第32話 怨念小箱破壊開始

「結局のところ、除霊してもすぐに復活してしまう悪霊たちをかわしつつ、山中神社の境内に設置されている怨念小箱を破壊しなければならないわけだ」


「箱を壊してしまえば悪霊たちも復活できなくなるから、箱の破壊は必須というわけ。安倍一族でも、特に今の安倍一族には不可能な芸当だけど……」


「永遠に悪霊を成仏できないようにする装置かぁ……箱を作った本人たちは、ただ戸高家の圧政から逃れたかっただけなのにね」


「戸高備後守から始まって、あの一族は人様に迷惑をかけることしかできないのか? 今も風船男がバカをやってるし」


「息子はバカでも、現当主は商売で大成功しているわ。だから政治家たちも媚を売るわけよ」





 昨日の偵察で、怨念小箱の設置された場所は判明した。

 その情報を菅木の爺さんに伝えたら、あの爺さん。 

 どういうツテかは知らないが、旧山中村の詳細な地図を持ってきたので、あとはそれに従って山中神社を目指すだけだ。


 よく見つけてきたなと感心したが、旧山中村は戸高家が支配していたわけで、多分、明治維新後に民間に流れたとされる古地図を、新しい所有者から手に入れたのだと思う。

 菅木の爺さんは国会議員なので、古地図の所有者を探すこともできたのであろう。


 それによると、山中神社は村の北部にあった。

 ちょっと移動する距離が長いが、こればかりは仕方がない。

 お札も気合を入れて量産してきたし、あとは全力で作戦に挑むだけだ。


「昨日は立ち塞がる悪霊たちをすべて除霊したけど、今日は最短距離と時間で山中神社を目指す。目的地でなにがあるかわからないので、極力戦闘は避けるように……とはいえ、難しいか……」


