第29話 除霊委員会とバカその2

「心霊委員会?」


「そう! この戸高第一高校において、僕は心霊委員会を設立しようと思うんだ。当然、広瀬君も参加してくれるよね?」


「俺がですか?」


「君の献身が、この学校をよりよくするのさ」


「はあ……」




 俺、久美子、涼子さんは、普段は高校生として学生生活を送っている。

 戸高市内にある戸高第一高校に通っており、除霊は放課後に行うのが常であった。

 とはいえ、除霊の仕事は毎日あるわけではない。

 他の仕事……お札を書いたり、地下空間の作物を管理したり、その他にも除霊師関連の様々な雑務もだ……がない日というのはあって、今日がそうだったので三人でどこかに遊びにでも行こうかと思ったら、突然生徒会に呼び出されてしまった。


 生徒会長の『眼鏡君』……本名は大原だったか?

 いかにも生徒会長っぽい三年生に呼び出された俺たちは、彼から勝手に心霊委員会に任命されてしまったというわけだ。


「学校とは、七不思議に例えられるように、心霊現象の宝庫である! これを解決するのが、心霊委員会の仕事をいうわけだ。幸いにして、君たち三人は除霊師でもある!」


 と、力説する大原生徒会長。

 勢いよく話を進める彼とは違って、俺たちはとても醒めた目で彼を見ていた。


「無理です」


「無理? どうしてだね? 清水君」


 なるほど。

 いかにも生徒会長キャラである彼は、涼子さんをそれらしく『清水君』などと呼ぶのか。

 そういえば政治家も、議会では『○○君』って呼ばれるよな。

 『真面目君系』あるあるなのであろう。


「清水君、どうして無理なのかな?」


「予算が執行できないからです」


「予算? 確かに校内で発生した心霊現象への対処なので、それほど潤沢な予算は出せないが、なるべく配慮して……」


「反対意見が多いのではないですか?」


「それは……」


 涼子さんからの指摘に、大原生徒会長は黙り込んでしまった。


「この世の中の半分の人たちは、霊の存在を信じていないのです。先生や生徒も同じでしょう。例外があるとは思えません。半分の人たちが信じていない事象に生徒会の予算を執行しようとしたら、まず生徒会内部で反対されます」


「清水さん、詳しいね」


「小学校の頃から、私は転校を繰り返してきたからよ。この手の話はよくね……」


 この前、涼子さんが菅木の爺さんをやり込めた一件以来、久美子は涼子さんに対しあまり対抗的な言動を取らなくなったな。

 実力は俺に劣るが、涼子さんは除霊師歴が長いので、世知に長けていて俺たちを補佐してくれるのを評価してのことだと思う。


「私が転入してくると、そういう提案をしてくる教師なり生徒会、学級委員長もいました。ですが、それが実現したことは一度もありません」


 半数が存在しないと思っているものの排除に生徒会の予算を使うと聞けば、反発したり疑問を抱くのは当然か。

 ライトノベルに出てくるような権力がありすぎる生徒会とは違って、予算なんて潤沢でないのが普通なのだから。


「信じている人でも見えない人が多いのですから、見えもしないものへの対処に予算を執行するのは難しいでしょう」


 怨体や悪霊が見えなくても、ポルターガイスト現象、ラップ音、そこに近づいた人間の体調や精神状態が悪くなり、怪我や病気になったり、最悪死ぬこともある。

 厄介な悪霊ほど力が強いので、本来見えない人にも見えてしまうが、こんな奴は滅多にいないので実例に上げるのは駄目か……このところ、なぜかそういう除霊が多かったけど。

 霊を信じていない人たちは、偶然体調が悪化した、怪我をしてしまった、死んでしまったけどあくまでも事故だ、などと思うので、やはり霊を信じるようになる人の数にそう変化はなかった。

 

 霊がなにかしなくても、たまたま運悪く怪しい死に方をする人はいる。

 偶然を、霊の仕業にしてくれるなというわけだ。


 『私は悪霊のせいでうつ病になった』、『不自然な事故に遭った』、『毎晩家からラップ音がする。悪霊がいるはずだ』、『家族に不幸なことが続くのは悪霊のせい』。

 こんなことを言われて調べても異常がなく、それを言うと『そんなわけがない!』とキレる人もいて、それがインチキ除霊師の跳梁跋扈に貢献していたりするので、要するに日本除霊師協会経由以外の仕事は受けない方がいいという結果に繋がっていたわけだが。


「それに、怨体の浄化でも危険なのは事実よ。生徒会の依頼だから安くなっても仕方がない。なんて言うのは無責任もいいところよ」


 確かに、除霊師は年に何十人も殉職する危険な仕事だ。

 生徒会が、勝手に生徒だからという理由で除霊を頼み、報酬をケチるのはよくない。


「しかし、君たちはこの学校の生徒だろう? 学校のために引き受ける義務がある! この私が生徒会長の役職に奉仕しているのと同じだ」


「「「はあ……」」」


 どうもこの大原生徒会長。

 あまり出来はよくないようだ。

 自分が生徒会長として奉仕しているので、俺たちも心霊委員になって校内の心霊現象に対応するのは当たり前。

 この学校の生徒なのだから、などと本気で思っているのだから。

 こういう人が上にいると、その組織なり会社はろくなことにならないんだよなぁ……。

 人に無料奉仕させ、その代価を支払わず、自分だけ利益を得る。

 しかもそういう人は本能レベルで無責任なので、仕事を押しつけた人になにかあっても責任は取らない。

 『○○のため、彼は尽力したのだ!』などとその時だけ涙を流して、明日には忘れている。


 向こうの世界にも沢山いたが、とにかく関わらない方がいい人種なのだ。


「校内の浄化・除霊の依頼については、日本除霊師協会経由でお願いします。そういうルールなので」


 騙りの除霊師対策もあって、除霊師に浄化や除霊を依頼する時には必ず最初に日本除霊師協会に相談しなければならない。

 当然菅木の爺さんもそれをやっており、俺たちに依頼を持って来た時にはちゃんと話は通してあった。


 それなのに、この大原生徒会長は……。


「母校のためじゃないか。ちょっと校内で対応するくらい構わないだろう?」


 こいつが駄目な理由その2.

 自分の思い通りに行かないとわかると、なぜか自分だけ別のルールを適用しようとする。

 そして、こういうのに限ってあとで問題が発覚するとこう言うのだ。


 『彼らが勝手にやったことなので、私は知りません!』と。


「なあ、そんなに杓子定規でなくてもいいのでは?」


 ここで、生徒会顧問の教師が口を出してきた。

 年配の生活指導担当の男性教師であり、彼は優等生でもある大原生徒会長を気に入っていると聞いたことがあった。

 彼をどうにかフォローしたいのであろう。


「先生、霊に関することでは危険が多いのです。杓子定規にしないといけないこともあります」


 涼子さんは、転校する度にこういうことを何度か経験してきたのであろう。

 男性教師への反論に慣れているように感じた。


「霊ねぇ……私は霊の存在なんて信じていないのだ。これは、生徒たちの心を静めるカウンセリングみたいなもの。そんなに改まらないでもいいではないか」


「先生は、霊を信じていないと?」


「私は信じていないよ」


 自分は霊など信じていないが、大原生徒会長がそう言うのなら。

 男性教師は、いないものの除霊なら軽く引き受けても構わないではないか。

 そんな態度を一切隠さず、涼子さんにそう反論した。


「それはおかしな言い分ですね」


「なにがおかしいと言うのかね?」


 男性教師は、生徒に反論されたこと自体が気に入らなかったのであろう。

 声を荒げて涼子さんに問い質した。

 普通の女子高生ならビビってしまうのであろうが、さすがは幼少の頃から除霊師として様々な修羅場を潜った涼子さんである。

 まるで動じないまま、さらに彼に反論をした。


「いないものは除霊しようがないので、ならば私たちは必要ありませんね。それでは失礼します」


「おいっ! 話はまだ終わっていないぞ! 待たんか! ひぃーーー!」


 これ以上話し合いを続けても平行線を辿るだけなので、俺たちは生徒会室を出て行こうとした。

 それを男性教師が慌てながら止めに入るが、俺がひと睨みすると、彼は悲鳴をあげながらその場に立ち尽くしてしまった。

 いくら死霊、アンデッド専門のパラディンだったとはいえ、俺は何度も死線を潜り抜けてきたのだ。

 荒事に無縁な教師の怒鳴り声など、ラップ音程度にしか感じなかった。

 

 いや、ラップ音以下だな。

 ラップ音はのちに厄介な悪霊が出てくる合図かもしれないが、この教師が怒ったところでなにも起こらないのだから。


「君たち! 生徒会長たる僕に逆らうとどうなるかわかっているのかね?」


「わかりません」


「わからないよね? 裕ちゃん」


「俺たちを退学にする権限でもあるのか?」


 生徒会長なんて、大学入試に学力だけで受かる自信がない微妙な奴が内申点を稼ぐためになるものだろう?

