第2話 突然の召喚

「安倍清明(あべ せいめい)かぁ……。日本の除霊師の第一人者じゃないか。よく来てくれたものだ」


「その人が出てくるということは、戸高備後守の悪霊は相当厄介ってことなんだろうね」


「そうなんだろうけど。安倍清明ともなれば、同じくらい厄介な依頼が舞い込み続けているはず。戸高ハイムを優先する理由ってあるのかね?」


「コネとか? 有名な除霊師だから、そういうのありそうだよね」


「かもしれないな」






 アパートの一室での浄化から一週間後。

 今日は浄化の依頼もないので、俺と久美子は実家の神社を箒で清掃していた。

 共に、平日にはお年寄りが参拝に来る程度の静かな神社だが、当然毎日清掃しなければならず、両親にその時間がない時は、俺と久美子の仕事にされていた。


 二人とも跡継ぎだからというのもあるか。


 二人で白衣に着替えてから、境内の落ち葉などを箒で掃いている。

 わざわざ白衣に着替えなくても見ている人はほとんどいないと思うのだが、着替えないと両親に叱られるので仕方がない。

 それなのに、どんなに綺麗に掃除しても家の手伝いなので報酬は出ず、それなら怨体の浄化でもしていたい気分であった。


 ところが今日は生憎と仕事はないそうで、日本除霊師協会戸高支部に電話で問い合わせた時、世間話で例の戸高ハイムの悪霊を、安倍清明とその一党が除霊することになったという話を聞いたのだ。


 安倍清明は、その名のとおり安倍晴明の血を受け継ぐ除霊師の大家であった。

 安倍晴明は陰陽師として有名だが、現在その子孫は除霊師として有名というわけだ。

 その一族には高名な除霊師が多く、彼らなら戸高備後守も除霊できるはずだと、日本除霊師協会の受付にいるお姉さんが安心したように電話口で話していた。


 俺もそう思うけど、この世の中に絶対はないのも事実である。

 とはいえ、もし彼が失敗しても俺たち新人C級除霊師に出番などないと思うが。


「俺たちにどうこうできる話でもないし、手伝えと言われたわけでもないからな」


「安倍一族って、親戚家や家臣家も合わせると世界でも有数の除霊師一族だもの。人手は十分だから、私たちに出番なんてないよ。そもそも手伝える実力もないもの」


「それもそうだ」


 話に聞くところによると、現在安倍家に厳密な意味での本家は存在しないそうだ。

 初代安倍晴明から代を重ねた結果、徐々に嫡流当主の力が落ちてしまったそうで、今では全一族の中で一番実力がある人が当主に選ばれる仕組みだそうだ。

 さらに、指名された当主以外は安倍の姓を名乗れないとも聞いたことがあった。

 当主の座を譲った時点で、隠居する先代ですら苗字を変えてしまうらしい。


 つまり、安倍を名乗る除霊師は、間違いなく日本で一番の実力を持つというわけだ。

 当主に選ばれなくても実力がある分家当主も多く、他にも親戚筋でそれなりの実力を持つ家や、代々安倍家に仕えている家臣の血筋でも実力者が多数存在している。


 安倍家は除霊師の育成にも熱心で、多くの見習いを受け入れていたから、除霊に連れて行く除霊師の数も十分なはず。

 安倍家は当主の実力のみならず、親戚や家臣たちの動員能力、資産もあるのでお札や他の装備品などの補給態勢も万全といわけだ。


 安倍一族は、代を経るごとに集団で悪霊に対峙する体制に移行しつつあった。


「おーーーい! 裕! 山腹の祠の掃除も頼むぞ」


「わかった」


 ようやく境内の掃除が終わったと思ったら、父から次は戸高山の山腹にある小さな祠の掃除も頼まれた。

 山の麓に並ぶようにして建立された俺と久美子の実家、『戸高神社』、『戸高山神社』が共同で管理している小さな祠は戸高山の山腹にある洞窟の中にあって、そこも定期的に掃除しているのだ。

 山腹なので移動が面倒……というほど戸高山は高い山ではないので、往復一時間もあれば終わるはずだ。

 これも家の手伝いなので、アルバイト代は出ないけどな。


 そう思ったら、面倒になってきた。


「私も手伝うよ」


「いや、久美子は手水舎の掃除を頼むよ。その方が効率いいし」


 まだ両方の神社の手水舎の掃除が残っているので、俺はそれを久美子に任せることにした。

 二人で一緒に祠の掃除をしてから手水舎に取り掛かるよりも効率的だからだ。


「そうだったね、まだ手水舎が残ってたね」


「だからさ、俺が祠の方をやっておくから」


「わかったよ、裕ちゃん」


 俺は、久美子に手水舎の掃除を任せて戸高山を上り始めた。

 ちなみに、この戸高山とその周辺の土地は、うちと久美子の実家が半分ずつ所有しているそうだ。

 両家とも大地主ではあるのだが、戸高山とその周辺の土地は両神社の聖域扱いなので開発もできず、そのためなんら利益を生み出さないので、両家ともに金持ちというわけでもなかった。


