第35話 人の心はわからないもの

「清水さん、少しいいかな?」


「あっはい。私になにか用事でも? ……先輩」


「君に大切な話があるんだ」




 戸高真北山、戸高盆地の除霊が成功し、私たちの生活は平穏なものに戻っていた。

 数日に一度、夜に除霊師としての仕事はあるけど、それほど大変ということもない。

 今の戸高市は、これまでに短期間で性質の悪い悪霊たちが立て続けに除霊されてしまったせいで、それほど仕事がないの状態だからだ。


 釣りでそのポイントの魚を釣り過ぎると、暫く魚が釣れなくなるのと同じ現象だ。


 たまに近隣の市町村から厄介な悪霊の除霊依頼がくるけれど、この前の戦いでさらにレベルアップした私と相川さんの敵ではなかった。


 裕君は、なにかあった時のために後ろで見張っているだけでなにもしていないくらいなのだから。


 私清水涼子には、表面上裕君の監視という安倍一族から下された任務があるけれど、そういえば大した報告もしていない。

 三人でどんな除霊依頼をこなしたかなんて、安倍一族の情報網があればすぐにわかること。

 わざわざ報告する必要もないからだ。


『広瀬裕が突然優れた除霊師になった秘密を探り当てろ』という任務もきたけど、『向こうも警戒しているのでそう簡単にはわからない。下手に探っていることがバレると追い出されるので慎重に動いている』と言ってあった。 


 現時点で同じ戸高ハイムの最上階にある部屋に一緒に住んでいるし……相川さんはちょっと邪魔だけど……安倍一族の長老たちに上手く篭絡するからと言ったら、特になにも言ってこなくなったので好都合だ。

