第39話 神の歌い手、踊り手
「爺さん、結局朝生康太の件はどうなったんだ?」
「若い裕には納得できないかもしれないが、死人に口なし。死人に罪を押しつける結果になったな」
「罪を押しつけるも……生霊の状態ながらあいつがやったことだろう? 自業自得じゃないか」
「若いのにドライな奴だな」
「異世界の王国で戦ってたんだ。色々とあったのさ」
「なるほど。こちらとしては、物分かりがいいのは助かるがな。若者特有の潔癖さ、正義感を見てみたいというのもある」
「そういうのは、異世界に置いてきたから」
俺が、タコの口をした久美子と涼子さんから無事逃げ延びた翌日、菅木の爺さんに今回の事件の顛末を聞いた。
朝生康太の母親が、息子の生霊を乗っ取った武藤恭也の悪霊によって殺された事件だが、それは息子の犯行ということになったらしい。
「武藤恭也はすでに処刑されて死んでいる。死人は人を殺せないというのが、警察の公式見解なのでな」
霊の存在を信じていない人たちが半数存在する以上、悪霊に殺された人の存在を認めるのは都合が悪いということだ。
本当は人間が殺したのに、悪霊が殺したのだと誤魔化そうとする殺人犯も出てきかねない。
それに悪霊は逮捕できないので、実は裏で協議して事故・自殺・他の殺人犯に罪を被せることもあるそうだ。
「もっとも、他人に罪を被せることは滅多にしないがな。だが、朝生康太の母親は首の骨を折られていた。首に手の跡が残っていたんだが、乗っ取られていたとはいえ、その手の跡は朝生康太のものであった」
基本的に、生霊は物を触れない。
だが、武藤恭也の悪霊に乗っ取られ、融合した結果、人間の首をへし折り、手の跡をつけるまでの力を得たわけだ。
その手が朝生康太の手であるという事実は、武藤恭也の悪辣さの証拠と言えよう。
彼は、朝生康太の影に隠れながら、大好きな殺人を楽しもうとしていたのだから。
「奴の手の跡が残っていた以上、朝生康太の無罪を証明するのは難しい。ちょうど、彼の魂もあの世に行ってしまったのでな。容疑者は母親を殺した後、罪の意識に苛まれて睡眠薬を飲んで自殺した。こういうシナリオでケリとなる」
アイドルのストーカー行為をしていたせいで、殺人犯として死んでいくのか。
理不尽……とは言えないな。
もしこのまま朝生康太が、生霊の状態で葛山里奈にストーカーしていた場合、夜眠れなくなった彼女が死んでしまったかもしれないのだから。
「朝生康太に罪がないとは言えないだろうからな」
いくら俺でも、悪霊に乗っ取られた生霊を助けることなどできない。
生霊の状態で移動するリスクを理解せず、悪霊に目をつけられてしまった時点で、彼は死ぬしかなかったのだ。
あの場に彼の生霊を放置したことを悪く思う人もいるかもしれないが、あそこで一旦除霊したとしても、また彼が生霊を肉体から遊離してしまえば同じことになってしまう。
むしろ居場所がわからない分、なにをしでかすかわからないため、葛山里奈の身に危険があったかもしれない。
コンサート客に取り憑き、彼女に襲いかかる危険もあったのだから。
これが生身の犯罪者なら、人権派弁護士などがうるさかったかもしれないが、朝生康太は生霊だった。
運が悪かったと思ってくれ、としか言いようがない。
第一、俺は除霊師で正義の味方ではないのだから。
「恨みを晴らすとかならまだ理解できるが、アイドルのストーカー行為のために生霊になるなんてな」
無知とは怖いものだ。
生霊になるのがどれだけ危険なのか理解していなかったばかりに、朝生康太は武藤恭也が犯した人殺しの罪を被って死ぬことになったのだから。
母親の方も、息子の行動を黙認どころか庇ってしまったがために死ぬ羽目になった。
朝生家は、この二人のせいで崩壊したのだ。
