第34話 五芒星の一角、解放される
『夜のニュースです。すでに絶滅したとされるニホンオオカミが群れで見つかりました。その生息地である『万代連山(ばんだいれんざん)』ですが、南にある『戸高真北山』と『戸高盆地』が地元では忌地とされていたため人の出入りがなく、そのため人間に見つからずに絶滅から逃れたのではないかという専門家の話です。なお、このことを受けて、ニホンオオカミは改めて天然記念物に指定され、万代連山は国立公園に指定されることが決まりました。次のニュースです……』
「菅木の爺さん、これが世間向けの発表ってやつかな?」
「そういうことだな。戸高盆地と戸高真北山を国立公園に指定されると、こちらとしても都合が悪い。幸い、さらに北にある万代連山にも人の出入りなどほどんどなく、広大なので、ニホンオオカミたちの移住先にピッタリというわけだ」
「なるほどね。今も昔散々探して絶滅したと判断したニホンオオカミが突然見つかったという事実に、視聴者たちは疑問を持たないのかね?」
「持っても、真相は表に出ない。よくはないが、たまにある事案だな」
怨念小箱の破壊から一週間後、日本全国に絶滅したはずのニホンオオカミの群れが見つかったというニュースが流れた。
発見場所は、戸高真北山のさらに北にある万代連山という山が連なっている場所だ……マスコミの公式発表ではだが。
ここも悪霊の巣ではないが、山奥なので誰も人が住んでおらず、ニホンオオカミたちにはそこに移住してもらった。
その昔、万代連山にも多くのニホンオオカミが生息していたそうで、住処としては十分。
広い分、今よりも住みよいはずだと菅木の爺さんが言っていた。
あと、金目当てに密猟でもされると困るので、万代連山は国立公園に指定された。
動物学者たちがニホンオオカミの生態などを研究したがっており、テレビ局が撮影したいとうるさいらしいので、すぐに国立公園に指定して、あとは決まりに従ってどうぞということらしい。
よくよく考えると、これまでもニホンオオカミは全国を隈なく捜索しているわけで、いきなり万代連山で群れが見つかるわけがないのだが、そういうことにするため、菅木の爺さんが裏で動いたわけだ。
あまりこの件を突っ込むと、あまり世間に公にしたくない『ゼロ物件』の件や、旧山中村の歴史などの話が出てきてしまう。
戸高家の没落は自業自得としても、まだ日本には古くからの名家も多く、あまり元上流階級の不祥事を公にしてほしくないわけだ。
日本人の半分が霊の存在を信じていないので、ゼロ物件の件が世間で騒がれ、では悪霊憑きの物件だけど自由に使ってください、となっても、ゼロ物件は霊なんて信じていない人でも入れば死ぬ確率が高い。
説明しても信じてもらえないことで人が死んだとしても確実に大騒ぎとなり、それは当然お上への批判に繋がる。
封印されていた戸高真北山と戸高盆地の件には、なるべく触れない方が賢明。
という論調で菅木の爺さんは動き、ニホンオオカミたちは無事国立公園化した万代連山に移った。
妖狼が動けるようになったと知ったニホンオオカミたちは、素直に彼の命令に従って移動している。
あとは、戸高盆地、戸高真北山、旧山中村の扱いだが、ここは竜神会が新たに設立した農業法人が経営することになった。
収穫された米や野菜は、門前町の飲食店で素材として使われたり、直売店で販売される予定だ。
実は、神道と米には密接な繋がりがある。
神話では、稲作は神様から授かった神聖な仕事とされている。
祭りには豊作を願うものも多数あり、収穫された米が奉納される神社も多い。
神前に備えられた米が、参拝者に『お下がり』として配られる神社もあり、農業法人を作って田畑を維持しても、十分に採算は取れると菅木の爺さんは言っていた。
山中神社は、竜神会が参拝客が来ても大丈夫なように設備を工事している最中で、もうすぐそれも完成するそうだ。
旧山中村にある農家などは、農業法人の従業員用の寮に改築したり、村の田畑で採れる農作物などを使った『農家レストラン』も、竜神会は経営する予定だそうだ。
「商売っ気の多い話だな」
心霊関係の『ゼロ物件』を入手して除霊を行い、それを竜神会で管理して稼ぐとか。
わずかな期間で、俺と久美子の両親も欲張るものだと思ってしまう。
