第14話 除霊開始
「『戸高不動産が倒産。昨日、戸高不動産の社長守屋光一氏が戸高地方裁判所に、破産の申し立てをした。無理な事業拡張と、戸高市中心部の高層マンションの経営失敗で借入金が嵩んだためと思われる。負債総額は二十億円以上』か……」
「悪霊のせいです、とは書かれていないね」
「新聞社でも悪霊の類を信じていないところもあるし、安倍一族は政財官の大物とも関係が深い。報道できないんじゃないかな?」
次の日の放課後、自分の部屋で夜に備えてお札を書いていると、久美子が新聞に書かれたとある記事を俺に見せた。
戸高ハイムの除霊失敗により、ついに戸高不動産が倒産したそうだ。
あれだけの高級高層マンションの開発に失敗すれば、潰れて当然か。
戸高不動産は、遠縁である戸高家の支援を受けてはいたが、そこまで大規模というわけでもなかったらしい。
それに、戸高家だって無限に金があるわけでもない。
採算が取れない事業に金を出し続けるなどあり得ず、損切りをしたというのが実情であろう。
「安倍一族への報酬で、資金がショートしたとか?」
「それはない。あの安倍一族が、除霊に失敗したのに報酬など貰うはずがないからな」
「「うわっ! ビックリした!」」
突然、第三者の声がしたと思ったら、それがなんと先日会った菅木議員であったからだ。
「聖域は元に戻ったな。これで、戸高ハイムの悪霊どもの封印が破れても、奴らが戸高ハイムの外に出る可能性は大幅に下がった」
「竜神様たち、それを見越して聖域の復活を急がせたのか」
安倍一族による除霊は失敗に終わると見ていて、それに備えたわけか。
やはり神様なんだなと、思わずにいられない。
「とはいえ、安倍清明の悪霊は厄介だな。なまじ悪霊になりたてのため、動きやすいからの」
菅木議員は、しれっと戸高ハイムに安倍清明の悪霊がいることを知っていたが、そういえば霊を見る力に優れていたのだった。
政治家としての情報網から、それを掴んだ可能性も否定できないが。
「これからどうなるんです?」
「暫くはこのままだな」
菅木議員からの情報でも、安倍一族は次の当主選びで大揉めに揉めているらしい。
当主代理ですら引き受ける人がいないのだそうだ。
「当主でも、当主代理でも、大勢の除霊師を従えてなるべく早くに除霊を行う必要がある。逃げでもしたら、いよいよ安倍一族の評判も地に落ちるのでな。さすがに次でなんとかなるはずだと見守っている政財官の連中も、今度失敗したら安倍一族を見捨てるであろう」
日本で一番の除霊師一族とはいえ、色々と大変なんだな。
あとはもう、落ちるしかないというのが怖い。
「戸高家は、ついに戸高不動産を見捨てましたね」
「どうにもならないのでな。戸高家は戸高不動産に援助はしていたが、今の内に損切りをすれば大した損害にもならない。むしろ、ババを引いたのは戸高銀行であろう」
戸高不動産が所有する不動産物件を担保に金を貸していたのだが、戸高ハイムが一番の不良債権となっているからであろう。
いくら戸高市の中心部にあり、駅や市役所、病院、その他生活に必要な施設に近くても、入ったら確実に呪い殺される物件なんて誰も買うはずがない。
お上では、部署や人によってその扱いに大きな差がある霊の存在であったが、そういう物件を抱えると財務的に死ぬ不動産屋や銀行は、霊の存在に敏感だった。
除霊師とも懇意にしており、いわゆる事故物件、瑕疵物件の除霊、浄化でつき合いもあったのだ。
「見てみるがいい」
菅木議員は、その年齢に似合わずスマホを器用に操作し、とある不動産屋のHPを俺たちに見せた。
「戸高ハイム及び、その土地。一円……一円!」
「えっ! 裕ちゃん本当?」
「マジで一円って書いてある」
「夢の高級高層マンションが一円かぁ……」
「夢なんだ、久美子の」
「将来、そういうところに家族で住めたらいいなって思う」
「そうなんだ」
女性ってのは、そういうのが好きだよな。
それにしても、安いにもほどがある。
戸高市の中心部なら地価もかなりのものだし、新築の高級高層マンションの割には購入希望者が殺到してすぐに埋まったと、夕食の場で父が『別の世界の話だけど……』というニュアンスで話をしていたというのに。
「購入したら大赤字だからな」
「確かに中にも入れないけど、いつか安倍一族が除霊して入れるようになるかもしれないし、そうなったら得じゃないんですか?」
「剛を超える除霊師とはいっても、やはりまだ子供だな。マンションは購入しても、管理費や修繕積立金、車を駐車場に入れれば駐車場代もかかるが、まあこれはいいか。固定資産税もかかるぞ。いつ使えるようになるかわからないマンションを持っているだけで、湯水のごとく金がかかって大赤字になる。いつ戸高ハイムが解放されるかもわからぬ以上、一円でも買いたくないであろうな。実際、売れていない」
しかも、戸高ハイム一棟全部とその土地も含めてか。
どれだけ不良債権扱いなんだろう?
