第28話 僕の考えた、最高に儲かる商売w

「そうだ! いいアイデアを思いついたぞ! さすがは僕」


「若社長、いいアイデアとは?」


「僕の戸高不動産も、ゼロ物件ビジネスに参入するんだ。そうすれば儲かるぞ」


「はあ……」




 突然、また若様が突拍子もないことを言い始めた。

 なんでも、戸高不動産もゼロ物件ビジネスに参入するのだと言う。

 そもそも、ゼロ物件ビジネスなんてものは元から存在しない。

 心霊的瑕疵物件で、除霊不能、もしくは除霊しても赤字になってしまう土地や建物を、極秘裏に国や地方自治体が固定資産税をゼロにしているわけで、そう簡単に除霊できるくらいなら、最初から国や地方自治体もゼロ物件制度など導入しないはず。

 ただ、竜神会の若きトップ広瀬裕が格安で除霊できてしまうので、事前にその土地や建物を入手していた竜神会が不動産運用で大儲けを始めただけだ。


 うちが他の除霊師を雇って同じことをしても、間違いなく大赤字であろう。

 そのくらい、広瀬裕という若い除霊師の実力が凄いのだ。

 ほんの二ヵ月ほど前までは、ただの新人C級除霊師だったというのに、一体彼になにがあったのであろうか?


 という情報を会長経由で聞いたのだが、どういうわけか竜神会も、ライバルである安倍一族ですら彼の才能を隠している。

 まあ、安倍一族の方はただの嫉妬かもしれないが……。

 ただ、一族の除霊師清水涼子を送り出しているので、将来竜神会と安倍一族は婚姻関係を結ぶのではないかと、この国の上層部や除霊師業界では話題になっていた。


「他の除霊師に除霊させますと、なかなか黒字にならないのがゼロ物件なので……」


 こんなこと、不動産業界では常識中の常識なんだが、若様には一からちゃんと説明しなければならない。

 この人が、自分でそれを調べるなど絶対にあり得ないからだ。

 パっとアイデアを思いつき、それを我々にいきなりやらせようとするので、上手く釘を刺さなければならないのだ。

 しかも、若様の怒りを買わないように。

 そこに失敗してクビになった者は多かった。

 言っても無駄なことも多いが、その時には早めに会長に任せるしかない。

 ちゃんと早めに報告しておけば、我々も責任を取らされることはないからな。


「どうして広瀬裕が除霊すると、そんなに経費が安いんだ?」


「彼は他の除霊師たちほどお札に頼らないですし、お札が自前ですから」


「お札を買わずに自分で書いているからか。ケチ臭いガキだな」


「はははっ……そうですね」


 広瀬裕は、除霊でそこまで道具に頼らないと聞いた。

 さらに自分でお札を書け、自分でお札を書いている以上、お札代はかからないということになる。

 お札は性能が優れているものほど高価で、平気で億を超えるお札が存在した。

 実力がない除霊師ほど、高価なお札と、大金を積んでも入手できないことも多い『霊器』に頼った除霊になってしまう。

 それゆえ、『悪霊はお金で除霊する』などと業界内で揶揄されることもあり、安倍一族のように多くの除霊師を抱え、企業経営などで除霊師業以外に資金源があるところほど有利というのが現実であった。

 実力本位の世界でもあるので、優れた能力を持つ除霊師が個人で安倍一族を出し抜くなんてことも稀にあるらしいが。

 確か、広瀬裕の亡くなった祖父がそうだったと聞いた。

 そして、そんな彼を超える実力があるのが彼の孫である広瀬裕というわけだ。

 この情報を知る者はまだ少なく、我々も会長から情報を教えてもらったからこそ、それを知っているのだから。


「とにかくだ! 戸高市やその周辺地域にあるゼロ物件の竜神会による独占を防ぎ、戸高不動産が割り込むことこそ肝要なんだ。竜神会は、菅木のジジイと関係が深いからな」


 竜神会の力が増せば増すほど、若様が選挙で勝てる確率が下がる。

 そのくらいのことは、若様も理解しているようだ。

 はあ……高尚(たかなお)様が生きていらっしゃれば……これは愚痴だな。


「戸高市のいい場所にあるゼロ物件はまだ残っているはず。そこを除霊師に除霊させ、戸高市と交渉して無料で手に入れればいいんだ。菅木のジジイにできるのだから、僕にも可能なはずだ」


