第27話 除霊師と紙漉き職人
清水涼子(除霊師)
レベル:156
HP:1620
霊力:1750
力:187
素早さ:202
体力:188
知力:178
運:172
その他:槍術、★★★
相川久美子(巫女)
レベル:168
HP:1620
霊力:1980
力:163
素早さ:168
体力:157
知力:208
運:346
その他:中級治癒魔法
広瀬裕|(パラディン)
レベル:741
HP:7863
霊力:19021
力:1063
素早さ:847
体力:1200
知力:625
運:1115
その他:刀術、聖騎士
「安蘇人王は、戸高備後守を超える性質の悪い悪霊だったから当然か……」
改めて俺たちのレベルとステータスを見てみるが、俺以外は随分とレベルが上がっている。
それだけ、あの安蘇人王が厄介な悪霊であった証拠であった。
俺のレベルの伸びは大分低いが、元々レベルが高かったので仕方がない。
それに、安蘇人王は死霊王デスリンガーより遥かに弱い。
獲得できた経験値も、そこまでではなかったのであろう。
「ところで、あの安蘇人古墳を除霊した意味はあるのか?」
少なくとも、戸高山を中心とした聖域に関わっているようには見えない。
せいぜい、考古学者たちが自由に発掘できるようになって喜んでいるくらいであろう。
「安蘇人古墳は、聖域からそんなに距離があるわけではなく、除霊されていれば聖域の強化に繋がる。無駄はないって、竜神様たちが言っていたよ」
まったく無駄ではなかったということか。
「裕君、一つ聞きたいことがあるのだけど」
「なんだい? 涼子さん」
「私って、彦摩呂さんよりもどのくらい強いのかしら?」
「少なくとも、数十倍以上は軽く?」
「そんなに!」
正直なところ、現時点の俺は両親、自分、久美子、涼子さん以外のレベルやステータスが見れるわけじゃないので確実にそうとは言えないが、この世界の除霊師は経験値は貯まってもレベルが上がらないので、レベル1のままということになる。
まったくHP、霊力、各種ステータスの伸びがなければ悪霊を倒せるはずがないので、非常にゆるやかではあるが数値が上がっていくはず。
とはいえ、レベルアップはしないのでたかが知れているわけだ。
この世界で優れた除霊師に老人が多いのは、育つのに時間がかかった結果というわけだ。
安倍一族でも、先代当主と若手世代に大きな実力差があったのにはそんな理由があった。
ただ、年を取ると今度は身体能力などで制限を受けてしまう。
安倍一族の長老会を見ればそれはあきらかで、これに代を経るごとに除霊師としての能力が落ちていく現実もあった。
それを補う意味でも霊器や高価なお札などの道具は必須で、これは経済力が高い壮年から老人の除霊師がほぼ独占しており、ますます若手の台頭が遅れてしまう。
岩谷彦摩呂に若手除霊師たちの注目と支持が集まるのには、そんな事情もあったというわけだ。
そして涼子さんは、レベルアップできる恩恵を受けて岩谷彦摩呂はおろか、すでに父親である安倍清明よりも能力的には優れた除霊師に成長している。
経験など数字に出ない部分は違うのだろうが、それを言うと、俺と久美子はもう何年も第一線の除霊師として活動してきた涼子さんに劣る部分は多い。
俺にも三年間のパラディンとしての経験があるが、この世界の除霊師としては新人でしかないからな。
レベルアップはかなり反則な手法と言えなくもないが、だからと言ってこれを公にするつもりなどない。
正直なところ、あの岩谷彦摩呂に好かれて彼のステータスが表示されたとして、彼を仲間にするのもどうかと思ってしまうし、涼子さんはこの秘密を安倍一族に漏らしていなかった。
面倒なことになるのは、子供にでもわかる理屈だからだ。
つまり、暫くはこのままというわけだ。
「下手に戻って今の実力が知れると、現当主の息子や彦摩呂さんと結婚させられるかもしれないから、真の実力は隠すに限るわ。それよりもいい方法があるけど」
「そんなのあるの?」
「私が裕君と結婚して、広瀬家に嫁入りすれば安倍家とも距離を置けて万事解決よ」
まあ、確かにそのとおりなんだが、高校生で結婚なんてしたくない。
それに、俺には久美子がいるからな。
「清水さんは、岩谷彦摩呂と政略結婚でもすれば? あの人、イケメンだよ」
「見た目がよくて善人でも、アレはないわよ。相川さんこそ、彦摩呂さんとお似合いかもよ」
「私はああいう男の人、あまり好きじゃないから」
自業自得とはいえ、俺は同じ男性として岩谷彦摩呂に少し同情してしまった。
