、久美子たちの前で変なことを言うから……。
「私だって、裕ちゃんのいい奥さんになるもの!」
「私だって! 除霊師としても夫を支えるいい妻になるし」
「私は裕のいいところよくわかっているから! その子ギツネみたいにカイロ扱いしないもの!」
「ふぇ? お兄ちゃん、私は四番目?」
「お稲荷様、この子って……」
「ああ、妖狐って、一夫一婦制とか人間の流儀に拘らないから。よかったね、裕」
「よくはないだろう……」
「とにかくさ、僕よりも裕の方に懐いているから頼むよ。あっそうだ! この子をちゃんと面倒見れる女性って、将来母親としても有望だよね。裕も聖域の守護のため、ちゃんと子供を作らなければいけないのだから」
「はいっ! 私が面倒見ます!」
「ここは私が」
「私、意外と子供受けいいから」
もう少し大きくなるまで、俺たちは銀狐を預かることになった。
とはいえ、俺たちに子育ての経験などなく、さてこれからどうしたらいいものか……。
「お昼はここで預かってもらえばよかろう。銀狐も一般社会について学べるのだから」
戸高西稲荷神社のご神体である銀狐を預かったのだが、俺たちは昼間学校に行っていて、面倒を見れなかった。
どうしようかと思っていたら、菅木の爺さんが助け舟を出してくれた。
竜神会で働く人が増えたので、従業員たちの子供向けに保育園を運営することになったのだが、そこに銀狐を預かってもらうことになったのだ。
神社といえば幼稚園・保育園を経営しているところが多かったが、うちもそれに見習ったわけだ。
従業員向けの福利厚生でもある。
銀狐を預かってもらい、大きくなるまでに人間の常識を学ぶわけだ。
「ギンコちゃん、遊ぼう」
「うん」
最初はとまどっていた銀狐であったが、すぐに慣れて友達もできたようだ。
楽しそうに他の子供たちと遊んでいる。
こういう光景を見ていると、俺もちょっとだけ父親になった気分だ。
「若いと慣れるのが早いよね」
「妖狐の年齢は、見た目だけだとあてにならないけどな」
実は、銀狐だって俺よりも圧倒的に年齢は上だからな。
お稲荷様にしても、見た目とはまるで違う年齢のわけだし。
「僕は『叔父さん』って扱いで、たまに銀狐を送り迎えしているけどね」
お稲荷様は銀狐を拾ってきた責任を果たすべく、たまに保育園への送り迎えを担当するようになった。
ちゃんと完全に面倒を見ないところは、狐のゆえの気まぐれさという感じだが。
「父親じゃないんですね」
「ああ、それなら勝手に噂が流れていてね」
そう発言するお稲荷様の隣で、なぜか父が泣いていた。
「小父さん、どうかしたんですか?」
「ううっ……勝手にあの子の父親が私だって噂が流れていて……保育園って、竜神会の従業員か関係者しか利用できないから……」
銀狐の親らしき従業員は見当たらないのに、突然この保育園に彼女が入園できたのは、父親が竜神会のお偉いさんだからだ。
さらに、銀狐が俺を『お兄ちゃん』と呼んでいるため、彼女は父の隠し子であろう、ということになってしまったそうだ。
「濡れ衣なのに……」
「あの子がもう少し大きくなるまで待ってくれ。これも聖域のためだ」
竜神会の経営も上手く行っているのだから、このくらいの噂は我慢してくれ。
しかもその子は、将来神社のご神体になるのだから。
菅木の爺さんにそう説得されるも、暫く父はさめざめと涙を流していたのであった。
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