 そんなに偉いという感覚はなかった。


「でも、ラノベの生徒会長は絶大な権限があったりするよ」


「相川さん、それは創作の世界の話でしょう?」


「それもそうか」


「他に用事がないのなら、俺たちはこれで」


「おいっ! 待て!」


 大原生徒会長の制止を振り切り、そのまま俺たちは生徒会室をあとにするのであった。

 無駄な時間を使ってしまったな。




「ごめんなさい、うちの大原会長がバカみたいなことを言って」


「ああ、あの昨日の眼鏡君ね」


「その眼鏡君のことなんだけどね」




 翌日の放課後。

 今度は生徒副会長である女子生徒に呼ばれたのだが、すぐ彼女に謝られてしまった。

 どうやら、彼女はまともな人のようだ。

 一見ゆるふわ風の可愛らしい人に見えるが、内面は見た目優等生キャラである大原生徒会長よりもしっかりしているようだ。


「大原会長はああいう人だから、自分の中の正義というか常識が、この世のすべての人たちに通用すると思っているのよ」


「難儀な人ですね」


「その正義と常識も、本人に都合よくゴールポストが動くんだけどね」


 二年生である副生徒会長は、あの残念な生徒会長のせいで苦労しているようだ。


「不思議なのは、この学校に深刻な霊障なり、怨体・悪霊の存在を感じられないことです。私たちが心霊委員会になる意味があるのですか?」


 確かに、この校内にそんな不都合があったら、俺が浄化なり除霊している。

 よほど厄介な悪霊でもなければ、チラシの裏に筆ペンで書いたお札ですぐ除霊できるからだ。


「そこがあの人の駄目なところなのよ。彼の家を知っている?」


「いいえ」


「彼は不動産屋の息子でね。そういうことよ」


 もうわかってしまった。

 つまり、大原生徒会長は俺たちを実家関連の仕事で安く使う腹なのだ。

 全然心霊委員会の仕事ではないが、彼は自分の良識を簡単に動かせる男。

 一度でも実際に除霊させてしまえば、あとはなし崩し的にと思っているのであろう。


「漆間先輩、生徒会顧問の飯塚先生は?」


「あの人はそこまで考えていないわよ。ただ大原会長が優等生だから庇うだけ。学校の先生って、学校の中で生徒しか相手にしていないでしょう? 社会的な常識に欠けるのよね」


 なるほど。

 社会人として未熟だから、除霊くらい軽く引き受ければいいなどと、常識ハズレなことを言うのか。

 それでいて、もし校内の除霊で俺たちになにかあっても責任は取らないと。

 あの大原生徒会長と気が合いそうな人だな。


「学校の七不思議って、どの学校でも噂にはなりますけど、本当なのは少ないですよね」


「あなたたち除霊師は、そんなもの信じないわよね」


「七つも一斉に不思議なことなんて起こりませんから」


 久美子は、漆間先輩の質問に答え始めた。


 基本的に学校に居つく悪霊とは、不慮の事故で亡くなった。

 イジメで自殺した。

 学校に未練があって死後に引き寄せられた。

 そんな悪霊が、校内の負の感情などをエネルギーにして怨体を生み出した。

 浮遊している悪霊が、校内にいる悪霊に引き寄せられた。

 などが主なので、七不思議によくある、夜中に階段が増えるとか、理科室の骸骨が動くとか、トイレの花子さんとか、異世界に続く謎の物置きとか、足だけが廊下を歩いているとか。


 そういう現象はまずあり得なかった。

 俺たちは小学生の頃から、霊が見えない同級生たちがそんな噂話をしていても、実際に現場を見に行けば霊がいるのかいないのか簡単にわかってしまう。

 悪霊が学校にいたら大騒ぎになる以前に被害が尋常ではないし、精々出現しても怨体なので、密かに学校が日本除霊協会に浄化を依頼。

 C級除霊師が夜中に来て浄化というパターンが一番多かったのだ。


 トイレで怨体を見てしまえば花子さん。

 ポルターガイスト現象で、理科室の骨格標本が動くこともある。

 夜中、幽霊が出るかもしれないと怖がりながら階段を昇ると数え間違えた。


 学校の七不思議など、実際にはこんなものというわけだ。


「七不思議以前に、この学校で心霊現象なんてないわよ。聞かれれば、夜中になにかの音が聞こえたとか、温度差や湿度差で木材が音を立てることもあるでしょうけど」


「大原生徒会長が生徒を心霊委員に任命して、自分の実家の仕事を格安でやらせようなんて、前代未聞のバカですよね?」


「バカね。でも大原会長は優等生ではあるのよ。一部の先生たちが持ち上げるから、余計に勘違いしてね。心のどこかで自分が特別だと思っているから、そのくらい許されると思っているんじゃないの? 本当にごめんなさいね。大原会長は無視してくれていいから」


 いやあ、ゆるふわ癒し系の可愛い先輩に謝られながら、両手を握られるのは気分がいいな。

 漆間先輩、いい匂いだなぁ……って!


「痛ぇーーー!」


「どうかしたの? 広瀬君」


「いえ、なんでも……」


 久美子と涼子さん。

 漆間先輩は、あくまでも俺たちに心から謝りたいから手を握ってきたわけで、変な誤解をして俺の尻を二人して抓るのはやめてくれないかな?


「大原会長の命令は無視していいからね。じゃあ、私はこれで」


 漆間先輩は生徒会室へと戻って行くが、その後ろ姿も可憐でいいな……って!


「痛ぇーーー! 俺がなにかしたか?」


「裕ちゃん、綺麗な先輩にデレデレしないの」


「そうよ。除霊師たるもの、常に油断なく、締まらない顔をするものではないわ」


 この日は二人に変な誤解をされ、二度も尻を抓られて散々な日であった。





「広瀬君、相川君、清水君。校内に悪霊が出たらしい」


「へえ、そうなんですか」


「驚かないのか?」


「除霊師が悪霊と聞いて動揺したら、それこそ問題ですけど。それがなにか?」


「ならいいんだ」





 翌日、また大原生徒会長に呼び出されたと思ったら、なんでも昨晩校内に悪霊が出たらしい。

 なので、急ぎそれを除霊してくれと彼に頼まれてしまった。

 とはいえ、いくら気配を探っても悪霊の気配などまったくなかった。

 大原生徒会長は、一体どういうつもりなのであろうか?


「本当にいるんですか? 悪霊なんて」


「目撃者がいるんだ。夜中に勝手に鳴る音楽室のピアノ。勝手に歩き出す骨格標本、トレイに佇む老婆の霊。体育倉庫からは、子供たちの話し声が! みんな昨晩のうちに寄せられた苦情だ」


 昨日、俺たちに心霊委員就任を断られたばかりなのにか?

 怪しいったらないな。


「目撃者は誰なのです?」


「その生徒の個人情報保護の問題があるので」


 なんだよ

 その個人情報保護の問題って……。

 目撃者本人に話を聞かないと、状況がよくわからないじゃないか。


「目撃者の精神的なショックが大きいのだ。他人に証言できる状態じゃない」


 この生徒会長。

 嘘をつくなら、もう少し上手くついてほしいものだ。

 どうせ心霊現象も、目撃者も実在しない癖に……。

 どうにかして、俺たちを心霊委員にしたいようだな。


「一応、見回ってみますけど期待しないでください」


 俺たちは、いないものをいると言い張るアホな生徒会長を置いて校内の探索に向かうのであった。





「とはいえ……」


「理科室、調理室、視聴覚室、トイレ、体育館……怨体の反応すらなしだね」


「いたら、裕君は勿論、今の私と相川さんでも気がつかないなんてあり得ないわよ」





 二人も大分レベルが上がり、かなり悪霊の気配を察知する能力が上がっている。

 校内の悪霊を見逃すわけがなかった。


「あら、また大原会長に呼ばれたって聞いたけど」


「漆間先輩じゃないですか。どうしてここに?」


「無理に探索なんてしなくていいのにって言いに来たのよ」


「しょうがないですよ。そうでも言わないとあの場を離れられなかったから」


「そうね、ごめんなさいね」


 また漆間先輩から手を握られ、俺は嬉しさの中にいた。

 心から異世界で苦労してきてよかったと。

 今、ここに堂々と宣言できる!