とはいえいくらイケメンでも、あの理解に苦しむ根拠もない自信家ぶりと、無責任な善意を優先させる性格は、のちにパートナーを地獄に叩き落とすかもしれないからな。
その正体がバレた途端、嫌われても仕方がない面もあるのだ。
「裕ちゃん、今日は仕事もないからゆっくりできるよ」
「俺、お札を書かないと。この前、大量に使ってしまったから」
いつ、浄化や除霊の仕事があるかもしれない。
久美子と涼子さんが使うお札を沢山書いておいても損はないであろう。
「安蘇人古墳で、貴重なお札を使ってしまったからなぁ。これも書かないと」
「ああ、あのお札ね。霊力をとてつもなく増強させた」
あのお札は特製で、俺の持つ霊力ほぼすべてを数百倍に強化できる代物であった。
だから、安蘇人古墳の全範囲、地下奥深くまで治癒魔法を浸透させられたのだから。
「裕君、あのお札、材料が向こうの世界の特殊なものとか、そういうことはないの?」
「なくもないけど、この世界の材料でも代用はできるから」
俺は涼子さんの質問に答えた。
お札の威力は、お札を書く人の霊力の高さ、お札が発動する法則を理解して書いているか、あとは、材料である紙、墨、朱印、道具である筆などの質に依った。
「まず、最大霊力の値が多い人の方が、威力の高いお札を書ける」
お札を書くのに使う霊力はそれほどでもないが、霊力の最大値が高い人の方が威力のあるお札を書けるのだ。
次に、お札を書く基本、言い方は難しいが真理、法則のようなものを掴んでいないとお札はかけなかった。
いくら霊力があって、字が書道家レベルで上手でも、これを掴んでいない人はお札を書けないのだ。
そのため、向こうの世界ではお札を書けない霊力持ちの方が圧倒的に多かった。
パラディン四人の中で、結局お札を書けるようになったのは俺だけだったことでも証明できる。
なお、やはり仲間から俺は『字が下手だ!』と言われていたけど。
「お札の材料で、この世界で手に入らないものもあるような気がするね」
「ほぼ同等のものがある」
例えば、お札を書く紙。
これは、古くから和紙を漉いている優れた職人の作品なら、そう品質に遜色はない。
向こうの世界でも、手漉きの紙職人の作品がいいお札の材料であったからだ。
同様に、墨、硯、筆、朱印などにも同じ法則が当てはまった。
「じゃあ、先日使った高品質なお札の作製は可能なんだね」
「時間はかかるけどね」
「時間?」
「そう、時間」
優れたお札を作る最後の条件。
それは、お札の制作になるべく時間をかけることだ。
「時間なの?」
「そう、時間がかかればかかるほど高品質のお札になる」
お札なんてその気になれば数十秒で書けるけど、先日使った治癒魔法の威力を数千倍レベルに強化するようお札は、作るのに時間がかかった。
この世界の場合、よほど強力な悪霊でもなければ数十秒で書いたお札でも問題ないけど。
「お札を書くのにかかった時間なんだ。でも、最初の日に少し書いて、一年経ってから完成させればいいような気もする」
「久美子、そういうインチキはなしだぞ」
一枚のお札を書くのに、一年三百六十五日、毎日少しずつ筆で書いていかなければいけない。
一日でもサボると、それを取り戻すのに数十倍の日数がかかるので、高品質なお札を作るのには根気が必要というわけだ。
「それで裕ちゃん、毎日部屋でお札を書いているんだ」
強力なお札は、作るのに時間がかかるけど、使うのは一瞬だからな。
向こうの世界では、俺たちにお札を供給してくれるお札書きの人たちがいたけど、この世界では俺が書くしかないのだ。
この世界のお札書きは……元々日本除霊師協会経由で購入していたから縁がないし、俺が書いた方が品質もいいからな。
「本職のお札書きが聞いたら怒りそうだけど、事実なのよね」
そこで、下手に会ったこともないこの世界のお札書きにお世辞を言っても仕方がないからな。
でも、霊力を五倍十倍レベルに増幅するお札が五千円・一万円で買えるので、低品質品の量産と品質管理技術は凄いと思う。
「基本的に、この世界の除霊師はお札を多用する人が多いわね。だからお金がかかるのだけど」
自分の霊力が少ないため、それを増幅できるお札に頼る機会が多いというわけか。
ただ、C級除霊師だとお札を一枚使っただけで霊力切れとかよくある話なので、段々と除霊されず、その住処を『ゼロ物件』扱いして人を近寄らせない場所が増えているというわけだ。
「高品質のお札を作る材料である、特に腕のいい職人が手漉きで作る和紙。最近は不足気味らしいけど」
