第6話 除霊師業再開

「なるほど、そんなことがあったんだね」


「まあ色々と大変だったけど、得るものも多かったというわけさ。しかし、よく信じるよな。久美子は」


「その話をしている時、裕ちゃんの目が寄ってないから」


「それがあったな!」





 節穴だらけの父とは違い、久美子には俺の変化を気がつかれてしまったので、時間をかけて説明する羽目になってしまったが、久美子ならいいやという思いもあった。

 それを知ったからと言って、彼女が変わるとは思えなかったからだ。


「四人で死霊王デスリンガーを退治か。大変だったんだね」


「ああ、大変だった」

 

 何度か、これは駄目かもと思ったこともあったな。

 その度に涼子さんたちと協力して、ますますチームワークが深まったような気がする。


「四人のうち三人は女性だったんだね」


「そうだな」


 唯一の男性として、俺はリーダー役も務めて大変だった。

 桜さんは最初、なかなか俺をリーダーとして認めてくれなくてな。


「みんな同年代で、美少女だったんだ」


 みんな、学校では静かに過ごせないだろうなという美少女ばかりだったな。

 深窓の令嬢涼子さん。

 巨乳で可愛らしい桜さん。

 金髪美少女で、活動的な愛実さんと。


 うちの高校に転入してきたら、きっと男子生徒たちは大騒ぎであろう。

 それぞれ別の世界に戻っていったが、もし久美子がいなければ、一緒に向こうの世界に残ろうと誘ってしまったかも。

 