 勿論、心の中のみだけど。

 だって、久美子と涼子さんが怖いから。


「大原会長はなにをしたいのですか? いもしない悪霊を目撃した架空の人物まででっちあげて」


「彼、大原聡は、戸高市で一番の不動産会社『大原不動産』の跡取りなのよ。当然、父親である社長の跡を継ぐ気でいるわ。でも今、その大原不動産は没落しつつある。竜神不動産と、戸高不動産によってね」


 ゼロ物件をほぼコストゼロで除霊して所有し、その運用で稼ぎに稼いでいる竜神不動産……竜神不動産は、竜神会の関連会社という位置付けだ。

 非情に経営が順調なのは、間違いなく俺のせいだ。


 次に、戸高高志本人はバカでも、優秀な父親が梃入れして黒字化し、規模も拡大している戸高不動産。

 資金力では、うちでも勝てないだろうな。


 この二つに追い抜かれ、大原不動産は三番目まで落ちてしまったというわけだ。


「彼は、戸高市一番の不動産屋を継ぎたいのよ。だから、生徒会長権限で広瀬君たちを心霊委員にして、ゼロ物件の除霊で大原不動産を大きくしようとしている」


「詳しいですね。漆間先輩は」


「私も、実家は漆間不動産という不動産会社でね。戸高市の商業地にビルや店舗を持っていて、規模はそれほどでもないけど経営は安定しているの。実は、竜神不動産とも提携していてね。うちは商業テナントに強いから」


 知らなかった。

 竜神不動産と、漆間先輩の実家の不動産屋が業務提携していたなんて。

 まったく経営にタッチしていないから当然なんだけど。


「そんなわけで、私もゼロ物件に関して知っているのよ。元々大原会長は、実家が同業者である私を敵視していたのだけど、広瀬君の実家が急に不動産会社を作って経営が好調だから、色々と思うところはあるんでしょう。大原不動産の跡取りとしては」


 だから、生徒会長権限で俺たちを扱き使って大原不動産に貢献させようとしているのか。


「というか、それを裕君にやらせるの?」


「飯塚先生といい勝負なのよ。会長はとても勉強はできるわ。ああいう人って、社会に出てから苦戦しそうよね。生徒会長とはいっても、全然支持がないし」


「そうなの?」


「ええ、清水さんはこの学校の生徒会長選挙が少し他の学校と違うのを知っているかしら?」


「選挙で選ぶんじゃないんですか?」


「生徒の投票で選ぶのは事実だけど、あくまでも選ぶのは『執行役員』なのよ。正式には、『生徒執行役員選挙』というわけ」


 立候補者は、あくまでも生徒会執行役員に当選すべく選挙活動をする。

 そして当選した執行役員たちの中から、最初の定例議会で会長などを決めるのだと、漆間先輩は俺たちに説明した。


「飯塚先生は、優等生の大原会長がお気に入りだったから、順当に彼が生徒会長になったわけ。その後は、こんな感じだけど」


 しょうもない生徒会長ではあるが、普通の生徒たちにそう影響はないだろうからな。

 俺たち以外は……という条件はつくけど。


「悪霊なんていないでしょう?」


「いませんね。旧校舎とかないんですか?」


「この学校、できたのは二十年前よ」


 学校の怪談みたいに、旧校舎なんてないと漆間先輩は言った。


「あっ、でも……裏庭に小さな石碑はあるわね。文字が完全に消えて読めないけど」


「念のため見てみるか」


「そうだね」


「なにかあるのかしらね? その小さな石碑って」


 俺たちは念のため、漆間先輩の案内で裏庭にある石碑を見に行くのであった。





「ああ……これは……」


「裕ちゃん、ちょっとヤバイよね」


「封印が強いから、このままでも問題はないけど……」




 漆間先輩に案内された学校の裏庭に小さな石碑だが、見た瞬間、かなり厄介な悪霊が封じられているのがわかってしまった。

 今のところ封印が完璧なため、このまましておいてもあと数十年は大丈夫なはずだ。


「でも、もし誰かがこの石碑をズラせば、悪霊が出てくると思います」


 封印とは言っても、それほど物理的に強く固定されるわけではない。

 この前の戸高備後守の首塚みたいに、そのままならなんの問題もないのに、除霊師でもないバカが勝手に封印を解き。悪霊を出してしまうパターンが一番多かった。

 封印したから石碑が動かない……なんて便利なものではないのだ。

 封印するのは大変で、解くのは簡単だとよく言われる封印の現実であった。


 不心得者が封印を解いてしまうなど、定期的に必ず発生する事案なのだ。


「困ったなぁ……」


「触るなって言えばいいんじゃないの? 広瀬君」


「それはそうなんですけどね」


 災害でもないのに防犯ブザーを鳴らすなと言っても、つい鳴らしてしまう人がいる。

 これもその類で、封印は小さな石碑を少しでもズラせば解けてしまうため、絶対に石碑に触れるなと言っても、肝試しなどで気が大きくなった人が、心霊的な理由で封印を施されたものを解いてしまうことがあるというわけだ。


「こんな危険な封印、よくそのままにしてあるわね」


「清水さん、でもこの石碑は動かせないんでしょう?」


「動かせないほど危険な封印なら、石碑を簡単に動かせないように巨大にしたり、もしくは外側を覆って人目に直接触れないようにしないと危険だわ」


 こんな小さな石碑、動かそうと思えば子供でも動かせる。

 普通は、祠などの建造物や、最低でも土饅頭で覆うのが普通だからな。


「こら! その石碑に触れるな!」


 石碑を見ていたら、突然後ろから怒鳴られてしまった。

 振り向くと、そこには六十代くらいと思われる作業着姿の男性が立っていた。


「須藤さん。あっ、須藤さんはこの学校ができた時から用務員をしているのよ」


 だから、この危険な石碑に触れるなと怒ったわけか。

 校内にあってこれまで石碑が動かされないで済んだのは、この須藤さんのおかげなのか。


「副会長かい。この石碑には触れるなって言っただろうが」


「須藤さん、彼らは除霊師なのです」


「この学校には、三人も学生の除霊師がいるっていうのか。うん? お前……」


 須藤さんは、なぜか俺の顔をまじまじと見つめた。

 ご飯粒とかついていないよな?


「お前、広瀬剛の身内か?」


「孫です」


「お前、やっぱり広瀬剛の孫なのか! まさか広瀬剛が命をかけて封印した石碑を、その孫が見に来るとはな……」


 この石碑の下にいる悪霊は、祖父さんが封印したのか。

 どうりでヤバイ空気を感じたわけだ。


「この石碑、なんの悪霊を封印しているのですか?」


「ちょっと来い」


 須藤さんは、俺たちを校内にある宿直室へと案内した。

 あまり外で話すような話ではないということか。

 彼は、俺たちにお茶を出してから話をしてくれた。


「大原仁左衛門という人物は知っているか?」


「いいえ、生憎と歴史には詳しくなく」


「知らなくて当然だ。大原仁左衛門は、歴史の闇に消された人物だからな」


 大原仁左衛門とは、この戸高第一高校周辺を治めていた国人領主であった。

 代々戸高家に仕えており、戸高家とは血縁関係にもあったという。


「大原仁左衛門は、血筋的には戸高備後守の叔父でな。まあ、大原家は彼の家督継承と共に滅亡するのだが」


「謀反でも起こしたとか? もしくは、戸高備後守の家督継承に反対したとか?」


「いや、そんなことはない。この周辺の土地は、戸高家の直轄地に近いだろう? 戸高備後守は高城家の領地を狙っていた。拡張政策を取るにあたり、自身の力を、直轄地を増やそうとした」


 そこで、戸高備後守は新年の挨拶に来た大原仁左衛門を一刀両断に惨殺。

 その後、直属の家臣団を引き連れて大原家の一族を惨殺した。


「女子供は勿論、赤子まで殺したらしい。こうして戸高備後守は大原家の領地を手に入れた。その後、高城家との戦に敗れて死んだのは歴史のとおりだがな」


 戸高備後守は滅亡した大原家の墓を作ることを禁止したが、密かに元の領民たちが小さなお墓を作った。

 それがあの小さな石碑であり、石碑の文字が読めないのは経年劣化ですり切れたからではなく、最初から彫っていなかったというわけだ。

 それを戸高家の人間に読まれるとまずいから。


「すげえ話」


「昔はそんなこともザラにあったと聞くから、戸高備後守が特別悪辣な戦国大名というわけではないがな。あの石碑は密かに領民たちが供養していたおかげで、大原仁左衛門が悪霊化することはなかった。だが……」


 明治維新後、段々とあの石碑を供養する者もいなくなり、石碑になにも記載されていないため、放置されて大原仁左衛門の霊が荒ぶるようになってしまった。


「トドメは、この戸高第一高校の建設作業中に、作業員が石碑をどかしてしまってな。これで一気に大原仁左衛門は悪霊化したのだ」


 同じく惨殺された一族・家臣とその家族の悪霊たちと共に霊団を形成し、作業員たちに祟りを成した。


「二十名近くが呪い殺されたと聞く」


「よく公にならなかったな」


「戸高第一高校は少子化のおり、郊外にあった複数の高校を統合するために建設が進んでいた。戸高市としても、不祥事は公にしたくなかったようだ。当時、計画を推進していたのが革新系の市長だったため、あの手の連中は霊の存在自体を信じていない人が多い。犠牲者が最初の二~三名ですんでいるうちに工事を中止すればよかったのに、期限に遅れると言って工事を強行したから犠牲者が増えてね。まあ、最後の犠牲者はその市長だったんだけどな」