近年、和紙の消費量が落ちているため、腕がいい紙漉き職人が減って、お札の材料にする和紙の入手が困難になってきているそうだ。
お札以外の用途では、今の日本人は和紙なんてそう使わないからな。
向こうの世界では、逆に紙は手漉きのものしかなかったため、お札の材料の入手はそう難しくなかったのだが。
「安倍一族では、和紙の製造から販売まで手掛ける会社を買収して経営しているほどだもの」
もし和紙を漉く職人がいなくなってしまえば、お札の供給が止まってしまうかもしれない。
そこで、安倍一族は和紙の原料であるコウゾやミツマタの栽培を行う農業法人。
手漉きで様々な和紙を漉く工房。
そして、製造された和紙を販売する会社まで経営しているそうだ。
「お札の材料にする和紙よりも、最近は海外に輸出する和紙製品の方が売れ行きはいいみたいだけど」
「サイドビジネスの方が主流なのか」
「残念なことにね」
和紙の安定供給を達成して、ついでに和紙の海外展開で儲けるとか。
金持はいいなと思ってしまう。
「裕君は、和紙をどうやって手に入れているの?」
「えっ? 普通に文房具屋で」
怨体や低位の悪霊くらいなら、チラシの裏に筆ペンで書いたお札でも十分だからな。
文房具屋で購入した和紙にちゃんと筆で書けば、朱印で竜神様たちの加護もあるので、先日のような事態にならなければそれで十分と言えた。
「とはいえ、向こうの高品質な手漉きの紙は『お守り』に入れてある分だけ。向こうの世界の『ラーメルの木』を栽培したいものだな」
それと、霊力回復薬や治癒薬の原料である薬草などもか。
栽培にはいくつか条件があるのだが、綺麗な水は戸高山の地下から大量に供給されるので問題ない。
あとは、竜神様たちに聞いてみるとするか。
「そういう木や植物って、畑で作るんじゃないの?」
「そのまま畑に植えてでも育たないんだ。その条件に合致した場所を竜神様たちに教えてもらうとするか」
将来なにがあるかわからないので、俺は竜神様たちの下に、特殊な植物の栽培に必要な条件を満たした場所を紹介してもらおうと向かうのであった。
「どうだ? 裕。いい空間であろう?」
「はい、バッチリです」
「ここって、戸高山の地下空間だよね? ここで育てるの?」
「お日様の光がなくて大丈夫? 裕君」
「逆にない方がいいんだよねぇ」
早速、今日も門前町で購入した和菓子とお茶を楽しむ竜神様たちに相談すると、彼らは神の力を発動させ、俺たちを戸高山の地下にある広大な地下空間へと案内してくれた。
ちょうどこの北側に竜神様たちの本体が鎮座する、あの地底湖があるそうだ。
「植物って、育つのに日の光が必要じゃない。モヤシは例外として」
「日の光じゃないけど、他の光は使うよ」
そう言うと俺は、『お守り』から手の平に乗るサイズの袋を取り出し、その中に入っている緑色の粉を広大な地下空間全体に満遍なく撒いた。
「ヒカリゴケの一種だな。裕よ」
「そうです」
赤竜神様の予想どおり、俺が撒いた粉は、暗闇で繁殖する向こうの世界のヒカリゴケであった。
「三日ってところかな。その時、また連れてきてください」
「任せろ」
ヒカリゴケが空間全体に繁茂するには三日ほどかかるので、今日はこれでこの空間をあとにした。
そして三日後。
「綺麗だね、裕ちゃん。この光量なら植物も育つか」
「確かに、かなり明るいわね」
向こうの世界のヒカリゴケは、成長が異常に早い。
わずか三日で、広大な地下空間はとても明るくなっていた。
「裕よ。日の光では駄目なのか?」
「向こうの世界でそうだと教わったので。下手に栽培方法を変えると失敗しそうだから」
「なるほどな」
いきなり栽培方法の変更はしない方がいいと、俺は青竜神様に説明した。
「確かに、いきなり冒険はすべきではないな。他の条件はどうなのだ?」
「まずは、一年を通して温度の変化が少ないこと」
向こうの世界でも、地下の洞窟などで栽培していた。
この地下空間は、そことかなり環境が近いのだ。
「次に、良質な水です」
これも、すぐ傍に地底湖がある。
竜神様たちのおかげで清浄な水なので、これを栽培に使えば問題ない。
むしろ、水に関しては向こうの世界よりも水質はよかった。
「土は?」
「土は使わないんです」
今度は、『お守り』からスポンジマットに似たものを大量に取り出し、床に敷いていった。
これは向こうの世界のある動物の体液を……とても大きいナメクジなのだが……型に入れて焼成したものだ。
こうすると、ナメクジの体液はなぜかスポンジと同じような性質の物質になる。