 山腹の祠は、正直なところなにを祭っているのかすら不明であった。

 云われもよくわからず、祖父さんの代から共同で管理する仕組みになっている。

 そもそも、両神社ですら建立された経緯は不明だそうだ。


 とは言っても、両家とも亡くなった俺の祖父さんの代から両神社を所有して管理を始めたそうで、云われというほど歴史もないというのが現実であった。

 ただ、祖父さんが来る前から両神社は存在していたそうだ。

 誰が管理していたのかも不明で、当然建立した人物もである。

 祭っている神すら不明で、それでは色々と都合が悪いので、表向きは戸高山に住まう土着神を祀っているということにしているそうだ。


 初詣や七五三、お祓いに来る人はあまりそういうのを気にしないし、元々神道はその辺が緩いので、特に問題もないらしい。

 

「到着っと」


 山の八合目付近の岩場に、目的である洞窟があった。

 この中に小さな祠があり、そこを俺が定期的に掃除しているわけだ。

 洞窟は大人が数人入れば一杯になる狭いもので、一番奥に小さな祭壇が置いてあった。


「そんなに汚れていないな」


 子供の頃から父に言われてよく掃除しているが、いつ見てもこの祠はなんのためにあるのかよくわからないな。

 祭壇の中心にある小さな鏡を見ると、俺の顔が写っていた。

 俺はよくも悪くも普通で、もう少しイケメンだったらモテ街道を驀進……久美子がいるから別にいいのか。


 そんなことを考えながら掃除をしていると、一瞬だが鏡が光ったような気がする。

 この洞窟の中に日の光が差し込むなんてあり得ない……と思ったら、また鏡が光った。

 一体なんなのだと鏡に注目すると、段々と鏡の光る間隔が狭まっているように感じ、ついに鏡はずっと光を放ち続けるようになってしまった。


「光源もないのに、どうやって光っているんだ?」


 さらに鏡は光の強さを増していき、ついには目を開けられなくなってしまった。

 とにかく眩しくて、俺はその場で目を閉じてしまう。


「一体これは……外に出ないと……」


 とにかく今は外に逃げないと。

 このままここにいると、碌な目に遭わないような予感がしてきた。

 ところがますます光は眩しくなり、今では目を閉じていても眩しい。

 もはや動くことすら叶わずその場に立ち尽くしていると、今度は急に眩しさが収まっていた。

 これでようやく目が開けられる。


「どうしてあの鏡は急に光った……あれ?」


 目を開けると、そこは洞窟の中にある祭壇の前ではなく、なぜかかなり大きな石造りの建物の中であった。

 そして周囲には多くの人たちがいて、俺を見ている。

 彼らの外見は西洋人であり、姿格好は中世ヨーロッパ風の、まるでファンタジー世界の住民のようであった。

 鎧を着た騎士たちに、軽装で槍を持った兵士たち、ローブ姿で杖を持った老人、神官服らしいものを着た人たちもいた。


 そして一段高い壇上には豪華な椅子が置いてあり、そこには若い女王様のような人が座っていたのだ。


「大成功ね! これで四人全員揃ったわ! 死霊王『デスリンガー』を倒せるであろう、異世界から呼び寄せた四人の勇者たちがついに全員揃ったわ!」


「なぜ日本語?」


 西洋人にしか見えない若く美しい女王様っぽい人は、なぜか日本語を話してた。

 そして俺は、彼女のせいで強引にここに連れてこられたらしい。


「あのぅ……突然のことで申し訳ないのだが……」


 俺は一人ハイテンションで喜び続ける、いかにも空気が読めなさそうな女王陛下の傍にいた、いかにも大臣風の老人に声をかけられる。 

 とても人がよさそうで、さらにもっと苦労人に見え、その顔には『ごめんなさい』と書いてあるような人物に見えた。

 きっと、あの空気が読めなさそうな女王陛下のせいで苦労のしっ放しなのであろう。


「突然ここに召喚されたことで酷く混乱しているであろうし、我らへの怒りもあることは理解している。だが、我らにも苦しい事情があるのだ。身勝手と思われるかもしれないが、話を聞いてもらえないだろうか?」


「はい」


 ここでゴネても状況が改善するとも思えず、まずは老人の話を聞くことにした。

 とにかく事情を聞いてみないと、これからどうするのかという選択肢すら出てこないからだ。


「ワシの名は、ルード・デリス。このアーデル王国の宰相をしている」


「それは日々大変でしょうね」


「まぁ、それなりにな」


 いまだ俺の召喚に成功したことで、おかしな踊りを続けている女王陛下を見ていると、この人はとても苦労してそうな気がしてならなかった。


「実は、この世界は死霊王デスリンガーによって滅亡しつつある」


 死霊王デスリンガーは、この世界の生きとし生ける者すべてを殺し、この世界を死霊とアンデッドで満ち溢れる世界にしようと、すべての生物の殺害を目論んでいるそうだ。


「数多の王国や亜人たちも滅ぼされ、今ではこのアーデル王国のみが国家として辛うじて生き残っている状態なのだ。亜人たちなどはわずかな生き残りが我が王国に保護されているのみで、国家の再建には気の遠くなる程の時間がかかるであろう」


