第15話 戸高ハイム前

「駄目だ! 今揃えられる戦力だけでは、また多くの犠牲者が出てしまう!」


「死者が前当主に釣られて悪霊化してしまえば、もっと取り返しがつかなくなるぞ」


「助っ人はどうなのだ?」


「誰も引き受けない。戸高備後守のみならず、悪霊化した前当主もいると聞けば、いくら力に自信がある除霊師でも尻込みしてしまうのだ」


「しかしながら、戸高ハイムの封印も無料ではできないのだ。どれだけ高価なお札を消費したか。挙句に押さえつけた分だけ、前当主の悪霊は力を増してしまう。一刻も早く除霊しなければ」


「だから、今の我々の戦力では無理なのだ! お前がやればいいではないか!」


「お前がやればいいだろう!」





 この数日、長老会のメンバーは毎日堂々巡りで一向に答えが出ない議論を続けていた。

 私たち、分家の人間の中でも比較的霊力が高い者たちがその場に控えているけど、これって意味があるのかしら?

 現状の安倍一族では戸高ハイムの除霊は不可能で、では他から助っ人を呼ぼうにも、前当主の悪霊も増えたと言われたら、そう簡単に『はい』というわけがない。

 そのくらい、前当主の実力はピカ一だったからだ。


 難しい除霊を成功させれば評価は上がるけど、失敗してしまえば意味がない。

 優秀な除霊師ほど、冷静に自分の実力と依頼の難易度を見比べて判断する。

 自分の命をチップにしている以上、あまり無謀なことはしないもの。

 そういう人ほど早死にするのも現実ね。

 

 かといって、このまま封印を続けても費用ばかりかかるし、悪霊たちを無理に押さえつけているので、封印が解けたらもっと性質の悪い悪霊になってしまう。

 もしそうなった時、この人たちは一体どうするつもりなのかしら?


「(こんな不毛な話合いに顔を出す時間があったら、少しでも浄化して経験を積みたいのに……」


 私清水涼子は、除霊師として今の年齢にそぐわない実力の持ち主と言われていたが、私よりも実力が上の一族など何人もいる状態だ。

 彼らを出し抜いて当主になるためには、少しでも実績と経験を積みたいというのに……。


 一体、何日同じ話を続けるつもりなのかしら?

 と思いながら、長老たちの不毛な言い争いを聞いていると、そこに若いうちの除霊師が駆け込んできた。


「大変です! 菅木議員が!」


「菅木議員がどうした?」


「自分が用意した除霊師で、戸高ハイムは除霊すると。その除霊師たちが中に入ろうとして、封印を続けているうちの除霊師たちとにらみ合いに」


「はあ? その除霊師は正気か?」


 確かに、前当主でも敵わなかった悪霊を除霊できる除霊師など、少なくとも日本にはいないはずだからだ。


「何者だ? そいつは」


「広瀬裕と、相川久美子という名だそうです」


「ええーーーっ! 広瀬君と相川さんが?」


 思わず、その場で大きな声をあげてしまった。

 長老たちのみならず、私以外の全員の視界が一斉に私に向いてしまう。


「知っているのか? 涼子」


「はい。転入した高校の同じクラスの人たちです」


 私はみんなに、二人は新人除霊師であること。

 それにしては低級の怨体を手早く浄化しているし、広瀬君は自作のお札で低級の怨体を浄化していたこと。

 でも、彼の実力はあと十年すればB級になれるかもといった程度のレベルでしかない。

 戸高ハイムの除霊など、荷が重すぎるであろうと意見を述べた。


「我らですら、戸高家の依頼でここに来たらこの様だ。菅木議員も酷なことをする。老練だと評判だったが、欲に目が眩んで呆けたのか?」


 長老の一人が、広瀬君と相川さんに戸高ハイムの除霊をさせようとしている菅木議員を批判した。

 どう考えても二人は悪霊に殺されてしまうので、それは間違っていない。


 商売で成功した現戸高家当主が、菅木議員とライバル関係にある大物政治家に依頼したからという理由で戸高ハイムの除霊を引き受け、今苦境に陥っている安倍一族も人のことは言えないけど。


 前当主も含めて、日本中、世界中には沢山優れた除霊師が存在するけど、同時に世界中にそこに足を踏み入れてはいけない悪霊のテリトリーが多数存在した。

 

 例えば、葛山刑部の悪霊が占拠している戸高山北側斜面と領域もそうだ。

 葛山刑部の悪霊は戸高備後守よりは弱いので、もし依頼があれば前当主も除霊を引き受けたであろう。

 あそこの持ち主が、安倍一族に億単位の依頼料を出せるのかという疑問は置いといてだ。

 除霊師も慈善事業ではないので、そんな理由で放置されている悪霊も沢山存在していた。

 

