第31話 旧山中村偵察

「一見、ただの林よね?」


「ここをちょっと進むと、盆地に入って、村があるんだよね?」


「そういう話なんだけど、これは確かに結構複雑で強力な封印が張り巡らされているな。やっぱり祖父さんは、優秀な除霊師だったんだな」


「ええ、安倍一族の人たちが嫉妬するくらいにはね」


「それって凄いことだと思うけど」


「全体的には代々除霊師としての力が落ちているけど、たまに裕君のお祖父さんのように個人で優れた除霊師が現れることはある。それに嫉妬するのは普通の人間の業と言えるわね」


「難儀なものだね」


「安倍一族にそういう天才が出たら大喜びだけど、安倍一族以外から出た場合、あまり公にしたくないから情報を秘匿しようとする」


「そして消すのね」


「相川さん、いくらなんでもそんなことはしないわよ。上手く交渉して、いつの間にか一族入りしていたりとかね。断られることも多いらしいけど」


「そうなったら消すのね」


「相川さん……そういう人に頼まなければ難しい依頼の時、大金を積んで安倍一族の手柄ということにしてもらう、というのはあるわね。だから安倍一族は大金を持っているわけだけど」


「手柄を買収?」


「あまり公にはできないけどね。よほどの事例でもなければ、一族の除霊師総動員でなんとかするのだけど、無理な時は無理だから」


「裕ちゃんの手柄を奪ったのは、安倍一族の得意技なのか」


「まったく否定できないけど。安倍一族は必要悪みたいなものだけど、嫌いな人も多いのよ」





 翌日の放課後、偵察準備を終えた俺たち三人は、戸高山北部にある立ち入り禁止領域にいた。

 この広大なエリアは、実は竜神会所有のいわゆる『ゼロ物件』に指定されているそうだ。

 祖父さんが封印するまでは戸高市の所有だったそうだが、その間、多数出た犠牲者に裁判で訴えられ、可能な限り管理しても、やはり隙を突いて人が入り込んで犠牲者を出してしまった。


 所持しているだけで赤字を垂れ流す厄介な土地であり、それならこの地に封印を施した爺さんが作った竜神会にくれてやればいい、という結論に至ったわけだ。

 その代わり、この土地の固定資産税はゼロらしい。

 持っているだけで赤字になる土地をわざわざ封印してやった祖父さんに押しつけ、挙句に税金を徴収するほど戸高市もバカではないというわけか。


 もしそんなことをしたら、祖父さんもそんな提案は断ったであろうし。


 そんないわくつきの広大な山と盆地であるが、確かにかなり特殊な封印の存在を探知できた。

 祖父さんよりも優れた除霊師でなければ、いくら中に入ろうとしても気がつけばUターンしていたという種類の罠である。


 残念ながら、俺には通用しないのだが。


「確かに、内側からの圧力で封印が弱ってきているな」


 しかも、その原因が戸高東商店街で出会った風船男こと戸高高志だというのだから、凱旋を目指して里帰りなんてしなければいいのにと思ってしまう。

 普通、江戸時代にその地を治めた殿様の一族って、今でも敬意くらいは払われるのだが、代々戸高市に住んでいる人たちからの評判はそれほどよくないと、菅木の爺さんも言ってたな。

 珍しいパターンらしいけど、この地の惨状を見れば納得できるというわけだ。


 商売に成功した今、過去の汚名を返上して地元に凱旋しようとしているのだろうが、せっかくの封印が解けかかっているのだからいい迷惑であった。

 そのまま都心で金持ちセレブ生活を送ればいいのに、金の次は名誉を欲するとは、人間とは厄介な生き物である。


「そんなこともわかるんだ。裕ちゃん、凄いね」


「まあね」


 長い付き合いだが、久美子に褒められるとそう悪い気がしないな。


「おほんっ、裕君。新しい装備をありがとう」


「危険な任務だから。極力自分の身は自分で守ってほしい。最高の装備とは言い難いのだけど、準備できる中で最高の装備のはずだ」


 この地に封印された悪霊の群れだが、戸高備後守のような明確な支配者はいないそうだ。

 村人たちが作った怨念小箱がある限り、二百五十年の間に旧山中村で亡くなった人たちすべてが悪霊と化したまま、この地を占拠している。

 それに加え、この地が封印されるまでに不用意に立ち入って呪い殺された人たちも悪霊として仲間に加わっているのだ。

 膨大な数の悪霊軍団との戦いになるので、俺も二人を気遣えない部分が出てくるであろう。

 そこで、涼子さんにも久美子と同じく、向こうの世界で入手した装備を渡していた。

 