 交渉すれば可能なのは確かだ。

 日本はおろか、世界中を悩ませる心霊瑕疵物件。

 世界中の国や都市、地方自治体で『ゼロ物件』に似た制度を採用しているところは多い。

 なぜなら、悪霊たちに占拠され入ると死人が出るような土地と建物に相場の税金を取ると、持ち主が破産してしまうからだ。

 『こんな土地はいらん! 役所に物納する!』と所有者に言われて押しつけられ、場所もいいのでバカな担当者が喜んで受け取ったら、性質の悪い悪霊のせいで経費ばかり飛んでいく物件も多数存在する。

 今でもたまに、そういう物件のせいで経済的に困窮して自殺する者までいた。

 手放せないのに、一等地に相応しい税金を請求されたらよほどの金持ちでもなければあっという間に破産して当然であろう。


 それを防ぐための『ゼロ物件』制度なのだから。

 そんなゼロ物件を無料で引き受け、除霊師に除霊させて再利用を目論む者など、それこそ太古の昔から存在している。

 平安時代の書物にも書かれているくらいだ。

 だが、除霊には多額の費用がかかる。

 悪霊の強さによっては億単位の金がかかり、それを支払ってその物件を除霊したとしても、元を取るのに数百年かかるなんて話はよくあった。

 よほど上手くやらなければ、逆に損をしてしまうのだ。


 バブル崩壊前までは土地代も高かったので、多くの不動産屋や企業が除霊師に大金を積んで、条件のいいゼロ物件の除霊を行った。

 バブル崩壊後、不良債権と化してしまった物件も多かったが。

 借金を抱えて自殺し、自分が除霊した物件に悪霊となって居座るなんて悲劇というか喜劇も発生し、今では新規にゼロ物件に関わる者など滅多にいないのが現状だ。


 お札などの除霊に必要な品の価格高騰、それを作れる者の減少、除霊師の実力の低下により、彼らは余計高額のお札や道具に頼るようになってしまった。


 残念ながら、ゼロ物件を除霊して儲けなど出せなくなっているのだ。

 稀にある掘り出し物の物件を精査し、コストを抑えて除霊して利益を出している者もいるが、そう数がいるわけではない。


 その辺の事情を、何度も若様には説明したのだが……どうやら理解してもらえなかったようだ。


「僕なら必ず成功するさ」


 その根拠のない自信のせいで、どれだけ会長が金を出したか。

 ただ不思議なのは、若様がお手軽事業で損をすればするほど、どういうわけか会長が展開している事業は逆に絶好調なのだ。

 会長が若様になにも言わないのは、若様が損をすればするほど会長が儲けられるから?

