第7話 葛山刑部

「あれ? 広瀬は痩せたか?」


「体重は落ちていませんよ。むしろちょっと増えたかも」


「そうなのか……。俺は、広瀬が少し痩せたような気がしてな……昨日よりもというのは変だから、ちょっとずつ痩せていたんじゃないかってな」


「先生、俺は放課後に除霊師業をやっているので、前から鍛えてはいたんですよ」


「そうだったな。広瀬と相川は除霊師だものな。大変だから痩せたように見えただけだな。相川は……まったく変わっていない感じだが……」


「先生! 私は除霊師になって二キロ落ちたんです! 女性に失礼だと思います!」


「すまん。HRを始めるぞ!」





 三年も向こうの世界で戦っていたため、登校すると懐かしい気分になってしまった。

 こちらの時間軸では昨日も登校しているので、俺以外誰にも理解してもらえない気持ちだと思うけど。

 久美子のみならず、担任の小林先生(二十八歳、独身、彼女ナシ)からも痩せたなと言われたが、加齢はなくても見た目の変化はどうしようもないので、気のせいだと言って誤魔化しておいた。


 以前から、除霊師なので鍛えていた成果ですよと。

 除霊師には鍛えている人が多いのは事実であり、俺は間違ったことは言っていない。

 久美子に関しては……本当に二キロも痩せたのか?

 ひょっとしたら、見えない部分が痩せたのかもしれないな。

 今のところ、それを直接確認できる関係にはないのだけど。


「裕、こんなにマッチョだったっけ?」


「放課後のアルバイトでも、除霊師って大変なんだな」


 体育の時間に着替えていたら、クラスメイトたちから体についた筋肉を指摘されてしまった。

 向こうの世界では鍛えて戦っていたわけなので、誰が同じ状況に追いやられてもこうなるはずだ。

 女性は……どうなんだろう?

 まさか、涼子さんたちに『女性の筋肉のつき方を見たいので、裸を見せてください!』とか言えなかったし。

 変態扱いされるのは確実で、最悪、彼女たちにお仕置きされてしまうので言うわけがなかった。


「ねえ、広瀬君って格好良くなったよね」


「昨日と全然違うイメージよね」


「顔が変わったってわけじゃないけど、精悍になった感じ。ちょっと背も伸びた?」


「そう言われると、少し背が伸びたかも」


 なるほど。

 大きな仕事をやり遂げた男の顔には、責任感が出てくるというやつだな。

 整形したわけでもないし、向こうの世界の魔法でイケメンになったわけでもないけど、俺の評価が女子の間で急上昇である。


 この世の中で、女性にモテて嬉しくない男はいないのだ。

 久美子も、幼馴染がモテて嬉しいはずだ。


「久美子、どうだ?」


 モテる男の幼馴染で鼻が高かろうと、俺は久美子の声をかけた。

 ところが……。


「ふんっ!」


「はがっ!」


 久美子、不意打ちで俺の鳩尾に肘を入れるのはやめてくれないか。 

 いくらレベルとステータスが上がっても、痛いものは痛いんだから。


「なんだ? 広瀬、浮気すると嫁さんに叱られるぞ」


「中村先生、俺は今のところ久美子とつきあっていない……」


 中村先生にからかわれたのでちょっと言い返したら、彼は俺に顔を近づけ、怨念が籠っていそうな小声でこう言った。


「(お前、物心ついた頃から名前で呼び合う幼馴染とかいて、どうして俺と全然環境違うんだ? これは不公平だ。差別だ。というか、このクラスで相川を名前で呼べる男子ってお前だけじゃないか。相川も嫌がるどころか、自分の特権くらいに思ってるぞ。そんな超恋愛格差クラスにおいて、ちょっと他の女子たちから褒められて調子に乗っているお前が悪霊に殺されても、少なくとも俺は悲しまないから。なあ、わかっているのか?)」


