プツン・・・・
「マチ!」
のたうち回ったマチに近づいて、抱き寄せたのは私だ。事態がまったく読みこめないで、疑問符が疑問符を呼びつづけているほんの数秒。周りにはもうふたりの女がいるのだろうが、そのときの私にはマチの姿しか見えていない。ただ、マチが死んでしまうんじゃないかと不安で、ひたすらに手がしびれていた。体温が下がってしまう。苦悶に歪んだその顔が冗談だったらいいのに。
「え? どういうこと? え?」
だれがマチをこうした? メリさんがなにかをしたようには見えなかった。だとしたらだれだ? ハナさんがやったように見えた。けれどそんなはずはない。ハナミズキさんが、マチに、私の大事な人間に、こんなひどいことをするはずがない。
「先生、知ってください。藤子・F・不二雄さんについていろいろ知ったように」
ハナさんが私の背後から声をかける。しかしそんなものに構ってなどいられない。とにかくこいつを担いで山を下りよう。それか救急車だ。スマートフォンを取りださないと……。
「知性をつかさどる石もあることですから」
首が飛んだような衝撃。
ハナさんに手を伸ばされると、皮膚が壊れてしまった。触れたところが熱いし、剥がれるし、もう無理だった。
「つっぅっっ……!」
地面、頬、痛い、苦い、土、痛い取れた……だめ。
マチにやったのと同じ電撃。ハナさんの手に握られていた、携帯電話よりもゴツゴツとした機械は青白い電を放っている。視界ではそう認識できているのに、痛みに支配されている私はただ、なにかが当たった場所に手を当てて転がっているだけだ。
脚が動く、足が動く。
「ねえ……やりすぎじゃない?」
メリさんはそんな私を見下ろしながら、額に汗して呟いた。不安と呼ぶべき表情が浮かんでいるのは、犯行がバレることを恐れているのか、またべつの要因か。
「やっぱり映画みたいに一発で気絶とかじゃないのか……」
しかしハナさんはスウェット姿の言葉にはなんの関心も持っていないようで、完全に無視を決めている。思ったより効かないのかなとボヤいている彼女は、さながら物語に出てくるシリアルキラーのような冷静さだ。
「おい……」
にじり寄ってくるのは同じく地面に寝そべっているマチ。自慢のパーカーを土まみれにしながら、それでもハナさんにむかって鋭く目線を飛ばしている。
「先生を……傷つけるな……」
話しかけられて、ようやくその存在を思いだしたらしいハナさんは、ネズミを軽蔑するような冷笑。
「はあ……あなた、うるさい」
すばやくかがみ、マチが反応するよりも前に、二度目のスタンガンを直撃させた。一発目はあんなに叫んでいたマチも、二度目のそれにはなす術も声もなく、ただ数回身体を震わせて、大地に突っ伏してしまった。
「マチ……!」
私はなにもできないで、ただ痛みに耐えているだけだった。情けない。なんでこんなことをしているんだ。
「おお、二発で飛んじゃったね」
愉快そうにしているハナさん。こんな表情、なにかの上に立つことが楽しくて仕方がないという悦びは、いけないことだ。
「じゃあ、先生にももう一回だね」
こちらに歩みを進める彼女が踏みしめる大地、葉の感触が、私の頭皮にも振動として伝わってくる。山と繋がっている私は、ただひたすら、動けない。
「……ハナさん……なんで……?」
もう、これくらいしか言いようがない。淡すぎる期待でメリさんと目を合わせるが、彼女は気の毒そうに目をつむって、これから起こることを見ないようにしてしまった。だれか助けて。
「なんで? なんででしょう?」
そんなことは考えたこともない。子供に本質的な質問をされた大人のように、ちょっと困ったらしい様子。
「分かんないけど……」
歯に力が入らない、私は身じろぎ以外に身体を使うことができない。
「私が、先生のことを好きだからだと思います」
マチを、助けてやってくれ。ほこりっぽい鼻。
「あんな子と、仲良くなるから……」
やってくるふたつの金属端、耳元に近づいてくるスズメバチの羽音は、あまりにも聴覚を独占するから、もう、気を失ってしまいそう。
こんなに、ただ、怖い。
白く溶ける。ある日の意識。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます