第9話 聖域と菅木議員

「ご神体の銅鏡が光り輝いているね」


「戸高山神社のご神体も同じく光っている。竜神様たちは無事復活したわけだ」





 家に戻ると、両神社のご神体である銅鏡はますます輝きを増していた。

 この輝きこそが、両神社が祭っている竜神様たちが復活した証拠なのだそうだ。


「と、親父のノートに書かれていた」


「剛さんは、これを望んでいたが叶わなかったんだな。それにしても、それを裕君が成し遂げてしまうなんて凄いな」


「除霊師としての才能は、親父よりも上だと認めなければなるまい。だが、油断して無理をするなよ」


「無理をしようにも、どうせできないけど」


 日本除霊師協会における俺のランクは、いまだC級である。

 今のままでは、悪霊の除霊依頼なんて受けられないのだから。

 経験値のため依頼を受けずに悪霊を退治するのは、これからは避けた方がいいかもしれない。

 久美子に関しては、戸高市内で目に付いた怨体をコツコツを浄化して経験値を積みつつ、適性があった治癒魔法の訓練を施すのが先だ。


「久美子の鍛練も必要だから、今は無理はしない」


 どうせ、俺が無理しなければいけない悪霊なんてまず存在しないからな。

 邪神でも出れば別だが。


「わかった。それなら問題ない。聖域の整備については私と孝弘に任せてくれ」


「金とか大丈夫なのか?」


 どう考えても、うちと久美子の家にそんな大金があるとは思えないのだが。

 どこから見ても、両家はどこにでもいる庶民にしか見えなかった。


「親父が残した分があるんだ」


「そうなの?」


「無駄遣いは戒められていたから、ちゃんと取ってあるのさ」


 父によると、両神社及び聖域すべては亡くなった祖父さんが設立した宗教法人の所有であり、この宗教団体の代表は亡くなった祖父さんに代わって、現在は父になっているそうだ。

 母や久美子の両親は、その宗教団体の役員扱いらしい。

 なお、祖父さんが設立した宗教団体は『竜神会』というらしい。

 まるで暴力団の名前みたいとか……言わない方がいいか。


「宗教法人って、なかなか設立できないって聞くけど」


 久美子の話を聞き、俺は『へえ、そうなんだ』と思ってしまった。


「亡くなった親父は、戸高市でも有名な除霊師だったからな。廃墟同然だった両神社や聖域の管理も私財を投じてやっていたし、あれで親父は顔も広かったからな」


 高名な除霊師ともなると、政治家、企業家、金持ちなどに知り合いが多くなる。

 金持ちは、除霊師に仕事を頼むことが多いからだ。

 今度戸高ハイツを除霊しにくる安倍一族なんて、政財界に親戚がいたりするからな。


「竜神会の代表はすぐ裕に変えるけどな」


「俺?」


 俺が、この聖域の実質的な主というわけか。

 しかしどうして?


「どうしてもクソも、それが亡くなった親父の遺言だ」


 葛山刑部の悪霊を除霊し、両神社のご神体を解放できた者がいたら、その人物に宗教団体のトップになってもらい、お前たちは聖域の管理にまわれ。

 そういう遺言だったそうだ。


「裕が葛山刑部の悪霊を除霊し、二体の竜神様を復活させた。ならば、裕が竜神会のトップというわけだ。どうせ今の裕には実務なんて無理だろうし、裕が除霊師として稼いで神社の維持費を賄ってくれないと困るからな」


「あーーー、はいはい。わかりましたよ」


 正直、そんなことだろうとは思った。

 向こうの世界でも、神官は地方の教会の維持に四苦八苦していたからな。

 こちらの世界でも、二つの神社の維持には金がかかるというわけだ。


「神社の名前も戻さないといけないし、山腹の両神社の整備もある。竜神池に沈んだ社の引き上げと、移転していたご神体の移動もあるな」


「良治、忙しくなるな」


「ああ」


 確かに、色々と修理や整備で忙しくなるはずである。

 俺は手伝わなくてもいいんだよな?