「可哀想にな、死ぬぞ」


「失敗しても、菅木議員は涼しい顔で知らぬ存ぜぬで済ますであろうな」


「戸高ハイムの所有者が変わったと聞くが、彼なのか?」


「かもしれないな。明日、調べさせよう。不良債権を美味しい不動産物件に変えるため、欲をかいたわけだな。政治家とは、救いようのない業突く張りが多いものだ」


「そんな卑劣なことが許されてもいいのですか?」


 自分が安く買った戸高ハイムを価値のある不動産物件にするため、まだC級除霊師でしかない二人に無茶をさせ、失敗して二人が死んでも責任すら取らないなんて。


「止めてきます!」


「無駄だぞ! 涼子!」


「やめておけ!」


「奴が、お前如きの説得など聞き入れるはずがない!」


 長老たちが無駄だと叫んだが、まだそんなに話をしていないけど、同業者でクラスメイトの二人を無為に死なせたくない。

 私は二人を止めようと、戸高ハイム向けて走り始めるのであった。





「はあっ……はあぁ……間に合った!」


 戸高ハイムの前に到着した私は、一人の老人が戸高ハイムを封印している安倍一族の除霊師たちと揉めているところを目撃した。

 その後ろには広瀬君と相川さんもいて、どうやら突入前に二人を止めることができそうだ。


「広瀬君! 相川さん!」


「あれ? 清水さん、どうかしたの?」


「どうかしたのって……危険よ、相川さんも広瀬君も。戸高ハイムの除霊をC級除霊師がやるなんて無茶よ」


 私は、二人に思い留まるように説得を始めた。

 

「うん? 除霊師か?」


 戸高ハイムを封印している除霊師たちと言い争っていた老人が、私に気がついて声をかけてきた。

 どうやら、彼が噂の菅木議員のようだ。


「若いのに優れた除霊師だな。だが……剛に比べると劣るな。死んだ安倍清明もそうだ。剛と比べるのは酷かな……。生前の奴でも、葛山刑部の悪霊には手を出せなかった。それなのに、それ以上の悪霊である戸高備後守に手を出して死んだ。力量を誤るというのは恐い。どんなに優れた除霊師でも一瞬で死んでしまうのだから」


「あなたが、そんなことを言うのですか?」


 戸高備後守の悪霊のみならず、死後すぐに凶悪な悪霊になってしまった前当主の悪霊の除霊を、新人C級除霊師である広瀬君と相川さんに任せる、悪徳政治家であるあなたが?


「それも自分の利権のために! あなたには、人としての心がないのですか!」


「ううむ。どうもワシは、このお嬢さんから悪徳政治家だと思われているようだな」


「事実じゃないかなって」


「人がいいだけで政治家なんてできるか! とにかく、そこの封印を続けている連中もそうだ。この戸高ハイムの所有者が変わったことを伝えておく。そしてその所有者だが……」


 菅木議員は、なんと広瀬君の方を見た。

 彼が、この戸高ハイムの新しい所有者だなんて。


「正確に言えば、この裕を代表にした宗教法人『竜神会』のものにだな。そして戸高ハイムを裕が自分で除霊する。おかしなことではあるまい」


 自分の所有する物件なら、確かに戸高ハイムに入ることを私たちは止められない。

 でも、悪霊のせいで現在資産価値がほぼゼロの物件を広瀬君を騙して取得させるなんて、やはり菅木議員は悪徳政治家なのだ。


「やーーーい、悪徳政治家」


「お前なぁ……戸高山を中心とする聖域。お前らは本当に安倍一族か? いくら戸高ハイムの件があるにしても気がつけ! 亡くなった当主もそうだ。なぜ気がつかんのだ! 安倍一族も落ちぶれたものだな」


「あなたは!」


「これ以上、グダグダ話をしていても無駄だ。裕、早くやれ」


「了解」


「広瀬君?」


 そういえば今気がついたけど、広瀬君も相川さんもいつもの白衣姿ではなく常装であった。

 除霊師には神道系の服装をする人も多いので珍しくはないのだけど、二人の衣装からなにかとてつもないものを感じてしまうのだ。

 除霊師向けに、悪霊からの攻撃を防ぎやすい装備も流通はしているけど、その値段は驚異的で、一流の除霊師でもなかなか購入できなかった。

 作っている人が段々と減っていて、品自体がないという理由もあるのだけど。

 ましてや、まだC級除霊師でしかない二人には、到底手に入らないものであった。


 私もいまだそういう装備を入手できておらず、前の学校のブレザー制服を着て除霊しているくらいなのだから。


「広瀬君、あなた……」


「除霊師は自営業。自分で引き受けた以上は俺自身の責任だ。清水さんは見ていてくれ」


「でも、あそこには!」


 戸高備後守、そして安倍清明という、厄介な悪霊が二人もいるというのに。

 他にも、数十体の悪霊と、数百体の怨体を率いていると思われ、二人の実力では戸高備後守と安倍清明のところまで辿り着かずに殺されてしまうであろう。


「やってみないとわからないし、ここはうちの所有になったんだ。いやあ、上手く除霊できれば高層マンション暮らしだな」


「凄いね、裕ちゃん。ご飯作ってあげる」


「頼む、久美子。俺、全然料理できないから」


「コンビニ弁当ばかりだと健康によくないからね。頑張って作るよ」


「あなたたち……」


 なにをそんな、新婚夫婦みたいなことを。

 教室ではよくそう言われているけど。


「とにかくだ。あなた方に俺を止める資格はないわけだ。時間が惜しい、やるぞ。久美子」


「うん、私も手伝うよ」


 結局二人は私の説得にも耳を貸さず、戸高ハイムの除霊を独自に始めてしまうのであった。

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