 安倍一族の場合、ガタガタの内部をどうにか立て直す方が先なので、それどころではないのかもしれないけど。


 安倍一族の立て直しを手伝う義理などないので放置するとして、私個人としては裕君をどうすれば落とせるのか思案中であった。

 だって、私はおろか、お父様よりも圧倒的に強く、お札や除霊師が使う武具の修繕や製造までできるなんて。

 他にも、治癒魔法を応用して建物まで新品同様にしてしまう。


 最初は、C級除霊師としてはできる人だなと思った程度なのに……。

 悪霊化したお父様を除霊してくれたこともあるし、お父様は裕君をとても評価していた。

 あきらかに安倍一族からのスパイにしか見えない私を、彼は受け入れてくれた。

 広瀬裕という器の大きな男性に、私は魅入られてしまったのだ。


『それって、ファザコンだよね?』


 二人きりの時、相川さんにはそう言われたけど、別にファザコンでもいいじゃない。

 お父様の死後、格段に実力が落ちる当主が就任した安倍一族に興味はなくなったし、私はこのまま裕君と一緒に除霊師として活動できればいい。

 そして職場結婚……いいわね。

 理想の人生だわ。

 という結論に至った私は、普段は普通の女子高生として裕君と同じ高校に通っているのだけど、いきなりイケメンの男子生徒に話しかけられてしまった。


 制服のバッジからすると、どうやら先輩のようだ。


「(ねえ、この人は誰?)」


「(知らないの? 二年の野上先輩だよ)」


 そっと隣の席の相川さんに尋ねると、彼野上敏明はこの高校で一番女子に人気がある男子生徒なのだそうだ。

 頭脳明晰、運動神経抜群、イケメンで高身長と、まるで王子様のような人らしい。


 らしいのだけど、今の私にはそれほど魅力的な人物に見えなかった。

 もしこの人が悪霊と対峙した場合、悲鳴でもあげて逃げ出しそうだから。

 そういう判断基準ってどうなのかと一般人は思うかもしれないけど、私は物心つく頃から除霊師として生きてきた。

 男性を判断する基準はそこにあり、つまり野上先輩は私の好みの男性ではないということだ。


 お父様の言う『顔の良し悪しなんて、わずかな顔のパーツの位置の差でしかない』の意味が、よく理解できた瞬間であった。


「手短にお願いします」


「「「きゃぁーーー! 野上先輩が、清水さんに告白するなんて!」」」


 野上先輩は、相当女子に人気があるみたい。

 私に告白するのだとわかると、教室中から女子たちの悲鳴があがった。

 相川さんは満面の笑みを浮かべているので、ちょっとムカつく。


 安心して。 

 私は野上先輩の告白なんて受け入れないから。

 きっと相川さんはガッカリすると思うけど、他の女子たちは大喜びね。

 私は特別な理由がなければ、一人の喜びよりも多数の喜びを優先する方だから。


 ああ、勿論裕君に他の女子が告白したら、全力で邪魔するけど。


「清水さん、好きです。私とつきあってください」


 一緒に向かった校舎の裏で告白されたけど、野上先輩の表情には心なしか余裕があるように見える。

 彼は私が告白を受け入れて当然だと思っているのね。

 ちょっと大原元生徒会長に似ている部分があるのも、私からすればマイナス要素ね。


 そう思うのは勝手だけど、私には私の都合がある。

 時間も勿体ないので、告白は断ることにしよう。


「ごめんなさい。私は、野上先輩とはつき合えません」


「なっ! どうして?」


 やっぱり、野上先輩は自信があったみたい。

 私に交際を断られるとは思っていなかったようで、かなり動揺しながらその理由を訪ねてきた。


「野上先輩は、霊の存在を信じますか?」


「ああ、親戚に除霊師がいるから。信じてはいる。霊とかは見えないけど」


 確かにパッと見た感じ、野上先輩に霊力はなさそうであった。

 本当に厄介な悪霊なら誰にでも見えるけど、そんな悪霊が外を出歩くなんて滅多にないのだから、見たことがなくても不思議ではない。


「私は除霊師です」


「知っている。元々、除霊のためにこの高校に転入してきたとか。そういえば、同じクラスの広瀬君と相川さんも除霊師だとか?」


 あら、野上先輩は裕君のことも知っていたのね。


「そうです。今は、この高校に通うことになりました。私はとある業界では有名な除霊師一族の人間なのですが、その一族では霊力を保つため、霊力がある者同士結婚するのです。ある種の政略結婚ですね」


 必ずとは言えないけど、お父様レベルの除霊師だと政略結婚も普通というのが、有名な除霊師一族であった。

 私には、まだ正式に婚約者なんていないけど。

 そんなことを野上先輩は知らないだろうし、ここは上手く利用させてもらうわ。


「そんなわけで、この戸高市において神社の跡取りにして自身が除霊師でもある広瀬裕君が私の許嫁なのです。ですから、私は野上先輩とつき合えないのです」


「いや、一年A組の広瀬裕と相川久美子。二人は、すでに校内中で『広瀬夫妻』と呼ばれる仲だが……」


 あの二人、特に相川さんが裕君にベッタリだから、校内で二人はつき合っていると思っている人が多いのよね。

 でも、そこを上手く誤魔化して、私と裕君が結婚を前提につき合っていると思わせる。

 腕の見せ所ね。


「あの二人は幼馴染なので、そういう関係に見えるだけです。実は、私が裕君の元に嫁入りして神社を継ぎ、除霊師の仕事も一緒に行う……実はもう、一緒に活動していますけど」


「そうなんだ……でも、清水さん! 今の時代に政略結婚なんて……」


「あら、そうですか?」


 昔ほどではないにしても、政治家、企業家、名家などでは政略結婚も普通に行われているというのに……。

 特に代々続く除霊師の家系では、優秀な除霊師同士を結婚させても霊力量の低下が徐々に進んでいるというのに、突然霊力に目覚めた除霊師でもなければ、政略結婚も珍しくはない。

