異世界帰りのパラディンは、最強の除霊師となる

Y.A

第1話 プロローグ C級除霊師二人

「久美子、この『怨体』はE級で、最下級という評価でいいよな?」


「そうだね、裕ちゃん。最下級のEで問題ないと思うよ。日本除霊師協会の下見でそう評価されているから、まず間違いないはずだよ。そんなに心配?」


「念のためってやつさ。それじゃあ消すか」


「そうだね」






 草木も眠る丑三つ時……までは遅くない夜、俺ともう一人の相棒は、夜のアルバイトに従事していた。

 夜のアルバイトとはいっても別にウォーター系の怪しい仕事というわけではなく……霊障の解除なので、その手のことを信じていない人から見れば怪しくはあるのだが……インチキでも、ましてや違法行為ではなく、世のため人のためになる仕事であった。


 古より人類は、悪霊が関わる様々な災いを受けてきた。

 恨みや未練を持って死んだ人間の霊が悪霊化し、それが時には悪神にまで成長して大きな災いをもたらした。

 力のある悪霊や、時には生きている人間の生霊がまるで災厄のように、人間や、人々が暮らす土地・建物などに災いをもたらす。


 そこで、それらを退治する除霊師という職業が古より存在し、今でも世界中で多くの除霊師たちが活発に活動していた。

 除霊師になるための条件はただ一つ。

 一定以上の霊力を保持し、最低限、霊本体から分離した『怨体(おんたい)』を退治できるかどうかである。


 人が死ねば一定の割合で悪霊になるとはいえ、さすがに悪霊自体はそれほど沢山存在していない。

 そんな悪霊たちの中でも、長年除霊されずに生き残っているものとなると、その数はかなり少なかった。

 除霊されていない悪霊にしたって、現時点では除霊できる除霊師がいないのでそのままだが、封印や監視により、通り魔的に人に害を成すことなどは滅多にない。

 大半が地縛霊化しているため、その場から動けないというのもある。

 ただ、稀に封印や監視から上手く逃げ回ってる浮遊霊的な悪霊も存在しているのも事実。

 さらに、悪霊からは定期的に分身体とも言うべき『怨体』が発生しており、除霊師の、特に俺たちのように実力の低い除霊師の相手は、この怨体がメインであった。


 とはいえ、力のある悪霊の怨体は下手な悪霊よりも厄介だったりするので、我々除霊師は己の力量をよく考え、浄化する怨体の強さを見極めないといけない。

 自分の力量をよく考えず、強い怨体や、ましてや悪霊を退治しようとして殺される除霊師は、毎年数十名規模で発生するそうだ。


 すぐに新しい除霊師が補充されるので問題はないが、俺としては勝てもしない怨体や悪霊とやり合う気などない。

 なにしろ、除霊師はとても効率のいいアルバイトなのだから。


 俺、広瀬裕(ひろせ ゆう)と、俺の幼馴染にして、通っている戸高第一高校の同級生でもある相川久美子(あいかわ くみこ)は、地元戸高市北部にある小さな山、戸高山の山腹にある『戸高神社』、『戸高山神社』を管理している神職の跡取りであった。