これに等間隔に小さな穴を開け、ここにラーメルの木の種と、各種薬草の種を撒く。
さらにスポンジに、俺が生成した植物栄養剤を一定の割合で混ぜた地下水で浸す。
「あとは、ヒカリゴケの光で光合成が行われて育つ。スポンジに三日に一度ほど水を撒けば、あとは育つのを待つだけです」
この地下空間は密閉されているので、害虫や病気の心配も少ないはずだ。
というか、薬草の類は害虫や動物も好んで食べてしまう。
手負いの獣が、栽培されている薬草を食べたら自分の怪我が完治したのを覚えてしまい、『美味しくて、体の傷も治る』と、害獣の被害が急増してしまったのだ。
その結果、薬草類の品質向上も狙って、地下の洞窟などで栽培されるようになったという経緯があると聞いたことがあった。
それと、暑すぎるのと、強い直射日光も薬草類の成長を抑えてしまうので、ヒカリゴケを用いた栽培が普及したというわけだ。
「簡単そうではあるが、収穫まで誰が面倒を見るのだ? 裕が自分でやるのか?」
「さすがに『型紙』に任せますよ」
「型紙? それはどういうものだ?」
型紙とは、文字通り紙で作った使役用のゴーレムみたいなものだ。
主に作業用に用いられ、ただ素材が紙なのであまり無理はさせられない。
当然、強度的な問題のせいで戦闘には使えなかった。
紙でできているので、濡れると強度が落ちるため水も苦手ではあったが、ちょっと濡れたくらいなら乾けば問題ない。
「簡単な作業ならできるので、定期的に植物栄養剤入りの水をスポンジマットに撒き、もし雑草や害虫が出たら駆除するくらいはできます」
水は北側の地底湖から引き、植物栄養剤はようするに液体肥料なので、大量に作ってタンクにでも入れておけばいい。
型紙に水と混ぜる時の比率を教えれば、あとは型紙が勝手にやってくれるはずだ。
「収穫も、俺が様子を見に来て合図を出せばいい。収穫物は予備の『お守り』を置いておいて、そこに入れてもらえば問題ない」
『お守り』に入っていれば経年劣化しないので、時間がある時に霊力回復薬や治癒薬を製造できるわけだ。
種を採取する専用の畑も作り、これを管理する型紙も作れば問題ないだろう。
「裕ちゃん、本当に紙で大丈夫なのかな?」
「問題ないよ」
向こうの世界でも、そうやって薬草を栽培している人たちがいた。
畑が地下にあるので、型紙が雨に濡れないで済むというのも、地下での薬草栽培が普及した理由でもあるというわけだ。
「ここなら火も出ないし、そもそも火なんて使わないから」
ここは密閉された地下空間で、俺でも竜神様たちに連れて来てもらわなければならない。
機密保持も十分だな。
「人型の型紙を使役するなんて……」
「珍しいかな? 安倍一族って式神を使える人がいるって聞くから、それに比べたら大したことないでしょう」
優秀な陰陽師であった安倍晴明が駆使したとされる十二天将以降、式神の駆使は安倍一族の得意技と聞いたことがある。
式神は鬼神、神様の仲間なのだから、紙でできた人型を操る俺よりも凄いと思うけど。
「安倍一族自慢の式神も、代を経るごとに徐々に使える人の数と、その質が落ちているのよ。今では、式神を用いて悪霊を倒せる人は少ないわ。偵察ができる程度で平均なのよ」
「知らなかった。でも、畑作業くらいならできると思うな」
「裕君、今の安倍一族の人たちでは、そんなに長時間式神を呼び出せないのよ」
涼子さんによると、式神は出しているだけで霊力を消費していくため、今の安倍一族の除霊師ではそんなに長時間式神を出し続けることはできないそうだ。
当然、悪霊などそう簡単に除霊できるわけではないということにもなる。
「不便なんだな」
この世界の除霊師たちって、実力の低下が深刻なんだな。
向こうの世界にいたら、すぐに死霊たちに殺されていたと思う。
「裕ちゃん、この薬草とラーメルの木ってどのくらいで収穫できるの?」
「薬草は三ヵ月くらい。ラーメルの木は一年だな」
ラーメルの木は、一年で収穫できる小さな木というよりも草みたいなものだ。
お札を書く和紙のような紙の原料になり、品質も和紙に劣らない。
ミツマタが収穫に三年かかるので、ラーメルの木の方が効率はいいというわけだ。
ただ、お札以外の用途でいうと、やはりコウゾやミツマタで作った和紙の方が品質がよかった。
お札の材料限定の紙というわけだ。
ラーメルの木はどこでも育てられるが、薬草と同じ育て方をすると紙の品質が上がるので、俺は薬草と一緒に栽培することにしたのだ。
「種子を取る畑の準備もしてと……」