「悪霊の数が多すぎるのよね」


 どのルートにも大量の悪霊たちが待ち構えており、倒してもすぐに地面から沸いて出てくるのだ。

 なるべく戦闘を避けるといっても、限度があると思う。


「裕ちゃんがお札の数を増やしたけど、あの悪霊の群れを見るに、結局最後にはお札が足りなくなるかも」


 もしそうなったら、また撤退して

 もっとお札を量産しなければならないな。


「一度除霊した悪霊が復活する速度が肝心でしょうね。そこのところはどうかのかしら?」


「いくらなんでも、そうすぐに復活はしないと思うけど……」


 怨念小箱に捕らわれている、籠められている悪霊たちだが、村に侵入した俺たちに声をかけてきた悪霊は生前の姿そのままであった。

 ところが、攻撃してくる悪霊たちは黒い影のようで、誰の悪霊か判別が難しかった。


 怨念小箱に捕らわれた時点で、悪霊戦闘員その1、その2のような扱いになるのかもしれない。

 とにかく怨念小箱を他人の手に触れさせないようにし、異界化した村を守るため、効率よく悪霊たちを具現化、配置するためであろう。

 怨念小箱は一種の霊器でありながら、非常に効率のいい機械のようなものというわけだ。


「怨念小箱の性能次第かな。悪霊の数自体が多いので次々と繰り出してくるけど、一回除霊された悪霊たちの復活速度はまだわからないから」


「それを悟らせないために、悪霊が黒い影と化しているのかもしれないわね」


「絶対村を守るマシーンなわけだな。悪霊たちは、その構成部品でしかないと」


「怨念小箱からしたら、自由に配置できる悪霊であることが重要で、個性はいらないってわけね」


 とはいえ、一度除霊された悪霊たちが一時間や二時間で復活するとは思えないんだよなぁ……。

 最低でも数時間、長ければ一日はかかるはず。

 いくら怨念小箱が特別な装置だとしてもだ。

 でも、そうと決めつけるのは危険か……。


「とにかく、怨念小箱を壊すのが最大の目標だ」


 怨念小箱さえ壊してしまえば、悪霊も復活できないであろうからだ。

 箱を壊す前にいくら悪霊たちを倒しても復活してしまうので、悪霊たちは無理に倒さなくてもいい。

 むしろ、できる限り戦闘を避けるべきなんだが、それができれば苦労しないか。


「古地図から、山中神社の場所は頭に入れたわ」


「怨念小箱の守りが薄いといいね。無理だろうけど」


 なにしろ悪霊は沢山いるからな。

 怨念小箱の防御に手を抜くとは思えない。

 二百五十年で死んだ村人たち全員と、無理に村に入り込もうとして殺された人たち。

 数千体分か、下手をしたら万を超えるであろうかという悪霊たちなので、いくらすべてが低級でも、ひと纏まりで一体だと考えれば、これはすでに下位の邪神並の力を持つに等しいのだから。


「それじゃあ、行くか」


 ここは本来誰も立ち入れない場所なので、俺は周囲の目を気にすることなく、神刀ヤクモと霊刀宗晴を『お守り』から取り出し、二刀流の構えとなった。

 進路上の悪霊たちを、一気に薙ぎ払うつもりだからだ。


「いつでもいいよ」


「同じく、構わないわ」


 大量のお札を持つ久美子と髪穴を構える涼子さんと共に、俺は再び封印の内部にある旧山中村へと突入するのであった。




「キタナァーーー!」


「裕ちゃん、もう覚えられているよ」


「悪霊は、そういうところネチっこいからなぁ……」


「生前の性格そのままだと思うけど、怨念小箱がそういう悪霊を入り口に配置したのかもね」


「ノロイコロッーーース!」


「うっさい」




 村の入り口に、この前来た時に出会った農民の悪霊が待ち構えており、俺たちを見つけるや否や襲いかかってきたので、そのまま無造作に霊刀宗晴で額を突いて除霊してしまった。