残された父親と兄はマスコミから逃れるため、仕事を辞め、家に引きこもっている。
じきに引っ越すはずなので、住処すら失ってしまったというわけだ。
「仕方がない。この世の中、バカは損をする仕組みなのだ。中には可哀想だと無責任に言う奴もいるが、他人様はなにもしてくれない。だから朝生康太はニートのままで、ついに己の願望を抑えきれず、あんなことをしでかした。裕、お前が気にすることはない」
「気にしないけど」
気にしないさ。
嫌な奴だと思われるかもしれないが、向こうの世界の三年間で嫌なことも沢山あって、その辺の耐性はついている。
己の欲のため、霊のことを甘く見てしっぺ返しを食らう人なんてどこの世界にもいるのだ。
「そうか。じゃあ、学生は学校に行け」
「よく言うよ。学生に大人の責任を被せているくせに」
「剛の孫ならできると思ってしまうのだな。それに、今回の事件を解決した裕にいいことがないわけでもない」
「いいこと?」
報酬はちゃんと出るんだが、成人するまで俺は小遣い制なのでな。
昨日今日で仕事の成果なんて貰えないはず。
「学校に行けばわかるさ」
「学校にねぇ……」
菅木の爺さんと別れた俺は、そのまま登校するのだが……。
「みんな、今日は転入生を紹介するぞ。葛山、入れ」
「葛山里奈です。よろしくお願いします」
「はあ?」
「「ええっーーー!」」
というか、お前。
次のコンサート会場に向かったのでは?
どうしてこの学校に転入してくるんだ?
日本で一番人気があるはずのアイドルが。
「「「「「おおっーーー!」」」」」
「お前ら! 特に男子。はしゃぎすぎるなよ」
すべての生徒は公平という観念から、担任の中村先生はクラスメイトたちに釘を刺したが、当然そんなものに効果はなく、他の学年やクラスからも彼女を見に来る人たちが続出して、その日は校内中が大騒ぎとなったのであった。
「私、トップアイドル辞めたから」
「はあ? 辞めた?」
「そう、それでここに引っ越すことにしたわけ」
放課後、葛山里奈を見に来る連中を振り切り、俺の家に連れてきて話を聞くと、葛山里奈はあっけらかんとした口調で、アイドル業を引退したのだと、俺たちに告げた。
そんな簡単に辞めたと言えるほど軽い事実ではないと思うのだが、彼女の表情には無念さなどは一切なかった。
「辞めたって……どうして?」
「生霊に最期まで祟られたのよ」
そう言うと、葛山里奈は久美子にスマホの画面を見せた。
そこには『とある親子を狂わせたアイドル、反省の色なし』という表題のワイドショー番組が流れていた。
「私のライバルのアイドルたちを抱える芸能プロダクションの仕業ね。朝生康太の母親の死も、彼本人がもうすぐ死ぬのも、私のせいって論調なの」
ほぼ言いがかりレベルの批判にしか思えない。
そのまま報道するマスコミもどうかと思うけど。
「私、枕営業とかしないのよ。だから芸能界のお偉いさんに嫌われていたの。だからじゃない?」
葛山里奈は、純粋に歌と踊りのみで日本のトップアイドルにまで成り上がった。
ライバルたちはそうでもなく、芸能プロダクションのお偉いさん、マスコミ業界の上層部、財界人、政治家などに体を提供している。
彼らからすれば、自分たちに体を差し出さなくても人気がある彼女が気に入らず、今回の事件を利用して追い落とそうとしているのだそうだ。
「そんなことあるんだな」
「そういうのって、週刊誌の記事だけだと思ってた」
「偉いスケベな年寄りって嫌ねぇ……」
若いアイドルの体を求める老人たちの中には、政治家もいる。
そう聞いた俺たちの視線は、一斉に菅木の爺さんの元へと向かった。
もしかして、今回の事件を処理したお礼として、葛山里奈に体を差し出すように言ったとか?