 幽霊なんて存在しないのだと、ここに視察に来て呪い殺されたそうだ。

 公式には、急病で倒れて死んだことにしたそうだが。


「除霊も、安倍一族には断られてね」


「断るでしょうね。この石碑の下の悪霊たち。戸高備後守以上に厄介だもの」


 なにしろ、大原仁左衛門以下一族・家臣たちの霊団だからな。

 安倍一族が除霊依頼を断っても不思議ではないか。


「唯一、広瀬剛のみが依頼を引き受けた。ただ、除霊は無理だと断言してな。石碑の下に霊団を封印した。とてつもない難事を一人でこなしたが、彼は封印と引き換えに命を落とした」


 祖父さんは、ここの封印が人生最後の仕事だったわけか。

 写真以外で顔も見たことがない爺さんだけど、安倍一族の連中が一目置くほど優れた除霊師だったというのは事実なのであろう。

 なにしろ、レベルアップできないのに優れた力量を発揮したのだから。


 そして、完成する学校の生徒たちに被害を出さないように命がけで封印を施したのだから。


「話には聞いていたけど、俺の祖父さんはすげえな」


 召喚される前の俺なら、祖父さんの足元にも及ばなかったであろう。


「そんな広瀬剛の孫がこの学校の生徒になった。運命の巡り合わせかな?」


「それに関しては偶然じゃないですか? いや、ここであの石碑に出会うのは運命だったのかな?」


 戸高市で並くらいの学力がある奴は、大抵この高校に通うからな。

 通学に便利だし。

 でも、俺がこの学校の石碑に引き寄せられて入学した可能性もゼロではないな。

 除霊師は、そういうものを信じる傾向が強いというのもあるけど。


「そういえば、大原家だが一族全滅はまぬがれていてな。大原仁左衛門の孫の一人だったが、数名の家臣たちと共に高城家に逃げ込んだ。高城家が江戸幕府に改易されるまでは、高城家に仕えていたのだが……」


 復活した戸高家に仕えることをよしとせず、そのまま高城市で帰農してしまったそうだ。


「あれ? 大原って生徒会長の苗字だよね?」


「そう、大原家は、彼の祖父の代で戸高市に戻ってきて不動産業を始めた。とはいえ、大原不動産には弱点があってな」


「弱点?」


「元からお役所などとのつき合いが薄かったのだが、大原仁左衛門の悪霊の件で余計役所に嫌われてな」


 祖先の悪霊のせいで多くの犠牲者を出し、その隠ぺいに苦労した戸高市役所からすれば、大原不動産と仕事をするなどあり得ないわけだ。


「裕君、話が見えてきたわね。生徒会長の目的が」


「すぐにわかるような心霊現象の嘘までついて、俺たちにこれを除霊させたかったのか……」


 自分が大原不動産の跡を継いだ時、お役所とのつき合いも復活させなければ大原不動産の躍進はあり得ない。

 このままだと、一生竜神不動産と戸高不動産の後塵を拝すことになってしまうからだ。

 そこで、生徒会長権限を利用して俺たちを心霊委員にし、この石碑の下にいる祖先の悪霊たちを除霊させるつもりのようだ。


「デッチ上げの悪霊の話をして、裕ちゃんにここを発見させる。そして、除霊させるわけね」


 厄介な大原仁左衛門の悪霊たちが除霊されれば、大原生徒会長も得をするというわけか。

 戸高市役所の怒りも解け、役所関連の仕事に大原不動産も参入できるかもしれないと。


「須藤さん、当然大原会長はこの石碑を知っていますよね?」


「家族から話を聞いていたようだな。入学したばかりの頃に見に来たさ」


 大原仁左衛門の悪霊たちの除霊に成功すれば、大原不動産は躍進できる。

 ところが、大原生徒会長は除霊師ではなかった。

 ではどうやって先祖の悪霊を除霊させるか。

 考えているうちに、今度は憎っくき先祖の仇である戸高家が地元に戻ってきて、よりにもよって同じ不動産業を始めた。

 しかも、その圧倒的な財力を背景に、すぐ大原不動産を抜いてしまった。

 さらに、ゼロ物件の除霊でその戸高不動産をも上回る竜神不動産の存在もある。


 大原生徒会長はこのまま放置すればジリ貧になると考え、俺たちにこの石碑を除霊させようと考えたのであろう。

 それが、彼によるあの一連の不可思議な言動に繋がるわけだ。


「大原不動産のために、竜神会のトップがなにかするわけないだろうが」


「だから、飯塚先生を抱き込んでいるのよ」


 この学校の生徒なら、先生や生徒会長に逆らうなど言語道断。

 それを武器に、俺たちを利用するつもりなのか。


「そんなの知らんし」


 俺としては、別に高校なんて卒業しなくても、除霊師として生きていけばいいから問題ないんだよな。


「もしもの時は転校すればいいんだから、無視すればいいんだよ」


「どうしてそんなバカな作戦が通用すると思ったんだろうね?」


「それは、彼がああいう人だからとしか言えないわ」


「この石碑の悪霊たちは、大規模な除霊師一族が数十名の除霊師と、億単位のお札を使ってやる代物だ。新人除霊師がやるような除霊案件ではない」


「須藤さん、詳しいんですね」


 確かに久美子の言っていることは正しい。

 須藤さんは、ただの用務員さんにしては色々と詳しいような……。


「私は『校内における心霊担当要員』でもあるのでな」


「涼子さん、『校内における心霊担当要員』ってなに?」


「普段は教師や事務員、用務員の仕事をしているけど、除霊師っぽいこともする人のことよ。公務員なのだけど、当然すべての学校に配置されているわけではないわ」


 学校は霊が集まりやすい場所なので、お役所が霊に詳しい、基礎的な対処ができる人を密かに雇い、全国の公立学校へと派遣していた。

 ただ、とてもではないがすべての学校に配置できるわけがなく、須藤さんの場合、この石碑が本当に洒落にならないので派遣されてきたそうだ。


「とはいえ、私は若い頃に除霊師としては脱落した人間なのでな。決して石碑を動かすなと、生徒たちに注意するのが関の山なのだ」


 もし須藤さんがこのレベル悪霊を除霊できるなら、いくら安定しているとはいえ公務員にならない方がいい。

 除霊師で稼げずに廃業したからこそ、彼は公務員になれたとも言えたのだから。


「とにかく、この石碑を動かさなければ大丈夫。悪霊たちが飛び出してくる心配はないのだから」


「大原会長には『なにもなかったです』でいいと思うわよ」


 下手にこの石碑の存在を報告すると、生徒会長命令で除霊させられるかもしれない。

 俺たちは会長に『異常なし』と報告してから、家路へとつくのであった。





『竜神会はともかく! 我ら大原家の人間が、鬼畜の戸高家の人間に負けるなど許されないのだ! しかも、戸高家の次期当主は、あのバカな戸高高志なのだから』


『それはわかっています』


『ならば、どうにかして広瀬裕を動かしてゼロ物件を除霊させろ! 飯塚とかいう間抜けな教師も使って、強制的にやらせてしまうのだ。竜神会の後ろには菅木議員もいる。連中だって、戸高家の地元凱旋などごめん被りたいはず。上手くそこを利用するんだ』


『わかりました、父さん』





 戸高家のバカ息子である高志が戸高市を拠点として活動を始め、あろうことか不動産業を始めてしまった。

 先祖たちを戸高家の連中に殺された我ら大原家の人間としては、それは到底容認できることではなかった。

 現在大原不動産の社長をしている父は激高し、僕にもなにか手を打つように命じてきた。

 僕はまだ高校生なのだが、将来は大原不動産を継ぐ身。

 このままでは、将来大原不動産が潰れてしまう可能性もあり、早急に動く必要があった。

 とはいえ、普通に新築マンションを建設している戸高不動産に対し打つ手などない。

 そこで、現在急速に躍進している竜神不動産のトップである、広瀬裕を利用するしかないと判断したのだ。

 生徒会長権限で、まずは僕の先祖である大原仁左衛門たちの悪霊を除霊させる。

 これを成功させ、どうにか戸高市側の怒りを解かないと、大原不動産は永遠にお上と取引ができないのだから。

 次に、飯塚先生も上手く利用して金になりそうなゼロ物件の除霊だな。

 いくら優れた除霊師だとしても、所詮は高校一年生のガキ。

 生徒会長と教師の命令には逆らえまい。


 と思ったら、あいつ。

 校舎の裏庭にある石碑に気がつかないフリをしやがって!