 死霊王デスリンガーとの戦いで使用した装備には一段劣るが、よほどのことがなければ悪霊からの攻撃を防いでくれるはずだ。


 涼子さんは、父安倍清明から形見として渡された霊器髪穴を装備しているので、これはそのまま使える。

 向こうの世界基準から見ても、髪穴はかなり優秀な除霊専用の武器と言えた。


「久美子は、自分を守ることを最優先に。『治癒魔法』と、昨日書いたお札を使ってくれ」


 久美子に関しては、どうやら彼女は治癒魔法特化のようで、攻撃力に難があった。

 レベルアップでかなり霊力が増したので、治癒魔法を応用した防御結界を張れば、悪霊からの攻撃は受けないはず。

 それと、昨日の夜に沢山お札を書いたので、これで攻撃すれば問題ないであろう。

 最初に渡した、普段は笏に変えてある神木製の棒は、今回は練習不足なので使わない方が安全だな。そのうち、棒術も教えなければ。


「今回は偵察が主任務だ。無理に怨念小箱を壊す必要はない。正確な場所がわかればいいんだ」


 とにかく、中の様子がまったくわからない。

 いきなり怨念小箱を目指すのは危険だ。

 なにしろ二百五十年分の悪霊軍団が相手なので、今日はできる限り内部まで偵察を敢行。

 できれば、怨念小箱の姿を確認してから撤退したい。


 その偵察情報を元に、数日後、怨念小箱を破壊する作戦を実行する。

 というのが、無理のない作戦であろう。


「裕君でも、一気に怨念小箱を破壊するのは無理なのかしら?」


「なるべく作戦には余裕を持つというわけさ。今の俺たちは死ねないから」


 このまま戸高高志が戸高市内で活動を続ければ、悪霊たちはさらに活発化して、じきに封印は破られるであろう。

 もしそうなったら、戸高市内や隣接する市町村において、一体何人の犠牲者が出るかわからない。

 安倍一族では対応できないはずで、俺たちは不用意に死ぬわけにいかないのだ。


「きっと、中に入ると恐ろしい数の悪霊たちから攻撃されるはずだ。その感覚に慣れてほしい」


 今日除霊した悪霊は、すぐに怨念小箱の影響で復活してしまうであろうが、倒した分は経験値になる。

 二人がレベルアップして強くなれば、その分数日後の作戦も上手く行く可能性が高いというわけだ。


「わかったわ、裕君」


「じゃあ、私もバンバンお札を使って悪霊を倒せばいいんだね」


「そういうこと。じゃあ、行くぞ」


 俺は、『お守り』から久々にオリハルコン製の笏を取り出した。

 予想では悪霊の数が多いはずなので、霊力を篭めてこれを振り回した方が早いと思ったからだ。

 霊刀宗晴でもいいのだが、定期的に他の武器を使う勘を鈍らせないようにしないと。

 基本的にパラディンも除霊師も、多数の敵と戦うケースが多い。

 武器が少ないと、それが壊れたり、なにかしらの理由で使えなくなった場合、途端に不利になってしまう。


 優れたパラディンも除霊師も、武器はなるべく多く持っていた方がいいのだ。

 