そんな風に思ってしまったのだ。
「お前ら……ワシをなんだと思っているんだ?」
「政治家で力もあるから……ねえ」
「さすがに、孫みたいな年齢の少女に興味などないわ」
菅木の爺さんは、葛山里奈は好みの女性の範囲外だと言い切った。
「じゃあ、女優とか?」
もっと年上の、女優とかならいいってことか。
「裕、確かに政治家にはそんな奴もいるが、ワシは違うからな!」
「「「……」」」
「信用のなさに泣けてくるな」
いやだって、裏でそういうことをしているかもしれないし。
別にしていても、俺たちとしては竜神会のために協力さえしてくれればという考えであった。
「別にやめなくてもいいんだけど。逆にうちの社長は止めたけど、もうアイドルはいいかなって」
「いいのかよ」
話を戻すが、彼女は本当にアイドルに未練など欠片もないようだ。
「だって、私は歌と踊りが好きだけど、別にアイドルじゃなくても問題ないわけだし」
アイドルじゃなく、プロの歌手になるってことなのか?
「私、実はスカウトされたのよ」
「スカウト?」
「我らだ」
「左様、この子の歌と踊りは、我ら神たちに捧げるにふさわしいのでな」
「定期的に神社の境内で歌と踊りを奉納してくれれば、我らも好都合というわけだ」
またも、赤竜神様と青竜神様が話に加わってきた。
葛山里奈に、自分たちの正体を明かしてスカウトするなんて。
もし断られたり、二人の正体が世間に暴露されたらどうするのだ。
「裕、その子は我らがただの人間でないことに、最初から気がついていたぞ」
「歌と踊りにも力があるのに、裕は気がつかなかったのか?」
「気がついてはいたけど」
そう。
葛山里奈は、微量ではあるが歌や踊りに霊力を籠められる人間だった。
無意識にやっているのだが、その微量な霊力と歌と踊りが反応して、彼女はデビュー後すぐに多くのファンを獲得したというわけだ。
歌い手や踊り子の中には、歌と踊りに微量ながら特別な効果……大半の人たちは、それをメンタルな理由に求める。
綺麗な歌声、ノリのいい歌を聞くと心が晴れる、体が軽くなる。
なにかをやる気になったり、実力以上の効果を出すといったことが起こるが、実はそれには治癒魔法や補助魔法の効果が微量混じっている。
霊力を消費して、ゲームでいうところの癒しの歌、テンションを上げる踊りを行っているわけだ。
葛山里奈にもその才能があるのだが、まさか竜神様たちに目をつけられるレベルとはな。
「その子は、除霊師としての実力もあるぞ」
「みたいですね……」
改めて彼女を見ると、俺の頭の中に彼女のステータスが浮かんできた。
というか、彼女も同類なのか……。
葛山里奈(神の歌い手、踊り手)
レベル:1
HP:40
霊力:20
力:8
素早さ:18
体力:20
知力:11
運:6
その他:神に捧げる歌、踊り
思っていた以上に、レベル1にしてはステータスが高いな。
これまでの葛山里奈は、自分に除霊師としての才能があるとは思っていなかったようで、俺も普段の様子からではあまり気がつけなかった。
コンサートの時に彼女の歌と踊りに引き込まれたので、そこで気がついたくらいだったのだから。
アイドルってのは意外と肉体労働なようで……何時間も歌って踊るのだから当然か……体力は高め、踊るので素早さも高い。