 そんな不思議は話はないか。

 ただの偶然であろう。


「僕はある除霊師と知り合ってね。彼に任せれば大丈夫さ」


「その人、大丈夫なのですか?」


 ゼロ物件に関わる事業が成功しない理由の一つに、自分の実力を過大に宣伝する除霊師の存在があった。

 彼らの大半はC級除霊師であり、悪霊など退治できない。

 下級の怨体の浄化が精々なのだ。

 だが、大半の人間は悪霊と怨体の見分けなどつかない。

 見えない者が全体の九割なのだから仕方がない。

 この世の中の半数の人たちが霊を信じているとは言っても、実はその中の八割の人は霊が見えていないのだから、いくらでも詐欺を働ける環境にあるというわけだ。


 もっとも、どんな人にでも見える悪霊というものもいて、そんなのに襲われたら人は確実に死ぬらしいが。

 最近の例では、戸高備後守の悪霊がそうか。


「その方のライセンスカードは確認しましたか?」


「したに決まっているだろうが! A級の凄い除霊師さ!」


 余計に疑わしくなってきた。

 騙りの除霊師には二通りある。

 まずは、除霊師でもないのに除霊師を騙る者。

 次に、C級なのにB級やA級を騙る者だ。


 除霊師の詐欺が横行して業界自体が信用をなくした時期もあり、日本除霊師協会は除霊師にライセンスカードを発行していた。

 だが、除霊師のライセンスカードはそれほど認知度があるものではない。

 ライセンスカードの偽物も多数出回っており、例えライセンスカードがあると言われても俄かに信用できないというわけだ。


 それを若様に言っても、果たして信じてくれるかどうかは……無理だろうな。


「そいつは広瀬裕になど負けない凄腕で、格安で除霊してくれるそうだ。これも僕の人徳だな。戸高市とその周辺の美味しいゼロ物件を手に入れるぞ! 土地は王様。僕が戸高市の大名に返り咲く日も近い」


 こうなってしまうと、もう若様を説得するのは難しい。

 確実に失敗するだろうが、それは会長が補填するからいいのか……。

 通常の土地の買収とマンション建設で満足してくれればいいものを……。

 私は一日でも早く別の部署に移動したいのだが、きっと会長は認めてくれないだろうな。





「爺さん、この土地は?」


「戸高不動産が安易に手を出して失敗したゼロ物件だな」


「あっ、悪霊がもの凄く怒っているね」


「除霊師が挑発だけして逃げ出したみたいね。騙りの除霊師が中途半端に手を出した結果、その土地で大人しくしていた悪霊が暴発するケースがあるって聞くからそれよね?」


「まさしくそれだな」





 今日もゼロ物件の除霊を引き受けたのだが、その土地にいる悪霊はかなり激高しているように見えた。

 菅木の爺さんによると、あの風船男がゼロ物件の再利用事業に手を出し、失敗しただけならともかく、悪霊をとことん怒らせてしまい、今にも悪霊が外に飛び出してしまうかもしれない案件だそうだ。

 なんでも、戸高高志が雇ったC級なのにA級を名乗った除霊師の不手際だそうだ。

 騙りの除霊師に限って無用に悪霊を挑発するので、除霊する前よりも状態が悪くなってしまうケースが多かった。

 素人さん相手にオーバーアクションで自分の力量不足を誤魔化す傾向にあり、それが悪霊の気に障るというわけだ。


「完全に尻拭い案件だな」


「仕方あるまい。それに金にはなるぞ」


「えっ、この土地は風船男のだろう?」


「それは中止になった」


 この土地は、戸高市の所有となっているそうだ。

 元の持ち主はこの土地を抱えたせいか、子孫が途絶えてしまったそうだ。

 戸高高志の父親は金持ちで政財界に顔が利くので、無事除霊できたら依頼料代わりにゼロ物件は譲渡する。

 その代わり、所定の固定資産税と、土地の活用で得た利益から税金は支払ってね。

 菅木の爺さんもそういう条件で仕事を取ってくるのだが、同じことをして失敗したというわけだ。


「戸高家側も、悪霊に暴走されたら責任問題になるので、除霊費用は戸高家が支払うことになっている。この土地も、竜神会のものになるぞ」


「思うに、戸高高志って、いるだけで戸高家にとって害悪じゃないか?」


 あいつ、自分の家のためになることをしたことがあるのかね?

 とても俺たちの敵とは思えないというか、逆に敵の敵は味方理論のような気がしてきた。


「あんなんでも、与党の公認を受けて選挙に出馬するからな。ワシがいるから、比例ブロックのみの候補だが」


「あれを議員にするのか?」


 あの体型で、国会議事堂の席に座れるのかね?

