第5話 三年ぶりの幼馴染
「えん罪のせいで、山腹の祠に戻る羽目になったがちょうどいい。色々と確認することもあるからな」
三年ぶりに元の世界に戻ってきた俺だが、いきなり掃除をサボっただろうと父から叱られてしまった。
向こうの世界で鍛えた身体能力を駆使して急ぎ下山したら、掃除をサボるため祠に行かず、山道を途中で戻って来たのだろうと、父から叱られてしまったのだ。
せっかく面倒な祠掃除の時間を短縮する身体能力を得たというのに、これからも一時間は時間を潰さないと駄目なのか……。
仕方がないので、俺はもう一度山腹の祠に駆け上がり、洞窟の中で色々と確認することにした。
それでも、向こうの世界で鍛えた甲斐があったな。
山の斜面を三分とかからず駆け上がれるのだから。
問題は、次に祠の掃除を頼まれた時にどうやって時間を潰すかだな。
「取りあえず、『ステータスオープン』」
向こうの世界から、死霊王デスリンガーを倒す勇者パラディンとして召喚された俺たちであったが、現地の人たちとの決定的な差はレベル制とステータスだと思う。
自分の能力を冷静に判断し、確実に死霊王デスリンガーを倒せるようにするため、ステータスがつくのは召喚された勇者パラディンだけだそうだ。
どうして神様に、『数字でステータス表記をするのか?』と聞いたら、『数字が一番わかりやすいでしょう? まだ未熟なのに無謀な行動をされて死なれると困るから』と言われ、納得したのを覚えている。
広瀬裕|(パラディン)
レベル:687
HP:6678
霊力:12567
力:897
素早さ:657
体力:1028
知力:566
運:999
その他:刀術
随分と簡素なステータス表示だが、これでも参考にはなった。
レベルに関しては、パラディンは死霊・アンデッドを倒すと経験値が手に入るのだが、経験値表示はないので、どのアンデッドを倒すとどのくらいの経験値が入るのか、いくつ経験値を貯めるとレベルが上がるのかは推測の域を出なかった。
随分とレベルが高いような気もするが、実は死霊王デスリンガーを倒した時点で150くらいレベルが上がっている。
さすがは邪神というか、それだけ奴が強かったことの証明になるのだが、死霊王デスリンガーを倒したあとにレベルが上がっても……と思わなくもない。
でも、RPGゲームならあとはエンディングだけだが、俺の人生はこれからも続く。
そう思えば、大量のレベルアップは損ではないのか。
きっと、神様からのボーナスみたいなものだな。
今の俺は随分と鍛えられた。
この世界でも、除霊師としてもっと活躍できるはずだ。
まずは、B級を目指すかな。
「あとは……装備だな」
この世界に戻ってくる時、俺は祠を掃除していた時に着ていた私服に着替えていた。
そりゃあ、死霊王デスリンガーと戦っている時の装備で、父に『掃除が終わった』と言いに行ったら疑われるので、着替えて当然だ。
服装では疑われなかったけど、家に戻って来た時間が早すぎて、祠の掃除をサボったなと父から叱られてしまったけど。
「装備品である、『神々シリーズ』を持ち帰れたのは幸いだったな」
死霊王デスリンガーを倒すため、神々が授けてくれた最強の装備。
アーデル王国に没収されることも覚悟していたけど、ルード宰相が『神々から貴殿らに直接与えられたものを奪えるはずがない』と言われ、首に下げた袋状の『お守り』に入っている。
このお守りはアイテムボックスのようなもので、向こうの世界から持ち帰った品が入っていた。
このお守りも神々からの贈り物で、どうしてこれが与えられたかというと、パラディン以外の人を荷物持ちにして死霊王デスリンガー討伐の旅に同行させても、すぐに死んでしまうからだ。
さらに、死んだ人間が悪霊化して俺たちを襲うので、俺たちは訓練が終わるとほぼ四人だけで移動して死霊王デスリンガーを目指した。
そのため、アイテムボックス的な道具が必要だったのだ。
「烏帽子(えぼし)、狩衣(かりぎぬ)、笏(しゃく)、袴(はかま)、麻沓(あさぐつ)。全部揃っているな」
俺は、男性神職の常装とまったく同じ格好で戦っていた。
実家が神社で馴染みがあり、除霊師の仕事をする時にも白衣と袴姿だったからだ。
神様たちが言うには、俺が一番力を発揮できる装備の形状なのだそうだ。
パラディンだから騎士の格好なのかと思ったのだが、あくまでもパラディンは称号でしかないからそんなことはなかったというわけだ。
俺が騎士の格好をしても似合わないからな。
勿論普通の常装ではなく、神様たちが自ら特殊な糸を紡ぎ、布を織り、縫って作ったそうで、オリハルコン製のフルプレートよりも防御力に長けていた。