 神職だから全員除霊ができるというわけでもなく、俺の一族と久美子の一族は、何代かに一度除霊師を輩出するのだと両親から聞いていた。


 代々とまではいかないためか、俺と久美子の両親には除霊師の才能がなく、普段は二つの神社の管理を生業としていた。

 両神社は戸高市内ではそれなりに有名な神社で、お正月や例大祭、七五三などが稼ぎ時というわけである。


 そういえば、亡くなった祖父さんが優秀な除霊師だったと聞くが、どんな人かは知らなかった。

 なぜなら、俺が生まれた時にはもう死んでいたからだ。

 写真しか見たことがなく、なんでもとある厄介な悪霊の封印に成功したが、その際に命を落としてしまったそうだ。


「さて、どっちのお札がいいか……」


「裕ちゃん、相変わらずお札の選定の時はケチ臭いよね」


「久美子はそうは言うがな。これは、俺たちの実入りを左右する重要な選択なんだぞ!」


 世間一般に、除霊師は儲かる職業とされている。

 有名な除霊師になると、テレビに出たり、会社を立ち上げて節税しなきゃとかなったり、とにかく儲かるらしい。

 あくまでも実力があれば、という条件がつくが。


 一部の成功者と、あとはピラミッド状に多くのワープア除霊師が存在するというのが、この業界の常識であった。

 除霊師のランクは、一体でも怨体を除霊できたらなれるC級、ある程度怨体と悪霊を退治し、日本除霊師協会が認めればB級に。

 さらに多くの怨体・悪霊と、日本除霊師協会が『札付き』と認めた悪霊を一体退治しなければなれないA級。

 日本除霊師協会が特別に認めた者だけが名乗れる、半ば神の領域に入ると言われているS級と。


 実力と実績によって厳しくランク付けされているわけだ。

 ちなみに、俺と久美子は一番下のC級である。

 正直なところ、今の俺たちに悪霊の相手は難しく、かといってこれから除霊師として大きな成長も期待できない。

 実家の神社を継いで、空いている時間に弱い怨体退治を受けるのが精々といった感じであろう。


 今日は、とあるアパートの一室に憑いた怨体の退治である。

 悪霊や生霊から怨念が分離してまるで本物の悪霊のようになり、人間に憑りついたり、その土地や建物などに居ついて近づく者に害を成す。

 素人には悪霊と区別がつかないケースも多く、それでも害はあるので、その『浄化』は除霊師の仕事であった。

 それも、俺たちのように実力が低い除霊師のといった方が正確か。


 稀に、強力な悪霊から分離した怨体がとてつもなく厄介な存在になるケースもあるが、そんなことは滅多にないし、俺たちのような末端新人C級除霊師にその手の浄化依頼がくるわけないので、あまり心配する必要はないと思う。


「安いお札で行けるよな?」


「大丈夫だとは思う」


 C級で新人扱いの俺たちなので、浄化依頼がきた怨体のレベルはE。

 怨体も悪霊もランク付けがされていて、EからA、S、SSまであるので、最低ランクの依頼であった。

 報酬は二人で三万円。

 高校生のアルバイトにしては高給だが、新人C級除霊師が怨体を浄化するにはお札が必要となる。

 これは自分で書いてもいいのだが、当然才能がなければただ和紙にお習字しただけで終わってしまう。

 お札が書けない除霊師たちの大半は、それを日本除霊師協会から購入せねばならず、お札の品質は保証されているが、その分価格は高かった。

 当然、お札の威力によってその値段は大きく変わる。

 今俺は、五千円のお札と、一万円のお札。

 どちらを使おうか真剣に悩んでいた。


「安全のために、一万円のお札でいいと思うよ」


「俺もそう思うんだが……」


 もし安い方の五千円のお札を使えば、一人頭九千五百円の収入になる。

 計算が合わないと思われるかもしれないが、依頼に成功して報酬を受け取ると、日本除霊師協会に二割、六千円を引かれてしまうのだ。

 完全にボッタクリだと思うが、除霊、浄化中に負傷したり怪我をすると少ないながらもお見舞金が出るので仕方がなかった。

 除霊師は保険に入れないか、保険料があり得ないくらい高いので、日本除霊師協会の補償に頼るしかないのだ。

 他にも各種サービスやサポート制度があり、それを受けるには報酬の二割を納めるしかなかった。


 そして一万円のお札を使った場合、一人頭七千円になる。

 浄化自体は一時間とかからず終わるため、高校生のアルバイトにしては割がいいが、危険な仕事の割には儲からないというのが現状であった。


「五千円の札で九千五百円か、一万円のお札で七千円か……悩む」


 二千五百円あれば、ラーメンと牛丼が何杯食べられるよと、俺は思ってしまうのだ。


「でも、二千五百円で怪我をすると赤字になっちゃうから」


「ええいっ! 俺はヘタレだ!」


 俺は定価一万円(日本除霊協会のみで独占販売)のお札を、マンションの空き部屋の隅にいたE級の怨体にぶつけた。

 すると、青白い炎を発しながら燃えるお札と一緒に、目標である怨体は消え去ってしまう。

 お手軽簡単な仕事だと思われそうだが、このお札を霊力がない人が使ってもなんの効果もない。

 さらに言えば、怨体を目視できない人も多いだろう。

 さすがにB級を超える怨体はほとんどの人が見えてしまうが、見えたからといって怨体を退治できるわけがない。

 たとえE級でも、無防備な一般人が襲われれば無事では済まないのだから。

 最悪呪い殺されてしまうので、一番レベルが低い怨体でも急ぎ浄化する必要はあった。


 怨体はランクの低いものほど簡単に発生するが、依頼料が安いので腕のいい除霊師はまず浄化の依頼を引き受けない。

 悪霊の相手で忙しいという理由もあるのだが。

 そんなわけで、低級の怨体を浄化するのは、俺たちのような同じく低ランクの除霊師たちというわけだ。


 