 能力や性格以前に、まずそれが心配であった。


「とにかく、裕がちゃちゃっと除霊すればいい」


「自分が除霊するわけじゃないからって……」


 今日は治癒魔法の練習を兼ね、除霊を依頼された土地すべてを覆う治癒魔法で悪霊を除霊することにした。


「お札で治癒魔法の威力を倍増させる」


 とはいっても、この程度の悪霊なのでお札はチラシの裏に筆ペンで十分であろう。


「荒ぶる悪霊よ! この世から消え去れ!」


 効果範囲をその土地のみとして広域治癒魔法を発動させ、お札でその威力を数倍に増加。

 青白い光に覆われた悪霊と怨体たちは、なにも反撃できないまま消滅した。


「凄いね、裕ちゃん」


「久美子も使えるようになるはずだ」


 現時点で特技が中級治癒魔法なので、これが上級になれば広域治癒魔法は使えるであろう。

 お札でその威力を増加させれば、一軒家分程度の除霊なら、悪霊に会うこともなく除霊を終わらせることができるはず。


「でも、この方法ってゴキブリが出る家に除虫剤を焚いているみたいだね」


「まんまそんな感じだな」


 悪霊も放置しておくと、次々と怨体を出して数が増えたように見えるからな。

 あながち間違ってもいないというか……。


「裕君、お疲れ様。もうこれで終わりね」


「なにを言うか。清水の嬢ちゃん。まだ依頼は残っておるわ」


「まだあるの?」


「ある! なにしろ、戸高のバカ息子が騙りの除霊師に除霊を依頼したゼロ物件は軽く十件を超えるのだから」


「どうしようもないバカですね。あの人」


 戸高高志は部下たちが止めるのも聞かず、父親の力で交渉したすべてのゼロ物件の除霊を騙りの除霊師に試させてしまい、まだ十件以上、激高した悪霊がいつ外に飛び出すかわからない状態だそうだ。


「なるほど、これは戸高高志が俺を消耗させようという陰謀だな」


「本人はそんな風に考えていないと思うな」


 ただ、なんの根拠もないのに、ゼロ物件の除霊は成功すると思っていただけだと、久美子は自分の考えを述べた。

 要するに、本物のバカなんだな。


「あの人が、そんなところにまで知恵が回るとは思えないわ」


「というわけで、次の物件に向かうぞ」


「爺さん、人使いが荒いな」


「悪霊に外に出られると問題なのでな。あのアホが、寝た子を起こすような真似を……」


 なにが凄いって。

 そんなバカなことをしたにも関わらず、戸高高志がその件で罰を受けることもなく、こんな不祥事を世間に対し公にできないので、極一部の人間以外誰も知らないままという点であろう。

 そして彼は、何食わぬ顔で次の選挙に出馬するのだから、ある意味凄いと思う。


「とにかく、今晩中にすべて除霊するのだ」


「戸高高志のアホめ!」


 結局その日は深夜まで、十数件にも及ぶゼロ物件の除霊に奔走する羽目になってしまった。

 除霊した土地は竜神会のものになり、分譲住宅やアパートの建設が始まったのだが、苦労して除霊した俺の小遣いはまったく上がらない。

 竜神会の代表である俺が、一番低い報酬で働くことになるとは……。


「せめて、小遣いを月一万二千円から二万にしてくれないかな?」


「高校生なら、それで十分であろう。報酬はちゃんと預金してあるが、使用制限の解除は成人後だな」


「今使えない金に意味はねえ!」


「成人後には使えるぞ。大人は子供に制限を課すものだと諦めい」


「とほほ……」

 

 俺が貧乏暇なしなのも、きっと戸高高志のせいだと思ってしまう俺であった。





「次こそはゼロ物件の除霊を成功させるぞ!」


「除霊師がいませんけど……」





 世の中には働き者の無能という人種がいる。

 いや、若様は働き者ではないか。

 嫌なことは一切しないからな。

 口だけ達者な、怠け者の無能というのが正しいか。

 となると、古いドイツ軍人が言う伝令にはピッタリなのか?