型紙や俺たちが歩ける通路分を残し、地下空間の床に大量のスポンジマット……正確には違うが、同じようなものだし、これがなくなってもスポンジマットで代用できるので一緒のようなもの……を敷き、そこに薬草とラーメルの木の種を埋め込み、植物栄養剤を混ぜた水を撒いていく。
「あとはスポンジが乾かないように定期的に水を撒くだけだ」
毎日の作業は型紙に任せ、三日に一度様子を見に来れば大丈夫。
早く収穫できるよう、無事に育ってほしいものだ。
「定期的に薬草が収穫できれば、霊力回復薬と治癒薬を作れるようになるな」
『お守り』に加工前の薬草の在庫が入っているので、暇を見て霊力回復薬と治癒薬を調合しておこうと思う。
そういえば、紙漉き職人たちに渡そうと入手したラーメルの木の皮もあったな。
俺も紙は漉けないので、誰か紙漉き職人を紹介してもらわないとな。
「やめた方がいいわよ」
「ですよねぇ……」
ラーメルの木とこの地下空間にある薬草畑の存在を、安倍一族に知られるのは不都合なので、涼子さんの言うとおり安倍一族の息のかかった紙漉き職人たちはやめておいた方が無難であろう。
「こういう時は、菅木議員に聞くのが一番よ」
「そうだな、為政者ゆえ顔も広いだろうからな」
「赤竜神の意見に賛成だな」
というわけで、地下空間の畑を立ち上げ終わった俺たちは、その足で菅木議員の下に向かうのであった。
「紙漉き職人か? あてはあるぞ」
「凄いな、爺さん」
「一応国会議員なのでな」
早速菅木の爺さんに連絡を入れてみると、彼はすぐに俺の実家に顔を出した。
そして、紙漉き職人のあてもあるという。
「今、その紙漉き職人がピンチでな。実は、戸高市も昔は和紙を製造していてな……」
品質が有名な産地の品に劣るということもなかったが、やはり知名度の差は致命的で、今ではその人のみが和紙を漉いているそうだ。
「それだけでは食べられないそうで、和紙の手漉き教室をやったり、アルバイトに出ている有様だと聞いた。挙句に……」
俺たちは、菅木議員の案内でその紙漉き職人の住んでいる家へと向かっていた。
すると、その人の家の前で見覚えがある人物の姿が……。
「あら、戸高家の風船男じゃない」
『風船男』って……。
昔、そんなあだ名をつけられた人がいたような……。
その人は、風船で太平洋を横断しようとして行方不明になったようだけど、目の前の人物は風船のような体型をしているだけだ。
「自称カリスマ若手経営者が、紙漉き職人さんになんの用事なんだろう?」
どうして、紙漉き職人の家の玄関に戸高高志がいるのか?
まるで涼子さんと久美子の疑問に答えるかのように、戸高高志が周囲に聞こえる声で、応対に出た紙漉き職人らしき人に対し一方的に要求を出していた。
確か彼は、選挙に出る時に備えて、自分を二代目カリスマ経営者だと自称していると、菅木の爺さんから聞いた。
戸高東商店街の買収とショッピングモール建設は、その実績作りだそうだ。
「下々の人間は、ここを出て行け!」
「いきなりどうしてです? ここは私の家と土地です」
「僕が計画している、マンション建設予定地の一部だからだ」
「出て行けって……あの家、職人さんの持ち家っぽいですけど……」
「当然そうじゃよ。彼は、何代も前からあそこで紙を漉いてきた一族なのだから」
賃貸物件ならともかく、持ち家に住んでいる人に、そこを出て行けと平気で言えるなんて。
戸高高志は、地上げ屋の適性がありそうである。
「私は和紙を漉いておりまして、この家の敷地内にある地下水がないと紙が漉けないので、立ち退きは無理ですよ」
戸高市を流れる戸高川ではその昔、布地の染色や和紙を漉くのに適した綺麗な水が流れていた。
ところが今では、環境汚染もあって和紙を漉くのに地下水を利用しており、そう簡単に立ち退けないと、紙漉き職人の男性は戸高高志に事情を説明していた。
綺麗な地下水が出る井戸なんて、そう簡単に掘れないのだから当然であろう。
「ろくに売れない和紙にこだわっても意味ないだろうが! 僕にマンション用地として土地を売るんだ。和紙よりも、マンション経営の方が儲かるに決まっている」
「どちらが儲かるとか、そんなことは私には関係ないので」
「なんだと! 僕を誰だと思っているんだ! 世が世なら、お前は僕に土下座して無料で土地を提供しなければいけないのに、わざわざ買ってやると出向いてやっているんだぞ!」
風船男は相変わらずのようであった。
先祖が大名家だかなんだか知らないが、今の世でだからなんだと言うのであろうか?