 ただ、多くの世間の人たちが知らないだけなのだから。


「つまり、清水さんは広瀬君と?」


「はい。それに形は政略結婚だとしても、私たちはちゃんと愛し合っていますから。現に今、一緒に暮らしていますし」


 私が菅木議員にかけ合って、戸高ハイムの最上階の部屋に押しかけたのだけど。


「一緒に暮らしている?」


「はい、私たちは婚約者同士なので」


「広瀬君!」


 私が裕君と同居している件を伝えるや否や、野上先輩は裕君の名を叫びながら一年A組の教室へと駆け込んでいった。

 私も、急ぎ彼のあとを追う。


「広瀬君! 君は高校生なのに、清水君と同棲しているそうだね? それはあまりにも不純ではないかな?」


「えっ、その話を……涼子さんか……」


「君は、清水さんを名前で呼ぶ仲なのか……だから同棲して……「「「「「ええっーーー!」」」」」


 私と裕君がマンションの同じ部屋で同居している事実は、一瞬でクラスメイトたちに伝わった。

 同じ部屋に住んでいるのは事実だし、こうやって既成事実を積み重ねて外堀から埋めていけば、卒業後には正式に裕君と……上手く行ったわね。


「広瀬ぇーーー! 貴様には、相川という妻がありながらぁーーー!」


「久美子は幼馴染で妻じゃないし!」


「うるせえ! お前、イケメンでもないのにモテすぎだぞ! 野上先輩でもあるまいし!」


「広瀬君、君は本当に清水さんと?」


「ですから、同居は仕事の都合でですよ」


「それにしてもだね! 君たちは高校生なのに!」


「野上先輩、意外と真面目だなぁ……」


「不真面目な君に言われたくないよ!」


 教室中が騒がしくなってしまったけど、これで私に告白しようとする男子は減るはず。

 これまで転校が多かったからか、何度も男子から告白されて面倒だったのだけれども、私と裕君が結婚を前提につき合っているという事実が広がれば、これからは二人で仲良く除霊師生活を送れるというもの。


 それに、どうせ本当に結婚するから問題ない……ことにしておくわ。


「問題ないわけないでしょうが! 私がいるわよ!」


 クラスの女子たちは、私が野上先輩の告白を断ったから喜んでいるというのに、相川さんだけは機嫌が悪かった。


「幼馴染同士で結婚する人なんて、意外と少ないから」


「そういう問題じゃないわよ! この人、お嬢様お嬢様しているように見えて、実はかなり腹黒いじゃない」


「除霊師をしているとねぇ……」


 それも、この年齢でB級除霊師ともなれば、ただ実力があるだけではやっていけないのだから。


「裕ちゃんは、私と結婚して竜神会を運営していくのだから!」


「それは裕君の考え一つよ」


 だって、彼はその資格が十分にある実力の持ち主なのだから。

 だから裕君は、いつでも私を押し倒してくれて問題ないのよ。

 そういうのもいいわね。


「わかったわ、じゃあ、相川さんは愛人ってことで」


「ムキィーーー! 愛人はあなたでしょうが!」


 愛人ねぇ……。

 最悪そうなっても仕方ないけど、私だって普通の女性と同じく花嫁さんには憧れているから、ウェディングドレスを着てみたいわね。


「私だってそうよ! というか、あとから来て裕ちゃんに手を出すなぁーーー!」


「先とか後とか、関係ないと思うけど。要は、裕君の気持ち次第だと思うわ」


「ええい、ああいえばこう言うね」


「だって私、B級除霊師ですもの」


 なかなかに相川さんが手強いので、そうすぐには裕君の妻にはなれないかもだけど、高校生活はまだ始まったばかり。

 焦っても仕方がないから、これからも計画的に外堀を埋めていきましょう。


 お父様、私は裕君に喜んで嫁ぎます!





「ここもゼロ物件なのか。意外と新しいな」


「ええ、二年前に建てられたマンションですから新しい物件ですね」


「二年前かぁ。かなり『無念』が強い悪霊なんだな」





 今夜も、俺たちは除霊の依頼を受けていた。

 とはいっても、この依頼も竜神会の資金力を増やすため、菅木の爺さんが日本除霊師協会から引き受けてきたものだ。

 全国はおろか、世界中には、悪霊のせいで人が使えないどころか、入ることも困難な不動産が多数存在する。

 そういう物件の除霊も除霊師の仕事なのだが、悪霊なんてよほど下位のものでなければそう簡単に除霊できない。

 その物件を占拠する悪霊の強さと、その物件の価値を考慮した結果、除霊しても割に合わないと放置されている物件もあって、これと、特に日本では少子高齢化に伴う人口減で空き家も増えているわけで、これが余計に空き家の増加に拍車をかけていた。