 若様がそんな役割を進んで引き受ける人とは思わないので、意味のない例えであったが。

 とにかく今は、ショッピングモールとマンション建設をしているのだから、余計なことをしないで大人しくしてほしい。


 結局あの除霊師は騙りで、ただのC級除霊師なのに中途半端な除霊で悪霊たちを怒らせてしまい、このままでは戸高不動産の責任問題になりかねなかったので、広瀬裕に除霊を頼むことになってしまった。

 ゼロ物件はすべて竜神会に取られてしまうわ、

除霊費用で多額の臨時出費が必要になるわで、とにかく散々だったのだ。

 騙りの除霊師も、前金を持って逃げてしまった。

 詐欺で警察に通報は……選挙に出る前なので会長に止められてしまった。

 会長自身の事業は順調なので、インチキ除霊師による数百万円の持ち逃げや、竜神会に支払った数億の金はどうでもいい……とは言わないが、許容範囲ということのようだ。


 会長は有能な経営者なのに、無能な若様に甘いのが唯一の欠点であろう。

 そして、私は職場を異動できない。

 責任すら取らせてくれないわけだ。

 私が責任を取って左遷されても、私の後釜に座る人がいないというのが現実であった。


「今度は大丈夫。新しい除霊師と知り合ったから除霊を依頼しようと思って」


「この前のゼロ物件は、みんな広瀬裕が除霊してしまいましたよ」


「知ってるさ。あの生意気なガキめ」


 生意気でもなんでも、我々の尻拭いをしてくれたのは事実であったが、若様が彼に感謝するなんてあり得ないか。

 元々、この人が他人に感謝するなどあり得ないのだが……。


「その除霊師は大丈夫なのでしょうか?」


「今度は大丈夫さ」


 若様がそう断言して、それが事実だったことなどほとんどないわけだが。

 会長の跡取り息子なので若様に擦り寄る怪しい人間は多く、これまで何人に騙されてお金をだまし取られてきたか。

 とはいえ、若様は異常にプライドが高いのでそれを決して認めない。

 認めていないということは、失敗していないというのと同義なので、つまり若様は失敗していないと自分では思っているのだ。

 その損失は会長によって補填されてしまうので、余計に若様が失敗を実感することもない。


「僕に任せておけって。今度は飛び切りのゼロ物件を除霊して、戸高不動産の収益源にするからさ」


「はい……」


 また失敗しそうなので、最悪の事態にならないよう、菅木議員と連絡を取っておくかな。

 それにしても、早く若様つきから異動したいものだ。




「……なにをどうするとこうなるんだ? 爺さん」


「これは酷い有様だな。おおっ、悪霊たちが怒っておるわ」


「あの風船、俺に尻拭いさせるしか能がないのか? むしろ、そうすることで俺を潰す策略とか」


「安心せい。奴にそんな策を弄する頭はないからな」


「それは安心していいのか?」





 今夜も、とある廃墟の前で俺はため息をついていた。

 ここは大分前から戸高市民たちには知られている廃墟であり、そこから荒ぶった悪霊たちが今にも外に飛び出そうとしていた。

 除霊に失敗して怒らせたのはわかるが、こんなに悪霊たちが怒っているのを俺は見たことがない。


 言うほど除霊の経験がないからかもしれないが。

 向こうの世界では、除霊というよりも倒すって方が正しかったからな。


「戸高高志が、また騙りの除霊師に引っかかったのだ」


「あいつ、そんなに除霊師と知り合いになりたいのか?」


「優秀な除霊師と知己になれるのは、いわゆる上流階級の証なのでな」


 世界で上にいる人たちほど、悪霊のせいで自分の仕事や財産に影響が出やすくなる。

 よって、優秀な除霊師と知己である上流階級は多かった。

 そして、その事実を庶民ほど知らなかったりする。

 霊を一切信じていない率が高いのも、いわゆる下の階級の人たちという認識なのだ。


「戸高高志は、自分が戸高市の統治者になって当然だと思っているアホだ。そんな自称上流階級である奴からすれば、優れた除霊師の知り合いがいて当然。だが、そんな急に優れた除霊師と知り合いになれるわけがない」