「奴の父親は超のつく大金持ちで、政治家でもペコペコしているのがいる。それを自分の力だと勘違いしているのであろう」
「むむっ! そこにいるのは、菅木じゃないか!」
戸高高志は、ようやく俺たちの存在に気がついたようだ。
その中でも、自分のライバルになるであろう菅木の爺さんに真っ先に声をかけていた。
「戸高のバカ息子。次は、ここにマンションを建てる計画か?」
「僕は戸高市をよりよくするために忙しいのさ」
「よりよい戸高市をお前が求めるのなら、お前はここから出て行った方がいいぞ」
「ジジイ! この戸高市の新しい支配者になる僕に対してなんて口を! パパに言いつけてやる!」
二十歳も半ばをすぎた男が、気に入らない相手に対し『パパに言いつけてやる!』と言うなんて。
こんな人、現実に存在するんだな。
俺はある意味感心してしまった。
「好きにすればいいさ。それよりも、戸高不動産の経営は順調かな?」
「戸高不動産? 潰れたんじゃ……」
確か、戸高不動産は戸高ハイムの件で債務超過になって倒産したはずだ。
「戸高不動産なんてベタな社名の会社。その気になれば簡単に作れるであろう。パパの力もあるからな」
なるほど。
戸高高志が政治家になれるよう、実業家としての箔をつけるため、彼の父親が作った会社なのか。
息子のために会社を一つ作ってその社長にしてあげるなんて、風船男の父親は凄い金持ちなんだな。
「竜神不動産のように姑息な手を使わずとも、僕の才能があれば戸高不動産を大きくできるさ。大体、竜神不動産の社長は高校生のガキだからな」
「へえ、高校生社長って凄いんだな」
「お前だろうが! 名ばかり社長のくせに!」
戸高高志は、なぜか激高しながら俺を指差した。
俺が竜神不動産の社長?
そもそも、竜神不動産って会社があったんだ。
「(裕ちゃん、お父さんとお母さんから聞いていない?)」
「(そう言われると、そんな話もあったような……)」
竜神不動産とは、竜神会が所有する土地の管理と、俺が除霊して獲得した『ゼロ物件』の有効活用、不動産投資を行う会社だった……よな?
他の除霊師に頼むと除霊費用で赤字になる土地や建物でも、俺が除霊するとほぼ無料なので、先に竜神会がその土地を取得してから俺が除霊するというパターンが増えていたのだ。
そして、利用可能になった土地や建物を竜神不動産が賃貸して利ザヤを稼ぐ。
これも、竜神会を安定運営するための手段というわけだ。
勿論、塩漬け状態のゼロ物件の獲得交渉では、菅木の爺さんが暗躍していた。
戸高市が所有している土地や物件も多かったが、他の除霊師に除霊を頼めば赤字、そのまま保有していても管理費用で赤字、もし勝手に子供が入り込んで悪霊に殺されでもしたら、責任問題と訴訟のリスクもある。
そんな土地を竜神会が再生し、土地代に相応の税金を支払ってくれるのであれば、誰も損をしないWINWINの関係というわけで、俺たちは暇さえあれば戸高市やその周辺の市町村でゼロ物件の除霊を行っていた。
そして、再生した土地や建物を竜神不動産が管理・経営しているわけだ。
なお、竜神不動産の副社長は、以前マンション部屋の浄化で知り合った、倒産した方の戸高不動産にいた若い社員氏であった。
戸高不動産の倒産で職がなくなったので、菅木の爺さんがスカウトしてきたそうだ。
若い人だけど、優秀な人らしい。
俺が社長なのになにもしないで済んでいる点からして、確かに優秀な人なのであろう。
「最近、竜神不動産が戸高市やその周辺地域で一番の不動産屋などと言われているけど、僕がちょっと本気を出せば、すぐに戸高不動産がナンバーワンになるさ。おい! 多めに金を払ってやるから、とっととその家と土地を明け渡す用意をしておけよ!」
そう言い残すと、風船はこの前もいたお付きの若い二人の男性と共に、その場を足早に……は無理なのでゆっくりと去って行った。
「わかりやすい奴だな」
典型的な駄目息子で、親の力を自分の実力だと勘違いしている。
挙句に、時代錯誤の選民意識まで持っているなんて……。
「あんなんでも、安倍一族は無下にできないのよ。だから父は死ぬ羽目になった……」