「みんな元の世界に戻ってしまったけど、いい友人にはなれたと思っているんだ。久美子ともきっといい友達になれただろうにな……って、久美子さん?」


「どうかしたの? 裕ちゃん」


「いや、なんでも……」


 久美子は笑顔で俺の話を聞いているのに、なぜか急に背筋が寒くなったので、これ以上その話はやめてこう。


「ところで、それだけ苦労したってことは除霊師としても腕を上げたってことだよね?」


「それは間違いない」


 レベル、ステータス、特技、装備、アイテムはそのままだからな。

 とはいえ油断は禁物だ。

 この世界の悪霊と怨体、向こうの世界の死霊とアンデッドには大きな違いがあるかもしれないからだ。


「今の裕ちゃんなら、かなり余裕かもね」


「油断は駄目だ」


 どんな些細な油断でも死に繋がる。

 俺は実際に、それが原因で死んだ人たちを何人も見てきたからだ。


「となると、やっぱり実際に除霊の仕事を受けて確認するしかないよね」


「一番堅実な方法だな」


 いくら向こうの世界では、数千の死霊・アンデッド軍団と毎日戦ったりしていたとはいえ、この世界での俺はC級除霊師でしかない。

 低級怨体の浄化で様子を見るのが妥当といったところだ。


「とりあえず、普通に依頼を受けるかな。確か、決められた数の怨体を浄化して、そのあとに低級の悪霊を退治できればB級のはずだ」


 除霊師は大半がC級のままで終わるが、B級になれればその扱いが大きく変わる。

 まずはコツコツと実績を積むしかない。


「ようし、私も頑張るよ。裕ちゃんは強くなってしまったけど、私も少しでも追いついて、裕ちゃんの傍に立っていたいもの」


「久美子」


「裕ちゃん、おかえりなさい」


「ただいま」


 久美子の笑顔を見た俺は、今改めて元の世界に戻ってきたことを実感したのであった。





「本日の依頼は、戸高総合ビルの屋上。先月このビルから飛び降りた自殺者の悪霊が残した怨体の浄化が仕事だね」


「怨体だけ残ったのか……」


「B級除霊師の人が悪霊は除霊したんだけど、一体だけ怨体を見過ごしたみたい」


「よくある話だな」





 翌日の夜。

 俺と久美子は、早速除霊師としての仕事を行っていた。

 先月、このビルの屋上から飛び降りた中年男性の霊が悪霊化してしまい、それをとあるB級除霊師が浄化したそうだ。

 ところが、悪霊が生み出していた怨体の存在に気がつかず、そのまま依頼を終わらせてしまった。

 このB級除霊師は悪霊の除霊依頼を受け、それを無事達成しているので、日本除霊師協会としても文句は言えず、中途半端に残った怨体の浄化を俺たちに依頼したというわけだ。

 悪霊が事前に生み出していた怨体を見逃す除霊師というのは珍しくなく、それを見逃しても除霊師にペナルティーはない。

 なぜなら、悪霊の除霊という依頼自体は達成しているからだ。


 一緒に怨体も退治していればもっと評価されたであろうが、実は怨体浄化分の依頼料は出ないので無視する除霊師も少なくないのだ。

 事前の調査で怨体を見逃していた日本除霊師協会の責任もあるし、C級除霊師に仕事を残しているという考え方もあり、大抵この話題になると関係者は意見が別れてしまう。


 俺たちからすれば、『依頼があってよかったね』というのが正直な感想だけど。


「じゃあ、屋上に行く前に装備の確認だ」


「裕ちゃん、神職の人みたい」


「実家は神職なわけだけど」


「私もそうだよ」


「知ってた」


 せっかくの神々からの贈り物なので、俺は以前の白衣をやめて最強の装備に身を包んでいた。

 これなら悪霊から攻撃されても、なんらダメージは受けないはずだ。


「私の分もありがとう」


「気にするなって」


 久美子も、以前向こうの世界で使っていた巫女服を……勿論俺が巫女服を着ていたら色々と問題なので、久美子と背格好、胸も大きさも似ている桜さんが使っていた装備であった。

 

「仲間の女の子の巫女服なんて手に入れて、裕ちゃん、欲求不満で……」


「人聞きの悪いことを言わないでくれるかな?」


 これは彼女の予備の装備で、俺が空いている時間に修復するため、お守りに入れていただけだ。

 返すのを忘れてしまい、かといってもう返却もできず。

 そこで、久美子に使ってもらうことにしたのだ。


「俺の装備と同じで、特殊な霊糸で作られているから、並の悪霊の攻撃ではノーダメージだな」


「凄い」


 巫女服と麻沓。

 頭には、霊糸で編まれたリボンで短くポニーテールが結ばれていた。

 普段の久美子は髪をそのままにしているので、頭の防御と、髪が揺れて視界を塞ぐのを防ぐためだ。


「武器は?」


「はい、これ」


 俺は、同じく予備の笏(しゃく)を久美子に渡した。


「武器になれって念じてみな」


「こうかな?」


 笏(しゃく)は、全長百五十センチほどの木の棒になった。

 

「樹齢が長い神木の枝だから、霊力を篭めて殴れば悪霊と怨体にダメージを与えられるはずだ」


 ただし、今の久美子の霊力だと、全力で一発殴ると霊力が枯渇してしまうはずだ。

 できる限り使わないよう、久美子に言い渡した。


「しょぼーーーん。もっと霊力がほしいよ」


「それは今後の努力次第ということで」


「頑張るよ!」


「では、早速……」


 向こうの世界ではできたので試してみたのだが、俺は久美子をパーティに編入すると心の中で念じた。

 すると……。




相川久美子(巫女) 


レベル:1


HP:20

霊力:8

力:8

素早さ:10

体力:8

知力:15

運:30


その他:★★★



 うーーーん。

 今のところは弱い。

 でも、新人のC級除霊師は、みんなこんなものだったりする。

 そういえば、最初の涼子さんたちのステータスはもっと酷かったな。

 前の世界では、霊とは無縁の世界で生活していたからだ。


 あと、どうやらパーティメンバーに登録するとレベルやステータスが出現するようだ。

 その他の★は、もっと強くならないと出現しないのだと思う。

 なにもなければ、★の表示など出ないからだ。

 涼子さんたちもそうだった。


「久美子、ステータスオープンって心の中で唱えてみて」


「わかったわ。ステータスオープン!」


 いや、別にわざわざ声に出さなくてもいいんだが……。

 なにも事情を知らない人たちの前で叫ぶと、危ない人扱いされるからやめた方がいいと思う。

 