「はい……」


 普段は気さくな中村先生の、心に抱えた闇についてはよく理解できた。

 人間、モテないと心が荒むようだ。

 そして、俺を褒めた女子たちも……。


「広瀬君が少し格好良くなっても、B組の古谷君やC組の池内君の足元にも及ばないし」


「ねえ、二年の田中先輩とか、三年の大矢先輩とか」


「古典の堂本先生もいいよねぇ」


「そういうことだから、広瀬は調子に乗らない方がいいわよ」


「はい……」


 所詮はフツメンにちょっと補正が入っただけ。

 生まれながらのイケメンエリートたちに歯が立つわけがなく、俺にモテ期が訪れることは永遠になかった。

 せめてステータスに格好良さがあって、レベルアップで数値が上がればなぁ……。

 でも、それがリアルで実現したら、逆にちょっと怖い気もしてしまう俺なのであった。


 何事もなく学校生活に戻れたのだから、それでよしとしておこう。





「ここが鍛錬の場?」


「そう。通称『戸高裏山』と『裏森』と『糞池』だ。ここは、手付かずだからな」


「お祖父さんも、お祖母さんも、お父さんも、お母さんも近寄るなってよく言う」


「うちの祖母ちゃん、父さん、母さんに言われてるよ。うちの敷地だってのに」


 


 学校が終わると、早速俺は久美子を鍛えるための訓練を開始した。

 どうすれば久美子が強くなるのか?

 やはりそれは、レベルアップをさせることだ。

 人間、鍛錬をすれば足も速くなるし、筋肉がついて力も増す。

 勉強すれば知識もつく。

 頭がよくなるのかどうかはわからないけど。

 とはいえ、それには限度がある。


 力が10ある人が懸命に鍛えたとして、20にするのは大変であろう。

 ところが、今の俺の力は900に近い。

 久美子の力は10しかないというのに。


 つまり、強くなるにはレベルアップが必要というわけだ。

 俺たちが向こうの世界でレベルアップできたのは、『向こうの世界に召喚された』という事実が大きかったのだと思う。

 召喚された時点で経験値を得るとレベルアップできる体質を手に入れ、さらにパーティメンバーにすると仲間もレベルアップするようになる。

 ただ、レベルアップをするには『死んでいる者』を倒さなければならない。 

 この世界だと、悪霊、怨体が主な対象であろう。

 ゾンビとかが実在するのかどうかはわからないけど。


 要するに、久美子にバンバンと悪霊や怨体を倒させればいいのだ。

 とはいえ、現在C級除霊師でしかない俺たちに日本除霊師協会もそんなに沢山の仕事を割り振らない。

 そこで標的となるのは、除霊・浄化依頼が出ていない、まず出ないであろう悪霊と怨体ということになる。

 

 そんなバカな話がと思う人もいるかもしれないが、例えばとある古い家屋に悪霊が憑いたとして、それを除霊する義務があるのはその家の持ち主である。

 悪霊の除霊には金がかかり、それが出せない人は悪霊を放置してしまう。

 空き家なら、所有者も悪霊の害を受けないからだ。

 近年、相続のトラブルで所有者不明、もしくは地元自治体が対応を求めても放置されてしまう空き地、家屋、山谷、寺社、老朽化したマンション、その他色々と増え続けており、そこに悪霊が憑いてしまうと余計に手が出せなくなってしまう。