 固定資産税収入がゼロになるので、お上はゼロ物件の認定を嫌がる。

 だが、ただの空き家ならともかく、所有者に悪霊がいる物件を放置して逃げられるともっと困るので、嫌々認定を出しているそうだ。

 国や地方自治体などに所有者が変更されるケースもあるが、除霊が難しい物件を多数抱えると、今度は管理経費で多額の税金を使う羽目になってしまう。


 ただの空き家に見えるが、実はゼロ物件という不動産は意外と存在しているわけだ。


 そしてそこに、竜神会の飯の種、聖域を守護するために必要な銭の確保手段が存在する。

 ゼロ物件を格安で買い取るか、無料で譲り受け、そこを俺たちが除霊する。

 除霊が終わった不動産は、適切な価格で売却されたり、賃貸にして利益を生むわけだ。

 そのため、竜神会の関連会社として不動産屋が設立され、俺たちはそこからの依頼で除霊している形になっていた。


 なお、ゼロ物件の情報は菅木の爺さん経由で入ってきた。

 そして、菅木の爺さんはいつの間にか不動産会社の顧問だったりする。

 よくある話と言われればそれまでだが、政治家を抱え込むことで利があるのなら、竜神会はそれを拒むほど潔癖症ではないというわけだ。


「裕君、悪霊のレベルはA級だそうよ」


「二年前の悪霊なのに?」


「それはな、久美子」


 悪霊の強さは、基本的に無念の質と量、そして悪霊としてどれだけ過ごしてきたかで大きく変わる。

 戸高備後守のように、自分や一族、家臣が多数討死し、生き残った一族も所領を追われてしまったなど。

 無念と未練が大きく、長年除霊されず、首塚に封印したところでその無念が消えるどころか時間の経過でさらに大きくなり、余計に厄介な悪霊になってしまった。

 封印というのは、基本的に『臭いものに蓋』なわけで、決して最良の解決策とは言えないが、このまま放置して周囲に犠牲が出るよりマシだからする類のものなのだ。


「ところが、この法則が当てはまらない悪霊もいるんだ」


 無念と未練は、その人がその事象をどう受け取るかで大きく変わるというわけだ。


「殺されても悪霊にならない人もいるし、姑にいびられた恨みが死後も消えずに悪霊化することもあるってわけだ」


「つまり、被害妄想が強い人は悪霊になりやすいと?」


「ぶっちゃけると、そうとも言える」


 他人から見て『えっ? そんなことで?』といった恨みでも、本人からすれば相手を呪い殺したいくらい憎み、悪霊化してしまうケースがあるというわけだ。


「ですよね? 柴山さん」


「はい」


 この人は、以前戸高ハイムの案内をしてくれた、今は亡き戸高不動産の社員であった人だ。

 今は、前職の経験を生かして竜神不動産の雇われ社長をしている。

 隣にある、この高城市のゼロ物件まで車で連れてきてくれたのは彼であった。

 俺たちはまだ高校生で車の免許が取れないから、彼に連れてきてもらったのだ。


「このメゾン高城を占拠している悪霊は、桑木美緒さん(享年二十四歳)と推測されます。彼女は、失恋のショックで自殺しまして」


「可哀想……」


「そこまで追いつめられるなんて……」


 同じ女性ということもあって、久美子と涼子さんは、今日除霊する悪霊に同情的であった。

 あまり悪霊に同情するのはよくないのだが、この二人なら擦り寄った悪霊を払いのけられる力があるので問題ないはず。


「女性を捨てるなんて、酷い男よね」


「そうだよね。振るにしても、もう少しやり方があるじゃない。相手を自殺にまで追い込むなんて」


「芝山さん、その男性って誰なんです?」


「有名な方ですよ。ほら、俳優の佐藤良哉さん」


「知ってる」


 普段、俺はテレビなどあまり見ないが、有名な俳優なので知っていた。

 そういえば、二年くらい前に結婚したという報道があったような……。

 確か、相手も女優さんだったはずだ。