「そうだね、ちょっと危ない人だと思われるものね。私、弱っ!」


「C級の平均はこんなものだと思う」


 E級かD級の怨体にお札をぶつけて一日一体しか浄化できない人が大半なのがC級で、霊力が8ってのは妥当な数字だと思う。

 消耗した霊力の回復力にも差があって、俺は霊力10が一日で回復したが、久美子は二日で8回復という感じのはずだ。

 今までの久美子は、二~三日に一度しか怨体を退治できていないのだから。

 

「私、今までに六体のE級怨体を倒したけど、経験値ゼロだったのかな?」


「俺がパーティに入れないと、レベルやステータスは出ないんだ」


 昨晩、パーティに入れないでそっと父と母に試してみたけど、ステータスは表示されなかった。

 パーティに入れたら表示はされたけど、二人とも除霊師としての才能はゼロなので、霊力は1しかなかった。

 さすがに1では、どうにもならないと思う。


 あと、基本的に霊力がゼロという人はいない。

 以上、除霊師豆知識からでした。


「裕ちゃんが仲間にしないと駄目なんだね。そうかぁ」


 久美子、なにがそんなに嬉しいんだ?


「まずは、屋上にいる自殺者の怨体を消滅させよう」


「私の魔法で?」


「無理だし、久美子は魔法なんて使えないだろう?」


 除霊師の中にも、稀にお札なしで直接霊力を飛ばしたり、特別に作ってもらった武器に霊力を篭めて悪霊を退治できる除霊師もいることにはいた。

 A級か、将来A級確実の天才にしか、そんなことはできなかったけど。

 それと、お札を使わないと霊力の消耗が激しいのだ。

 一枚お札を使っただけでほぼ霊力が尽きてしまう久美子に、お札なしでは怨体の退治すら難しいであろう。


「お札は、書いた人の力量、紙と墨の品質で大きく効果が左右する。例えば、日本除霊師協会が販売している正規品。五千円のお札を使うと二倍の攻撃力になるんだ」


 自分の霊力8と、お札の効果で霊力16と同じ攻撃力になるわけだ。

 昔の俺だと、霊力10と、お札の効果で20。

 一万円のお札だと五倍の効果になるので、久美子は霊力40、俺は霊力50と同じ威力になる。


「Eランクの悪霊は、最低14~20は霊力がないと消滅させられない」


 C級除霊師は、お札を使わなければ最低ランクの怨体すら浄化できないわけだ。

 しかも一日一体が限界で、霊力の回復量が低いと、一週間に一体間隔でしか浄化できない人もいた。

 除霊師はB級になれれば食えるというのは、あながち間違った話ではないのだ。


「もう一つ、日本除霊師協会のお札は品質的に信用できる」


 同じ値段のお札なら、同じ倍数の攻撃力になるからだ。

 細かく品質管理をしているからであろう。

 高いのも仕方がないというわけだ。


「これからは使わないけど」


 俺も、向こうの世界でお札の書き方を覚えられた。

 自分でお札を作れると、コスト面で圧倒的に有利だからな。


「そしてこれが、俺が作ったお札です」


 俺は、昨日の夜に作ったお札を久美子に手渡した。


「裕ちゃん……」


「どうだ? 凄いだろう」


 久美子よ。

 幼馴染の成長した姿を誇るがいい。


「裕ちゃん、相変わらず字が下手だよね」


「字の上手い下手は、お札の質に関係ないから……」


 ここで、字が下手って言うか?

 事実だけど、傷つくだろうが!


 ここが誤解されがちなのだが、お札に書かれた文字の上手い下手でお札の効果に差など出ない。

 ただ、そのお札にいかに上手く霊力を籠めながら必要な文字を書けるかなのだ。

 だから字が下手でもいいんだ……いいんだよ!