 いや逆で、悪霊が憑いたから放置された物件の方が多いのか。


 除霊師も命がけで仕事をしているし、お札や装備などの経費もバカにならない。

 ボランティアで除霊・浄化をする人もいなくもないが大変に希少で、現在世界中で心霊関係の瑕疵物件が増え続けていた。


 人口減の日本では、近年心霊問題が原因で放置される不動産が増え続けていた。

 『金をかけて除霊・浄化しても、コストに見合う価値がない』と判断されると、そのまま放置されてしまうケースがとにかく多いのだ。

 少し前から、幽霊病院とか、幽霊マンションとか言われているのもそれだ。

 古から、あの山は危険だから入るなとか、あの池には近づくなとか。

 これも、悪霊や怨体が原因で人が近づかなくなっていた。


 悪霊は放置すればするほど自ら怨体を生み出し、他所から弱い悪霊と怨体を引き寄せ、徐々に巨大な霊団化して厄介な存在になっていく。

 もうこうなると、B級除霊師程度では手が出せなくなり、A級除霊師でも無理という古からの心霊スポットも数多くあった。


 さらに、こういう場所に興味本位で行って悪霊に殺され、自分も厄介な悪霊になってしまったりと、歴史の長い心霊物件やスポットほど危険で厄介というわけだ。

 除霊・浄化できるような高名な除霊師の数は少なく、そういう人たちは依頼が埋まっている状態なので、わざわざ利益にもならない危険なスポットになど出向かない。


 いよいよ悪霊と怨体がそこから漏れ出しそうにでもなれば別だが、まさに触らぬ神に祟りなしというわけだ。

 新しい心霊スポットも自殺者の増加などで増えており、悪霊は時が経てば経つほど怨体を生み出すペースが早まっていく。


 除霊師の仕事は、選ばなければなくならないというわけだ。

 実力がないと、安い仕事しかこないので稼げないけど。


 そんな、除霊・浄化しても金にならないので放置されている心霊スポットの一つが、悲しいことにうちの敷地内にある、戸高山北側とその麓にある池、森であった。


 通称、『戸高裏山』と『裏森』と『糞池』である。

 戸高山の南側は、麓に二つの神社もあって安全なのだが、北側斜面と麓の池と森は、ネットでもガチでヤバイ。

 行くと必ず死ぬと噂される、本物の心霊スポットであった。


 確認できただけで、戦国時代に討死した武士の悪霊などもいて、彼らが霊団を形成しているのだ。

 彼らの活動範囲は広く、強い霊団なので周辺から悪霊と怨体を呼び寄せ、自ら怨体を生み出し、神社が二つくらいあっても、ないよりはマシくらいにしか地元住民たちからは思われていなかった。


 今でも数年に一度、あそこに入り込んで自殺する者もいるくらいなのだから。

 過去には呪い殺された者もかなりいて、俺と久美子の家が人が入らないように管理していた。

 両家ともそれほど収入がいいわけでもないのに、危険なエリアをフェンスで覆っているくらいなのだから、本当に危険なのだ。


「危険ということは、経験値になります」


 俺たちは除霊師で、向こうの世界のパラディンでも同じだが、生物を殺しても経験値は入らない。

 死せる者をあの世に送ってこその、経験値とレベルアップということだ。


「はい、お札」


「またチラシの裏に筆ペンか……」


「コスト意識を大切に!」


「私たちが勝手に浄化・除霊するからお金にならないものね」


「そういうこと」


 経験値は入るが、日本除霊師協会からの依頼ではないので金にはならない。

 除霊にかかる経費は、極力節約するのがベストであろう。

 確かに見た目はしょぼいお札だけど、効果は折り紙付きなのだから。


「効果はあるので。今の久美子のレベルだと、低級の怨体だけ相手にすればいい。強いのは、俺が除霊するから」


 とにかく、怨体を退治しまくって経験値を得る作戦というわけだ。

 

