黙れよ部外者


 三階、社会科準備室。そこに向かう前、アメノヒさんにはクラスに戻るように伝えた。最後の手がかりから、おおよその目標はついたのだ。探偵さんの役割はもう終わったし、シラスの中にいる子にも悪いような気もしている。それに、私へ真実を知らす存在は、ここから先の泥沼に立ち入るべきじゃない。


「……ここか……」


 もしここに誰かが、つまりは犯人がいなかったとして、とるべき手段はどこかの教室でメイク道具一式を借りに行くくらいだ。一五分でやれというのも心苦しいが、もう、そうするしかない。裸眼かメガネかも、選んでもらうしかないだろう。


 そしてもし犯人が、チカさんのポーチを奪ったやつがいたとするのなら。それこそアメノヒさんといっしょにそんな状況に陥るわけにはいかない。これは私が選んだことなのだ。あの台風の夜、絶対に彼女の文化祭を成功させると。誓ってしまったのだからしかたがない。協力を扇げる人だからといって、安易に甘えてしまってはいけない。敵陣にひとり乗り込む覚悟をした人間だけが、それを実行する権利と義務を持つのだ。返してくれと言ってそうしてくれる相手なら、最初からクソくだらない逆恨みなんか起こすわけもないのだし。


「お邪魔します」


 たのもう。というべきだっただろうか。どうせ格好つかないのだからと自重しておく。ガラリと音がして戸が開き、文化祭とは雰囲気がガラリと変わった空間に臆してしまいそうになる。いや自分、まだまだ余裕あんだろう。ほらいつもみたくダジャレを考えろ。いますぐにでも会いたい私の恋人のように。


「……あんた、誰?」


 談笑中だったらしい。


 誰かがいることを悟られないようにか、彼らは電気もつけないで座っていた。地図なんかが筒状に丸められて入っている段ボールの先、窓際にいくつかの椅子、その上で腰かけた三年生が四人。あの写真と同じ場所、同じメンバー。壁には一面の棚と敷き詰められた資料やハードカバー。


「……それ、返しにもらいに来たんですけど」


 部屋の中央には長机がひとつ。その上で彼らが座るすぐそば、黄色いポーチがちょこんと鎮座している。鹿島くんが巾着と表現していたように、紐で口を縛るタイプらしい。


「……なんの話?」


 黒い髪のロングヘア、カメラにむかってピースサインを決めていた生徒が言う。目元はシワが寄って演技ができているが、口元は自分の優位を確信した笑顔で歪んでいる。こいつが、マチの言っていた「あの女」なわけか。


「チカさんの話だよ」


 もう時間がないんだ。あんまり苛立たせないでくれ。


「おばさん、それ俺らのだから」


 茶髪、金髪、黒髪と三拍子そろった男子のうち、一番やせ細った茶髪が言う。時間の無駄だからと睨む。


「黙れよ部外者。いま私はその子と話してんだ」


 は? と威嚇するように立ち上がった茶髪。ポケットから抜いたのは短いながらも鋭く光るナイフだ。こちらに向ける。ああ鬱陶しい。


「それはよしときなって」


 いぜん半笑いのまま、紅一点は彼を制止した。


「それでチカさんの自転車もパンクさせたの?」


 パックリと、クジラの目を思わせた切り口。あの夜のうなだれ、乾いた笑い。


「……なに? あんたチカのなんなの」


「質問に答えろ」


「……はっ」


 焦眉の急を抱く私を認めたようで、彼女は猜疑な顔に変わる。


 一歩前に出る。間隙を縫うしかない、チャンスは一度、二度目はない。


「あなた、チカさんと同じ中学だったっていう女の子でしょ? 初めから分かっていたよ。あなたが彼女に嫌がらせをしている張本人だって」


 チカさんの家は生田の山の中腹で折れ、言うなれば五合目くらいのところにある。塾の帰りでも分かっているし、クラス旗を運んだときにも確認できている。彼女が塾の帰りにパンクした自転車を押していたということ自体が、ひとつの真実を物語っていた。駅と塾の間でパンクに気がついているのなら、家に自転車は置いてくるはずなのだ。

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