 この戸高第一高校でも成績が下の方のお前が、常に成績は校内一、運動神経にも優れ、生徒会長にして次期社長である僕に逆らうとは。


 まあいい。

 向こうがその気なら、僕にも手がある。

 あの石碑の封印を解いてしまえばいいのだ。

 入学以来、どうもあの用務員の警戒が強いが、授業中に抜け出して封印を解いてしまえば問題ない。


 悪霊を世に解き放って、どうして僕は問題ないと言えるのか……。

 それは……。


「(ハヤクフウインヲトケ。トダカケノニンゲンヲ、ミナゴロシニスルノダ)」


 このたまに頭に響くこの声。

 どうやら、石碑の下に封印されている大原仁左衛門は、子孫である私の存在に気がついているようだ。

 定期的にその声が僕の脳裏に響くようになった。

 大原仁左衛門は悪霊だが、子孫である私を殺しはしないだろう。

 むしろ彼の怒りは、戸高市に引っ越してきた戸高高志に向かうはず。


 彼が悪霊に殺されてしまえば、戸高家は大きなダメージを……受けるかどうかはわからないが、暫く戸高不動産はその動きを止めるはず。

 大原仁左衛門の悪霊は、広瀬裕がなんとかするであろう。

 菅木議員が動くだろうからな。


「僕がなにもしなくても、勝手に大原家の利益になっていく。それは僕が、あのバカな戸高高志などよりも、圧倒的に優れた選ばれた人間だからだ!」


 悪霊に殺されたとあっては、戸高家も殺人の罪に問うわけにもいくまい。

 なにしろ、悪霊を逮捕などできないからな。


「悪霊でもなんでも利用して、それが利益になればいいんだ! 僕は時と場合によってはどんな手でも使うのさ」


 作戦の決行は明日。

 必ずや、大原仁左衛門の悪霊を使って戸高高志を殺してみせよう。

 そのあとは、硬軟織り交ぜて心霊委員にした広瀬裕と女二人を利用すればいい。


「それにしても、あの、間抜けた顔をした広瀬裕にタイプが違う美少女が二人か……」


 まったくもって、広瀬裕はあの二人と釣り合っていない。

 そんなつき合いは将来必ず禍根を残すので、ここは将来の大原不動産の社長である僕が貰ってあげよう。

 あんな常に成績が赤点ギリギリで除霊しか能がない男よりも、僕の方が圧倒的に人間としての格が上なのだから。


「すぐに相川久美子と清水涼子もわかると思うけどね。広瀬裕のような一つしか取り柄がない奴は、僕のような万能な男に使われてこそ幸せなのだから。戸高家は必ず潰す! 竜神会も、僕の支配下で活動させてやろう。うん、僕ならできる! 必ずできるんだ!」


「(ソウダ。オマエハ、ワタシノシソンナノダカラ)」


 とにかく、明日になればすべてが始まるのだ。

 その前に、ひと眠りしておこう。


「(ソウダ、アス、オマエハオレノイウトオリニウゴケバイイ。イノチハウバワナイデオク)」


 相変わらず、脳裏に嫌な声が響いてくるが、明日になればこれもなくなるはず……。 

 だって僕は、あの偉大なる大原仁左衛門の子孫なのだから。

 




「(ヨクキタナ、サア、セキヒヲウゴカスノダ)」




 翌日、僕は具合が悪いと先生に嘘をつき、校舎の裏庭にある石碑の前に立っていた。

 こういう時、普段真面目に授業を受けていたことが幸いするな。

 普段サボらない奴がサボるとは、誰も思わないはずだ。


 石碑の前に立つと、また脳裏に大原仁左衛門の声が聞こえてきた。

 早く石碑をどかさなければ。


「やめろ!」


「大原会長! あなたはそれがどういうことなのか理解しているのですか?」


 いきなり邪魔が入ったが、用務員と副会長の組み合わせとは意外だったな。


「理解しているさ。この石碑の下には非常に厄介な悪霊がいる。そしてそれは、僕の先祖たちなのだ、ということもな」


「では、どうして?」


「このような石碑を動かせばすぐに解けてしまう封印など、危なくて仕方がない。そこで、生徒会長である僕としては心霊委員に任せようと思う。彼らが除霊してしまえば、問題ないだろう?」


「勝手なことを言うな! それだけの悪霊の集団を除霊するのがどれだけ大変で命がけなのか理解しているのか? 除霊には金がかかると批判する者もいるが、彼らは命懸けだし、その準備に手間と金もかかるのだ。生徒会長の命令? そんな理由で除霊師を無料奉仕させるな」


 たかが用務員風情が……。

 この僕に意見だと?

 将来、戸高家に代わりこの地を支配する大原家の次期当主たるこの僕に。


「大原会長、あなた変よ。以前からちょっと世間知らずで身勝手なところはあったけど、ここ数日特におかしいわ。だから注意していたのだけど、こんなことをしでかして」


「別に僕はおかしくない!」


 僕は選ばれた人間なのだ。

 能力に優れ、血筋も戸高家に劣るものではない。

 その昔、卑劣な戸高家の謀略で一族は壊滅し、その領地も富も失ったが、ようやく回復しつつある。

 今こそ先祖の霊を解放し、戸高家の連中を地獄に叩き落としてやる。


 そうだ!

 奴らは、皆殺しにするのが相応しいのだ!


「大原会長、あなた……」


「『同調』されているな。石碑に近づいたからだ」


「須藤さん、同調ですか?」


「そうだ、同調だ。どうやら大原会長は、大原仁左衛門の血が濃いのであろうな。彼は霊に憑依されているわけではなく、大原仁左衛門の悪霊と心が同調しているのだ。実際に悪霊が憑りついているわけではないので、広瀬君たちが気がつかなかったのも仕方がない」


「なにをバカな! 僕は正常だ」


 先祖とはいえ、この僕が悪霊に操られることなどあり得ない。

 僕は、心から戸高一族を殺したいのだから。


「それが同調している証拠だ! 普通の人間が憎いとはいえ、そう簡単に人を殺そうとは思わない。大原会長、お前は戸高一族に家族を殺されたのか? 殺されたのは大原仁左衛門であろう?」


 そんなこと、僕が理解していないとでも?

 僕は自分の気持ちに正直なだけだ。

 必ず戸高一族を皆殺しにしてやる。


「駄目か……副生徒会長、広瀬君たち呼んで来てくれ」


「わかりました」


「急いでくれ!」


「はいっ!」


 ふんっ! 

 好きにすればいいさ!

 用務員が一人なら、石碑を動かして偉大な先祖の霊をお救いするのなど簡単だからだ。

 これまでは色々と邪魔をしてくれたようだが、僕はもう怖気づかないぞ。

 これも我ら偉大な大原家復活のため。

 妨害するのであれば……お前は死ね!


「大原会長……バカなことを……」


 こういう時のため、ナイフを用意しておいてよかった。

 なんら警戒していない人間など、簡単に刺し殺せるな。

 僕が優れているというのもあるのか。


 そうだ! 

 僕は優れた、選ばれた人間なんだ!


「そこでそのまま死ね! その前に、我が偉大な先祖の復活を見せてやる!」


「やはり同調されているな。大原会長、お前は最初、大原仁左衛門の悪霊を広瀬君たちに除霊させると言っていたな」


「僕はそんなことを言っていないぞ」


「ほらな、もうお前は大原仁左衛門の悪霊の支配下にあるんだ」


 うるさい用務員め!

 その負傷した体でなにを言おうと、僕の崇高な使命を阻止できるわけがない。

 僕は須藤を一瞥すると、すぐに石碑を動かし始めた。

 少しだけ重たいが、一人で動かせないほどではない。

 力を入れると石碑は動き、僕はそのまま石碑を押し倒した。

 すると、石碑の下から黒いモヤのようなものが大量に発生する。


「やってしまったか……お前、死ぬぞ」


「くたばり損ないがなにを言うかと思えば……先祖が子孫を殺すわけないだろが!」


 きっと、大原家復活のために貢献してくれるはずだ。


「バカな……性質の悪い悪霊に限って、いくら子孫でも容赦はしない。先祖であることを利用してでも、封印を解いて外に出ようとする。そして自分が利用した者でも呪い殺すことに躊躇しない。だから悪霊は恐いのだ。うっ……」


「死んだか? いや、気絶しただけか」


 どうせその出血では、それほど長くはないだろうがな。

 くだらない嘘をつきやがって!