「久美子に経験を積んでもらうため、できる限り俺は防御に徹する。集中してお札を使うように。霊力はすぐに補充するから」


「わかったよ、裕ちゃん」


 作戦は説明したので、早速フェンスを乗り越えて『裏森』へと入った。

 この裏森の中心部に『糞池』という池があるのだ。

 随分と変な名前の池だが、その名のとおり池の水は糞のように茶色く汚かった。

 魚などは一匹も生息していないそうで、もっともこの情報は亡くなった祖父さんからのものらしい。

 俺と久美子の両親は、ここをフェンスで囲って誰も入れないようにしていたし、『絶対に入るな。確実に死ぬから』と、俺たちは子供の頃から脅されていたからだ。


「早速きたな」


 フェンスから、中心部にある糞池に近づけば近づくほど、まるで偵察隊のように怨体がチラホラと見えてくる。

 今のところは低級だし、数も少ないので久美子にでも十分に倒せるはずだ。


 怨体は、時代の古い老若男女から、ここ数年で死んだ人の悪霊から出たらしいものも見える。

 他所から、引き寄せられてきたのかもしれないな。


「行きます!」


 久美子は、自分に一番近い怨体にお札を投げつけた。

 お札が命中した怨体は悲鳴をあげながら消滅し、お札も燃えてなくなってしまう。


「はい、『霊力補充』」


 いまだ久美子の霊力は低いため、俺は定期的に霊力を補充していく。 

 これなら今までのように一日に一体ではなく、多くの怨体を退治できるからだ。


「裕ちゃん、多いね」


「そうだな。近づくなって言われていた理由がよくわかった」


「以前の裕ちゃんだと厳しいものね。私は裕ちゃんがいないと今もだけど」

  

 さすがは、いつから曰くつきになったのかもよくわからない心霊スポットである。

 怨体は、倒しても倒しても集まってきた。

 久美子のレベルも、あっという間にレベル8まで上がっている。


「久美子、大丈夫か? 無理をするなよ」


 使った霊力は補充できるのだが、あまりやりすぎると精神的に疲労してしまうからだ。

 そんな状態の時に怨体から襲われれば、いくらレベルが上がっていても意味がない。


「まだ大丈夫」


「怨体だけ倒していけばいい」


「悪霊は来ないね」


「来ないんじゃなくて、来られないのさ」


 怨体は、悪霊の残留意志の一部が、霊力や負の感情などによってコピー・増幅され、本体から分離したものである。

 低級の怨体単独だと動けないケースも多かったが、こういう悪霊の霊団の縄張りに引き寄せられ、使いパシリにされることも多かった。

 裏森の中心部か糞池にいると思われる悪霊の親玉は、大量に分裂させ、周辺から引き寄せた怨体を偵察部隊のように俺たちに送り込んでいるのだ。


 そして、久美子が順調に浄化を進め、俺は『霊力バリアー』を張りながら隙なく構えている。

 まだ知性が残っている悪霊は、警戒して俺たちに近づかないのだ。


「相手の強さを測るのね」


「そういうことができるレベルの高い悪霊もいるってことさ」


 さすがは、犠牲者まで出たので立ち入り禁止にされている戸高山の北側斜面とその麓である。


「この土地、うちと久美子の実家で半々所有権があるんだよな?」


「管理しているだけみたいだけど。固定資産税もゼロなんだって」


 悪霊の巣で使えない土地だし、下手にうちと久美子の家に課税すると、この土地を地方自治体に物納しますと言われかねないため、役所はこの土地の固定資産税を取っていないそうだ。

 それでも、フェンスを張って見張ったりして、この土地に関しては完全にうちと久美子の家は損をしていると聞いた。

 

 神社が二つあっても、神職イコール除霊師とは必ず言えないので、俺と久美子の両親もこの土地を立ち入り禁止にする以外手がないというわけだ。

 もし俺の祖父さんが生きていれば……そういえば、生前優秀な除霊師だったと聞く祖父さんは、この土地を除霊・浄化しなかったのであろうか?