知力は普通で、運はちょっと悪いのか。
生霊にストーカーされたり、今回の事件でライバルたちからいわれのないバッシングをマスコミにリークされたりと、運が悪いというのは納得できる。
「ぶっちゃけ、私はある程度お客さんが来て、その人たちの前で歌と踊りを披露して、喜んで帰ってくれればいいのね。正直、今のコンサートは客多すぎ」
「世の中のアイドルとか歌手って、いかにお客さんを集めるかで必死なのに」
俺も涼子さんの言ったとおりだと思ったが、葛山里奈の場合、そこで歌と踊りをやれば勝手に客が集まる才能があるし、能力の関係でリピーター率もハンパないわけで、そんなにあくせくしなくても客は集まるという考えなのであろう。
生まれつきそうなのだから仕方ないが、他のアイドルや芸能プロダクションからすれば『嫌みな女』というわけだ。
「よって、これからは週末にでも歌を披露してくれればいい」
「その子の歌と踊りは、我らの力を増す効果があるからな。客を呼べば一層だ」
「えっ? うちと久美子の神社で?」
神社で、歌舞伎、能、歌、詩吟など披露するところはあるが、普通の参拝客たちが多数いるなかでの歌と踊りの奉納は敷地面積的に難しいと思う。
葛山里奈は人気があるので、多くの客たちで混乱しそうだ。
「別に、神社の境内でやらなくてもいい」
「左様、聖域内か、その近くならいいのだ」
「となると、あそこかな?」
俺は、葛山里奈が歌と踊りが披露できそうな場所をすぐに思いつき、早速みんなで様子を見に行くことにした。
「うわぁ、久しぶりに見たけどボロッ!」
「ここは、ちゃんと運営できているのかしら?」
両神社から歩いて数分の場所に、そのホールはあった。
軽く築半世紀は経っていそうな古いホールで、今にもひび割れた壁が崩れてきそうであったが、閉鎖などはされていないと聞く。
収容人数も一応千人ほどはあるそうで、今日も落語会が開かれていた。
俺も久美子も、『戸高ホール』の前まで来るのは久しぶりだ。
普段は学校の映画鑑賞会が行われたり、それほど有名ではないバンドのコンサートや、小さな劇団が巡業をしていると聞く。
映画鑑賞会は、俺と久美子も参加していた。
見てのとおりボロいホールなので借り賃は安いのだが、近年は施設の老朽化も激しく、建て直す資金もなく、どうするか持ち主は非常に悩んでいるそうだ。
「というわけで、ここは竜神会で買い取る予定だ」
「なんでも竜神会なんだな」
多角経営も大概な気がしてきた。
とても宗教法人とは思えないな。
「これも竜神様たちの思し召し。その子の歌と踊りが我らの力を増すのに必要ならば、竜神会は金を出す。儲かるだろうしな」
「儲かるのか?」
「儲かるさ。例えば、週に二回。ここでその子がコンサートを開く。客は千人収容なので、一人一万円取って一千万円。週に二回なので二千万円。一年は五十週ほどあるので、十億だな。空いている時には他の催し物をすればいいのだし、定期的にチャリテーイベントなどを行えば、外野も静まる。なっ、儲かるだろう?」
「いやいやいや、そんな机上の空論」
一万円の席が、そんなに都合よく埋まるわけないじゃないか。
それこそ、獲らぬタヌキのなんとやらであろう。
あっそうか!
政治家はタヌキが多いから!