 僕は、先祖の悪霊すら利用して成り上がる。

 この戸高市の支配者になるのだ。

 それこそが、この僕の能力と血筋に相応しい将来なのだから。


「入ってきた」


 石碑の下から湧き出てきた黒いモヤも、私に力を貸してくれるようだ。

 このまますぐに、戸高家の連中を殺しに向かうとしよう。

 連中さえ消えれば、僕が戸高市の支配者となれるはず。


「滅びろ、戸高家! まずは戸高家の奴を血祭りだ!」


 このナイフでめった刺しにしてやる。

 あの時、僕は戸高家の家臣として、当主である戸高備後守の館に新年の挨拶に行っただけだったのに、卑怯にも頭を下げた瞬間、奴に一刀両断されてしまった。

 さらに、奴の家臣たちが僕の家族や家臣たちまでも皆殺しに……。


「必ずや、この恨みを晴らしてやる!」


 そう、戸高家の人間は一人も生かしてはおけないのだから。




「ううっ……」


「大丈夫ですか? 須藤さん」


「大原会長に腹を刺されたので大丈夫とは……治っている? 怪我の治癒を行える除霊師など、大昔の書物にしか……私は大原生徒会長に殴られて気絶していたのだな」


「そう言うことにしていただけるとありがたいです」




 突然、授業中に漆間先輩が乱入してきた。

 どうやら緊急事態のようで、慌てて廊下に飛び出したのだが、ちょうどその時、学校の裏庭のある方角からかなり厄介な霊団の反応が湧き出てくるのを感じてしまった。

 誰かが大原仁左衛門の悪霊たちが封じ込められた石碑を動かし、その封印を解いてしまったようだな。

 現場に到着すると、そこには腹を刺されて血まみれの須藤さんが倒れていた。


 久美子が『治癒魔法』で傷を回復させ、目を覚ました須藤さんは、石碑の封印を解いたのも、須藤さんを刺したのも大原生徒会長の仕業だと教えてくれた。


 そしてこの場に大原会長はおらず、霊団の反応も校外へと移動していた。

 どうやら彼は、霊団に憑りつかれてしまったようだ。

 大原仁左衛門の悪霊と精神が同調しすぎてしまった結果、こういう事態に陥ったというわけだ。


「よく悪霊に殺されないわね」


「血の繋がりがあるからかな?」


「いや、そういう配慮を悪霊はしない」


 以前から徐々に、この学校に通っている大原生徒会長と同調を図っていたのは今わかったが、悪霊は人を利用しても恩など返さない。

 つまり、もうすでに大原会長は死んでいる。

 もしくは、心が殺されて生きた人形のようになっているはず。

 その方が、悪霊たちも操りやすいでのそうするわけだ。


 理不尽に殺した方が、悪霊化して霊団に加えやすいというのもあるか。


「大原会長は、戸高家の人間を一人残さず殺すと言って学校を出たようだ」


「急ぎ追いかけましょう」


 たとえその標的が戸高一族……この場合は戸高高志であろうが……だとしても、その途中で無関係の人たちに害を成す可能性がなくもない。

 一秒でも早く、大原会長を拘束する必要があるというわけだ。


「なんとも皮肉な話ね。戸高高志を殺させないようにするためなのだから」


「あいつは悪運が強いよな」


「他の人たちには罪がないから仕方がないよ」


 別に戸高高志なんて死んでも構わないが、その巻き添えで無関係な人たちに犠牲者を出すわけにいかない。

 俺たちは、急ぎ大原生徒会長に追いつき除霊を行う必要があるわけだ。


「祖父さんの封印が脆かったから、悪霊が噴き出して犠牲者が出た。なんて無責任な奴に言わせるわけにいかない。大原会長以外の犠牲者は出せないのさ」


「そうだよね、裕ちゃんのお祖父さんは優秀な除霊師だったもの」


「あれだけの悪霊と霊団を封じるのは命がけなのに……実際、裕君のお祖父さんは亡くなっている。その命がけの成果を壊すなんて、除霊師からしたら絶対に許せないわよ!」


「だからさ」


 大原会長などどうせ助からないし、万が一助かってもその報いは受けてもらう。

 その前に、他の犠牲者を出して祖父さんの名を汚すわけにいかないのだ。 


「それにしても、もの凄く禍々しい気配ね。近づけば近づくほど感じるわ」


「バカな大原会長の『死出の衣装』には相応しいな」


「悪霊と霊団を身にまとってあの世行きかぁ……」


 悪霊の霊団に憑りつかれた生徒会長は、戸高不動産のあるビルへと向かっていた。

 確か、一度潰れた戸高不動産が入っていたビルのはずだ。

 標的である戸高高志は、そのビルにいるようだ。


「でも、どうして戸高家の人間の居場所がわかるのかしら?」


「匂いですね」


 生徒会長のこともあるのでついて来た漆間先輩は、悪霊たちの恨みが強いとはいえ、碌に顔も知らない戸高高志の居場所に向かって正確に移動していることに驚いているようだ。

 これに関しては、『霊力の匂い』を辿っているとしか言えない。

 悪霊は霊力の塊なので、他人の霊力にも敏感になるというわけだ。


「ここか……」


「何者だ! 僕は偉大なる戸高家の次期当主、戸高高志だぞ!」


 悪霊たちに憑りつかれていることはわからないかもしれないが、まるで幽鬼のような表情で自分を探している危ない制服姿の男性がいたら、そこは臨機応変に逃げてほしいと思ってしまう。

 だが、空気を読まない戸高高志は堂々と姿を現し、愚にもつかない自己紹介を始めた。


 俺は、戸高高志は真性のアホなのだと理解した。


「ワガイチゾクノウラミ! トダカケノニンゲンハ、ヒトリノコサズシネ!」


「ふんだ! 僕がこのまま下がると思っているのか?」


「いや、下がれよ……」


「邪魔よね。あの風船」


「急に勇気を出して、なにか悪い物でも食べたのかしら?」


「散々な言われようだな。事実だから仕方がないが……」


「意識高い系バカの大原生徒会長と、本物のバカとの対決ね。父から聞いていたけど、本当に戸高家の跡継ぎはバカなのね」


 須藤さんと漆間さんの、両者に対する評価も散々だった。

 大原生徒会長のことは前から知っていたし、戸高高志のバカぶりは、企業経営者やその一族の間ではかなり有名だったからだ。

 悪霊たちに操られている大原生徒会長はともかく、戸高高志の方は、もしなにかの間違いで俺たちの攻撃が当たりでもしたら、あとでなにを言われるかわからない。

 無駄な虚勢を張らずに逃げてくれればいいのに。


「僕がパパに買ってもらったこの刀で退治してやる!」


「裕ちゃん、あれ霊器なの?」


「いや、普通の刀だけど……」


「あっ、痛っ!」


「「「「……」」」」


 『戸高高志は、刀の免許を持っているのか?』とか、『人に向けて刀を振るっていいのか?』とか、色々と思い浮かぶ疑問の答えが出る前に、戸高高志は日本刀を振り回しながら生徒会長へと突進していき……その体型のせいでスピードは遅かったが……途中で転んで、その拍子に刀を手放してしまった。


 どうやら、刀の心得など一切ないようだ。

 その割には霊器ではないにしてもいい刀のようだけど、金持ちの父親から買ってもらったからか。


「最悪の自爆だな」


「シネェーーー!」


 わざわざ自分に接近してきた挙句、目の前で転んでしまった戸高高志を、大原生徒会長というか彼を操る悪霊たちは絶好のチャンスだと思ったのであろう。

 大原生徒会長の背中から、霊団を構成する悪霊の一体が飛び出し、そのまま彼に憑りつこうとした。

 憑りつかれてしまうと、死を免れても心が死んでしまうので、俺は急ぎお札を投げつけて対応した。

 戸高高志の目前で、悪霊に俺が投げたお札が命中し、悪霊は青白い炎に包まれて除霊されてしまう。


「でかした! 僕のシモベ!」


「……こんな奴、助けなければよかったな」


 それと同時に、俺は戸高高志のなんでも自分の都合のいい方に考えてしまう楽天的な性格を、ちょっとだけ羨ましいとも思ってしまった。


「髪穴がなくて残念だわ」


「霊器で生きている人間を突かない方がいいと思う」


 除霊師が使う武器で生きている物を殺してしまうと、その力が大幅に落ちてしまうからだ。

 たとえ戸高高志が人間のクズでもだ。

 それと、今回は緊急事態なので誰も武器を持っていなかった。

 俺の分は『お守り』で取り出せるのだけど、明るいうちに人通りの多い場所で刀を出すと最悪通報されかねない。

 武器は諦め、書き溜めていたお札だを取り出してから大量に投げつけた。


「キサマァーーー!」


「カラダガァーーー!」


「コンナ、ヤスモノノオフダニィーーー!」


 霊団の本体である大原仁左衛門本人には効果がないようだが、霊団を構成する親族や家臣たちの悪霊は次々と除霊され消滅していった。

 そして、すでに霊団と魂が融合してしまっている大原生徒会長も苦悶の表情と声をあげていた。


「残念だが、もう大原会長は救えないな」


 悪霊に殺されなかっただけ御の字……魂を融合され、体のコントロールを乗っ取られてしまったので、もしかしたら死ぬよりも辛いかもしれない。

 これから上手く大原仁左衛門の悪霊を除霊したにしても、もう大原生徒会長は生きた屍でしかないのだから。

 もう死ぬまで意識を取り戻さないであろう。

 生者の魂を壊してしまう。

 だから、高位の悪霊はとても怖いのだ。


「サキニ、トダカケノモノヲコロス!」


「ひぃーーー! 僕を助けろ! 僕は将来この戸高市を支配する人間なのだぞ! 僕の死は、戸高市の発展を百年遅らせるぞ!」


「「「「「……」」」」」


 大原家による戸高市の支配なんて抜かした大原生徒会長も大概だが、戸高高志も相変わらずのアホであった。

 大原生徒会長の場合、大原仁左衛門の悪霊の影響があるかもしれないか。

 戸高高志の場合は、本人が本気でそう思っているから救えないのだが。

 というか、本気でこいつを見捨てたい気持ちになってきた。

 無理だけど。


「早く逃げろ!」


 とにかく、邪魔をされるのだけは勘弁だ。

 レベルアップの影響で大幅に増したスピードで大原生徒会長と戸高高志の間に割って入り、近くにいる戸高高志の部下たちに彼を連れて逃げるように命じた。


「すいません」


「この恩は必ず」


「こいつは僕のシモベなんだから、お礼なんていらないぞ」


「……」


 こいつ、明日にでも生活習慣病で死なないかな?