「二人とも、意識を集中して俺と同調させる気持ちで。封印に負けると、Uターンしてしまうから」


 レベルアップの影響で二人は封印の影響を受けないはずだが、もし駄目なら一人で戦うしかないかもしれない。

 そんな風に思いながら、林に入っていく。

 数秒歩くと、突然視界に入っていた木々の色が変わった。

 木々の形はそのままだが、その色が全部紫がかって見えるのだ。


「色彩が……」


「全部紫っぽい」


 どうやら二人も、封印の突破に成功したようだ。

 レベルアップ前なら無意識にUターンして林の外に出ていたはずだが、二人が祖父さんの霊力を超えた証拠であった。


「世界が紫がかっている。異界化しているんだろうな」


「異界化?」


「裕ちゃん、それってなに?」


「要するに、あまりに悪霊たちの霊力が集まり過ぎて、封印の中が別の世界になっているんだ」


 つまり、封印されたエリアだけ、霊力のせいでこの世界と似た世界、次元が違う世界に飛ばされているわけだ。


「裕君、どう違うの?」


「色々と」


 まだ詳しくはわからないけど、大まかに言うと時間の流れ、物理的な法則の違い、他にも色々と常識ではあり得ないことも、異界では起るかもしれない。

 とにかく油断は禁物……と思ったら、俺たちは林を出ていた。

 旧山中村のある戸高北盆地に入ったはずで、よく見ると少し先に村が見えてきた。


「でも、ちょっと変ね」


「そうだな」


 さらに歩いて近づくと、その村は滅びた当時の旧山中村とは大分違っている印象を受けた。

 どう見ても、江戸時代末期の農村とは違う点があったのだ。

 

「田んぼが区画整理され、苗が正条植されているわね」


「えっ? それっておかしいの? 清水さん」


「おかしいわよ。どちらも明治時代に普及した技術だもの。江戸時代末期に滅んだ村が、稲作りに採用しているわけないじゃない」


「そうなんだ。田んぼって昔から四角く区切っているものなんだって思ってた。裕ちゃんは?」


「向こうの世界だと、必ずしも畑は四角くなかったな」


 畑を区画整理して作業効率を上げようにも、所有者が首を縦に振らないと、聞いたことはあった。

 死霊軍団の侵攻で段々と使える畑が少なくなっていったにも関わらず、生産効率を上げようにも、農民たちの利害調整が上手くいかず、そう簡単にはいかなかったというわけだ。


 わずかな水と土地が原因で、農民たち同士による殺し合いが発生したのを見たことがある。

 死霊軍団に占領されて土地を失った農民たちが多かったからなのだが、こういう争いで死人が出ると悪霊化してしまい、除霊するのに手間がかかったのを思い出した。


 悪霊を除霊しただけなのに、家族たちからも非難めいた視線を向けられたしな。

 気軽に田畑を区画整理して生産性向上とはなかなかいかないのだと、俺は向こうの世界で理解したわけだ。


「思っていたイメージとは違うね。廃村じゃないみたい」


「そうだな」


 江戸時代末期から封印されている場所なので荒れ放題だと思ったら、怨念小箱に籠った大量の霊力のせいで異界化しており、当時のままの光景どころか、農村が進化しているようにも見える。