「埋まるわよ。私を誰だと思っているの? つい昨日まで日本一のアイドルだった葛山里奈よ」
「やってみればよかろう。戸高ホールの経営者もこれで安心であろう。人手は、経営者を雇われの支配人にして、従業員たちも竜神会で継続雇用する。これで決まりだな」
「決断早いのね」
「相川のお嬢ちゃん、経営はスピードが命だぞ」
「菅木議員は、政治家でしょう?」
「政治家とて、スピードが命なのでな」
というわけで、老朽化していた戸高ホールは竜神会に買い取られた。
当然建て直す時間などないので、夜中に俺と久美子で老朽化した建物に治癒魔法をかけて修繕することになる。
「久美子、治癒魔法が上手になったな」
「治癒魔法を覚えたけど、人間は治さず、武具や建物ばかり直しているよね」
「怪我人も出ないからな」
治癒魔法の甲斐もあって、戸高ホールは無事オンボロで今にも崩れそうな見た目から、『レトロな作りのホール』にまで状態が改善した。
翌日から、菅木の爺さんの紹介で業者が入り、内装や新しい機具への交換などが始まる。
ホールに昔からある売店も改装され、自販機などもすべて入れ替える予定だ。
「突貫工事だな」
「今週末に、日本一のアイドルから、戸高市限定歌手に再デビューだからね」
「芸能プロダクションはなにも言わないのか?」
「今回の件でクビなのよ。表向きは、私が自分で辞めたことになっているけど。デビューしたばかりの頃、テレビ局のプロデューサー相手に枕営業するのを断ったら、そのことをまだ根に持っている幹部連中に社長が突き上げ食らったみたいで」
言いがかりに近い批判とはいえ、ついに彼女を庇っていた社長の心が折れ、プロダクションを辞めてくれと言われたそうだ。
ただ、さすがに事情が事情なので、残りのコンサートを中止した際の損害などは一切請求されなかったそうだ。
その交渉では、菅木の爺さんも暗躍したらしいけど。
「そこで、竜神会が作った芸能プロダクションに移籍したわけ」
「竜神会って、芸能プロまであるんだ。新しく作ったんだろうけど」
「あら、安倍一族が経営している芸能プロダクションもあるわよ」
竜神会が芸能プロダクションまで持つことを知って驚く久美子に対し、涼子さんはさも当然といった感じで答えた。
安倍一族も、芸能プロダクションを持っているのだと。
それは初耳だったな。
「除霊師の中にも、歌、踊り、楽器の演奏などで除霊する人たちがいるし、そういう人たちって大半が兼業なの。そういう人たちを管理するために、芸能プロダクションがあるわけ」
安倍一族経営の芸能プロダクションは、元々安倍一族が政財官と関係が深いので、結構有名な人たちが所属しているらしい。
「除霊師じゃない芸能人も多数所属しているしね。売れる芸能人って、どんな分野の人でも霊に敏感だったりするのよ。霊障を受けやすくもあって、そこに所属していれば安心ってわけね。稀に突然消えてしまう芸能人がいるけど、一定の割合で悪霊のせいだったりするし」
「それじゃあ、葛山さんが生霊の件で批判されるのはおかしいだろう」
「裕、私のことは『里奈』と呼びなさい。わかった?」
「ああ……」
「じゃあ、もう一度。里奈よ」
「里奈」
「はい、よくできました」
声に力があるからなのか、俺の本能がそう呼びたいからなのか。
俺は、すぐに彼女の名前を呼び捨てで言うようになった。
「裕君……私はいつまでも『涼子さん』なのに?」
そして、一つ問題が解決すると、もう一つ新しい問題が発生する。
里奈を呼び捨てで呼ぶようになった結果、唯一さんづけで呼ばれている涼子さんからも不満が出たのだ。
「言うほど親しくないからじゃないの? なんか涼子って真面目すぎって感じだし」
「そんなことはないわよ! ねえ、裕君」
「はい……涼子」
「でしょう? それでいいのよ」
まさか、そんなに親しくないとは言えないので、俺は涼子のことも呼び捨てで呼ぶことになった。
親しき中にも礼儀ありが仇となったわけだ。
「話を戻すけど、生霊につき纏われるアイドルって定期的に出るのだけど、二名の死者が出るような結果になるなんて珍しいの。葛山さんが批判される下地はあるのよ。実際に死者が出てしまったからね」