 今度、両親から詳しい話を聞いた方がいいかもしれないな。


「それにしても……」


「裕ちゃん、どうしたの?」


「レベルが上がらないな。やっぱり」


 俺と久美子はパーティを組んだ状態なので、久美子が怨体なり悪霊を退治すれば、俺にも経験値は入る。

 ところが、怨体を一定数浄化する度にレベルが上がっていく彼女と違って、俺は一つもレベルが上がっていなかった。


「今の裕ちゃんの強さとレベルだと、〇ラクエでレベル90超えの勇者が、スライムを十匹や二十匹倒してもレベルが上がらないのと同じようなものだと思う」


「みたいだな。無理しないで限界まで続けてくれ」


「わかったよ、裕ちゃん」


 それから一時間ほどで、久美子は三百体を超える怨体の退治に成功した。

 もうそろそろ疲れてくる頃だし、大分怨体も減ったみたいなので今日はこれでいいだろう。


「お札、補充しないとな」


 チラシの裏に筆ペンだけど、怨体なら余裕で消せる。

 経費がかからず経験値を得られて得したな。


「ふう……裕ちゃん、私レベル15になったよ」


「順調だな。暫くはこんな感じで怨体を倒していけば……来たな」


 様子見、偵察で出した怨体が多数浄化されてしまったので、霊団を率いる悪霊が気になったのであろう。

 一体の悪霊がこちらに突進してきた。


「裕ちゃん!」


 レベルが上がった成果が出たようで、悪霊が見えた久美子はその場に立ちすくんでしまった。

 見えればの話だが、一見怨体と悪霊とは区別がつかない。

 どちらも見た目は似ているからだ。

 ところが、強さが全然違う。

 C級除霊師ならば、よほど準備しなければ低級の悪霊にも不覚を取ってしまうケースが多かった。

 ベテランC級除霊師が素早く悪霊を除霊しているように見えるのは、実は怨体で、除霊ではなく浄化しているケースが大半だったりする。


 そのくらい、悪霊とは厄介な存在なのだ。

 勿論、新人C級除霊師が二人いたって敵うものではない。


 だが、今の俺なら別だ。


「何者だ? お前は霊団のボスではないな?」


 これだけのエリアを進入禁止領域にしてしまうほどの悪霊のボスが、この程度の悪霊であるはずがない。

 こいつも霊団に所属している、ボスの使い走りというわけだ。


「ワガナハ、トダカサンザエモン! トダカビンゴノカミノオトウトナリ!」


「戸高備後守の弟?」


 兄の戸高備後守は、霊団を率いて完成したばかりのマンションを占拠しているはず。

 その弟の悪霊が、どうしてここに?

 そもそも、戸高備後守が再び活動を開始したのは、マンションの敷地にあった首塚を不動産屋が壊してしまったからだ。


 あの首塚には、戸高備後守の一族や家臣の首塚も兼ねていたはずで、その弟がどうして首塚に入っていないのであろうか?


「しかも、なぜ悪霊の霊団でパシリを?」


「ブシヲバカニシオッテ! コロス!」


「駄目か……俺の両親か久美子の両親が、詳しい事情を知っているのかな?」


 情報が得られないのであれば、もうこの悪霊に用事はない。

 レベルもC級ほどで、怨体よりは圧倒的に強いが、今の俺なら余裕で勝てる。


「霊団のボスに宣戦布告だ! お前は地獄に落ちろ!」


 俺は、残っていたチラシの裏に筆ペンで書いたお札を、こちらに突進してくる悪霊に向けて投げつけた。

 

「アツイィーーー!」


 お札に触れた悪霊は青白い炎を出し、断末魔の声をあげながら消滅してしまう。

 同時にお札も燃えてしまい、あとにはなにも残らなかった。


「向こうの世界の死霊に比べたら弱いな」


 そのせいであろう。

 C級の悪霊を倒しても、俺のレベルは上がらなかった。


「あっ、レベルが18になった」


 やはり、同じパーティだと経験値は平等に分配されるようだ。

 俺と悪霊の戦いを見学していた久美子のレベルが、一気に三つも上がってしまうのであった。





「『戸高裏山』と『裏森』と『糞池』を占拠している悪霊の正体か? 知ってるぞ」


 訓練を終えて家に戻った俺は、父に侵入禁止領域を占拠している悪霊の正体を聞いてみた。 

 すると、父はその正体を知っているという。


「例のマンションを占拠している霊団のボス戸高備後守の庶兄葛山刑部だ」


「兄なのに、苗字が違うのか」


「昔は、血筋とか色々と面倒だったんだよ」



 

 地元の戦国大名戸高氏が高城氏によって滅ぼされてしまった時、討死した戸高備後守の母親違いの兄葛山刑部は、高城氏側に裏切って独立しようと画策した。

 ところが、その卑劣な行為を高城氏側に批判され、彼は裏切り者として処刑されてしまったそうだ。

 

「それで?」


「母親の身分が低いからという理由で戸高姓を名乗れずに、葛山姓を名乗っているくらいだからな。弟に含むものがあったからこそ裏切ったのであろう。どういうわけか、戸高備後守の同腹の弟戸高三左衛門も、なぜか一緒に裏切って処刑されてしまったらしいが」