「今日も無事に終わったね」


「そうだな」


 移動時間も含めて一時間とかからずに終わったので、効率のいいアルバイトと思えばいいのか。

 俺たちの地元戸高市は地方の中堅都市であり、近年はベッドタウン化して人口が増えている状態だ。

 人が増えればその分人が死ぬわけで、悪霊と怨体が発生しやすくなる。

 怨体は生きている人間が作り出してしまうこともあるので、除霊、浄化の依頼は増えつつあり、俺たちのような新人C級除霊師にも定期的に仕事があるというわけだ。


「本日はありがとうございました」


「いえいえ、悪霊を退治するのが除霊師の仕事ですから」


 今日の仕事を依頼した不動産屋の若い男性社員に挨拶をすると、彼は俺たちに報酬が入った封筒を渡してくれた。

 不動産業界は、除霊師にとって一番といっていいほどのお得意さんである。

 販売・管理している物件で人が死ぬと、悪霊と怨体が発生しやすいからだ。

 新しい建物を建てる際、いわくつきの土地に手を出してしまい、そこから発生した悪霊の除霊を頼んでくることもある。

 物件の入居者が自殺すればほぼ100パーセント悪霊化してしまうし、孤独死で自分が死んだ事実に気がつけなかった人も悪霊化しやすい。

 悪霊になると定期的に怨体を生み出すようになる。生きている人間でも、仕事上のストレス、人間関係のトラブル、特に失恋が原因で怨体を生み出しやすかったりする。


 いわゆる瑕疵・事故物件の要因なわけだが、これを除霊・浄化するのも除霊師の仕事であった。

 今、不動産屋の若い男性社員に悪霊と言ったが、それは被害を受ける素人から見れば悪霊と怨体にはそれほど差がないからである。


 『相場より安い物件を借り、そこで夜寝ていたら突然金縛りに遭い、目を開けたら青白い顔をした若い女性の霊が立っていた』。

 こういうケースは、ほぼ怨体の仕業である。

 これがもし悪霊ならば、かなりの確率で呪い殺されることを覚悟しなければならない。

 そのくらい、悪霊というものは厄介な存在なのだ。

 その分、怨体に比べれば圧倒的に数は少ないが。

 

 怨体でもいれば事故物件なので、それを浄化するのも除霊師の仕事というわけだ。


「あの部屋を借りた人が、夜に若い女性の霊が見えると言って、入居してから一週間で逃げてしまいまして……あの部屋で誰かが死んだって話もないんです」


「よくあることですよ。他から来たのかな?」


「地縛霊の類ではないのですか」


「そうですね」


 実は、以前その部屋に住んでいた若い女性から出た怨体というのが正解だった。

 失恋したみたいだ。

 失恋のショックで怨体を生み出し、それが自分を振った男性のところに行ってくれたらよかった……よくはないけど……生み出した怨体に力がなくて、以前住んでいた部屋に留まっていたというのが正解であった。


 悪霊と怨体の区別は、除霊師にしかできない。

 素人さんに区別する方法を教えるのも難しく、そこで日本除霊師協会の人間が必ず現場を確認し、悪霊か怨体かの区別とそのランクを判断。

 地元支部に登録している除霊師の実力に応じ、浄化の仕事を割り振っていた。


 なぜいちいちそんな面倒なことをしているのかといえば、実は協会に所属していないフリーの除霊師も一定数存在し、彼らの中には素人さん相手にボッタクる奴もいるからだ。

 除霊もできないのに除霊師を名乗る詐欺師もいて、彼らのせいで除霊師とは胡散臭い連中だ、と思われていた時代もあったそうだ。


 今もそう思っている人たちはかなりいるけど。


 そういう悪評をなくすため、日本除霊師協会は誕生していた。

 しっかりした組織のため、運営に金がかかり、報酬から差し引かれる額は多いけど……。


 それと、どうして最初に様子を見に行った日本除霊師協会の除霊師がさっさと悪霊や怨体を退治しないのかというと、一部の実力者を除けば、除霊や浄化なんて一日に一件できれば御の字だからだ。

 もし最初の一件目で霊力を使い果たしてしまえば、二件目以降は悪霊や怨体のランク付けすらできなくなってしまう。

 

