盗まれた
「なんだ? なにかあったのか?」
チカさんが今日の舞台に必要なものをひとつずつ確かめながら、オッケーが出たものをほかの部員に運ばせている。その最中、お勤めが終わったらしき男子生徒が顔を出した。汚れたタオルを洗うようにと命令されたマチは、トイレ内の蛇口から帰ってきているところ。指をさし合って声をあげ、私はトホホと頭を痛める。
「鹿島くん。倉庫が誰かに荒らされた」
「あ……ああ……」
お構いなしだと言わんばかり、チカさんはすぐに本題へと入った。この緩急についてこられないのも無理はない。三年生になってからはコンクールもなかったにもかかわらず、人前で演劇が開けるのも今年初めてなのに、機会が吹き飛びそうになっているだなんて。自分を転ばせた人間がよく分からん年上の女と、雑巾やらタオルをラックに干している様子とともにお届けするのも酷だろう。
「ごめん、鹿島くんの言った通り、誰かしら見張りを立てておくべきだった」
「……いや、まあ……ここでそんな話してもしかたねえよ」
「うん。とりあえず壊されていたものはひとつもない。表側だけだけど、汚れた物はとにかく全部、見られるようにはした」
「……壊す度胸もねえのかよ」
おっ、気が合うね鹿島くーん。ひと仕事ついたと手をはたくマチはくっそむかつく顔で近づいた。まあ、細大漏らさず私も同じ思いだが。こんなことをしてなんになる。嫌がらせ、と呼ぶにも子供っぽすぎるやりかたじゃないか。
「うるせい。……だけど、とにかく公演はできそうなんだよな?」
「できるよ。ていうかやる」
なによりもそれが一番大切だ。という言いかただ。チカさんとその部分では気持ちを同じくしているよう。話ではよく衝突しているということばかり聞いていたけれど、実際のふたりを見ればそれだけの関係でないことはすぐに分かった。
「あとは小道具とかを持っていけばいいわけでしょ? 時間の精霊とやらのステッキとか」
木目調の棒きれを手の上で転がしているマチは、チカさんへ確認をとる。部外者には分からないから、勝手知ったる人に判断を乞うしかないのだ。
「……あれ、お前の巾着は?」
口を開いたのは鹿島くんだ。ひいふうみいと数えるように指を空中で泳がせる。部員が所有しているものもこの倉庫に預けていたらしい。ありえる話だ。
「……ここにないってことは、鞄の中かなって……」
「いや、今朝確認したときはここにあった。それ以降倉庫に寄ってないか?」
「なに? どういうこと?」
たまらず口を挿んでしまった。パーカーは聞くや否や倉庫へ。四隅までくまなく捜索しに行く。私もそれに加わるべきなのは分かっているが、情報を得ておくことも大切だ。
「私、舞台に上がるときは、役にもよりますけどコンタクトにしているんです。あとはお化粧とかも、勉強はしているつもりなので……」
「その道具一式を入れているポーチかなにかがあるの?」
頷いた鹿島くん。俯いたチカさん。
「そうなんですけど……」
参ったなと頭を掻いた。まさかと、胸の奥が掴まれる心地。
「ない。探したけど、ない」
簡潔な報告だ。整理するのはこちらに任せていると言わんばかり。
「……じゃあ、盗まれたってことでいいんだね?」
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