「その女優と結婚するから、これまでつき合っていた桑木さんを捨てたなんて酷いわ!」


「嫌よねぇ……芸能人だからって」


 久美子と涼子さんは、女優と結婚するため、一般人である彼女を捨てた俳優を盛大に批判していた。

 確かに、あまりいいことではないよな。


「まあ、完全に濡れ衣なんですけどね」


「濡れ衣?」


「ええ、悪霊になった女性は、佐藤良哉のファンでした。でも、彼とは知り合いでもなんでもないですし、当然つき合ってもいないのです」


「それって、もしかして……」


 人が感じる無念と未練は、そう簡単に他人に推し量れるものではない。

 その典型例というわけだ。

 悪霊になった女性は、自分がファンであった俳優が結婚したことにショックを受け、勝手に自殺して悪霊化してしまった。

 佐藤良哉からすれば、こんなに迷惑な話はないというわけだ。


「悪霊化した彼女も、佐藤良哉のところに行けばいいような気もするのですが、なぜかここに居残ってしまって。自らが生み出した怨体も多数従え、このマンションは人が住めない有様なのですよ」


 新築したばかりのマンションが、悪霊のせいで使い物にならない。

 オーナーからすれば、これ以上の不幸はないというわけだ。

 そんなオーナー氏から、このマンションを買い叩く竜神会もなかなかのものだと思うが、彼は除霊費用を捻出できなかったのであろう。

 もしプロの除霊師に高額の依頼料を支払って除霊できたとしても、再びマンションの経営を始めて黒字になる可能性は限りなく低く、仕方なしにこちらに捨て値で売ったわけか。


 俺なら安く除霊できるからだ。

 俺が代表になっている竜神会グループの除霊依頼なので、身内価格で除霊費用は限りなく抑えられる。

 とはいえ、除霊師が相場よりも圧倒的に安い金額で依頼を受けるのはあまり推奨されておらず、日本除霊師協会も竜神会の依頼のみ俺たちが安く受けているので目を瞑ってもらっているわけだ。


 菅木の爺さんの口添えもある。


 中には安く除霊依頼を受ける除霊師もいるが、除霊できていないのに除霊したと言い張ったり、偽者が詐欺目的で依頼を受けて前金だけ貰って逃げるなんて話はよくあり、相場より異常に安い除霊費用を提示されたら要注意なわけだが、必ず引っかかる人がいるので、日本除霊師協会としても頭痛のタネであった。

 

 そういうインチキ除霊師の存在も、幽霊や除霊師の存在を信じない人たちを一定数生み出している土壌でもあったりする。

 除霊に使うお札などのコストを考えると、除霊というのは決して安いものではないのだが、事情を知らない人から見れば『どうしてそんなに高額なんだ?』となるわけだ。


 とはいえ、いくら霊の存在を信じていなくても、厄介な悪霊が占拠する土地や建物に入れば確実に霊障を受けたり、最悪呪い殺されてしまう。

 信じてもらえなくても、お上はゼロ物件に指定して不動産屋に取引させないようにしたり、特に性質の悪い悪霊が占拠している物件は封鎖しなければならなかった。


 人が死ねば、すぐ責任問題に発展してしまうのが今の世の常だからだ。


「芸能人も大変だな」


 顔も知らないファンに一方的に好かれ、勝手に結婚したという理由で自殺されてしまうなんて。

 悪霊になってからストーカー行為をされなかった点のみが幸運だったという。


「その人個人をターゲットにする悪霊もいるから、それよりはマシだと思うけど」


「そうだなぁ……」


 基本的に悪霊は、時が経つほど土地や建造物などを占拠してそこに居座る性質を持つのだが、たまに個人のみをターゲットにして憑りつき続ける奴もいる。

 個人を標的にする悪霊はそんなに強くないのが救いだが、憑りつかれた方は非常に迷惑であった。

 自殺者の一定の割合が、悪霊に憑りつかれたせいというのもあるのだから。


「じゃあ、とっとと終えて家に帰るか」


 明日も学校があるからな。

 宿題……は、涼子さんに写させてもらおう。

 