「裕君。安倍一族だって、色々な会社を経営したり、投資や、不動産の賃貸で稼いだりしているわよ。だって、あれだけの一族や除霊師、職員を雇っているのだから」
除霊で安定した成果を出すためには、資金も必要ということなのであろう。
命をかけて除霊している除霊師たちに、見合った報酬を出す必要もあるのか。
「それに、世界中の宗教団体や、日本の寺や神社も同じよ。有名で参拝客が多いところは周辺の地主だったりするもの」
「なるほどね」
人は、霞だけを食べて生きていけないわけだ。
純粋な宗教団体はともかく、除霊師は使うお札も高いからな。
他の道具や、装備品や武器なんてもっと高額なのだから。
「聖域を囲む五芒星の解放は続けねばならぬし、裕の子供が絶対に優秀な除霊師になる保証もない。金があれば優秀な除霊師を雇える。要は、ワシや裕が死んでも、聖域を数百年、数千年守護できる竜神会という仕組みの構築を目指してやっているのだ。それにだ。宗教団体とて、営利事業には普通に課税される。聖域が有名な観光地になって金が落ちれば、それは戸高市やその周辺地域のためにもなる。というわけだ」
個人で優秀な除霊師が活躍するだけでは、そいつが死ねば終わりというわけか。
「人間は数が集まると、大きな力を発揮するからな。そのせいで、俺は百五十年以上も動けなかったわけだし」
この場には、妖狼の姿もあった。
彼は万代連山に引っ越したニホンオオカミたちの生活を見守りつつ、山中神社のご神体としてその場に留まることになった。
今日はうちに来ていて、俺たちの話を聞いていた。
親父が酒のツマミとして買ってきたビーフジャーキーを食べながらだけど。
大きなニホンオオカミが、上手く両腕というか両前足を使ってビーフジャーキーをむしゃむしゃと食べる姿は、かなりシュールであった。
「狼さんだから、お肉が好きなんだ」
久美子は、美味しそうにビーフジャーキーを食べる妖狼を興味深そうに見ていた。
「ああ、俺は狼だからな。おっと、殺生がどうこうとか、こうるさい坊主みたいなことは言うなよ。大体、植物も生きているっての。どんな生き物だって、他の生き物を殺さなければ生きていけないんだからな」
「その辺の話は、竜神様たちに聞いたわ」
「なるほど。あの人たちもそういうの気にしないからな」
涼子さんからの返答を聞いた妖狼は、どこか納得したような表情を浮かべた。
「久しいな。妖狼よ」
「情けないことに、人間によって封じられていたらしいな」
とそこに、人間の姿をした竜神様たちが姿を見せた。
そして自分たちのことは棚にあげ、結果的に人間に封じられてしまった妖狼をディスっていた。
「人のことが言えるのか? 竜神様が二人もいて」
妖狼からすれば、自分の倍以上の時間、悪霊とはいえ元人間に封じられていた竜神様たちにそんなことを言われる筋合いはないと思ったようだ。
格上の竜神様たちに対してだが、妖狼は強く反論していた。
見た目どおり気が強いのであろう。
「ふんっ、相変わらずだな。妖狼よ」
「封じられていた分、これから働けばいいのだ」
「そうだな」
だが、竜神様たちは妖狼の反論など気にもしていないようだ。
これからちゃんとご神体として働けばいいのだと、妖狼からの嫌味を軽く受け流した。
寿命が長い分、数百年の停滞程度では気にならないのかもしれない。
「それにしても、貧乏くさいものを食べておるな」
「そのビーフジャーキー、肉はアメリカ産であろう? 国産の肉を食えばいいのに」
「俺がなにを食おうと勝手だろうが!」
ただ、食べているものが粗末だと竜神様たちに言われ、それにはかなり怒っていた。
自分がなにを食べようと自由じゃないかと。
「まあ、そんなに怒るな。妖狼よ」
「お主には、いいものを食わせてやろう。なあに安心しろ。全部、我らの奢りだ」
正確には竜神会の経費で落とすのだろうが、竜神様たちは妖狼を食事に誘った。
ビーフジャーキーなんかよりも、もっといいものを食わせてやると。
「いいのか?」
「妖狼が山中神社を守り、聖域を囲う五芒星の北の一角を担う」
「さすれば我らの力はさらに増し、聖域の守りも固くなるというもの。飯くらい奢っても罰は当たるまい」
いや、罰を当てるべき竜神様たちにその気がなければ、罰なんて当たらないじゃないかな?