武器に関しては、神刀『ヤクモ』は普段あまり使ってはいけないことになっていた。
とはいえ、神刀『ヤクモ』は生物を斬ってもダメージを与えられない。
一見すると日本刀のような鋼の刀身があるのだが、生き物を斬ろうとしてもなぜかすり抜けてしまうのだ。
生物には一切ダメージを与えられない代わりに、霊やアンデッドには絶大な効果を発揮する。
邪神すら滅ぼせたからな。
実際に地面の蟻を斬ってみたが、本当になんらダメージを与えられず刀身がすり抜けてしまった。
かなりピーキーな性能の刀だけど、人を斬るなんてことに縁がない俺にはちょうどいい武器であった。
それと、向こうの世界の神官・聖職者は、戦闘で刃物の使用を制限されており、そういう刀でなければ所持を認められていないというのもある。
パラディンは、教会の権威と利権のため神官扱いだったからだ。
俺たち以外の神官たちは、徒手空拳で戦う『聖堂武術』と棒、槌など刃がついていない武器の使用が盛んであった。
それで不都合がないのかと思うかもしれないが、死霊王デスリンガーやアンデッド軍団に対し普通の刃物で斬りつけてもダメージすら与えられないので、特に問題はなかった。
どんな武器でも、それに『聖なる霊力』が篭っていなければ、死霊やアンデッドにダメージを与えられない。
これが、いわゆる普通の魔物・モンスター退治との差だと思う。
こちらの世界では除霊師が刃物を使うなという制限もなく、なら自由に使えると思ったら、そういえば銃刀法の壁があったのを思い出した。
B級以上になれば除霊師に対し刀の使用許可が出やすいと聞いたが、今は他人に見せない方がいいだろう。
その代わり、笏(しゃく)を武器として使用する。
笏(しゃく)は持ち運びが便利なので擬態させており、俺が念じるとオリハルコン製の棒になるのだ。
これに霊力を篭めて殴れば死霊やアンデッドを除霊できるし、そのまま殴れば死霊とアンデッド以外にもダメージが与えられる。
パラディンは強いのだが、生物への攻撃手段に乏しいのが欠点かもしれない。
その代わり、死んでいる者に対しては驚異的な戦闘力を誇るのであるが。
「あとは、追々。お札と霊水もちゃんとあるな」
死霊王デスリンガーとの戦いは、基本的に少数対圧倒的な多数という構図であった。
死霊王デスリンガーは、死んでいる者にはどんな無茶な命令でも出せるので、アンデッドの大軍団が俺たちを襲うことがよくあったのだ。
当然武器だけでは手が足りないので、空いている時間に作成したお札と霊水、あとは魔法だが、これは基本的には治癒魔法である。
生きている人にかけると怪我や病気が治るが、死霊やアンデッドに対しては濃硫酸をかけたようなもの、と言えばわかりやすいか。
毎日のように沢山の死霊とアンデッドを倒していれば、レベルが500や600を超えても不思議ではないというわけである。
「強さはそのまま。お守りの中に入っていた品もそのままか。よかったよかった」
この世界に戻ってきたのでアイテムは没収、レベルは1に戻ります、ということはなかったようだ。
特に、お札や霊水を取り上げられないでよかった。
この世界の除霊師の中にも、日本除霊師協会からお札を購入せず、自分で書いて使っている人もいるが、その数は本当に少ないと聞く。
A級除霊師の中にも、自分でお札を書ける人は滅多にいないと聞いたことがあった。
「自分でお札を書ければ、その分利益率も上がる。霊水は向こうの世界にしかなかった除霊道具だし、魔法に、霊力を篭めた武器による攻撃と。攻撃手段が増えたのはよかったな。霊力も上がっているので、一日一体、E級の怨体を退治するだけで霊力切れになるなんてこともないはず」
向こうの世界に召喚されてから自分のステータスを確認したら、霊力が10しかなかったからな。
高いお金を出して日本除霊師協会のお札を使っても、E級の怨体を一体浄化してしまうとほぼ霊力が尽きてしまう。
その数値が、10というわけだ。
今なら、一日にE級の怨体なら千二百五十体倒せるな。
面倒だし、同業者の仕事を奪うことになってしまうから、そんなことは絶対にやらないけど。
ちなみに、他の三人はもっと霊力が低かった。
涼子さんは6、桜さんは4、愛実さんに至っては2だったからな。
今は俺とそう違わないので、それだけ向こうの世界での成長が著しかったわけだ。
霊力12000に比べれば、10も2もそう変わらないと言われればそれだけだけど。
「一人で色々と確認していたら一時間経ったな」
もう家に戻っても、父は祠の掃除をサボったとは言わないはずだ。