 幸いというか、不幸というか。

 戸高高志の父親は事業に成功して大金持ちなので、それに釣られて騙りの除霊師たちが近づき、彼らの言うことをそのまま信じてこの様というわけだ。


「ああ、『バラマキ』をやったのね」


「バラマキ?」


「裕君、見て。廃墟の庭にまだかなりの数のお札が残っているでしょう? 実力がない除霊師がよく使う手なのよ。除霊する場所に大量のお札を撒いてなんとかしようとする」


「お札の飽和攻撃というわけね」


「そんなところね」


「でも、お札が燃えていないよね」


「それはそうよ。そんなに大量のお札を燃やせるほどの霊力がないのだから」


 バラマキとは、実力がない除霊師が大量のお札を現場にばら撒き、いかにもちゃんと除霊したかのように見せかける方法なのだという。

 ただ、お札は除霊師の霊力で発動、燃えて霊を攻撃するので、そんなに大量にお札をばら撒いても、燃えずに残ってしまうわけだ。


 見た目だけ派手に見せる詐欺の手法というわけだ。


「しかもあのお札。それっぽくは書いてあるけど偽物だな」


 適当な和紙を切って、そこに普通に筆で字を書いただけ。

 当然、悪霊にぶつけてもなんの効果もない。


「バラマキで、偽物のお札を混ぜるのはよくあることよ。正規のお札の代金を経費として先に請求し、偽物のお札で誤魔化して利益を得る。前金だけ貰ってトンズラと、除霊師詐欺のテンプレね」


 そして、その典型的な詐欺に戸高高志のアホが引っかかったわけか。


「偽物のお札乱舞でも、悪霊って怒るの?」


「どうやら、少しは本物のお札を混ぜたようね」


 久美子の疑問に対し、涼子さんが答えた。

 ちゃんと除霊しているように見せかけるため、本物のお札も少し混ぜてばら撒き、悪霊たちを無駄に挑発だけして逃げたわけか。


「素人さんは、お札を大量に使う光景を見ると、ちゃんと除霊してるなってイメージを受けやすいのよ。実態は、前払いのお金と、上手く取れたら経費目当なんだけど。『頑張ったけど、力及ばずでした』って言って除霊を中止して逃げるのよ。こんなのがいるから、除霊師はいまいち社会に信用がないのよね」


 実力もないのに、凄腕だと言って高額の前金を取って逃げる騙りの除霊師。

 そもそも除霊師でもないのに、除霊師を名乗る詐欺師。


 いまだ霊を信じていない半数の人たちからすれば、たとえ優れた除霊師でもインチキ・詐欺師扱いなので、日本除霊協会が努力しても除霊師のイメージはなかなか好転しなかった。

 優秀な除霊師ほど、金持ちや上流階級としかつき合わないとか普通にあるので、これは日本人の階級差の問題とか、そんなところまで行くかもしれないな。


「とにかく、急ぎ除霊するとして。この廃墟ってなに? 戸高市の中心部にあって、廃墟のままってのが怖いな」


「そこは、戦前に建てられた市役所職員専用の寮だったのよ」


 戦後も暫くは使われていたそうだが、あるいい年をして独身の男性幹部がいて、彼は今でいうパワハラ気質で寮に住んでいる若い職員たちを苛めまくったそうだ。


「ある時、大酒を若い職員に強要した結果、その人が急性アルコール中毒で亡くなったそうなの。他にも、その人に苛められて自殺したり。心を病んだり、市役所を辞めてしまう人も多かったとか。毎年新しく入ってくる若い職員の中から一人選んで苛めてたそうよ」