「うわぁ、凄い執念だな」


 柴山さんから預かった鍵でマンションの中に入ると、すでにマンション中が悪霊の生み出した怨体で溢れかえっていた。

 その数は、とても死んで二年しか経っていない悪霊のものとは思えないほどだ。


 悪霊の強さは、必ずしも恨みの質や経過年月に比例するとは限らない証拠であった。


「リョウヤ、アイシテル」


「アノオンナ、クソビッチノクセニ、リョウヤト……」


「ダイジョウブ、リョウヤハキガツイテクレル」


「シネ! シネ! シネ!」


 まるで〇子のように黒く長い髪を伸ばした若い女性の怨体たちが、マンション中でブツブツ呟きながらうろついていた。

 これでは、霊感がない人でもここに住むのは困難であろう。


 すぐに体調不良になったり、自殺したくなるはずだ。


「佐藤良哉って、愛され過ぎてるね」


「いやあ、芸能人って本当に大変だわ」


「本人のところに行かなくてよかったね」


 こんな〇子のような女の幽霊が求婚してきたら、佐藤良哉も一生もののトラウマを受けるだろうしな。

 このレベルの悪霊なら、よほど霊感が鈍い人でなければ見えてしまうだろうし。


「裕君、どうするの?」


「二人は、マンション中にいる怨体を浄化してくれ」


 俺は、この中から本体の悪霊を探して除霊する。

 役割分担というやつだ。


 二人はかなりレベルも上がったので、怨体だけなら苦戦などしないはずだ。





清水涼子(除霊師) 


レベル:171


HP:1780

霊力:1950

力:195

素早さ:211

体力:198

知力:200

運:188


その他:槍術、★★★




相川久美子(巫女)

レベル:167


HP:1710

霊力:2020

力:172

素早さ:186

体力:191

知力:207

運:369


その他:中級治癒魔法



広瀬裕|(パラディン)

レベル:741


HP:7863

霊力:19021

力:1063

素早さ:847

体力:1200

知力:625

運:1115


その他:刀術、聖騎士




 怨念小箱の破壊で、俺以外はかなりレベルが上がったようだ。

 ステータスの数字の伸びは、少し落ちてきたか?

 こうもこの世界の除霊師に比べて圧倒的に数字が上がってしまうと、もうステータスの数字はどうでもいいような気がしてきた。

 俺は、もうよほどの大敵がこなければそうレベルが上がることもないようだ。

 

 死霊王デスリンガーのような相手との死闘は、もう懲り懲りだけど。


「合わせるぞ、3! 2! 1! 0!」


 俺の合図で、久美子と涼子さんはマンションの各階に分散して怨体の浄化を始めた。

 涼子さんは髪穴を軽く振るうだけで、久美子は俺が作ったチラシ裏に筆ペンで書いたお札で怨体を浄化していく。

 いくら高位の悪霊が生み出した怨体とはいえ、やはり短期間で大量発生したせいでとても弱かった。


「リョウヤサマァーーー!」


「リョウヤ、アイシテルワァーーー!」


「ワタシガシヌトキハ、リョウヤサマモイッショニィーーー!」


「アノヨデリョウヤサマト!」


 俺も進路上の邪魔な怨体を浄化しながら悪霊を目指していたが、断末魔の声が酷い。

 いくら数が多くても、こんなファンはゴメンだろうなと思ってしまう。


「ここか!」


 いくら怨体が沢山いても、悪霊とは霊力の量が違うので俺にはすぐに居場所がわかった。

 マンション五階の一室に入ると、そこには異様な光景が広がっていた。

 その室内には、大量の男性俳優……佐藤良哉であろうが……のポスターと写真が壁紙が見えなくなるほど張られ、室内にも彼のDVD、写真集、グッズなどがところ狭しと置かれていた。


