第22話

 俺とヨゾラ、二人だけの甘い甘い配信の時間。

 それは俺の理性の柱をぽっきりと折り曲げ、原型もわからないくらいグニャグニャに溶かす。


「そう、そうなんだよ! 普段は割と清楚めなヨゾラが荒れるからこそのギャップ萌えというか……いやむしろ暴言はご褒美なんだって。なんだろう、素を見せてくれてる感がいいというか……」


 配信が始まって三十分。

 俺は内心に抱えるヨゾラへの溢れんばかりの想いをこれでもかとぶつけ続けていた。


 いや、最初は俺も気を付けていたのだ。

 普段の雑談枠の時みたいに障り当たりない話を、むこうから引き出すように聞き手に回って、うんうんと頷いて。話が上手く広がるように遠慮していた。


 配信では節度を持って、ライバーが不快にならず円滑に進むよう心掛ける。

 これは一星の子としての義務だし、全てのVtuberに、いや配信者に対して守るべき事だ。偶にいる自己中な連投や流れを無視した長文コメントはNG。荒らしなど論外。想いを伝えたり質問に答えたりして欲しいなら然るべき時に有料チャットを送るか、ツイッターに匿名質問が募集できる『質問箱』や『ましゅまろ』というサイトがあるからそっちを利用すればいい

 

 いくら視聴者が俺一人で会話をつないでいるとはいえ、あくまで配信。

 緊張も相まってその意識は中々抜けなかった。

尤も俺はそれでもよかった。ただヨゾラと話せるだけで幸せだった。


 だが――、


「……ねぇ、ムーンさん。せっかく二人きりなのに、いつもの配信みたいなほんとに感じでいいの? もっと私に言いたいこととか、ない? 私、ムーンさんが本当にしたいこと、したいな」


 見かねたヨゾラが出してくれた助け舟。

 それを聞いて、俺の理性は決壊した。


 ――そこからはもう止まらなかった。

 これまでの配信のよかったところとか、ヨゾラの好きなところとか、厄介オタクここに極まれりという酷い感情の吐露を、溢れる感情のままに俺は綴った。


「そっか、そんな風に楽しんでくれてたんだ。よかったぁ、正直不安だったんだ。エゴサしたら結構豹変ぶりに戸惑ってる人もいたみたいで……けど、ムーンさんがそう言ってくれるなら、安心出来るな」


 だが、彼女は嫌な顔一つせずむしろ嬉しそうに、その一つ一つに共感し、喜び、常に破顔して応じてくれた。


 まさに夢のような時間。

 俺は感じる気持ちの高まりそのままに、ひたすらにヨゾラのとの時間を楽しんだ。


 傍から見れば吐き気がしそうな程の甘い時間。

 その空気が変わったのは、どこか言い辛そうなヨゾラの空気を、さっきのお返しとばかりに俺が拾い上げた時だった。


「……ねぇ、ムーンさん。私からも一つ聞いていい?」


 意を決したヨゾラの声は、いつもより少しだけ低い。

 

「ムーンさんはなんで、こんなにも私の事を好きになってくれたの?」


 それは、いつか天ヶ原から聞かれた質問の続き。


――あんたに――ムーンさんにとって、星海ヨゾラってなんなの?

 窓越しに出会ったあの日、そう聞いた俺は「ヨゾラは俺の全てだ」と、そう答えた。

 それは紛れもない本心だ。だがあの時はそのわけまで話すことはしなかった。

 あくまでただのクラスメイトであった『天ヶ原乙羽』には、話す覚悟も理由もなかったから。


 だが今聞いてきているのは紛れもないヨゾラ本人だ。

 なら話してもいいか、と思う。

 むしろこれだけ想いを伝えたのだ。言うべき事なのだろうとさえ思う。


「俺は……俺がヨゾラを好きになった理由は……」

 しかしいざ言わんと口を開くと言葉が続かない。

 脳裏に傲慢な同居人の姿がちらついて、思いついた言葉がかき消されてしまう。


「俺は――!」


 それでも何とか言葉を捻り出し心内を伝えようとしたその時だった。


 ――突如、窓の外から唸りを上げてパトカーの甲高いサイレンが鳴り響いた。


 近所で何かあったのだろうか。玄関のカギ閉めたっけ。

 いや、そんなことはどうでもいい。今問題なのは、サイレンが互いの通話音声から聞こえたという事実。

 

 それはまるで、熱に浮かされ仮想世界に身を浸した俺たちを現実に引き戻す氷混じりの冷や水。

 俺たちの関係が一瞬、元のクラスメイト兼同居人へと戻る。


 互いに強烈な違和感を覚え、沈黙と一定のホワイトノイズが俺たちの間を支配する。


「あ、あはは。なんかごめんね変なこと聞いて。答え辛かったかな……」

 

 流石というか、現実に侵されそうになった所を引き戻したのはヨゾラの少し困ったような笑いだった。

 その後も少しぎこちなさはありつつも、Vtuberとして培ったヨゾラのトーク力のおかげで何とか持ち直した俺たち。

 そして、


「あ、そろそろ一時間、だね。……それじゃ、今日の配信はここまでかな。おつそら! また来週……ね?」


 最後までヨゾラでいる事を忘れずに。

週一回一時間の契約に従い、通話は切れ二人きりの配信は終わった。

 

名残惜しいから『ストリームは終了しました』と表示されている配信画面をそのままに、俺は夢見心地でふらふらと立ち上がりベッドへダイブする。


「はぁ……幸せだ」


 寝返りを打って、俺は余韻を噛み締めるように暗い部屋の天井を仰ぐ。

 

 途中不穏な空気になりかけたが、それを差し引いて余りあるくらい至福の時間だった。

 ヨゾラと二人きりで話せただけでなく、想いも伝えられて。

 天ヶ原にはもう何度か独白めいたことをしてしまっているけれど、やはりヨゾラ相手では感動が違う。

 ようやく、今日まで俺はヨゾラの為に動いてきたんだという実感が湧いた。


 ふわふわと全身を包む全能感を深く身に刻み付けるかのように。

俺は寝落ちするまでそのまま呆然とし続けた。



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学校一の美少女が裏では清楚系バーチャルアイドルをやっていた件 くろの @kurono__

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