 視界は相変わらず紫がかっているが、これは封印された場所が別次元にあるという証拠であった。


「おんやぁ、珍しいべな。外からのお客さんだべ」


「えっ?」


「村人?」


 突然田んぼの端に現れた、いかにも江戸時代の農民風な人を見て、二人は飛び上がらんばかりに驚いたようだ。


「(二人とも、しぃーーー!)」


 俺は急ぎ、二人にこれ以上声を発しないよう命令し、同時にいつなにがあっても対応できるよう、臨戦態勢を整えるように指示を出した。


「見事な田んぼですね。今年も豊作ですか?」


「ちょっと前に、外からこの村に移住した人たちが、教えてくれたんだべ」


「そうだったのですか」


 どうやら、菅木の爺さんの説明には推測が混じっていたようだ。

 怨念小箱の発動により、村人たちはすべて亡くなり悪霊化した。

 ここまでは正しかったが、この効果範囲内、旧山中村の田畑は朽ち果てることはなかった。

 集まった膨大な霊力のせいでこの村だけ別の次元、世界に飛ばされ、悪霊となった村人たちは時間の流れすら曖昧なままで日常生活を送っているのであろう。


 ここならば、戸高家からの苛酷な税の徴収もなく、村人たちはのんびり田畑を耕し、山の幸を採取できる。

 彼らの収穫を奪おうと外から来る余所者たちは、容赦なく殺してしまうわけだ。


 村内にある田んぼの拡張と進化は、きっとここを再開発しようと不用意に入った元戸高市長たち一行中に、農業の知識がある者がいたのだと推察できる。


 永遠の時を、ただ田畑を耕して生きていく。 

 その成果を奪う者もいない。

 もしそんな者たちが外部から来ても、悪霊たちによって始末され、悪霊化した彼らもその支配下に置いてしまうというわけだ。

 勿論外から旧山中村の収穫を奪いに来る者などいないが、彼らは余所者がここに入り込めばそう思ってしまう。


 これまでの侵入者たちの末路というわけだ。


「(これは予想以上に厄介な……)」


 内部が放置した年月相応に荒れ果て、怨念小箱のみ発動している状態の方が遥かに除霊も楽だからだ。


「(裕ちゃん?)」


「(裕君、どうするの?)」


「(しっ)俺たちを見ればわかると思いますが……」


「神官の方々ですか? 収穫祭のお手伝いで山中神社に?」


「はい。ですが、なかなか見つかりませんで。どこにあるかお教えいただきたいのです」


「……」


 次の瞬間、農民の顔つきが憎悪のみで埋め尽くされた状態になってしまった。

 俺たちを睨みながら、彼はこう叫んだ。


「ジンジャノオマモリヲォーーー! オノレラハ、コロスゥーーー!」


 農民の叫び声がまるで合図かのように、周囲の地面や畑から数えきれないほどの悪霊が、まるで雨後の竹の子のように浮かび上がってきた。

 この地の光景と同じく、紫色がかった悪霊の大集団で、大半は低位の悪霊であったが、その数の多さは滅多にないものであった。


「数が多すぎる!」


「涼子さん、落ち着いて戦えばいける。久美子、お札をケチるな! あとでいくらでも書けるんだから!」


「わかった」


「偵察は終わり! 外に出るぞ!」


「「「「「「「「「「ニガスカァーーー!」」」」」」」」」」


 怨念小箱が設置されてる場所は大体わかった。

 あとは、この悪霊たちを除霊しながら外に向かって走ればいい。

 今日の時点で深入りは危険だ。


「浄化! 広域聖方陣!」


 まずはなるべく悪霊たちの数を減らすべく、俺は懐から出した大きめのお札を地面に叩きつけながら、一気に霊力を解放した。

 お札の効果で、半径五十メートルほどの円陣が青白い光と共に浮かび上がり、その中にいる悪霊たちが治癒魔法によって次々と除霊されていく。


 この一撃で、数百体の悪霊を除霊できたはずだ。


「まあ、どうせすぐに復活するけど」


 怨念小箱を破壊しない限り、一旦除霊しても悪霊たちはすぐに復活してしまう。

 この攻撃の目的は、ただ撤退するための進路を開けるためだ。


「凄い威力ね……でも……」


「また地面から湧き出てきた!」


 さすがは、二百五十年分の悪霊である。

 数百人分を除霊したところで、大して減っていないようだ。


「力尽きてここで死ぬ前に逃げる。オーケー?」


「わかったわ」


「退くのが利口だね」


 俺たちは、村の出口に向かって走り出した。

 次々と沸き出る悪霊たちが襲ってくるが、涼子さんは髪穴で、久美子はお札を連発して除霊していく。

 倒しても倒しても沸いて出てくるのでキリがないが、とにかく数を減らさないと逃走経路が開かないので仕方がない。


「本当にキリがないわね!」


 涼子さんはレベルアップの影響で、髪穴を使い続けてもすぐ霊力切れになってしまうということはなくなったようだ。

 華麗に髪穴を振るって戦っている。

 髪の毛に穴を開けられる名槍だそうだが、確かになかなかの霊器であった。

 