俺は洞窟を出ると、またも一直線に山を駆け下りるのであった。
「ジィーーー」
「なんだよ? 久美子」
「裕ちゃん、さっき私と別れてから二時間と経っていないのに、もの凄く大人びた気がする」
「気のせいじゃないかな? 少年は成長が早いんだよ。『男子三日会わざれば刮目して見よ』って言うじゃん」
「まだ三日も経ってないけど」
「……」
この世界の時間では一時間半ぶりだが、三年ぶりに会った久美子はさすがは女性とでもいうべきか、俺を見るなり疑いの目を向けてきた。
父は俺を見ても、なんらその変化に気がつかなかったというのに。
そういえば父も男なので、あまり細かいことは気にしない性質なのであろう。
「ここ三年ほど、急に身長が伸びた裕ちゃんに見下ろされ続けてきた私が思うに、裕ちゃんは身長が二センチくらい伸びています。果たして、人間が一時間半で二センチも身長が伸びるでしょうか?」
「伸びる人もいるかもしれない。決めつけはよくないと思います」
向こうの世界で戦ってた三年。
俺たちは加齢しないという話だったが、さすがに体の成長までは止められなかったようだ。
確かに、召喚前は百七十五センチだったけど、今は百七十七センチあった。
二センチくらい気がつかれないはず……実際、父は気がついていなかったというのに。
父は母から『鈍いにもほどがある』とよく言われていたので、まったくあてにならないと言われればそれまでだが。
「顔が少し細くなったと思います。痩せた? 一時間半で?」
「山道、キツイですねぇ」
「裕ちゃん。あの祠の掃除、小学生の頃からやってるじゃん」
畜生、マジで久美子は鋭いな。
確かに、顔は少し細くなったかもしれない。
でも、痩せてはいない。
逆に体重は少し増えているのだ。
向こうの世界で厳しい鍛錬と、肉主体の食事。
脂肪が落ちて、筋肉がついたわけだ。
プチ〇イザップな感じか?
「はっ! 裕ちゃんのちょっとプニプニしていた体に筋肉が!」
「こらっ! 俺の服を脱がすな!」
こういう時、幼馴染は恥じらいがなくて困ってしまう。
俺のシャツの、腕の部分を捲って二の腕についた筋肉を確認したかと思ったら、今度はお腹の部分を捲って人生で初めてできたシックスパックを触り始めたのだから。
「洗濯板ぁーーー」
「久美子はプニプニ」
「プニプニじゃないもん! ちょっとグラマーなだけだもん!」
あまりガリガリの女性もどうかと思うので、それでいいと思うのは俺だけか?
「ううっ……裕ちゃんが私に隠し事をしている……裕ちゃんの部屋にある本棚に差さった、辞書のカバーの中に入っているDVD三枚の存在と合わせて」
くそぉ!
三年ぶりに戻ったら、どうして俺の尊厳にかかわるような事案で攻めてくるかな。
久美子!
それはなかったことにしておけよ!
「それは別にいいけど、裕ちゃんはこの一時間半で色々とあったのは私にはわかる。それを私に話してくれないのは裕ちゃんが決めたことだから仕方がないけど、話してもらえないのは悲しい」
「久美子……」
俺は、久美子を悲しませてしまったのか。
向こうの世界で厳しい訓練や、死霊王デスリンガーたちと死闘を演じていた時、俺はいつも早く久美子に会いたいなと思っていたくせに。
久美子は、俺の変化に気がついていたというのに。
「裕ちゃんが話したくないのなら仕方がない。うん、裕ちゃんにも色々と事情があると思うんだ。そんな絶対に話してくれないと嫌だとか、それは私の我儘でしかないんだから」
「実は、そういう切実なとか、ちょっとトラウマ背負いましたとか、そういう事情はない」
ただ単に、洞窟の祭壇を掃除していたらいきなり別の世界に飛ばされてしまい、そこで三年間悪の神と戦って戻ってきたけど時間はほとんど経っていませんでした、なんて説明して信じてもらえるか不安だっただけだ。
「私は裕ちゃんのことを信じているから」
「久美子」
そうだよな。
久美子は俺の幼馴染で、これまでずっと一緒だった。
そんな彼女が、俺の言うことを信じないなんてあり得ないのだ。
彼女を疑うような真似をして、俺はなんてバカな男なんだ!
俺は、自分という人間が恥ずかしい!
「ぶっちゃけ、裕ちゃんって嘘を言うとすぐにわかるんだよね。目が段々と寄ってくるから」
「なんてこったい!」
三年間もあんなに厳しい環境で訓練していたら、その癖も直ると思っていたのに!
残念ながら俺は、いまだ他人に嘘がつけないという弱点を抱えたままであることが判明したのであった。
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