涼子さんの父親である安倍清明が亡くなったのは、戸高家と縁戚関係にあった戸高不動産が、マンション建設中に首塚を壊してしまい、その不始末を安倍一族に依頼したからだものな。
いい印象を持てなくて当然か。
「菅木先生、本日はどのような用件で?」
戸高高志に土地を売れと迫られていた中年男性が、菅木の爺さんに声をかけてきた。
さすがは地元選出の国会議員とでもいうべきか。
二人は顔見知りのようだ。
「用件は、仕事の依頼だ」
「仕事ですか?」
「ああ、安生君は優秀な紙漉き職人なので、当然紙漉きの仕事だよ」
「それは嬉しいですね。父から継いだこの仕事ですけど、これだけでは食べられないので、妻や子供たちにも迷惑をかけていますから」
安生さんは、八代にも渡ってこの地で紙漉きを生業としてきた一家であった。
だが、今の時代紙漉きだけでは生活できないので、自分もアルバイトをし、奥さんも働いているそうだ。
「安生君は、お札の材料になる紙を漉いた経験はあるのかな?」
「ありますよ。そんなに依頼はないですけどね」
やはり、お札の材料にする和紙といえば、安倍一族が抱えている職人たちなのだそうだ。
お札の品質が悪いと命に関わるため、安倍一族が優秀な紙漉き職人たちを囲ってしまうと、以後他の紙漉き職人たちにあまり仕事が回ってこなくなるという、なんとも皮肉な結果になってしまった。
そうそう除霊師に知己がいる紙漉き職人も少なく、この安生さんという紙漉き職人も若い頃に何度か頼まれてお札の材料になる紙を漉いたくらいだと言う。
「正直な話、有名な除霊師一族である安倍家が抱えている紙漉き職人たちに腕で負けているってことはないのですが、向こうは企業も経営しているお金持ちで、政財界にも知己が多く、他の和紙製品の製造販売でも敵わないのです。コネほど強いものはありませんからね」
同じ腕前だとしても、安倍一族が抱えている紙漉き職人たちよりも不利なのは仕方がないと、安生さんは事情を説明した。
「ならば、竜神会で会社を立ち上げるのでそこで働けばいい。竜神会は、戸高赤竜神社と戸高山青竜神社を始め、複数の神社の他に門前町も運営している。色々と和紙の需要もあろう」
神社が儀式などで使う和紙に、縁起物やお札やお守り、門前町で販売されるお土産物やグッズなどの素材など。
もしお札の材料を漉いてくれるのであれば、そちらの仕事も回せると、菅木の爺さんは説明した。
「それはいいお話ですけど、なにしろ今のうちはおかしな地上げ屋に目をつけられていまして……どうも、落ち着いて仕事ができそうにありません」
「戸高のバカ息子など、相手にしなければいい」
「そういうわけにいきませんよ。私がこの家にこだわるのは、綺麗な地下水が出るからなのです。手漉きの紙では、綺麗な水が命みたいなものです」
とにかく今は、戸高高志の地上げに応対するのが忙しくて仕事どころではないと、安生さんは語った。
もし綺麗な地下水がなくなれば、紙を漉くどころではないというわけだ。
「それなら移転すればいい。今日はそういう話なのだ。門前町の近くに引っ越せば、戸高山から湧き出る地下水が使えるではないか」
その水ならば今使っている地下水よりも水質がよく、いい紙が漉けると、菅木の爺さんは断言した。
竜神様たちの加護もあるので、引っ越せばいいという意見には賛成だ。
「あそこの水を使わせてもらえるのですか?」
「ああ、お札用の紙もちゃんと漉くのが条件だがな。こっちに来れば副業をしなくてもいいぞ。後継者も育てられる」
お札の材料以外に、竜神会関連の和紙を漉けば専業で暮らせる。
仕事が多いので後継者の育成もできると聞き、安生さんは嬉しさで一杯という感じであった。
「紙漉きは、さすがに私の代で終わりかと思ったのですが、息子に継がせることもできるのですね?」
「ああ、問題ないさ。むしろ、他の職人も育てないと手が足りなくなるだろうな」
それだけの稼ぎは保証すると、菅木の爺さんは安生さんに対し約束した。
「じゃあ、一秒でも早くここを引き払って、新しい場所に引っ越しませんと」
「それなんだが、暫くはこの家も持ち続けてくれ。補償はするから」
「菅木先生? それはどういう?」