 鋭い突きを悪霊たちに食らわせ、次々と消滅させていく。


「攻撃手段がほしいかも!」


 久美子は、俺から預かったお札を惜しまず使って大量の悪霊を除霊していた。

 通常の除霊では考えられない成果だが、すぐに復活してしまうのが玉に瑕だな。


「もう少しだ!」


「裕君、なんかどんどん追いかけてくる悪霊が増えているけど」


「倒しても倒してもだよ! お札、半分以上使っちゃった」


 それでも、第一目標を逃げることに設定していたので、俺たちは封印された土地の外に出ることに成功した。

 まだ封印が機能しているので、悪霊たちは外まで追いかけてこない。

 だが……。


「あの状態だと、あと一か月保つかな?」


「そうね、悪霊の数が尋常ではないわ」


 さらに、せっかく悪霊たちを除霊しても、怨念小箱を壊さなければすぐに復活してしまうのだから。

 こんな性質の悪い場所はないと思う。

 

「でも、戸高備後守や葛山刑部の悪霊のような、霊団を指揮するような存在はいないんだよね?」


「襲ってきた悪霊たちも低位ばかりで、数は多いけど、しっかりと対策すれば大丈夫なはずよ」


「それがそうでもないかもしれない」


「どういうこと? 裕ちゃん」


「指揮官がいないのが厄介なんだ」


 指揮官が存在せず、怨念小箱という特殊な呪いの装置が存在する。

 そこから導き出される回答は、怨念小箱を守るのは尋常でない数の悪霊の集合体である可能性が高かった。

 そこに辿り着き、箱を破壊できるか。

 思ったよりも困難な除霊かもしれないのだ。


「悪霊の集合体かぁ……厄介ね」


「そうだな」


 やはり、涼子さんは知っていたか。

 指揮する悪霊のいない集合体は、完全に消滅させなければいけないので非常に厄介なのだ。

 今回のケースの場合、怨念小箱を壊せば消滅するだろうけど、悪霊の集合体が指をくわえて見ているわけがない。


 つまり、大変な戦いになるというわけだ。


「たとえ、一体一体が弱くても、纏まればってことかな?」


「発動した怨念小箱が置かれた地が異界化してしまうほどだからなぁ……。どちらにしても、やらなければいけない」


「破壊する予定の怨念小箱を確認できなかったけど、どこにあるのかわかるの?」


「わかる」


 旧山中村にある神社の場所を尋ねた途端、農民の悪霊は激高して俺たちに襲いかかってきた。

 つまり、怨念小箱のある場所は、旧山中村にある『山中神社』というわけだ。


「山中神社がどこにあるのかは、菅木の爺さんに村の地図でも探してもらえばいいさ」


 本作戦は明日実行するとして、まずはステータスとレベルの確認だな。

 俺は、涼子さんと久美子のステータスを確認した。



清水涼子(除霊師) 


レベル:159


HP:1710

霊力:1820

力:192

素早さ:208

体力:191

知力:182

運:172


その他:槍術、★★★




相川久美子(巫女)


レベル:170


HP:1690

霊力:2040

力:167

素早さ:170

体力:165

知力:212

運:356


その他:中級治癒魔法


 二人も、なかなかレベルが上がらなくなってきた。

 悪霊たちの数は多かったが、さほど強くなかったというのもあるのか。


 涼子さんと久美子を比べると、やはり戦闘力では涼子さんの方に軍配が上がる。

 ただ、久美子は治癒魔法を使えるし、お札を効率よく使えるようだ。

 さっき涼子さんも一枚だけお札を使ってみたけど、使えるけど、ちょっと使用する霊力に比して威力が低い印象を受けた。

 向こうの世界で出会った別の世界の涼子さんもそうなのだけど、槍の扱いはなかなかのものだと思う。

 まるで豪傑のように槍を振り回し、悪霊を除霊し続けたのだから。


 続けて、俺のステータスも確認する。

  


広瀬裕|(パラディン)