 現に今の俺だって、ただ一体の怨体に向けてお札を投げつけただけなのに、もう霊力を使い果たしているのだから。

 久美子に至っては、一度E級の怨体を浄化してしまうと、二~三日は間を開けないと浄化ができないほど。

 霊力とはそれだけ回復しにくく、C級除霊師の大半がその程度であり、除霊師は一部の実力者を除けばそう儲かる仕事でもないというわけだ。


「この部屋はもう普通に貸せるので安心しました。一番の問題である、『戸高ハイム』にはもう人が近寄れない状態ですが……」


「あそこは、私たちのような新人除霊師には手が出せませんよ」


「戸高支部の方からも同じようなことを言われました。今、日本除霊師協会の本部から高名な除霊師を呼ぶ手続きをしているそうです」


 戸高ハイムとは、一か月ほど前に完成したばかりの新築高層高級マンションであった。

 なかなかにハイソな造りで、家賃も戸高市の相場からすればかなり高めだと両親が言っていた。 

 ところがその戸高ハイムは、完成直後、悪霊たちによって占拠されてしまい、人に貸せない状態になってしまったのだ。


「戸高備後守の怨念は大きいのに、よくあの土地に手を出したよなぁ……って」


「私も地元の人間なので反対はしたのですが、うちの会社、今の社長は入り婿で他所の人間なんですよ」


「戸高備後守の祟りを甘く見ていたんですね」


「お嬢さんの言うとおりです。あそこは条件はいい土地なので、マンションの建設を強行してしまったのですよ」


 実は、戸高ハイムが建っている土地には元々首塚があった。


 地元の戦国大名、戸高備後守義時(とだか びんごのかみ よしとき)とその軍勢が、戦に敗れて多数の戦死者を出し、義時自身も討死してしまったのだ。

 その後、戸高氏を滅ぼした高城氏が供養の意味も込めて首塚を作ったわけだが、そのくらいでは討死した戸高備後守の無念は晴れず、悪霊化した彼自身とその家臣団によって高城氏は無嗣断絶にまで追い込まれた。

 その後、戸高を領有したのは、戸高一族で生き残った数少ない人物であった。

 彼が領主になったおかげで戸高備後守の悪霊は大人しくなったが、実は除霊されたわけではない。

 時は経ち、この若い男性社員が働いている不動産屋が首塚を壊してマンションを建ててしまったため、完成と同時に、戸高備後守とその家臣団の悪霊たちによって占拠されてしまったというわけだ。


 このマンションの建築に関しては、除霊師の才能が皆無ながらも俺と久美子の両親が強く反対した。

 首塚を壊してマンションなんて建てたらどうなるのかなんて、子供にでも容易に予想できたからだ。

 それでも不動産屋は、首塚のある土地が戸高市の中心部一等地にあることと、儲かりそうだからという理由でマンション建築を強行した。

 わざわざ隣の高城市から神主を呼んで地鎮祭を行ったのだが、戸高備後守が一番憎んでいる高城の神主に地鎮祭を行わせるなんて、火に油を注ぐようなものだ。


 ところがマンション建築中には一切トラブルがなかったので、不動産屋は戸高備後守の祟りなんて存在しないと安心しきってしまった。

 それが、狡猾な悪霊と化した戸高備後守の罠とも知らず。


「軽く見た感じ、戸高備後守の悪霊だけでAかSランク。軍団も合わせれば、普通の除霊師では除霊を断るかなって感じです」


「いくら積んでもですか?」


「結局、除霊できなければ報酬が貰えないわけでして、殺されるとわかって依頼を引き受ける除霊師はいないかなって」


「私と裕ちゃんなら、すぐに逃げ出しますね」


「ですよねぇ……多くの除霊師の方に同じことを言われました」


 勿論、命あっての物種というのが一番の理由であるが、もし除霊に失敗して除霊師が死ぬと、すぐに悪霊化してその悪霊と徒党を組むパターンが非常に多かったからだ。

 その結果、ますます除霊が難しくなってしまい、そのあと依頼を引き受ける除霊師がいなくなるという悪循環に陥る可能性が高いのだ。


「そうなると、余計に報酬を増さないといけない。今でも、十億円は出さないと引き受ける除霊師はいないと思いますよ」


「よく相場がわかりますね。さすがは同業者だ。今、十億円で交渉中です。完全に大赤字ですけど、あの悪霊マンションをそのままにしておけば、さらに赤字を垂れ流すだけなので」


 マンションを建築する際、不動産屋は首塚がある土地だけでなく、その周辺の土地も買収した。

 戸高市の中心部となれば、それなりの価格のはず。

 高級高層マンションなのでかなり建築費はかかっているし、入居者を募集してほぼ埋まっていたそうだが、悪霊のせいで貸し出せないとなれば、ここに入る予定で以前住んでいたところを退去してしまった人たちに対する補償も必要だ。