 

「あとな。神職としても忙しくなるんだ」


「うちの神社が?」

 

 両神社は別に有名な神社でもないし、お祓いや、七五三の仕事もそんなに多いという印象もなかった。

 例大祭に合わせた祭りと初詣の時くらいしか、人が沢山いるのを見たことがなかったのだ。


「裕、竜神様がなにか言っていなかったか?」


「そういえば……」


 ちゃんと聖域を維持すれば、そのご利益があると。


「我らは神職だが、残念ながら霊感などはない。だが、ご神体が戻れば神社がどうなるのかは知っているのだ」


「知っている?」


「明日以降になればわかるさ」


 俺は父の話を話半分に聞いていたのだが、翌日学校から戻ると神社の様子が大分普段と違っていた。

 神社の名前を記した看板が『戸高赤竜神社』と『戸高山青竜神社』に変更されていたり、昨日までは両家の両親しか働いていなかったのに、何人かの若い神職さんたちが境内の掃除や施設の修繕をしている。

 さらに若い巫女さんがいて、平日にはまず誰も買わないお守りや御朱印がよく売れていたりと、昨日までの両神社とは思えない賑わいぶりとなっていた。


「凄いな」


「うちの神社じゃないみたい」


「はははっ、これが強力なご神体が戻ってきた神社の実力なのさ」


「そういうのがわかる人は少ないのに」


「だがね、裕君。昨日の時点で聖域の空気がまるで違っているのは、ほとんどの人たちにわかるんだよ。具体的にわかるというよりも、人間に備わった感覚で体が理解すると言った方が正しいかな。だから、自然と両神社にお参りをする人が増えたのさ。神社の格が、これまでとは比べものにならないほど上がったということだ。そういう神社には、不思議だが自然と人が集まるものなのさ」


 人が集まってご神体に祈れば、ご神体の竜神様たちはさらに力を取り戻し、その力が増えていく。

 神社とご神体とは、持ちつ持たれつの関係でもあるのだと、久美子のお父さんが教えてくれた。


「赤竜神社と青竜神社も、もう新しい社を頼んでいるから、すぐに綺麗になる。おっと、そうだった。山腹の両神社のお供えと掃除は、今日から来てくれた若い神職さんに任せるから」


「それはいいんですけど、お金は大丈夫ですか?」


 客が増えたからといって、急に人を増やしたり、境内や施設の修繕、入れ替えをしたりでは、お金が続かないような気がしてしょうがないのだ。


「裕君も久美子も気にしないでいい。この日のために、剛さんが蓄えていたお金だから」


「うち、実は金持ち?」


「蓄えはあるけど、使い道が決まったお金だから、裕君が贅沢したかったら、自分で稼ぐんだね」


「わかりました」


 そう簡単に両神社の経営は行き詰まらないことを知り、俺たちは安堵の表情を浮かべた。

 それにしても、神職や巫女さんはどこから呼んだのであろうか?


