合点一致


 その安心がまったくもって意味のないものだったと分かったのは、それから五分と経たずとしてだった。三年二組は講堂の使用ができなかったため、こしらえられたのは無機質で空っぽな教室にパネルを建て、そこにそれぞれがスマートフォンで撮ってきた写真をプリントアウトしたものを張り付けているという展示。テーマは「校内」ただそれだけ。友達と撮った集合写真もあれば、風景写真、あげく学校から見えた空というだけのものもある。いや、別に美しくないというわけでもないし、見るものが見ればノスタルジックなのだろうが……。味気ない。


「そんな感じなので、来てくれたお客さんの数をカウントするだけの係がひとりいるだけなんです。誰かが荷物を置きに来たってこともないですし、落とし物も同じくですね」


 そりゃあ自分たちが悪いことをしているという自覚があるのなら、白昼堂々と自分のクラスに戦利品を持ち帰ったりはしないだろう。当たり前だし、だからこそ私も、最初から三年生のクラスを探したりはしなかったのだ。でもこのクラスの誰かが、ずっとチカさんのやることなすことを邪魔してきたんだ。根城までやってきて、なんにも分からないままで帰ってたまるか。どうすればいい? どんなヒントが残っている?


「じゃあその、演劇部に関してなにか話していた人とかはいませんでしたか?」


「いやそんなの覚えてもないですし……ちょっと分かんないですね……」


「なんでもいいんです。爆竹について、あとは砂とか、講堂の使用についてとか……」


「前ふたつはともかく、講堂のことはクラス全体で話題になっていたので……」


「じゃあ、じゃあ……」


 焦る私。自分でも嫌というほどそれがよく分かる。時間がないのだ。とにかく時間がない。公演まで一五分を切ってしまいそうだ。勘弁してくれよ。諦めるなって言った手前、私だって途中で投げ出せないんだから……。


「三年一組の旗が燃えたときは?」


 閃いた言葉をただ言った。返答は冷や水でしかなかったが。


「そんなの学校中で話題になってましたし、犯人が見つかっているのならそれも知れ渡っていますよ」


 う~! そりゃそうだ、当然のことだ。もうどうしようもないのか……。質問責めにし過ぎて受付の子に申し訳なくなってきた。ほかに誰かがいるわけでもないから営業に支障はないとは思う。が、邪魔じゃなくても目障りな可能性がある以上、ここは一回退くしかないか。


「そう、犯人が見つかっていないということが大事なんです」


 そこで口元に当てた手を離したアメノヒさん。写真が貼られている壁をくまなくチェックしていく。その後ろ姿はヒエログリフを読む考古学者のようだ。彼女がなにを探しているのか、理解するまでは少し時間がかかった。彼女の言葉を精査する。犯人が見つかっていないということ、それが指し示していることとはなんだ。どうして犯人が見つからないのか、どうしたらそんなことができるのか、あの中庭で。爆竹に火なんてつけていたら、絶対に見つかるはずなのに……。


「上か」


「そうです」


 アメノヒさんは一枚の写真を見つけた。のぞき込むとそこには、地球儀を持った男子数人と女子ひとりのじゃれ合う写真。


「これは社会科準備室。今日の文化祭ではいっさい使われる予定のない部屋です」


「詳しいね」


「実行委員ですよ、私は。それにここは旗が燃えていた場所のほぼ直上のはずです。多少ずれているかもしれませんけど、落としたのならそれくらいはありえます」


「ここから爆竹とかも落としたのかな」


「そうでしょうね」


「でも人に当たったら……」


 反論をしようとして、これが愚問だと思考が弾ける。


「そうか、だから下で見張っている人がいたのか……」


 マチの言っていた、「あの女」。この女子生徒がそうなのだろうか。風貌くらいは聞いておけばよかった。けれど、それを知らなくても私には、この女子生徒が犯人かどうかを確かめる手段がある。


 写真をひっぺがし、受付の机に叩きつける。マスクでもなければ飛沫をもろに浴びせてしまうような距離まで詰め寄って、私はひとつ、大きく質問。


「この子って、希望書を出した子? 分からなければもうひとつ。この子は川崎市からここまで来ているよね? 遠いから一回くらい話題になったこともあるんじゃない?」


 どれか引っ掛かってくれ。頼むよ。


「あるいは、午後三時前後にこのなかの誰かが、展示のシフトに入っていなかった?」


 追い打ちに受付の生徒が顔を上げる。合点一致、記憶からなにかを探しとったよう。私も同じく、探し物を見つけられたと口角を上げた。

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