「その弟も、戸高家の家督に野心があったとか?」


「そんなところかもな。お互い独立して、領地を分け合うとかいう密談でもしていたのかもしれない」


 今日俺が倒した悪霊が、その戸高三左衛門だったはずだ。

 なるほど。

 生前の行動がセコイから、霊団でもパシリ役にされてしまったわけか。


「葛山刑部と戸高三左衛門の首は、糞池に投げ捨てられたとも言われている」


 なるほど。

 だから、戸高山の北斜面側は立ち入り禁止なのか。


「その葛山刑部の悪霊って強いの?」


「亡くなった祖父さんが手を出さなかったくらいだからな。祖父さんはB級除霊師で、この戸高市でも有名な人だったんだ。除霊で得た金で、当時管理する者もなく放置されていたこの神社も修復され、私も神職になれた。隣の戸高山神社も修復して、神職として相川さんの亡くなったお父さんを入れたのも祖父さんでな。祖父さんと、先代の相川さんは幼馴染同士で仲がよかったそうだ」


 なるほど。

 当時無人で荒れていた両神社を修復し、神職を置く金を稼いだのは、亡くなった祖父さんだったのか。

 初めて聞いたが、B級除霊師というのは凄いと思う。

 C級五百人の中から一人出れば上等だからな。


「裕、お前。まさか葛山刑部の悪霊を除霊しようとか思っていないだろうな? C級でも除霊師になれて仕事もこなしているから自信がついたんだろうが、あれは厄介な悪霊だからやめておけ。第一、B級の祖父さんだって手を出さなかったのだから」


 葛山刑部が率いている霊団は、B級除霊師だった祖父さんでも手を出さなかったのか。

 とはいえ、その弟である戸高三左衛門の悪霊はそんなに強くなかったような……。


 まあいい。

 明日も久美子の訓練を兼ねて、あの場所に行ってみれば霊団の規模とかもわかるであろうから。






「……って、君は霊団のボスだよね?」


「コノトチニタチイルモノハシネ!」


「もう他に、悪霊どころか怨体もいないから、こいつがラスボスか」


「調子に乗って倒しすぎたかな?」





 翌日も、裏森のフェンスを越えて中に入り、久美子にお札で怨体の浄化を連続して行わせた。

 大分レベルも上がったため、一体浄化したら霊力が尽きるということもなくなり、慣れもあって久美子は順調に怨体の群れを駆逐していく。


「ワレハ、オオザキタカノブ! トダカケイチノゴウケツダ!」


「だってさ、久美子。悪霊の除霊も大丈夫なはずだからやってみな。フォローはちゃんとするから」


「わかったよ、裕ちゃん」


 葛山刑部の家臣を名乗る悪霊が数体いたが、昨日の戸高三左衛門よりも弱そうなので、除霊を久美子に任せることにした。

 さすがにチラシの裏に筆ペンでは問題あるので、今日は文房具屋で購入した半紙に市販の墨汁と筆を使って書いている。


「相変わらず、字が下手だね。裕ちゃん」


「効果があれば問題ないから……」


 字が上手くても、ちゃんとお札を書けない奴なんてゴマンといる。

 だから、俺の字が下手でもなんの問題もないのだ。


「えいっ!」


「カラダガキエテイクゥーーー!」


 やはり、半紙とちゃんとした墨で書いたお札は威力が違うな。

 久美子にお札を投げつけられた悪霊は、青白い炎に包まれながら消滅してしまった。

 除霊されて、今頃は地獄の門を潜っているはずだ。


 悪霊が除霊されて天国に行った話は聞かないし、悪さもしているので地獄行きでまったく問題ないはずだ。

 数体の自称葛山刑部の家臣を名乗る悪霊たちを除霊し終わると同時に、いよいよ真打の登場となった。

 葛山刑部本人の悪霊が、俺たちの前に姿を見せたのだ。


 一人だけなので、この二日間で彼に従う怨体と悪霊をすべて退治してしまったのであろう。


「一人は寂しいか?」


「オマエハコロスゥーーー!」


 これまで数百年もこの地を占拠し、侵入してきた人間を呪い殺してきただけあって、葛山刑部は、その力の源である配下の悪霊や怨体を全部消されて怒っているようだ。

 悪霊になってもボッチは嫌なようだな。

 