 怨念小箱を壊さなければまた出てくると思うが、復活する前に箱を壊してしまえば、もう二度と復活できないはずだ。


 俺たちはそのまま旧山中村に突入するが、すでに多くの悪霊たちが待ち伏せしていた。

 続けて、次々と地面から黒い影のような悪霊たちが湧き出してくる。

 全部倒していると面倒だし時間を食うので、前に進むのに邪魔な奴と、こちらに襲いかかってくる奴だけ除霊していく。

 久美子がお札を投げつけ、涼子さんは髪穴を振るい、俺は霊刀宗晴と神刀ヤクモで斬って捨てていた。


「そんなに強くないけど、数が尋常じゃないわね」


「だから、急ぎ山中神社に向かわないと」


 お札が尽きると状況が厳しくなるからだ。

 幸い菅木の爺さんが手に入れてくれた地図に間違いはなく、最短距離で山中神社に辿り着けそうだ。

 俺たちは全速力で、村の北側にある山中神社へと走って行くのであった。





「到着……デカッ!」


「霊団とは少し違うわね……」


「ええ……。だって、霊団は人の形にならないもの」




 村の北側には、地図どおり山中神社が存在した。

 それほど大きくない、いかにも村の神社といった感じの山中神社の境内に入ると、その中心に黒く染めた木片を組み合わせて作った一メートル四方ほど箱が置かれていた。

 これが例の怨念小箱であろうと、急ぎ破壊しようとしたら、箱から真っ黒な竜巻が巻き上がり、それが晴れると全高十メートルほどの黒い巨人が立っていた。

 さっそく探ってみるが、やはり下位の邪神程度の実力はありそうだ。


 一体一体なら弱い悪霊でも、これだけ集まればというやつである。


 戸高家の悪政から逃れるため、村人たちは成仏する資格すら捨て、長年かけて作った怨念小箱の中に死んだ者たちの髪と血を入れ続けた。

 この箱が発動すれば、例え悪霊となっても異界の中で苛酷な税を取られることなく、毎日安心して暮らせると信じて。


「ちょっとした誤解だったな」


 彼らは別に、戸高一族を残らず呪い殺そうとして怨念小箱を作ったわけではないのだ。

 村を異界化して、余所者が入ってこられないようにした。

 そうでなければ、怨念小箱の持つ力を考えたら、戸高一族が一人として生き残っているわけはないのだから。


 そして、彼らは余所者に対し過剰な反応を示す。

 不法侵入者や、この地を再開発しようと視察団を送り込んだ市長一行が悲惨な結末を迎えたのは、彼らが自分たちの生活を破壊すると困るという防衛本能が働いたから。


 ただ、その防衛本能の強さが霊団を段々と強化していき、ついには異界化した領域だけでは収まらなくなっている。

 新しい異界を得るべく、祖父さんが張った封印が破られ、悪霊たちが戸高市内に侵攻しようとしているというのは皮肉な話であった。


「悪気がないのも困りものだわ」


「ああ」


 さらに、戸高市内に戸高高志が戻って来ているから、悪霊たちはさらに活動を活発化させてしまった。

 封印が破れかけているのは、自分たちに害を成すかもしれない彼を排除しようという意図もあるからであろう。

 当然、その過程で多くの犠牲者が出てしまうはずだが。


 つまり、俺たちは必ず怨念小箱を破壊しなければいけないというわけだ。


「まったく、戻って来なければいいのに……あの風船め!」


 なにが凱旋だ。

 お前の凱旋なんて、戸高市内で期待してる人なんて一人もいないというのに……。


「経済界でも、戸高高志は救いようのないバカとして有名らしいわ。でも本人は、自分たちの領地だった戸高市に凱旋してきたつもりなのよ。バカってある意味最強ね」


「バカになにを言っても無駄だからな。聞く耳持つ奴は元々バカじゃないんだから」


「真理だねぇ、裕ちゃん」


 先祖が悪政を働いて地元の人たちに嫌われているくせに、そう思える奴はある意味大物なのかもしれない。

 百歩譲っても、凱旋する資格があるのは商売で成功した父親の方だろうに。


「父親は金持ちだから、気を使ったり媚びている人たちもいるから、菅木議員も警戒はしているのね」


 その資金力で選挙戦を戦われると、菅木の爺さんも思わぬ苦戦をするかもしれないからか。

 とにかく今は、この悪霊の塊である巨人を突破して箱を破壊しなければ。