 人間と亜人は幾度も連合軍を編成し、死霊王デスリンガーが率いる死の軍団と戦ってきた。

 ところが、その度に死の軍団に敗れて大きな犠牲を出し、多くの王国、町、村が滅ぼされ、その地は死霊とアンデッドの楽園となってしまった。


「生者と死者は相容れぬ。死霊王デスリンガーは、我ら生きとし生ける者をすべて死霊やアンデッドにすれば、この世界から争い事が消えると思っているようだが……」


 全員死んでいる者で構成された世界ならば、仲間割れや勢力争いもなくなるという理屈か。

 俺はそんな上手い話はないと思うんだよなぁ……。

 結局死者同士でも争いが起こりそうだ。


「死霊王デスリンガーの考えが正しいのかどうか、我らにはわからぬが、そのまま素直に殺されるわけにいかないのだ。だが……」


 残念ながら、この世界の人間と亜人には死霊王デスリンガーと彼が率いる死の軍団に対抗するのに必要な能力が不足していた。

 それは、死霊やアンデッドを除霊・浄化させる能力であった。


「この世界の人間は亜人も含め、聖なる力。治癒、破邪などの力が、死霊王デスリンガーたちに対抗できるほど強くないのだ」


 そこで、その力を持つ者を他の世界から召喚し、なぜか俺が召喚されたというわけか。

 新人除霊師で、C級の実力しかない俺が。


「あのぅ……どう考えても能力不足なんですけど……」


 俺はルード宰相に、今の実力について正直に説明した。

 変に期待させるのも可哀想だし、今の俺がいきなり強敵と戦わされたら実力不足で死んでしまうからだ。

 俺だって普通に命は惜しい。


「というわけでして……ちょっと色々と厳しいかなって」


「なるほど、そなたの世界にも悪霊を退治する仕事があるのか」


「あるんですけど、俺はまだ新人だし、実力も一流にはなれないかなと」


 これから死ぬほど努力したとして、二流になれるかどうかというところだからだ。

 はっきり言わせてもらうと、あの女王陛下のことだから、召喚する人を間違ってしまった可能性が高いと思う。

 なにしろ、いまだにおかしな踊りをやめない女王陛下なのだから。


「(女王陛下は、父王様の討死により急遽跡を継がれましたので、為政者としてはまだ未熟。ですが、巫女としての能力はピカ一なのです。召喚者を間違えることはありません)」


 と、ルード宰相が小声で教えてくれた。

 主君に対し、為政者としては微妙だと、聞こえるように言えなかったからであろう。


「召喚される基準は、今現在の実力ではなく、潜在的な能力を基準としています。貴殿は、まだこれから実力が大幅に伸びると判断されたのでしょう。当然、能力を伸ばすためのフォローは全力でいたしますとも」


「わかりました。ところで、俺は元の世界に戻れるのでしょうか?」


「はい。確実にあの召喚された場所、時間に戻しますので」


 死霊王デスリンガーを倒せば、元の世界に戻れるというわけか。 

 しかも、あの洞窟の祠の中に、この世界に召喚されたのとほぼ同じ時間に戻してくれるという。


「戻れてもお爺さんになっていたりして」


「その問題にも十分配慮しますし、死霊王デスリンガーを滅ぼすのに何十年もかかったら、我らも終わりですから」


 もはやこの世界は、あと数年で死霊王デスリンガーを滅ぼさねば立ち行かなくなるほど疲弊しているのか。


「わかりました、引き受けましょう」


「ありがとうございます」


 俺は、ルード宰相からの要請を引き受けた。

 今のところ元の世界に戻る術もないし、女王陛下はまだおかしな踊りを続けているけど、ルード宰相は常識人で色々と苦労しているみたいで、断ると可哀想な気持ちになってしまったのだ。


 それともう一つ、俺が死霊王デスリンガー退治を引き受けた理由もあった。


「ここで実力を伸ばせば、俺も将来はB級除霊師くらいにはなれるかもしれないし」


「貴殿、随分と現実的な性格なのですな。ワシと気が合いそうだ」


「そうですかね?」


「ええ……女王陛下は、ちょっと浮世離れした人なので……巫女としての実力はピカ一で、とてもいい方ではあるのですが……」


「あの女王陛下を見ていると、そういう気がしてきました」


「でしょう?」


 こうして俺は異世界に召喚され、死霊王デスリンガーを滅ぼすべく戦いに身を投じることになるのであった。


 なお、女王陛下はまだおかしな踊りを続けていた。

 誰か止めてあげた方がいいと思う。

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