「下手に庇われるともっと炎上するし、私もあのままの生活ってどうかと思っていたし、ちょうどいい機会だったのよ」
それで、戸高市限定アイドルへの転身というわけか。
世間的に見ると都落ちの感も拭えないが、本人はまったく気にしていないようだ。
「戸高ホールは改装中なので、あとはリニューアルオープンまで私も除霊に励むわよ」
なるほど。
里奈のステータスが出て、俺とパーティを組むことが可能となったので、戸高ホールのリニューアルオープンとコンサートまでにレベルを上げ、歌と踊りの力を増しておくことが肝要というわけだ。
「じゃあ軽く怨体の浄化から」
「裕、ちゃんと教えてね」
「できるかどうかは里奈次第だけど」
その日の夜から、里奈も加わって四人で除霊の仕事を始めた。
怨体なら比較的よく湧くというか、どこかの悪霊から分裂するし、菅木の爺さん曰く『戸高市周辺にはまだゼロ物件は多い』のだと言う。
ほぼ無料みたいな値段で、竜神会がゼロ物件を買取り、それを俺たちが除霊するわけだ。
ゼロ物件を占拠する悪霊たちが異常に強いというよりも、除霊費用との兼ね合いで放置されている土地や不動産は、一般人が思っているよりも多いのだ。
霊を信じていない人たちからすれば、ただの空き家にしか見えない物件も多いのだけど。
「これも私が?」
「初心者に悪霊の除霊は危険だから駄目だ」
里奈は除霊師としての才能もあり、俺のお札で次々と怨体を浄化していき、レベルも順調に上がっていた。
『これがお札なんだ。特殊な古代文字が書いてあるのかな?』
『一応、『破邪退散』『怨霊浄昇』と書いてあるんだけど……』
『ぷっ、裕って字が下手ね。私はサインをよく書くから上手よ』
『文字が上手でも、お札の効果がなければ意味ないから……』
これでもちゃんと文字の練習をしているんだが、ちっとも上手くならないのだ。
菅木の爺さんからは『下手に文字が上達すると、お札の威力が落ちるかもしれないからやめておけ』と言われてしまうし。
『いいじゃない。人間、一つくらい欠点があった方がかえって魅力的だって』
『そうかな?』
『私がそう言っているんだから、そうなのよ』
さすがは大人気アイドルだったというべきか、里奈からそう言われると本当にそうなんだと思ってしまいそうになる。
レベルアップにより、彼女の声にさらに効果が増してきたようだ。
「じゃあ、早速一緒に行きましょう」
「こらぁ! 裕ちゃんと腕を組むな! 裕ちゃんもそのまま受け入れない!」
「はい」
「はいじゃない!」
「裕、ヒステリーな女って面倒じゃない?」
「久美子はそういう女性じゃないから」
「裕ちゃん……」
「ふーーーん、なるほど」
俺が久美子を庇うと、里奈は俺と彼女を交互に見つめてから、どこか納得したような表情を浮かべた。
なんというか、心の内を見透かされたかのような……。
「裕って、優しいのね」
「普通だと思うけど」
最初はとっつきにくい女だと思っていたんだが、いざこうして一緒に除霊をしていると、朝生康太が彼女に夢中になった理由がわかるというか……。
本当は仕事中なので駄目なんだが、つい彼女を見てしまうのだ。
もうとっくに俺と腕を組むのをやめていて、彼女はもう除霊に集中している。
この集中力はさすが元超一流のアイドルといった感じであったが、どんな理由にせよ久美子と涼子を出し抜いて腕を組んでくるなんて、葛山里奈は魔性の女でもあるな。
「このビルを占拠する悪霊は、私と裕君が前に出て除霊するから、相川さんは治癒魔法の準備を。葛山さんは……」
「あっ、私、歌って踊ってみる。RPGみたいに、一時的だけど除霊師のテンションや能力が上がるみたいだから」
「そうね。試してみるものいいわね。行きましょう、裕君」
そう言うと、里奈に対抗するかのように涼子まで腕を組んできた。
「清水さんまで!」
「いいじゃない。ほんの一瞬よ」
涼子もプロなので、今はまだビルの前にいて、悪霊は近づいていないのを確認してから腕を組んできたのか。
しかも、久美子が指摘するとすぐに手を放していた。