 どうやらこの部屋は、悪霊になった彼女が自殺をした自室のようだ。

 よほど急激に悪霊化したのであろう。

 普通なら、遺品整理の業者が片づけているはずなのだから。


「リョウヤサマ?」


「違うけど」


「チガウ……リョウヤサマジャナイ! シネェーーー!」


「いきなりだな!」


 ところ狭しと佐藤良哉のグッズなどが置かれた部屋の真ん中に座り込んでいた悪霊は、俺が彼でないことを知ると、目と口をつりあげて襲いかかってきた。

 きっと、彼女が悪霊化したのを確認した警察や不動産屋の奴は、酷い霊障を受けたか、もしかしたら死んでるな。

 労災扱いにして誤魔化したのだろうけど。


「リョウヤサマァーーー!」


 本当、こういう理由で悪霊化した人たちを見ると、人間とは本当にわからないなと思う。

 殺されても悪霊化しない人もいるのに、好きな俳優が結婚したと知って自殺した人が、こんなに厄介な悪霊になってしまうのだから。

 人の思いの強さは、他人には推し量れないものがあるのであろう。


「すまないが、ここは一等地にある新築に近いマンションなんだ。早く成仏してくれ」


 このマンションをリフォームして貸すと、とても儲かると菅木の爺さんが言っていた。

 そしてその金が、聖域の強化に使われるわけだ。


 佐藤良哉の応援は、あの世でしてくれ。

 俺からはそうとしか言えない。


「ちゃんと和紙に筆で書いたお札だから、迷わずあの世に行けよ」


「ワタシ、マダリョウヤニスキッテ……アアァーーー!」


 俺が軽く投げたお札が、こちらに襲いかかってくる悪霊の額に張り付くと、断末魔をあげながら一瞬でその場から消え去ってしまった。


「地獄の鬼に、佐藤良哉に似た奴がいるといいな」


 悪霊の除霊は無事に終わった。

 あとは、残らず怨体が浄化されているかだな。


「大丈夫だと思うけど」


「隈なく探して浄化したよ」


「そうか。あとは、念のためにだな」


 一端マンションを出ると、その敷地を囲うように三角錐の水晶柱を置いていく。

 戸高ハイムでも使った『二連聖五方陣』ではなく、一連しかない普通の『聖五方陣』だが、残っているかもしれない怨体の浄化と、この物件の陰気を払うのはちょうどいいくらいであろう。


「陰気?」


「ほら、この土地や建物に入ったら、陰鬱な気分になるとか。悪霊・怨体ほどじゃないけど、悪い空気の場所だなとかあるでしょう?」


 悪霊が居つく土地や建物には、周辺から集まってくる陰気が溜まりやすいことが多かった。

 さらにこれに、悪霊が年単位で居つけばさらに陰気が増してしまうのだ。


「こういう悪い気を払わなければ、また別の悪霊が居つきやすくなるし、こういう陰気が残った土地や物件は人気がないもの」


 霊感がない人でも、どこかに新居を探しに行って、かなりいい条件の物件なのに『なんか雰囲気がわるいな』と思ってしまう理由が陰気である。

 陰気が残っていると、いくらいい条件の不動産でも売れなかったり借り手がなかったりするのだ。


「陰気とまだ残っているかもしれない怨体を浄化するわけだ」


「ネズミやゴキブリを駆除するみたいだね」


「そんなに違いはないよなぁ……」


 あと、陰気が強い物件にはネズミやゴキブリ、その他害虫などが寄りやすいというのもあった。

 共に暗くてジメジメしたところを好むのは同じだからな。


「では、『聖五方陣』」


 マンション全体が一瞬だけ青白い光に包まれ、これで除霊と浄化は終了した。


「どうもお疲れ様です。このメゾン高城は駅近くのいい場所にあるので、すぐに借り手がつくと思いますよ」


 柴山さんも、またも竜神不動産の利益アップに向上する物件を得られて満足そうであった。

 戸高不動産時代、戸高ハイムの件で色々と大変だったからであろう。

 

「それでは、明日もお願いしますね」


「まだあるの?」


「勿論ですよ。ゼロ物件は除霊さえできれば儲かりますから」


 明日以降も、俺たちは戸高市やその周辺地区のゼロ物件の除霊を進め、事前にその物件を格安で得ていた竜神会を大地主へと押し上げていくのであった。


 その割には、俺の小遣いが少ないような……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る