「久美子、涼子さん。少し離れていてくれ」


 この悪霊の塊である巨人は、俺でなければ戦えないであろう。

 久美子と涼子さんには他の悪霊たちの相手を任せつつ、俺は二刀流のまま、悪霊の巨人に突っ込んだ。

 動きはそこまで素早くないようで、初手で神刀ヤクモで巨人の右腕を切り落とすことに成功した。


「裕ちゃん、やったね」


「まだまだだな」


 どうも手応えがない。

 巨人の強さ自体は、死霊王デスリンガーには劣るがなかなかのものだ。

 ゆえに、神刀ヤクモで斬れば手応えがあって当然のはずなのに、なぜかそれを感じない。


 不思議に思っていたら、すぐにその答えが判明した。

 斬り落とされ、神刀ヤクモの力で消滅した右腕だが、すぐに周囲から集まってきた黒い悪霊たちにより元通りになってしまったのだ。

 巨人は悪霊の塊なので、周辺に多数いる悪霊で回復可能というわけだ。


「……はっ!」


 続けて、宗晴の方で巨人を一気に袈裟斬りした。

 切り離された上半身と頭が消滅したと思ったら、またも周辺から悪霊たちが集まって合体し、またもすぐに元通りになってしまう。


 今回は多めに霊力を篭めて袈裟斬りにしたのだが、巨人の消滅には繋がらなかったようだ。


「やっぱり、巨人に本体はないんだな」


 悪霊に急所という概念はないが、その悪霊の力以上の霊力で攻撃すれば除霊されてしまう。

 ところがこの巨人は、神刀ヤクモで斬っても除霊できなかった。

 巨人を構成している悪霊たちが、常に怨念小箱から補充されているからであろう。

 やはり、箱を破壊しなければいけないわけだ。


 これがもし普通の霊団だったなら、とっくに除霊できていたはずなのだから。


「とはいえ……」


 俺は、この巨人を倒さなければ怨念小箱に近づけなかった。

 迂回しようにも悪霊だらけで難しいし、巨人が妨害しないわけがないのだから。


「久美子! 涼子さん! いけそうか?」


「ちょっと難しいわね」


「キリがないよ! 裕ちゃん!」


 二人は 、怨念小箱から湧いてくる悪霊たちの相手で精一杯であった。

 巨人は下位の邪神に近い力があるので、いくらレベルアップしたとはいえ、その相手をするのは無謀であろう。


「(これは、思った以上に厄介だな……)」


 他の世界で、パラディンとして邪神を倒したので自信があったのだが、まさかこんな手でくる悪霊たちがいたとはな。

 また撤退して、菅木の爺さんに援軍の除霊師を頼む……この世界の除霊師だとかえって俺たちの足を引っ張りそうだな。


「『聖円除破陣』!」


 このままだと状況が進まないので、俺は少し下がって巨人と距離を置いてから、二本の刀を地面に突き刺し、魔法を唱えた。

 この魔法は、発生させた円形の魔法陣の中にいる悪霊を一気に除霊するものであった。

 基本治癒魔法なので、生物に使うと怪我が治ってしまい、アンデッドの類にしか効果はない。

 その分威力はかなりのもので、俺を中心に直径三十メートルほどの青白い魔法陣が浮かび上がり、次の瞬間には魔法陣の中にいる悪霊たちが次々と除霊されていった。

 巨人も、その体を構成している悪霊たちが次々と除霊されていくので、その体から白い煙を吹き出し、背筋がぞっとするような悲鳴をあげ続けていた。


「行けるか?」


 悪霊たちは、どうせすぐに怨念小箱が復活させてしまうので、この魔法はあくまでも時間稼ぎだ。

 俺は、いまだに苦しむ巨人の横を素早くすり抜けて、一気に箱を破壊する作戦に出た。


 これが成功しなければ、菅木の爺さんに相談しなければならないかもしれない。

 いや、失敗した時のことは考えないようにしよう。


「マテェーーー!」


「待てるか! 『影縫い』!」


 箱を守ろうと、巨人は白い煙を吹き出しながらも俺を捕らえようとしたので、その両足の甲と地面を神刀ヤクモと宗晴を用いて縫い付けてしまった。

 これなら、巨人もその場から動けなくなるはずだ。


 巨人の足の甲を構成する悪霊たちが刺された二本の刀によって除霊され続ければ、密度が薄くなった足の甲から刀が抜けてしまうのが普通だが、巨人の場合、怨念小箱がすぐに悪霊を補充してしまうので、二本の刀は巨人の足の甲に刺さったまま。