「そうなんだ……あとさ、これって筆ペンで書いてるよね? あと、紙も裏が白いチラシを切ったやつだね。一昨日の『ニコニコマート』で、卵88円(税抜き)お一人様一点限り。トイレットペーパー198円(税抜き)お一人様一点限り。裕ちゃんの小母さんとうちのお母さんが、オープン直後に駆け込んだのを覚えているから」


 久美子。

 それは指摘しない方が……。

 地方の神社なんて、そんなに儲かる仕事じゃないんだから……。


「それもまったく問題ない」


 当然、品質のいい和紙、有名な職人が作った筆、高品質の墨でお札を作れば、その効果は倍増する。

 俺も強い悪霊が相手ならそういうお札を使うし、お守りにはストックも沢山あった。

 だが、E級怨体にそういうお札を使うのは勿体ない。

 スライム一匹に、〇オナズンをかけるようなものだからだ。


「これで下級の悪霊まで大丈夫な計算だ。かなり安全圏を取って計算しているから、中級の悪霊でも大丈夫」


「裕ちゃん。そのお話、お札を書いている人たちが聞いたら怒ると思うな」


 怒るかもしれないが、俺も高品質のお札を書く技術を命をかけて習得したのだ。

 命をかけてレベルを上げたからこそ、知力が上がって高品質なお札の製造技術を会得できたのだから。

 

「話さなければいい」


「話さないけどね。お札を書いている人に知り合いもいないし」


 お札を書ける人は、本当に少ないからな。 

 それこそ、ほぼ日本除霊師協会が全力で囲い込んでしまうくらいに。

 そのことで色々と除霊師たちに批判されているのも事実だけど、日本除霊師協会の品質管理がなければ、質の悪いお札や偽物のお札を使って悪霊に殺される除霊師が増えるから仕方がない。

 そこまでしても、定期的に密造品の安いお札を使って死んでしまう除霊師はいるけど。


「とにかく、もしもの時は俺が久美子を守るので、怨体に使ってみな」


「裕ちゃん、やってみるよ」


 久美子は、ビルの屋上の端に佇んでいる怨体に近づいた。

 情報どおり、中年男性のようだ。

 素人で霊が見える人は悪霊と感違いするのだろうけど、怨体は負のエネルギーを溜めた悪霊から分離した残留意志のようなものなので、正確には悪霊ではない。


「クソッ! ジブンノシッパイヲ、オレニオシツケヤガッテ!」


「上司のミスを押しつけられ、会社をクビになって自殺した人みたい」


「そんな感じがするなぁ」


「じゃあ、浄化します」


 怨体と悪霊との最大の差は、悪霊はそれでもまだ交渉の余地が残っていることもあるが、怨体は霊ではないので消すしかないところであろう。

 久美子が俺特製のお札を怨体に投げつけると、怨体は一瞬で消えてしまった。


「すごい! 本当に効果あるんだね。このお札」


「じゃなきゃ渡さないよ!」


 とはいえ、チラシの裏に筆ペン書きのお札に信用がないのは仕方がないので、俺は久美子にあまり言い返せなかった。





「あっ、レベルが上がった」


「本当だ」


 久美子が怨体を倒した直後、彼女のレベルが2に上がった。


相川久美子(巫女) 


レベル:2


HP:20

霊力:0

力:10

素早さ:11

体力:9

知力:17

運:33


その他:★★★



 

 思ったよりも成長率がいいので、久美子はちゃんと鍛えようと思う。

 

「E級の怨体一体でレベルって上がるの?」


「いや。多分、これまでに久美子が倒した六体分の怨体の経験値込みだろうな」


「裕ちゃんが倒した分もあるよね」


「除霊師としてデビューして以来、一緒に行動していたから同じパーティ扱いなのかな?」


「それもあるね」


 どうやら俺がパーティに入れなくても、除霊師が悪霊や怨体を倒すと経験値自体は入るようだ。

 ところがレベルは上がらない。

 俺がパーティに入れて新たに経験値を入手すると、これまで貯めていた経験値と合わせてレベルが上がる仕組みなのであろう。

 

「霊力が0になっちゃった。あと、HPも変わらないね」


「それは回復していないからだ」


 俺は、『霊力補充』と『ヒール』を久美子にかけた。

 すると、HPは30に、霊力は15になった。

 ちゃんと成長していたようだ。


「これは効率悪いな」


「二~三日に一回、怨体を一体浄化するだけだからね」


 今のペースだと、なかなか久美子を成長させられない。

 なにか効率のいい経験値稼ぎを模索するべきだな。


 それとは別に、今日は一人頭一万二千円の報酬になった。

 日本除霊師協会への上納金は同じだが、お札のコストがゼロになったのが功を奏した形となったのであった。

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