「「性格、悪っ!」」


「それでも偉い人だから、みんな見て見ぬフリをしていたのだけど、ある時、ついに罰が当たったわけ」


 その男性幹部のイジメで自殺した若い職員の霊が悪霊化して、その人を逆に殺してしまったという。

 その後もその若い職員の悪霊はこの地に居座り、さらにその男性幹部も悪霊化して、生きている職員に害を成した。

 二体の悪霊同士の仲は悪く、ほぼ力は拮抗している悪霊たちは、相手を圧倒しようと支配下に置く悪霊を増やそうとした。

 寮にいた職員数名が呪い殺され、悪霊化してどちらかの支配下に入ってしまう。

 寮の全敷地で二つの霊団が争い、自分たちが少しでも有利になるよう、寮に住んでいる職員たちを呪い殺すのだから、市役所もこの地を封印して当然というわけだ。


「かなり厄介な悪霊たちになってしまったそうで、かと言ってその原因を世間に公表するわけにもいかず、『臭いものに蓋』理論で、寮の跡地はこうやって封印されていたというわけね」


 その情報を父親経由で聞きつけ、ここを除霊して戸高市役所に恩を売り、選挙戦を有利に戦おうとした。

 その過程で、戸高高志は騙りの除霊師に引っかかったというわけだ。


「ここの除霊に成功すれば、戸高市も大喜びだろう。また先走ったバカが失敗したな」


 とそこに、菅木の爺さんが姿を見せた。


「ちと除霊の代金が安いが、お札は自前の裕なら十分に利益が出るであろう。役所に恩を売れるのはいいぞ」


「恩義なんて感じるのか? お役所が」


「心の内は知らんが、何十年もそんな理由で市内の一等地を封印しているのだ。いつ市民やマスコミから痛い腹を探られるか、戦々恐々としているのを救ってやったんだ。恩には恩で返すのが人の道であろう? どんな世界でも、恩知らずは碌な結末を迎えないな」


