私の画力、買いませんか?

きなこ

第1話 サイトで画力、買ってみました

「この人の描く手足、好きだなぁ」



 絵柄販売サイト【ワザウリ】の購入ページを見て、優奈は呟いた。

 細い線、長い手足、関節の描き込みはそこまでなく、スラリとしたシルエットが商品詳細に並んでいた。少女漫画向きの絵柄だと思った。

 自分の絵柄によく合いそうだし、何より今ハマっているジャンルにピッタリだ。推しの手足をこんな風に描けたら、どんなに楽しいことだろう。


 優奈は【購入】をクリックした。程なくして、画面には決済完了と表示される。


 優奈は早速、タッチペンを握った。このタッチペンは【ワザウリ】が独自に開発した代物で、大手の液タブ・板タブにも対応しており、【ワザウリ】を利用する場合は必ず購入する必要がある。少し高いが、購入する価値はあると世間では評価され、かなりの割合の絵描き人間が購入しているものだった。

 それを10分程握れば、利き手への絵柄のインストールは完了する。


 ーーーー今や、絵柄と画力を売り買いできる時代だ。



 *******************


「えーーっ! 優奈、絵柄買ったんだ!」


 コーヒーをゆっくりと傾けていた麻衣子は、勢いよくカップをソーサーに置いた。「高かったでしょ!」

「まぁ……奮発しちゃった、すごく欲しい絵柄だったから」優奈は肩をすくめて言った。「今月分のバイト代が飛んじゃったよ」

「ひぇぇ」麻衣子はセットで頼んだチーズケーキにフォークを刺した。底のビスケットが少し固いようで、カツンとフォークが皿に当たる。


 優奈と麻衣子はSNSで知り合った絵描き仲間だ。かつて同じジャンルで活動していたこともあり、公式イベントや夏の即売会にも一緒に行った。推しキャラの傾向も似ており、且つ同い年であったこともあった為、その後お互いのジャンルは変われど、関係が途切れることなく現在も仲が良かった。大学に上がった今、月に1回はオフ会をする仲だ。


 優奈も、頼んでいたモンブランを口に運ぶ。

「早速手がメインの構図で推し描いてみたんだ」

「おっ、どうだった?」

「いい感じだよ、想像以上に絵柄が馴染んでさぁ」優奈は右手を見て呟いた。「びっくりした」

 麻衣子はふぅん、と篭った返事をした。

「……手足がよくなったならさ、全身の動きがあるやつ描いてみたいよね」

「胴体の描き方が自前だからなぁ、まだ画力が追いついてないよ。しばらくは自分で頑張らなきゃなぁ」

「それが普通なのー!」

 麻衣子がコーヒーのお代わりを頼みながら突っ込む。これで4杯目だ。


 夕食も一緒に食べた後、二人は解散した。今日もよく話した。そんな満足感の中、優奈は足早に帰宅した。絵柄を買ってから、絵を描くのが更に楽しい。SNSのフォロワーも、少し増えた。

 風呂から上がると、すぐパソコンを立ち上げる。髪を乾かすのも忘れてペイントソフトのアイコンをペンクリックした。もうすぐハロウィンだから、仮装した推しを描くのもいい。

優奈は様々な格好の推しを思い浮かべた。魔法使い、ドラキュラ、パンプキン、ゾンビ…………どれも素敵だ。流石 我が推し、どんな格好をしても尊くなってしまう。反則じゃないか………。


 悩んだ末、ゾンビにした。本当は魔法使いが描きたかったのだが、今回はやめた。なぜなら購入した絵柄セットに服は含まれていなかったからだ。

 手足が出ていないと絵柄を買った意味が無い。せっかく高い料金を払って良い絵柄を買ったのだ。一番上手く描ける部分を描きたいし見せたい。でも胴体は描けないから服を着せよう。少し破けさせれば、それっぽくなるだろう。襲われる寸前というていで手を前に伸ばして、苦手な胴体をそれで隠した。大丈夫、全然誤魔化せている。


 アップしたハロウィン絵は、自己最高の『RT』と『いいね』を獲得した。RT後のコメントには推しへの賛辞が並んだ。火照る顔、高鳴る鼓動、独特の高揚感、もっと描きたい、もっと色んな人に見てほしい。

そして本当に嬉しく思う、推しを好きな人が世の中にはこんなに沢山いるのだ。共感コメントや絵の感想も沢山貰えた。



『優奈さんの描く手足、大好きです!』








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