 なにより、このマンションと土地を持っているだけで高額の固定資産税がかかる。

 お上は戸高市の中心部に相応しいショバ代を取ろうとするし、悪霊のせいでマンションを貸し出せないという不動産屋の事情を斟酌などしてくれないのだから。


「ああ……今のうちに転職先探そうかな」


「そうした方がいいかも……」


「ちゃんと除霊できたところで、うちの会社が相当ヤバイのは誰が見てもあきらかですし……」


 悪霊絡みの物件のせいで資金繰りが悪化し、潰れてしまう不動産屋はそう珍しくない。

 今回のケースのように、除霊しきれない悪霊が封じ込められていた土地の封印を開発などで解いてしまい、その土地や物件のせいで増えた赤字で資金がショートしてしまうパターンが一番多いと、以前両親から聞いたことがあった。


「その前に、あそこを除霊できるような除霊師って忙しいので、そんなすぐには来ませんよ」


「そうなんすか?」


「色々と準備がありますから」


 売れっ子が忙しいのは、どの業界でも同じだからだ。

 それに悪霊が低級悪霊と怨体の集団を率いているので、一人で除霊などできるわけがない。

 応援を集めなければ駄目だし、お札やその他装備品の準備もある。

 報酬が十億といっても、実はそこまで巨大な悪霊集団の除霊ともなれば、経費で半分から多いと八割は飛んでしまう。


 実力があるだけでなく、組織力があるところに頼まなければいけないのだ。


「はあ……やっぱり転職先を探そう……」


 無事に怨体を浄化できたのに、不動産屋の若い男性社員の表情は冴えなかった。

 失業の危機なので仕方がないのであろう。


「それではごくろうさまでした」


 不動産屋の若い男性社員との世間話を終えると俺たちは家路へと着くが、その前に寄るところがあった。


「とにかくだ。無事に報酬も入ったことだし、帰りに牛丼でも食って帰るか」


「えーーーっ! 却下だよ」


「どうしてだよ?」


 まだ夕食を食べていないし、牛丼は美味しいだろうに。

 うちの両親は、今日親戚のお見舞いで家にいないというのもあった。

 俺は料理なんて作れないので、どこかで済ますしかないというわけだ。


「裕ちゃんは、もっと栄養のバランスとか考えないと。うちで食べさせてあげるから。それに無駄遣いは駄目だよ」


「……わかったよ……」


 子供の頃からそうなんだが、どうも俺は久美子に注意されると弱いというか……俺よりも身長が二十センチも低いチンチクリンなんだがな。


「それに、今度の週末に映画を見に行く約束を忘れたの? 外食はその時にしなさい」


「はーーーい」


 まあ、牛丼はその時でいいか。

 それに、うちも久美子の家も神社を管理しているけど、神職なんてそんなに儲かる仕事ではない。

 二人とも家を継いで、副業で除霊師もやるみたいな生活になるはずだ。

 将来に備えて無駄使いは避けるかな。

 もしかしたら、久美子とは幼い頃からの腐れ縁だけど、そのまま結婚するかもしれない。

 両方の両親がそれを望んでいるようだし、別に俺もそれが嫌というわけではない。

 嫌なら、一緒に除霊師の仕事をするわけがないのだから。


 それに久美子は結構可愛いから、学校でも人気があるからな。

 俺がいるせいで、他の男子からは告白されたことがないそうだが。


 とにかくだ。

 俺は、ずっと久美子と一緒に過ごす生活を不自然だと思わず、むしろ望ましいと思っていたのだ。

 ただ現時点では、友人以上恋人未満という感じかな?

 このあと、俺たちの関係がどうなるかは不明だ。


「どうかしたの? 裕ちゃん」


「いや、なんでもない」


「今日の夕食、私が作った肉ジャガもあるからね」


「それはいいな。俺、久美子の肉ジャガ大好物」


「楽しみにしていてね」


 俺も久美子も、派手に悪霊を退治して名の知れた除霊師になるなんて絶対にないはずだ。

 実家の神社を管理しながら、時おり除霊師として活動する。

 それが分相応だし、隣に久美子がいれば俺にまったく不満はなかった。


「裕ちゃん、早く帰ろう」


「そうだな。ああ、腹減った」


「そうだね。私もお腹減っちゃった」

 

 怨体の浄化が終わり、二人で話しながら帰宅の途につく。

 そんな俺は、どこにでもいそうな決して有名になれそうにもない除霊師であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る