「じゃあ、行くわよ。裕君」
「ああ」
今回の除霊に関しては、里奈の歌と踊りによる戦闘能力の上昇を見るため、あえてお札は使用しない。
俺は宗晴を、涼子は髪穴を構えてビルへと突入した。
「キタカ! ジョレイシ!」
「このおっさんの悪霊は?」
「元このビルの持ち主だけど、バブルの時に……」
「前にもそんな話を聞いたな」
「多いのよね。そういう物件」
俺たちはまだ生まれていなかったのでよく知らないが、バブル経済の時に戸高市の不動産価格も急上昇し、大金を投じて購入したのはいいものの、バブル崩壊で不動産価格は急降下し、ローンを支払えなかったり、破産して自殺する不動産オーナーが多かったらしい。
彼らの多くは悪霊化し、こうやってゼロ物件を占拠しているわけだ。
「早速行くわよ!」
俺と涼子が悪霊と対峙した直後、後ろから里奈の歌が聞こえてきた。
専用の仲間のテンションや身体能力を上げる歌というわけではなく、里奈の持ち歌であった。
ノリのいい曲なので、体が弾んでくるような感覚を覚える。
「フカイダ!」
逆に、負の存在である悪霊からすると、里奈の歌は不快そのものらしい。
露骨に嫌そうな顔を浮かべていた。
レベルアップにより、余計に効果が増したようだ。
「ソノウタヲヤメロォーーー!」
「涼子! 任せる!」
「わかったわ! はぁーーー!」
「ヒギィーーー!」
「あれ?」
涼子としては、まずは様子見くらいの感覚だったようだ。
悪霊が後方の里奈と久美子に襲いかからないよう、軽く牽制したつもりだったのに、里奈の歌のおかげで体が軽くなっていたようで、一瞬で悪霊との間合いを詰め、髪穴の一閃で悪霊は除霊されてしまった。
まさかの事態に、悪霊を退治した涼子自身が一番不思議に思っているようだ。
髪穴の穂先を見ながら首を傾げていた。
「なるほど。神の歌い手、踊り手か」
「踊りは今度ね。どう? 私って裕のためになっているよね?」
そうだな。
今ステータスを確認したら、まだ歌の効果が残っているようで、ステータスの数字が一時的であろうが十パーセントほど上がっていた。
これほど強力な戦闘補助魔法はそうないと思う。
「戸高ホールのコンサートも頑張るからねって! 先越された!」
「へへんだ。私は裕ちゃんの幼馴染。裕ちゃんと腕を組むのには慣れているもん」
「私はキスしたけどね」
「無理やりじゃない! 私なんて、五歳の頃に裕ちゃんとキスしたことあるもの」
「そんな子供の頃のことなんて」
これはファーストキスには加わらないと、里奈は久美子に強く言った。
「そうよね。そういう子供の頃のキスなんて挨拶代わりみたいなもの。無効ね」
なぜか、涼子まで参戦してきたけど。
「とにかく、週末のコンサートの成功で裕も私にメロメロよ」
そして週末、戸高ホールはリニューアルオープンし、その記念で里奈の再デビューコンサートが行われた。
色々とあったので、最初は客入りを心配していたのだが、結果は千枚しかチケットがないことを理由に、ネットでは大騒ぎになっていた。
『初回はファンクラブ会員のみの抽選で俺は外れた。次こそ当てる。葛山里奈のファンクラブは会員数が五万人いる。つまり、五十回に一回は当たる計算だ』
『一年に一度だな』
『悲報、葛山里奈のファンクラブだが、運営が変わってリニューアルした途端、会員数が五十万人を超えている。前のプロダクション、涙目だな』
『十年に一回しか当たらねえw』
『転売禁止なのに、ヤフオクで一万円のチケットが百五十万円だってさ。本物かな?』
『本物でも、転売禁止なんだからそのチケット使えないじゃん』
『まさに幻のチケットだな』
戸高市限定歌手として再デビューを果たした里奈であったが、その人気は衰えるどころか、さらに増したようであった。
この人気を見て、これまで里奈を批判していたマスコミなどが擦り寄ってきたが、彼女は二度とテレビには出ず、戸高ホールで行うコンサートしかしないと宣言。
業界関係者たちをガッカリさせるのであった。
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