「殿様体質なのかな?」


「裕ちゃん、そういう問題かな?」


「大名の親族で家臣もいたから、ボッチには耐性がないのかもしれないな」


 一人に弱い、霊団のボスか。

 意外とありそうだな。


「キサマァーーー! シネェーーー!」


 どうやら、俺の挑発で葛山刑部の悪霊は完全にキレてしまったようだ。

 怒りで我を忘れ、俺に向かって突進してくる。  


「残念だったな。俺はこれまでの人間とは違うぞ。怒りで我を忘れて、わざわざ除霊されにくるとはな。『霊鎖』」


「ナッ!」


 葛山刑部の悪霊が俺の目前にまで迫った瞬間、これを予想して仕掛けていた霊力の鎖が彼を絡め取った。

 さらに、この霊力の鎖には治癒魔法の特性もある。

 悪霊が触れれば、大火傷に近い状態になってしまうのだ。

 葛山刑部の悪霊は、霊力の鎖が触れた部分から盛大に白い煙を吹き出していた。


「ウゴケナイ……アツイィーーー!」


「B級ってところかな?」


 B級でも霊団を作られてしまうと、A級除霊師でも単独では除霊が不可能になる。

 この土地は山の斜面と森と池なので使い道もなく、除霊する金もなくて放置されていたのは事実だったわけだ。


 それも今日で終わるわけだが。


「アツィーーー! クサリヲトレェーーー!」


「数百年も大変だっただろう? 地獄で新しい仲間でも見つけるんだな。『聖々陣』!」


 俺が魔法名を唱えると、動けない葛山刑部の悪霊の足元に青白い魔法陣が浮かび上がってくる。

 人間にかけると治癒魔法であるが、悪霊からすれば業火に焼かれたに等しい。

 葛山刑部の悪霊は、続けて魔法陣から吹きあがった青白い聖なる炎に包まれた。


「アツイィーーー! ヤメロォーーー!」


「と言われてやめる奴はいないな」


「聞いたことも、見たこともないよね」


 ましてや悪霊の命乞いなど、聞くだけ無駄というものだ。

 悪霊は元々死んでいるから、命乞いというのも変なのか。


「ソンナァーーー! ヨンヒャクネンイジョウモコノチデェーーー!」


「居座り過ぎだろう。居住権は人間にしかないので悪しからず」


「チクショォーーー!」


 最後に青白い炎が高く昇った直後、葛山刑部の悪霊は完全に消滅してしまった。

 これで完全に成仏したというわけだ。


「あとは、念のため」


 まだ残っている『聖々陣』を広げて『戸高裏山』と『裏森』と『糞池』を探ってみたが、もう怨体一体すら残っていないようだ。

 いたら、その場で煙が上がるので気がつく仕組みであった。


「これで終わり」


「裕ちゃん、これでこの土地は安全になったってことだよね?」


「そうだな」


 四百年以上もこの土地を占拠していた葛山刑部の悪霊だが、向こうの世界にいる死霊やアンデッドに比べると弱いな。

 これで単独のA級除霊師が手を出せないなんて、この世界の除霊師は俺が思っていたほど強くないというわけか。


「それは、裕ちゃんが強くなり過ぎたんじゃないかな?」


「うーーーん、向こうで死なないように頑張っただけなんだけどなぁ」


「それに、私ももうレベル32だって。葛山刑部の悪霊の経験値が凄かったみたい」


「そうなのか! なら俺も!」


 急ぎ自分のステータスを確認してみるが……。


「レベルが上がってねえ!」


 どうやら、向こうの世界でレベルを上げすぎたようだ。

 この世界に戻ってから、俺のレベルは一個も上がっていなかった。

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