私とマチは、ひとりになっていく。

「そうそう、お金も貰えてとってもハッピーだったのにね。男の人でも年齢によって全然違う身体してるし、女の人の肌と比べっことかもできるから楽しいよ」

 好きな映画の話でもしているかのような軽薄さだ。マチはいたって真剣でもふざけているわけでもなく、自分の身に起こった興味深かったことをただ話しているだけなのだろう。が、性にまつわる出来事をほかのこととまったく同列に並べて捉える人間は、決してマジョリティではないし、同志を見つけることはむしろ困難だぞ。

「それって……援助交際じゃ……というか不特定多数と……」

 箱入り娘には毒がすぎるな、こりゃ。べつに言い争いに発展しそうな気配もないが、ハナさんがマチのボーダレスを簡単に受け入れられないだろうということは、この時点でも判断はつく。

「ん~そうかもしんないね」

 犯罪行為、法律違反。それでマチ自身が傷ついているわけでもないし、嫌がってすらいないのだから、私がとやかく言う権利はない。これは私とマチの関係がどんなものであるにせよ、普遍的だ。

「マチ、あんたの倫理観の欠如した倫理観にだれもがついてくると思うんじゃないの」

 しかしまあ、ハナさんも困っていることだし、ブレーキをかけさせねばなるまい。

「え~大丈夫だよ。もうする気もないからさ」

「はいはい」

 こっち見んな。

「……なんか……すごい話を聞いた気がする……」

 額に汗したハナさんはそれを手の甲で拭っている。失礼ながら、こういう話に縁があるタイプではなさそうだなと思っていたけれど、想像以上に想像のど真ん中な反応で、なんだか申しわけなく思えてくる。人には聞きたい話と聞きたくない話があって、彼女はこの手のセックスにまつわる話は苦手らしい。生徒時代はとうぜんそんな話をする機会もなかったから、知るのは今になってしまった。

「そんなことよりケーキ食べようよ、ミズキっち」

 彼女の慌てようを見て、さすがのマチも毛先にちょっとは宿っているらしい気遣いを発動させた。が、覆水盆に返らずとはよくいったもので、ハナさんの動悸は変わらず続いている。

「そうそう、衝撃的な美味さだよ」

 私も話題の変更には賛成だから、とりあえずは目の前のカロリーの塊についてコメントをしておく。

「砂糖と小麦を焼くなんてたいていのお菓子がそうなのに、ケーキってなんか特別な感じあるよね~」

 ぼやくマチ。

「そ、そうかも……」

 心ここにあらずというハナさん。

「同じ材料を使っているのに、なんだか不思議ね」

 お菓子を食べるたびに、それでもしみじみそう感心してしまう私。サナちゃんの返事に、こういうことを書こうかな。あまりにも自明。私の恋人だって知っていた真実。それでもたしかに、知っていればなにかを得られた気になる情報。

「やだな~先生。同じものを使ってるから、全部美味しいって思うんじゃん」

 マチは最後のひと口を平らげて、甘味にもんどり打った頬へ手を添える。あの日の恋人と大して変わらないようなことを言いながら。笑ってしまった私は頬杖を突いた。行儀はよくないが、手の平で表情を少し隠せるこの格好は、昔から落ち着くしぐさとして重宝している。

 横目で流し見る。私が少しずつ恋人の記憶に足を取られることがなくなっていく一方で、マチはこれまで築き上げてきたセックスフレンドたちの連絡網から脱出している。示し合わせたわけでもない。なにかへの準備のように、粛々と。

 私とマチは、ひとりになっていく。

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