 怨念小箱の回復力のせいで、巨人は動けないというわけだ。


「なまじ回復能力が高いから、逆に動けなくなるとは皮肉なものだな」


「クソォーーー!」


 神刀ヤクモは巨人の足の甲に刺さったままだが、俺はパラディンだ。

 たとえ素手でも、己の霊力を大量に纏わせて殴れば問題ない。

 俺の霊力なら神刀ヤクモには及ばなくても、怨念小箱くらいなら破壊できるはず。


 真っ黒で巨大な寄木細工のような怨念小箱は、その効力はすさまじいが、防御を巨人に任せているのでさほど頑丈には見えない。

 一定以上の霊力を纏わせて殴れば、すぐに壊れてしまうはず。


 実際に、箱は己の危機を感じたらしい。

 大量の悪霊たちを俺の前に出してきた。

 だが……。


「数ばかりいてもな! いくぞ!」


 俺は右腕に霊力を篭めると、そのまま一気に箱を目指して突進した。

 邪魔をしてくる悪霊たちは、次々と聖なる拳で殴り飛ばして除霊していく。

 二本の刀で足の甲を縫われたままの巨人はいまだ動けず、多数いる悪霊たちはさほど強くない。


 多数の悪霊たちの妨害を突破することに成功した俺の目の前に、目標である怨念小箱が鎮座している。

 もう箱には己の身を守る方法がないようで、悪霊たちを出すことも止めていた。


「この村を異界にしてまで、戸高家のいない生活を求めるとはな……だが、それももう終わりだ。あの世に行くがいい」


 俺が怨念小箱に拳を振り下ろすと、呆気ないほど簡単に砕け散ってしまった。

 素材は木材だが、長年このような状態が続いたので、霊体に近い存在になっていたようだ。

 だから、霊力を篭めた拳の一撃に弱かったのだと思う。


「ナッ!」


「ふっ、これでお前の回復手段を絶ったぞ。そして、両足の甲には神刀ヤクモが刺さっている。どういうことかわかるか? 悪霊」


「……」


「わからないか。怨念小箱の回復力のおかげで、お前は神が作った刀で攻撃されても、すぐに回復できたから大丈夫だったんだ。それができなくなれば……」


 己の体の欠損を怨念小箱から送られる悪霊で回復させていた巨人だが、もう箱は完全に破壊された。

 さらに、神刀ヤクモに直接触れているのだ。

 

「お前はもう除霊されている」


「クソォーーー! トダカケノマワシモノガァーーー!」


「それはな絶対にない! 成仏しな!」


「アァーーー!」


 巨人は、断末魔をあげながら完全に消滅してしまった。

 あとは、久美子と涼子さんが戦っている悪霊たちを除霊すれば終わりだ。


「数が多いので、再び『聖円除破陣』!」


 今度は、山中村のほぼ全域を範囲とする、膨大な霊力を使う魔法となった。

 村のほぼ全域に青白い魔法陣が浮かび上がり、村にいたすべての悪霊たちが除霊され消えていく。


 数秒後、無事に山中村は除霊された。

 これで、すべての悪霊が除霊されたはずだ。


「ふぅ……相変わらず桁違いの実力ね」


「凄いね、裕ちゃん」


 もう戦う相手がいない二人が近寄ってきて、俺の実力を褒めてくれた。

 常識的に考えて、二人の美少女に褒められるというのは悪い気がしないな。


「さすがは、私の将来の旦那様ね」


「はぁーーー! 清水さん、裕ちゃんには私がいるのだけど」


「幼馴染と結婚相手は違うのよ。裕君は、これから桁違いの実力を持つ除霊師として色々と大変になるはず。そんな時、安倍一族である私が裕君の妻になれば、安倍一族も縁戚だから排除しようとしないわ」


「そんな政略結婚、今の時代に不毛よ! 私は物心つく頃から裕ちゃんが大好きで、そりゃあ竜神会のこともあるけど、私たちは相思相愛なのよ。学校のみんなも公認しているし!」


「あんなの、クラスメイトたちがからかっているだけよ。私が目標としていたお父様を呆気なく除霊してしまった裕君。私、その瞬間に背中がゾクゾクしてしまったの。きっと、これは運命の出会いなのよ」


「私の方が生まれた時から、ずっとそうですぅーーー! 清水さんは見張りだけしていればいいのよ! 第一、すぐにお父様とか。ファザコンは嫌ね」


「幼馴染だからとか、そんな漫画でもあるまいし。相川さんももっと大人にならないと」


「なんですって!」


「やる?」


「あのぉ……喧嘩はよくないかなと……」


「そうだ! 裕ちゃんがはっきりすればいいのよ! 裕ちゃんは私が好きよね?」


「好きだよ」


 当然、久美子のことは好きだ。

 向こうの世界でも、早く死霊王デスリンガーを倒して会いたいと思っていた。

 だが、将来久美子と結婚するかまではまだわからない。

 まだそんな年齢でもないのだから。


「裕君! 裕君は、私を好きよね?」


「はい……」


 勿論嫌いではない。

 向こうの世界で一緒に戦った涼子さんはこの涼子さんとは別人だけど、とても綺麗な人なので『好き』と言われて嬉しくない男子がいないわけがないのだから。


「そんな両方ってどういうことよ!」


「嫌ねぇ……独占欲が強い我がまま女って」


「清水さんも一緒じゃない!」


 それからも二人の口喧嘩は続き、俺はせっかく強敵を倒したのに、勝利の余韻に浸る暇もなく二人を宥めることを優先する羽目になってしまうのであった。

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