 ここで死なれると、優秀な経営者である父親を敵に回してしまうので面倒だという理由があるのに、あの風船男は好き勝手言いやがって。


「ジャマヲスルカ! トダカケノレンチュウハ、ミナゴロシダ!」


「うるさい!」


 人がイライラしている時に、この悪霊は。

 俺は、和紙に筆で書いた高品質のお札を取り出すと、それを生徒会長の額に貼り付けた。


「キエルゥーーー!」


「いい加減成仏しやがれ!」


 俺が生徒会長の額に貼り付けたお札が青白い炎を出して消滅した瞬間、これまで霊団に操られていた大原生徒会長はその場に崩れるように倒れ伏してしまった。

 彼を操っていた大原仁左衛門以下悪霊たちが除霊されてしまったので、操る人がいなくなって倒れてしあったのであろう。


「除霊するにはしたけど、生徒会長はもう駄目だな」


「裕君、回復させられないの?」


「無理だな」


 生徒会長の魂は霊団と融合してしまったので、霊団を除霊すると彼の魂も除霊されてしまったというわけだ。

 今の彼はいわば魂のない生きた人形みたいなもので、もう自力で動くことはないであろう。

 治癒魔法では怪我や病気は治せても、魂の修復はできないからな。

 いわば、神の領域というわけだ。


「大原会長のご家族に、身柄を引き取ってもらうしかない」


「私も校長に話しておく。大原会長が、石碑の封印を解いてしまったのでこういうことになってしまったのだから。これも私の仕事なのだ」


 須藤さんは、俺たちが後々不利にならないよう、校長先生にかけ合ってくれるようだ。

 そういうのも、『校内における心霊担当要員』の仕事なのであろう。

 大原生徒会長がこん睡状態になってしまった責任と言われても、彼が勝手に封印を解いてしまった彼に一番の責任がある、としか言いようがないからな。


「一応、万が一の奇跡が起こるかもしれない」


 俺は、自分が使える『治癒魔法』をこん睡状態に陥った大原生徒会長にかけてみた。

 『治癒魔法』は、生物ならその傷を回復させ、悪霊やアンデッドには地獄の業火と同じ苦しみを与える魔法だ。

 悪霊のせいで魂が著しく消耗してしまった生徒会長に効果はないと思うけど、もしかしたらと思って一回だけかけてみた。


「無理だろうけどな」


 その後は、須藤さんが上手く警察や消防などと交渉して大原生徒会長を戸高市民病院に運んでくれたので、俺たちは帰宅した。


「それにしても、戸高高志のアホは相変わらずだな」


「なんとかは死んでも治らないって言うからね」


「久美子、人が悪霊になると、増幅された憎しみのせいでかえって知性が落ちてしまうのが大半なんだけどな」


「あれ以上落ちるのね。もうこれ以上落ちないと思っていたけど」


 本当は戸高高志など助けたくなかったのが本音の俺たちは、散々に奴の悪口を言い合いながら自宅へと戻るのであった。




「へっくしょん! また誰かが、戸高市一の天才である僕の噂をしているのかな?」


「「「……」」」




「さて、心霊委員の設立に関してだが、広瀬君、相川君、清水君、頼むよ」


「「「「……」」」」




 翌日、俺たちと漆間先輩は、信じられないものを見てしまったという表情を一斉に浮かべた。

 悪霊に魂を消費され、昏睡状態に陥ったはずの大原生徒会長が、何食わぬ顔で学校に姿を見せたからだ。

 ああなると、大半の人間は死ぬまで目を覚まさない生きた人形みたいになってしまうというのに、ここに非常に珍しい例外がいたというのもあるか。


「……大原会長、我が校最大の懸案事項であった、裏庭にある悪霊が封印された石碑はすでに除霊されました。それと、念のため広瀬君たちにもう一度校内を見てもらいましたが、霊的な異常はないそうです。心霊委員の常設は無意味だと思います。なにかあった際に助言いただくということでいいでしょう」


「僕は、副会長に意見を聞いていない!」


 奇跡的に一晩で復帰した会長だが、彼は心霊委員設置を諦めていなかった。

 よほど俺たちにゼロ物件の除霊を無料でやらせたいのであろう。

 そんな虫のいい生徒会長命令、普通に考えれば通るわけないことくらい誰でも気がつきそうだが、彼はまったく気がついていなかった。

 これでも成績優秀なのだそうだが、彼にはなにか人として足りないものがあるように思えるのだ。

 卒業後は確実にいい大学に進学できそうなので一部の教師たちからは好かれているが、生徒たちの支持は副会長である漆間先輩の方が圧倒的に上であった。

 彼女は常識的で、実務能力にも長けていたからだ。

 あと、美人でもあるか。


 会長も決して顔は悪くないのだが、その歪な性格というか思考で同級生にも後輩にも好かれていなかった。

 不動産屋の二代目で、自分の家柄をひけらかすような奴なので当たり前とも言えたが。


「現時点で校内に霊的な異常がない以上、心霊委員は不要です」


「いつ悪霊が出るかわからないんだ! 心霊委員は必要だ!」


「ですから、その時はその都度、広瀬君に頼めば済む話です」


「いいや。常設にし、生徒会直属にしよう。いつ悪霊がいきなり発生するかもしれないから、こういうのは臨機応変さが必要だからな」


 大原生徒会長と漆間先輩の議論は平行線を辿っていた。

 霊的な現象に素早く対応するため、心霊委員は生徒会長直属にする。

 自分だけ、自由に俺たちを無料で扱き使おうという腹だな。


「生徒会長直属? 執行会の存在を無視してですか?」


「会議などしていると、悪霊への対処に時間がかかるからな。『事件は、生徒会室で起こっているのではなく、現場で起こっている』のだから。ねえ、飯塚先生」


「漆間君、大原君の言うことにも一理あると思うが」


「生徒会長の独裁ではないですか!」


「漆間君は大げさだなぁ」


「はっきりと言いますが、大原会長は生徒会長命令という名目で自分の実家の不動産屋が利益を得られるよう、無料で広瀬君たちに除霊をやらせようとしているのですよ。そんな話が通るわけないじゃないですか!」