「剛さんのツテだね。裕君が生まれる前に亡くなってしまった剛さんだけど、稼ぐし、人脈も相当なものだったのさ」


「だから、ワシがすぐに人を送ったのだ」


「これは、菅木議員」


 俺たちの話に割って入ってきた老人がいたのだが、久美子のお父さんが議員と呼んでいるので政治家だというのはわかった。

 選挙権がなくて投票に行ったこともないので、どんな人かは知らないけど。

 年齢は七十歳前後くらいに見えるが、なかなかに食えなさそうな爺さんに見えた。


「剛の孫か。それにしても、本当に葛山刑部の悪霊を除霊したのだな。ここが、清々しい聖域に戻ったのがわかる」


 菅木議員を名乗る爺さんは、俺を値踏みするかのように見ていた。

 この爺さん、除霊師になれるほどの霊力はないようだが、多少の霊感はあるようだ。

 葛山刑部の悪霊が除霊されたことに気がつくのだから。


「ワシは、C級除霊師にもなれなかった落ちこぼれなのでな。同級生であった剛は、ワシにとって憧れだった」


 この爺さんは、俺の祖父さんの同級生だと言った。

 俺の祖父さんが生きていれば、このくらいの年齢のはずだ。


「よかろう。戸高市役所には言い含めておく。聖域を切り売りさせるような真似は慎むようにと」


 どうやら、この爺さんが聖域内の土地に過剰な固定資産税をかけるのを止めてくれるようだ。

 彼にそれを認めさせるため、父たちは俺たちに二体の竜神様を復活させたのか。


「まあ、断るとは思えないがな。わずか一日で、竜神様たちの力の凄いこと。聖域に手を出すようなことがあれば……おおっ、怖っ」


 竜神様たちも、聖域に手を出した奴には容赦しないと言っていたからな。

 市役所の人たちが、竜神様たちの祟りを信じるかどうかは別として。


「任せるがいい。どうせ市役所の連中は他に気になることがあるのでな。それを利用してやってしまうさ」


「戸高ハイツですか?」


 市役所が気になるといえば、例の戸高備後守の悪霊たちが占拠している高層マンションのはずだ。

 あんな市の中心部の一等地が悪霊の集団に占領され、下手をすれば規模を拡大させた霊団が周辺にも害を齎すかもしれないので、同じ悪霊の巣だったものの、今のところは安定していた裏森に構っている時間はないということか。


「剛の孫は勘もいいな。そうよ、戸高備後守の悪霊を安倍清明が除霊してくれるのを心待ちにしているのだ。あれは、霊感などなくても見える性質の悪い悪霊なのでな」


 そんな悪霊が封じ込められた首塚をよく壊すなと、俺などは思ってしまうのだが。


「欲にかられてそういう罰当たりなことをする奴は沢山はいないが、定期的に出てくる。それで死ぬ奴も多いが……」


 不思議なことに、日本では除霊師という職業が認められているのに、悪霊に殺された人は自殺か事故扱いにされてしまうケースが大半であった。

 その理由は、警察は悪霊を逮捕できないし、裁判官も裁判を開けず、刑務所にも入れられないからだ。

 さらに、この世の人たちの半分近くが、いまだに霊の存在を信じていなかった。


 霊感がないばかりに、見たこともない霊の存在など信じないというわけだ。


「しかも、あの首塚に『封印』していたのだ。除霊したわけではない」


 戸高備後守はかなり厄介な悪霊で、結局当時の除霊師も彼の悪霊を浄化できなかった。

 首塚に封印し、力が衰えるのを待って未来の除霊師に任せるつもりだったと、古い資料に書かれていたそうだ。

 実は、悪霊を封印してしまうことはよくある。

 性質の悪い悪霊を除霊しようとしたが、相手が強くて成功率が低いので封印に作戦を変更することはよくあるそうだ。


「時間を使って悪霊の力を徐々に奪っていく。作戦自体は悪くないと思うが、一時しのぎでしかないのも事実だ」


「ですが、下手に完全な除霊を目指して失敗すれば、貴重な高位の除霊師を失う」


「そういうことだ」


 昔は、今と違って移動に制限があった。

 その地域にいる優秀な除霊師をそう簡単に失うわけにいかず、確実に除霊できる保証がなければ悪霊を封じることもよく行っていたそうだ。

 戸高備後守の悪霊などはこの口だ。


「ただ、戸高備後守の悪霊は封じ方に問題があったのか、封印前よりも強い悪霊になっていた」


 無理やり封印したせいで、余計に憎しみが増して力も増えたというわけか。

 

「安倍一族としても、一族で一丸となって戸高備後守の除霊をするであろう。彼らが来るとなれば、日本の政界や財界に力がある一族なのでな。市長たちもご機嫌取りに忙しかろう。その隙を突いてワシがやっておく。復活した竜神様たちを怒らせるわけにいかぬのだ」


 そうでなくても、近くに戸高備後守の悪霊もいるからな。

 戸高市に、竜神様の祟りまで引き受ける余裕はないのであろう。


「安倍一族は、思ったよりも戸高備後守の悪霊が厄介だと知って数日到着が遅れているが、当日はどうするのかな?」


「日本除霊師協会になにか指示されれば、それをやると思います。もし戸高ハイムから怨体や悪霊が逃げ出した時に備えての監視とかではないですか?」


「そんなところであろうな。今回の除霊では、案内人も必要なかろうて」


 戸高市の中心部にある高層マンションで、安倍一族なら不動産屋から設計図くらい入手しているはずだからだ。

 安倍一族は、姻族や家臣家も加えれば大規模な除霊団を組める。

 外部の助けなど、必要としない一族なのだ。


「成功すればいいが……先ほどの件は任せておけ」


 話が終わると、菅木議員は神社から去っていった。

 そういえば、もうすぐ安倍清明による悪霊退治が始まると聞いたが、どうせ呼ばれないので関係ないか。

 

 でも、安倍一族で戸高備後守の悪霊に勝てるかどうか不安……勝てなきゃ逃げるだろうから問題はないのか。

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