赤樫アメノヒ
口元に指を当てるようにして考えているアメノヒさん。とりあえずはおかれている状況の説明はしたが、もちろんそれだけではポーチのありかなんて分かるわけがない。もっと情報が欲しいと目で訴えられると、シラスと私たち以外誰もいない教室にまた声が響いた。
「おそらく犯人は、チカさんの隣のクラスの人……ってことは分かっているんだけど……」
「まあ、恨みを買っている相手が分かっているなら、やりようはありそうですね。ところで、その相手のクラスはどこなんですか?」
「えっと……」
いけない。その部分を忘れているってことがあるか? 多摩川でそのクラスの旗を描いたはずじゃないか。ただ、私はベタ塗りをしていただけで、クラス名なんかはまともに確認なんてできていないし……。
「まさか分からないとか……」
「ちょっと待って! 絶対に思い出すから……」
やばい。そんなことってあるか? いやでもしかたがない、ここで頭を捻らないでどうする。活性化しろ脳細胞。巡ってくれ血流。運び続けろヘモグロビン。
「じゃあ、チカ先輩がどのクラスだったかは覚えていますか? 申し訳ないんですけど私はそこまで覚えていないんです」
「チカさんの?」
「ええ」
それは大丈夫、思い出せる。私がちゃんと書いたんだ。あの台風の夜、絵具で床を汚しながら、確かに三年一組と――
「……三年一組。その隣って……」
ほくそ笑んだのはアメノヒさんだ。
「二組しかないですね。ここは完全に、学年で階が分かれているので」
私が歩きだすのと同じタイミングで、彼女も教室を出るために廊下を踏んだ。いっしょに向かってくれるとはありがたい。しかしクラスにシラスしかいなくなってもいいのだろうか。心配で着ぐるみに振り返ると、アメノヒさんもそれに倣った。彼女もそこで思いが至ったのだと知れるような、とってつけた言葉を投げた。
「ちょっと行ってくるから」
やけに冷たい口調だ。いったい誰が入っているのだろう。知ることはできないだろうが、この事情に詳しい人が学校のなかにはいて、見る方向によってまた見解も変わるのだろう。なんとなく納得しつつ、階段を二人で上がる。
「さっきいっしょにいた人も、ポーチを探しているんですか?」
「うん。あいつは外回り」
「なるほど。手分けしているんですね」
四階にいたる階段もやっぱり砂で汚れている。人の出入りが激しいからだ。これなら砂でなにかを汚していても、適当な理由で誤魔化せてしまうな。そっちの線で犯人を探すことはできそうにない。
「ところであの人もあなたも、この学校の関係者じゃないですよね? もしかして本当にチカ先輩のためにここまで来たんですか?」
衝撃で立ち止まってしまったけれど、当然気がついているに決まっているという表情でアメノヒさんは歩き続ける。名探偵に出くわした犯人というのも、こんな気持ちになるのだろうか。
「不思議な話じゃないですよ。あの黒猫みたいな子が言っていたじゃないですか、自分は二年一組だって。私のクラスメイトにあんな人いませんもん」
確率としてはありえることだが、なかなかどうして結構な偶然を引いたものだ。そして、にもかかわらず校内に入れたのは、それに勝る幸運なのだろう。
「分かっていたならどうして止めなかったの?」
「ん~まあ、別にあそこまでして入りたいのなら、なにか事情があるんだろうなって思いましたし……」
それに、と付け加える爪の赤い少女。
「あの黒い人は、私の友達と雰囲気が似ているんです。学校に通わないで、山に引きこもってしまった仙人みたいな子に。だから大丈夫だって、そう思えたんです」
仙人。その友達はともかく、マチには一生縁のない形容だなと笑いが出てしまう。
「あのバカはどっちかって言うまでもなく、俗に塗れているけどね……」
「そりゃ誰だって未成年で飲酒、喫煙、援助交際、万引き、のうちどれかくらいはやりますよ。全部やっていても特別どうということはないですし、全部やっていなくても同じです」
そうね。思い浮かべている人も、私たちの人生だって違うのに、なんとなく共鳴してしまうのはなぜだろう。階段が終われば、広がる三年生のための空間。雑談の時間は終わる。まっすぐに二組へのルートを選んだ。
「すみません、ちょっとお尋ねしたいんですが……」
ハーモニーを奏でる質問。ちょっと笑った後に、受付にいた生徒に改めて問うた。時間は去っていくものの、もうちょっとのところまで来ているのかもしれない。実感は安心をもたらしてくれた。
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