「漆間君、落ち着いて。考えてみたんだが、大原君の実家である不動産屋は戸高市で商売をしている。戸高市の悪霊が減れば、それは生徒たちの利益になるではないか」


「命がけの除霊を広瀬君たちに無料でやらせて、その利益を大原不動産のみが得るなんて非常識な話がありますか! 飯塚先生、あなたはおかしいと思わないのですか?」


「うるさい! 私がそうした方がいいと言っているのだ! 大原君の言うとおりにしたまえ!」


「涼子さん、ちょっと甘かったですね」


「そうね」


 俺と涼子さんは気がついてしまった。

 飯塚先生は表面上のスペックは優等生である大原生徒会長を贔屓しているのみでなく、とっくに買収かなにかしているのだと。

 大原生徒会長命令のみならず、生徒会顧問の命令もあるので、俺たちに働けというわけだ。


 とはいえ、こんなことがまかり通ると思っている時点で、飯塚先生もアレだな。

 大原生徒会長と同類、いい勝負だと思う。


「生徒会長命令のみならず、教師である私の命令だ! ちょっと除霊すればいいだけだろうが!」


「本当に、教師って世間知らずなんだな」


 そんなに簡単に悪霊が除霊できるなら、大原仁左衛門の悪霊は封印されたままのわけないじゃないか。


「広瀬! お前は教師に向かって! 相川も清水も漆間もだ!」


「そして都合が悪いと、感情的に怒鳴りつける。目上である自分が怒鳴れば、俺たちなんて簡単に言い聞かせられると思っている。どうしようもないな」


「広瀬! 貴様ぁーーー!」


 激高した飯塚先生は、俺の胸倉を掴んできた。

 普通の生徒ならビビルかもしれないが、俺は色々とあったからな。

 すぐに彼を睨みつけると、その気迫で委縮してしまったのであろう。

 飯塚先生は、その場に座り込んでしまった。


「広瀬君、先生に対しそういう態度はよくないね」


「大原会長、俺は悪霊のせいで魂にダメージを受け、昏睡してしまったあなたを助けようとしました。どうしてだと思いますか?」


「それは、僕が偉大な男だからだ」


 即答でそれが言えるなんて、よほど自分に自信があるんだな。


「いいえ、違います。あんたは、用務員の須藤さんをナイフで刺している。これは犯罪なので、その罪に対する罰を与えようと思ったのです」


 大原会長は未成年だし、証拠である須藤さんの怪我も俺が治させてしまったからな。

 ただ、その報いは受けさせようと思ったのだ。


「僕が用務員を刺した? 記憶にないな」


「そうですか」


「それに、彼はとても元気そうだった。怪我などしていないんじゃないか?」


「他にも、故意に封印した悪霊を解き放って戸高高志を殺そうとしましたよね?」


「記憶にないと言っている。それに、彼は怪我をするなり死んだりしたのかな?」


「いいえ、悪運強く無傷ですね」


「では、僕の罪は問えないね」


 あの時、大原会長は大原仁左衛門と意識を同調していて、半ば操られている状態であった。

 本当に、須藤さんを刺したことを覚えていない可能性もあるのか。


「表の世界では霊の存在なんて信じていない人が多いんだ。石碑をどかして悪霊の封印を解いても警察に捕まるなどあり得ない。用務員の怪我も大したことない以上、僕に罪などないな。世の中とは、建前が優先される社会だ。霊のせいで僕が封印を解いたり用務員をナイフで刺したりした事実もないし、戸高高志に危害を加えようとした事実もない。世の中とはそういう風になっているのだよ」


 と、大原生徒会長はドヤ顔で自分が罪に問われない理由を話していた。

 よほど自分の推論に自信があるようだが……。


「確かに、表向きの事情では大原会長を罪に問えませんね。ですが……」


「ですがなんだ?」


「知らなかったのですか? 大原会長が目指すような世界に住む人たちは、霊の存在を信じている。悪霊のせいで過去に多くの惨禍があった。封印するだけでもどれだけ大変かもよく知っている。ゆえに、大原会長のやったことは絶対に許されないのですよ。ねえ、菅木議員」


「おや、気がついていたのか」


 どうも生徒会室の外に覚えのある気配を感じたと思ったら、それは菅木の爺さんのものであった。

 俺に気がつかれているとわかった彼は、すぐさま生徒会室に入ってくる。

 彼と一緒に、校長先生、須藤さん、そしてもう一人、五十前後と思われる痩せ型の男性の姿もあった。

 よく見ると、大原会長に似ている部分があるような……彼の父親であろうか?


「聡! お前はなんてことをしてくれたんだ!」


「父さん、僕は父さんの言うとおり、自分なりに戸高家への対抗策を……「大原仁左衛門の悪霊なんぞ解き放ちおって! 私はもう戸高市で商売ができなくなったんだぞ!」」


「えっーーー! どうして?」


「当たり前だろうが。このアホが!」


 いくら警察は罪に問えないとはいえ、戸高市が散々な目に遭い、苦労して封印してもらった悪霊を解き放てばペナルティーを科されて当然だ。

 表沙汰にできない案件ゆえ、逆にもっと酷い罰が下ることもある。

 大原生徒会長は、それに気がつくべきだったな。


「大原社長、これをどうぞ」


 菅木の爺さんは、大原会長の父親に一枚の請求書を手渡したが、その金額を見た彼はその場で絶句してしまった。

 戸高備後守クラスの除霊で、基本は十億円なので、多分それよりも遥かに高額のはず。

 大原仁左衛門とその家族、家臣たちの霊団なので、もっと厄介な存在だからだ。

 大原会長が故意に悪霊の封印を解いたという過失分も加算されているはず。


「三十億円!」


「払った方がいいぞ。封印されていた悪霊たちの解放、傷は大したことはないとはいえ、『校内における心霊担当要員』まで刺してしまったのだからな。校長もそう思うでしょう?」


「大原君、君は学年一位の成績優秀者だと聞くが、どうしてこんなバカなことを……飯塚君! 君のことは菅木議員から聞いているぞ! 生徒の家から利益供与を受けるなんて! 君も罰を受ける必要がありそうだな」


「ひいっ!」


 校長からお前も大原会長と同罪のようなものだと叱られた飯塚先生は、ショックのあまりその場で気を失ってしまった。


「つまりだよ。確かに表の世界では、坊やの罪は問われない。だが、裏の世界ではこういう結果になる。表で裁かれた方が穏便に済んだのにな。大原不動産は破産だな」


「そんなぁ……僕は、大原不動産を戸高市一の不動産屋にしようと……」


「聡! お前のせいで! この大原家の面汚しめ! お前は勘当だ!」


 その後であるが、大原会長は生徒会長を辞めるのみならず高校を退学する羽目になり、寮つきで逃げられない職場に就職すべく、戸高市を出て行ってしまう。

 除霊費用でほぼ無一文になった大原家も隣の高城市に引っ越し、大原不動産が所有・管理していた物件は、除霊費用の代わりに竜神不動産の所有になった。


 そして、新しい生徒会長であるが……。


「本当にあの人は……普通、生徒会長は三年生が務めるものなのに……二年で生徒会長をやる羽目になるなんて」


「漆間先輩、大変ですね。もし霊的なことでご相談があれば」


「広瀬君、ありがとう」


 急遽新しい生徒会長になった漆間先輩に助力を申し出ると、彼女は嬉しそうに俺の手を握ってきた。

 綺麗な先輩っていいよね……って!


「痛ぇーーー!」


「裕ちゃん、デレデレしない!」


「除霊師として隙があるわね」


 二人とも、左右から俺の尻を抓るのはやめてくれないかな。

 そして俺たちだが、あくまでも臨時でだけど除霊委員のような仕事をすることを決めたのであった。

 この学校に、そう悪霊はこないと思うけど。




「大原仁左衛門の除霊ご苦労だったな。青竜神、その肉はまだ煮えてないぞ!」


「赤竜神、牛の肉は『れあ』の方が美味いのだぞ。大原仁左衛門の除霊ごくろう。裕よ」




 大原生徒会長の後始末などで疲れて帰宅したら、なんと赤竜神と青竜神が勝手に俺たちの部屋の中ですき焼きを作って食べていた。

 さらに、大原仁左衛門の悪霊の件も知っていたようだ。


 神様だから当たり前と言われればそれまでだが……。


「竜神様たち、私たちが通っている学校の裏庭にあんな性質の悪い悪霊が封印されていることを、どうして私たちに教えてくれなかったのです?」


 先に教えてもらえていれば、もっと苦労しないで済んだはず。

 久美子は、肉を取り合う竜神様たちに苦情を入れた。


「相川さんの言うとおりですよ。あそこまで封印されていたら、言われなきゃ気がつきませんって」


 なまじ祖父さんの封印が完璧だったため、俺たちは漆間先輩から教えてもらえなければ、あの石碑に気がつかなかったのだから。


「今の裕の実力なら、あれらが飛び出しても余裕で対処可能だからな」


「実際、そうであったであろう?」


 確かに、大原仁左衛門たちの霊団は、戸高備後守の悪霊より少し強いかな? 程度のものであった。

 あの頃よりもさらにレベルアップしている俺たちの敵ではないし、大原仁左衛門たちの悪霊は大原生徒会長を宿主にして行動させていた。

 それが逆に機動力のなさを生み、俺のお札攻撃によって呆気なく除霊されてしまった要因となったのだ。

 これなら、安倍清明の悪霊の方がよほど強かった。


 竜神様たちに言わせれば、わざわざ教えてやるほど厄介な悪霊でもなく、封印が解けなければ聖域にまったく問題ないと判断したようだ。


「封印が解けなければ、聖域になんら影響はなかったのでな」


「左様、裕の祖父はいい腕をしていたようだな」


「それでも、大原仁左衛門クラスの悪霊を除霊できない。現世の除霊師のレベル低下には目を覆うものがあるな」


「昔の除霊師は、いわゆる『あうとろー』な奴が多かったが、実力は高かった」


「それでも、裕ほどの奴はいなかったがな。裕、すき焼き食べるか?」


「ご母堂がいい肉を用意してくれたのだ」


「食う!」


 言いたいことだけを言い終わると、竜神様たちはまたもすき焼きの肉を奪い合いながら食べ始めた。

 俺たちもすき焼きを食べ始めたが、お返しだとばかりに、大量に肉を食らうのであった。

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