 またいつ俺の力を借りるかわからないし、現在戸高市のゼロ物件は急激に減っている。

 その土地が再利用されることで税収が増え、無駄な管理費が減るのだから、そう役所も俺たち無下にすることはないか。


「イシヤマ! オマエダケハシネ!」


「ブカノクセニ、ナマイキナ!」


 戸高高志が雇ったインチキ除霊師のせいで今にも外に飛び出しそうな悪霊たちであったが、涼子さんの説明どおり二つの霊団の対立は深刻なようだ。

 寮の門の前で、中年男性と若い男性の悪霊たちが激しく言い争っていた。


「若い方がパワハラで自殺した人で、年配の方はパワハラ上司かぁ……」


 生きている頃は上司に逆らえなかったが、悪霊化したら対抗できるようになったというのは皮肉というか……。


「見ているので、どうぞ」


「任せて、裕君」


「清水さんには負けないから」


 久美子と涼子さんもかなりレベルが上がり、二人なら俺は見ているだけで大丈夫であろう。

 そう思った俺は、自作のお札を二人に渡して除霊を任せてしまった。

 二人は競うように寮の敷地に入っていき、いきなり親玉である、いがみ合っている二体の悪霊を除霊してしまった。


「ソンナ! バカナァーーー!」


「オレハ、ヤツニシカエシヲ!」


「それはあの世でやってくれないかな?」


 いきなり親玉である二体の悪霊を失ったためか、あとは残敵掃討のような除霊が続き、わずか三十分ほどで寮は完全に除霊された。


「早いな」


「自分が除霊しないからいい気なもんだな。あと、俺たちに尻拭いさせる戸高高志もだ」


 除霊が終わり、菅木の爺さんがご機嫌な表情をしていた。

 戸高市役所の連中に貸しができたと思っているのであろう。


「爺さん、それでここはどうするんだ?」


「今の時代、職員専用の寮なんて世論の批判が怖い。民間に土地を売却すると思う」


「竜神会が所有しないのね」


 涼子さんが、菅木の爺さんの判断に意外だなという口調で意見した。

 いつものように、除霊費用を取らない代わりに土地は竜神会のものということをしなかったからだ。


「あまりやりすぎるとな。この世の中で生きた人間の嫉妬ほど面倒なものはないのだから」


「菅木議員がそう判断するならいいけど……」


 結局、封印されていた市役所の寮がある封印された土地は、すぐに上の廃墟が取り壊され、民間企業に売却されて新しいマンションが建つことになった……民間企業に?


「若様、この立地ならマンションを建てても十分に儲かりますよ」


「僕って天才!」


 涼子さんが、菅木の爺さんの判断に首を傾げていたのにはこんな理由があった。

 市役所は、寮があった土地を相場で民間企業に売却したのだが、購入先が戸高不動産だったのだ。

 すぐにマンション建設が始まり、その現場でさも自分の功績とばかりふんぞり返る戸高高志の姿があった。


「うぬぬ……」


「菅木議員、確かに戸高高志は救いようのないアホだけど、彼の父親は超のつく有能な企業家にして経営者よ。戸高高志の無能なんて余りあるほどのね。戸高高志のみに注視して、外側にいる父親の存在を忘れたようね」


 結局、このマンション他、戸高高志の父親が密かに手を打っており、戸高不動産は戸高市において万全の体制と収益を得ることに成功していた。

 そうなれば、戸高高志の選挙出馬にも十分勝ちの目が見えてくる。

 菅木の爺さんは、苦境に陥るかもしれないのだ。


「それにしても、あの戸高高志という人間。いくら父親の手助けがあるとはいえ、なにかあるのかしら?」


 バカで無駄な自尊心の塊のくせに、着実に戸高市に浸透、彼流に言えば故郷に定着しつつある戸高高志。

 涼子さんは、彼にはなにか特別なものがあるのではないかと疑っているようだ。

 確かに、彼はいくら失敗しても、父親が必ず補って結局プラスにしてしまうからな。

 彼は除霊師ではないし、そのステータスは見れないけど、各種ステータスの数字はともかく、特技になにかありそうな気がしてならないのは確かであった。


「今回はワシの失敗だったな。だがなあ、清水の嬢ちゃん。お主たちも他人事ではないのだぞ」


 戸高高志の力が増せば、その分竜神会に不利益が生じる。

 一蓮托生なのだと、菅木の爺さんは言った。


「そんなことはないわ。だって、竜神様たちに手を出すことの危険性を、戸高高志本人はともかく、その父親が気がつかないわけないもの。上手く住み分けるんじゃないのかしら? その時に、菅木議員が議員でいられなくなっているかもしれないけど。政治家の悪い癖よ。自分が一生勝っている側にいられるなんて」


「耳に痛い忠告。感謝する」


 最近、ゼロ物件の除霊依頼を頻繁に頼みすぎる菅木の爺さんに対し、涼子さんは俺の代わりに言ってくれたようだ。

 俺が言うと、いくら菅木の爺さんがデキる政治家でも、シコリが残ると判断したのであろう。

 自分は安倍一族の人間で、余所者だから言えるというわけだ。


「すまないな、涼子さん」


「このくらいしないと、裕君の傍にいる資格はないから」


「歪んだ愛じゃな」


「戸高家に出し抜かれた政治家がなにか言っているわね」


「あのアホの父親は油断ならない奴なんだ! 与党の大物でも下僕みたいになっている奴がいるのだから」


「なら、お気をつけあそばせ」


「言われんでも」


 市役所のすぐ傍にある寮の跡地は、その立地のよさもあって完成前にすべて完売したそうだ。

 そしてそのことを、戸高高志は自分の功績だと威張り散らしていた。

 案外、奴はしぶといのかもしれない。

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