レベル:741


HP:7863

霊力:19021

力:1063

素早さ:847

体力:1200

知力:625

運:1115


その他:刀術、聖騎士



 襲ってきた悪霊の数は多かったが、低位のものばかりだったので俺のレベルは上がらなかったか。

 それでも、怨念小箱を守る悪霊の集合体は、低級の神にも匹敵する存在だろうと推測される。


 倒せばレベルも上がる……その前に殺されないようにしなければ。

 

「明日は、朝から作戦を始めよう。その前に、お札を沢山書かないとな。涼子さん、久美子。装備の調子はどうだ?」


「調子いいよ。自分で修繕できないのが、ちょっと物悲しいけど……」


 普通の裁縫では直せないので、俺が修繕するしかないので仕方がない。

 今のところ、修繕の必要があるほど大ダメージを受けていなかったけど。


「裕君。この装備って、かなり凄いわよね?」


「それなりかな? 高価で手間はかかるけど、生産できるものではあるから」


 神々が作ってくれた巫女服とかは、別の世界の涼子さんたちが元の世界に持ち帰ってしまったから、最強装備の一つ下くらいの扱いか。

 まだ材料があるので、俺でも作れなくはない。


 久美子と涼子さんに一着ずつ渡しても問題なかった。

 まだ予備はあるし。

 どうしてそんなに予備があるのかというと、パラディンの残り三人は装備の修繕ができないからだった。

 見事に押しつけられたとも言える。

 結局、修繕した装備を取りに来ないまま元の世界に戻ってしまったけど。


「これほど優れた防御用の霊器、今はまず手に入らないというか、防具で霊器って武器と違って限度があるのよ。鎧兜ならまだいいけど、神官系の服装だと主な材料は布だから」


「前に涼子さんが着ていた巫女服は、通常の品ってこと?」


 涼子さんと初めて会った時はブレザー姿だったが、次からはなぜか巫女服を着ていた。

 なんでも、霊器とまでは言わないが、霊的な強化をしやすい服なのだそうだ。

 他の女性除霊師も、巫女服の人がとても多いらしい。


「悪霊からの霊的な攻撃を可能な限り防げるよう、手間暇、資金をかけてできる限り強化してあるけど、これに比べたら紙の装甲って感じね。昔の名人が作った逸品の中には、今のものよりも霊的な攻撃に対する防御力が高い品もあるけど、高名な除霊師たちが大金を出して奪い合っているのが現状ね」


 鎧兜で武装する除霊師は非常に少ない。

 霊器でないと、そんなものを装備しても、布の服よりもマシ程度の防具力しかないからだ。

 霊体に直接攻撃されしまうと、通常の防具など意味ないというのもあった。


 特別な鍛冶師や職人が製造している霊器でなければ、悪霊からの霊的な攻撃は防げないのだが、仏教系の袈裟も、神道系の正装、巫女服の類は布でできている。

 布でできた服に、霊的な防御力を持たせるには、特殊な素材や、特殊な製法が必要になる。

 現代社会では入手が難しいというわけだ。


 俺が戦っていた向こうの世界では、まだそういうものが手に入りやすかったというわけだ。

 

「そんな貴重なものを私に貸してくれるなんて、私って裕君に大切にされているのね」


 もう外に出たから安全というのもあったが、そう言うと涼子さんは嬉しそうな表情で俺と腕を組んできた。

 この人って、こんなキャラ……少なくとも、別世界の彼女はもっと真面目だったような……。


「こらぁーーー! 裕ちゃんと腕を組んでいいのは私だけなの!」


 その様子を見た久美子まで、もう片方の俺の腕を取って組んできた。

 ここはもう安全とはいえ、俺の両腕を塞がないでほしい……。


「幼馴染キャラって、結局負けるケースが多いのよね」


「そんなことないわよ! 押しかけの方が負ける確率が多いから」


「それこそ、なんの根拠もないと思うわ」


 俺を挟んで久美子と涼子さんが喧嘩を始めてしまい、俺は明日に備えて早く家に戻りたかったのだが、おかげで一時間ほど予定が遅れてしまったのであった。

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