「戸高のバカ息子にコスト計算など不可能であろうからな。安生君がここの所有権を手放さなければ、札束でなんとかしようとするだろう。あいつは、ただマンションが建てばそれが実績になると勘違いしているバカだ。交渉する弁護士も紹介するので、ゴネて一円でも高く売った方がいい。立ち退き料と引っ越し代を出させるのもいいな」
「はあ……」
菅木の爺さん、将来ライバルになるかもしれない戸高高志には容赦ないな。
ただ、その金も奴が出すのではなく、父親が出すのだからあまりダメージにならないかも。
「とにかく、一日でも早く新しい作業場で紙を漉きますよ」
こうして、竜神会は自前の紙漉き職人を確保できたわけだが、数年後、戸高高志が建てたマンションはその時期すでに供給過剰になっており、場所も戸高市の中心部から少し離れていたせいもあって、結局赤字になってしまうのであった。
戸高高志って、なにもしない方が戸高家のためになるような気がしてならないな。
「コウゾともミツマタとも違う素材ですね。紙としての品質は、和紙に比べると少し低いかな? ですが、なにか力を感じますね」
数日後、安生さんは門前町の近くにある作業場兼家屋に引っ越してきて、早速ラーメルの木の皮を材料に紙を漉いてくれた。
ラーメルの木の紙は、和紙よりは紙の質自体は劣ると思う。
だが、お札の材料としては和紙と差がない。
紙漉きに使う水は戸高山の地下水であり、竜神様の加護がある分、向こうの世界のラーメルの木の紙よりもお札の材料としては高品質であった。
これは嬉しい誤算というやつだ。
ラーメルの木は今栽培中で、今紙を漉くのに使っているラーメルの木の皮は『お守り』に入れていた在庫なので量が少ない。
増産は、来年以降ということになるであろう。
別に普通の和紙でも、竜神様の加護の分、普通のお札の材料よりも優れているので、これを使えば問題ないはずだ。
「この木の皮を材料にした紙は、竜神会に全部納めてください。あとの和紙は、竜神会以外の依頼を受けても問題ないです」
「他の仕事を受ける余裕はないけどね」
竜神会から色々と多くの注文が入っているそうで、さらに彼は若い見習い職人たちの教育もしないといけない。
他の仕事を受けている余裕は、今のところはないと断言した。
「安倍一族が抱えている紙漉き職人よりもいい紙を漉くぞ!」
随分と張り切っているようだけど、元々安生さんは安倍一族が抱えている職人たちとほとんど腕の差はない。
それなのに、紙漉きに使っている水の差が圧倒的なので、とっくに彼らよりもいい紙を漉いていた。
「では、お願いします」
「任せてください」
専業で紙を漉けるようになった安生さんは、大喜びで作業に取りかかっていた。
俺たちは邪魔をしてはいけないと、その場をあとにする。
「裕君、ラーメルの木の紙の在庫を貯めてどうするの?」
「どうもこうも、いきなり沢山ほしいと思っても揃わないものだから、事前に準備しておくのさ」
向こうの世界の場合、とにかく大規模な死霊やアンデッドとの戦いが多かった。
お札の消耗も激しく、常に大量のお札を用意しておこうと思うのは、これは半ば職業病だな。
しかも、俺以外のパラディン三名はお札を書けなかった。
それでいて、戦いになればバカスカお札を使うので、つい在庫を多めにと思ってしまうのだ。
「向こうの世界の涼子さんは、よく札の乱れ打ちとかしていたから」
「私は大丈夫よ。髪穴もあるから」
確かに、髪穴という霊器はとても強力であった。
これを実力が大幅に上がった涼子さんが使うのだから、お札はそんなに使う必要ないか。
除霊師一族が、高品質の霊器を抱え込む理由がよくわかる。
「そうかしら?」
「相川さんこそ、お札の消費量が激しいわよね?」
「必要量しか使っていないもの」
「まあまあ、喧嘩しないで」
「あくまでも万が一のためだから。怨体と中級までの悪霊には、広告の裏に筆ペンのお札でも十分だから」
「そんな除霊師、裕君だけだけどね」
お札の材料である紙のあてもつき、とにかくよかったなと思う俺であった。
それと、安生さんが漉く和紙で作られた神社のお札やグッズ、お土産品などがよく売れ、彼は念願の専業紙漉き職人になることができたのであった。
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