「まあ、奢ってくれるのなら。それで、なにを食わせてくれるんだ?」
「焼肉だ」
「焼肉?」
妖狼は幕末に封じられてしまったので、焼肉という料理を知らなかったようだ。
どんな料理なのか、とても興味ありそうな表情を浮かべている。
「では、行こうぞ」
「おう、焼き肉が我らを呼んでいる」
「あのぉ……そのままでですか?」
人間に化けている竜神様たちはともかく、全長三メートルのニホンオオカミがお店に入ったら、それだけで大騒ぎになるのは必至どころか、警察沙汰になりかねなかった。
「裕、こいつは妖狼ぞ」
「人間に変身するなど朝飯前なのだ。であろう? 妖狼よ」
「余裕、余裕。ほら」
お稲荷様と同じく、妖狼は一瞬で人間の姿になった。
見た目は十代後半ほどで、ちょっとヤンキーが入っているようにも見える。
どうやら、人間に変装する時には元の性格も関係してくるようだ。
「門前町のすぐ傍に、いい焼肉屋ができたのだ。そこに行こう」
「楽しみよな」
「俺もワクワクしてきた」
「裕君、そんなお店あるの?」
「あるみたい」
最近、門前町に沢山お客さんが集まっているので、その近辺にも彼らを目当てにした飲食店街ができつつあった。
その中に焼肉屋があったとしても、別におかしなこともない。
生臭じゃないかという意見もあるが、竜神様たちの話を聞く限り、肝心の神様たちはそんなことは気にしていなかった。
案外、生臭厳禁は宗教家の勝手な思い込みなのかもしれない。
「ちょっと、僕も誘ってくださいよ」
三人が出かけようとしたその時、またも姿を見せたものがいた。
竜神稲荷神社のご神体である、お稲荷様である。
彼も、普段買い食いする時の姿に変身していた。
「お稲荷か。お前、油揚げと豆腐以外のものを食べるのだな」
「他のものは苦手だと思っていたぞ」
「竜神様、キツネも肉食動物ですよ。たまには他のものを食べないと、栄養が偏りますからね」
おい!
嘘をつくな!
神様が、生き物みたいに食べ物の栄養なんて気にする必要はないのだから。
ただ単に好みの問題だろうが。
「竜神様、この人は?」
「この者は、竜神池にある神社のご神体だ」
「この人がですか。どうも、山中神社の妖狼です」
「君が山中神社のご神体か。よろしくね」
妖狼は、お稲荷様に挨拶をした。
お稲荷様は天界から遣わされた神獣であるため、妖狼よりは格上の存在である。
そのため、ちょっとヤンチャそうな妖狼でも、力関係は理解して素直に挨拶をしていた。
「せっかく四人揃ったので、焼肉屋でお祝いと行こう」
「そうよな。人間も、ノミニケーションとかいって食事楽しみ、酒を酌み交わして親交を結ぶと聞く」
「いいっすね、酒。封印されている間、誰もなにも供えてくれなかったので。まあ、悪霊にそんなことを期待するのもどうかと思うんですけどね」
「僕も、避難中は毎日油揚げでね。お神酒を供えてくれる人はいなかったし」
竜神様たちは焼肉と酒を楽しみ、それを親睦会とすることに決めたようだ。
酒に関しても、神社に酒を供えるのはよくあることなので、別におかしくはないのか。
「では、行くとしよう」
「そうだな。昼間から焼肉と酒を楽しむ」
「いいっすねぇ」
「そういうことだから」
竜神様たちはそう言い残すと、門前町の隣にできつつある飲食店街へと出かける準備を始めた。
「いいのかなぁ? みんな、神社から離れてしまって」
久美子は、なにか不測の事態が起きた時、彼らがそれに対応できるのか心配なようだ。
そんなことは滅多にないと思うけど。
「だからさほど離れておらぬし、考えてもみよ。神が酒で泥酔すると思うか?」
「しそう」
竜神様たちは、しょうもない理由で四百年以上も封印されてしまったからなぁ……。
一度あることは二度あるとも言うし……。
「裕、考え方が間違っておるぞ。竜神は、危機管理のために分身体を外に出しているのだ。ゆえに、本体は地底湖に鎮座したままだぞ」
「そういうことね」
前みたいに寝ている間に地底湖の水を塞がれ、体が干からびてしまったとしても、分身体が外にいれば対応可能というわけか。
最悪、俺に助けを呼べばという考えなのであろう。
「竜神会は金があるのだから、毎日の飲み食いくらいで文句を言うな。お供えみたいなものだからな」
「なるほどねぇ」
お供えか。
酒はともかく、焼肉や門前町の飲食店で販売している品がお供えに向いているのかは別として、飲食代は経費で落とせるからな。
両親がなにも言っていない以上、文句を言うべき話でもないか。
「私も焼肉食べたくなったわね」
「そう言われると俺も」
「そうだね。まだ北部の除霊に成功したお祝いもしていないし。たまにはいいよね、裕ちゃん」
「じゃあ、夜は焼肉にしよう」
「「おおっーーー!」」
俺たちも焼肉を食べたくなったので夕食は焼肉となったのだが、翌日、母は竜神様たちの分と合わせて二十万円にもなった領収書を見てため息をついていた。
竜神様たちは知らないが、俺は普段牛丼、ラーメン大好きっ子で庶民派なのだから、たまには目を瞑ってほしいと思う。
それに、二十万円のうち俺たちが食べたのは二万円分ほどだ。
苦情は竜神様たちに頼む。
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