「あれ? すでに全部賃貸希望者で埋まったって聞きましたけど」
「全部キャンセル扱いで返金させた」
「させたんですか」
もし返金しなかったら、戸高不動産が詐欺で訴えられていたかもしれなかったらしい。
菅木議員が裏で交渉して、他の不動産物件を担保として押さえている戸高銀行と、戸高家もお金を出してマンションの先払い家賃・敷金・礼金などを返金させたそうだ。
「よく出しましたね」
戸高銀行は知らないが、戸高家は戸高不動産に援助している遠縁でしかないからな。
「ふんっ、選挙に息子を出したい戸高家の当主が、選挙前に放漫経営で潰れた詐欺師扱い不動産屋と親戚関係にあった。さらに資金援助までしていたのだ。マンションの代金を返金でもしなければ、安全に選挙戦を戦えないさ」
きっとそのままにしていたら、菅木議員がその件で戸高家の候補者を批判すると思ったからなのであろう。
本当にやりそうに見えるからな。
「戸高銀行はどうなんですか?」
さすがに、戸高銀行は損をしたくないだろうかな。
素直に金を出すとは到底思えなかった。
「担保で巻き上げた他の不動産物件の家賃等で、あまり損はしないようになっている」
「つまり、貸し剥がされたと?」
「仕方あるまい。調子に乗って首塚など移動させようとするからだ。戸高不動産の社長はもう終わりだ」
戸高銀行にも、戸高家にも見捨てられ、あとはどうするのだろうか?
その末路は悲惨そうなので、あまり考えないようにしよう。
「それで、本日はどのようなご用件で?」
相手は政治家だし、亡くなった祖父さんと同じくらい隙がなさそうな人なので、丁寧な言葉で応対して上げ足を取られないようにしないと。
「お前が戸高ハイムを一円で買え。正確にいうと『竜神会』がだが」
「俺がですか?」
購入した途端、赤字を垂れ流すであろうあの戸高ハイムを?
この爺さん、正気なのであろうか?
「お前が除霊すればいい。できるのだろう?」
「ええ、まあ……」
思わず正直に答えてしまった。
正直なところ、安倍清明と戸高備後守の悪霊はそんなに強くないと、俺は思っていた。
向こうの世界の死霊王デスリンガーの部下たちの方がよっぽど強いはずだ。
そのくらい、向こうの世界とこちらの世界の悪霊の強さは違っていた。
「では、お前が買ってお前が除霊すれば儲かるぞ」
「どうしてそんな一見お得な話を?」
それも政治家が?
どうも政治家ってのは、怪しいイメージしかないのだ。
「聖域強化のためだ」
「聖域の強化?」
戸高ハイムの土地を浄化しても、聖域の力が強化される位置にはないのだが。
「除霊師としては天才のようだが、お前は社会を知らないな。安倍一族は、どうして人と資産を持っていると思う? 政財官に人脈を広げているのか? それは、いくら除霊師としては優秀でも、人間の悪意には勝てないこともあるからだ」
己の利益のため、安倍一族に害を成す人や組織もいるというわけか。
だから安倍一族は、日本の政財官と懇意にしている。
悪霊のみではなく、人間の悪意にも対抗して除霊師の家系を続けるためというわけか。
「聖域の末長い維持のため、『竜神会』には強くなってもらわないとな。その結果、ワシも議員として生き残れるし、美味しい思いもできる。お互い、今でいうWINWINな関係を構築するためだ。お前が戸高ハイムを購入してしまえば、お前が除霊しようとしても、封印を続ける安倍一族も邪魔はできない」
「俺の実力がバレますけど」
「そんなもの。いつまでも隠し通せるわけがない。お前の高校に入ってきたB級除霊師の少女のように、己の実力に酔ってお前の凄さに気がつかないような奴ばかりではない。安倍一族を舐めない方がいい」
それならば、先に奇襲のような形で戸高ハイムを除霊してしまうわけか。
「戸高銀行も困っているからな。戸高ハイムのせいで」
現在、戸高市の中心部は戸高ハイムのせいでかなり辛気臭いというか、空気が悪くなっていた。
通常事故物件の類は、その物件がある土地のみに悪影響を及ぼすが、安倍清明の悪霊が増え、さらに強引に戸高ハイムを封印しているせいで、周囲にも悪い気のようなものが漏れ出し始めたそうだ。
「人が近づかなくなり、戸高市は辛気臭いので引っ越そうという話をしている者もいる。中心部の土地はすでに少しずつ地価が落ち始めているそうだ。この短期間でな」
このまま地価の下落が止まらないと、戸高市が算定している固定資産税の標準評価額よりも下がってしまい、つまり戸高市に住むのは割高になってしまう。
隣の高城市などに引っ越してしまう人も増えるであろうと、菅木議員は説明した。
「戸高不動産から担保として土地や不動産を取りあげたのはいいが、その運用にも影響が出る。戸高銀行としても、お前に戸高ハイムをくれてやってもいいから除霊してほしいわけだ。もう一つ、戸高ハイムが除霊されたら聖域の力も増す」
竜神様が守る聖域を抱える戸高市は、将来順調に発展していくであろう。
そうなれば、地価も上がって戸高銀行も大いに得をするというわけだ。
「銀行は、霊の存在を信じている。商売に関わるのでな。お上は商売ではないので相変わらずだが」
そして、その菅木議員のような実力のある政治家は、ちゃんと霊の存在を信じているわけか。
「どうだ? 戸高不動産の社長以外、誰も損をしないであろう? そこのお嬢さんも、高層マンションに住みたいと言っていたではないか。その夢を叶えてやるくらいの甲斐性が剛の孫にあれば、奴も天国で大喜びであろう。あいつも、昔は女性にモテたからな」
祖父さんは、その昔女性にモテていた。
それは初耳だったな。
このまま戸高ハイムを放置したとして、将来封印が破れてから相手をすると面倒なので、今のうちに除霊した方が面倒がなくていい。
封印で強引に押さえつけると、悪霊はだんだん強くなってしまうからな。
「本当にくれるの? あとで、『ああっ! なんと権利書にワシの名前が! お前とそんな約束なんてした記憶もないし!』とか言いそう」
「言うか! ワシを泡沫野党辺りの木っ端政治家と一緒にするな! ふんっ、無理して敬語なんて使わなくていいぞ。裕だったな」
「わかったよ、菅木の爺さん」
「それでいい。して、いつ除霊を始める?」
「そんなの決まっている。今夜からだ」
除霊の報酬が高層マンション一棟とはな。
これからも除霊師として活動していく以上、ここは一丁かますとするか。
「いつまでも小田原評定を続けている安倍一族には愛想が尽きた。安倍清明の悪霊が加わったせいで、戸高市中心部の空気の悪さに対する危機感が薄すぎる。聖域の復活に気がついている者すらいないのだ」
「いやだって、両神社は……」
竜神様たちの復活で参拝客も増えているというのに、プロである安倍一族の連中が一人も気がついていないのはおかしいだろう。
「戸高ハイムの封印に夢中なのと。これからどうするかの話し合いでそれどころではないのだ、怖いものだな。固定観念というものは」
聖域のある裏森や竜神池周辺は悪霊によって封印されたまま。
そういう情報を集めるのは早いが、葛山刑部の悪霊が除霊された事実に気がつかないとは。
まさか、聖域が解放されるとは思っていないから気がつかないのか。
確かに、安倍一族らしからぬ怠慢だな。
「安倍清明も気がついていなかったようだけど」
「もしかして……竜神様が?」
「かもしれない」
菅木の爺さんは低級の怨体すら浄化できない霊感持ちだが、その分霊の存在には敏感だ。
彼が気がついていても、安倍清明が気がついていなかった……というのはさすがに無理があるので、竜神様たちが上手く隠しているのであろう。
「ならば、今夜中にとっとと戸高ハイムを除霊してしまうか」
「では、戸高ハイムまで同行しよう」
「大丈夫ですか? 菅木さん」
「ワシの霊力では戸高ハイムに入れないが、外の安倍一族だの、現世にいる邪魔者には対応できるのでな。では参ろうか」
俺、久美子、菅木の爺さんの三名は、夜遅くなるのと同時に戸高ハイムへと向かうのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます