ホップステップで踊ろうか

「中庭みたい……」


 きゃあと悲鳴も混ざり、破裂音の方角はすぐに断定することができた。にわかに煙も立ちこめている。細切れの炸裂は、私の世代でも何回かは聞いたことのあるそれだ。中学生くらいのころ、アホな男子が自慢していた、爆竹。一時中断されたカルテットの演奏。観客の波を越えて炸裂地点を調べているのはメガネと腕章のチカさんだ。


「チカさーん!」


 音が止めばすぐに叫ぶ私、驚きながらも彼女は続きを促す。


「ケガ人はー?」


「なしでーす!」


 数十メートルは離れているせいで、それくらいのコミュニケーションが限界だ。ほかの実行委員と爆竹の残骸を回収している彼女たち、とりあえず例の一撃というのは避けられたのか?


「あの女だ!」


 声に振り返ったところで、マチは手すりに足をかけ、二階であるこの場から飛び降りようとしている。瞬時に掴む、後ろから。


「なにやってんだバカ!」


「あいつだけが音に無反応だった! 追わないと!」


 女子生徒? そんなものいくらでもいるし、爆発の旬が過ぎたタイミングじゃまっすぐ校庭を見ている子なんてごまんといるぞ。


「だからずっと見てたんだよ! 音が鳴った瞬間から! もう校舎の影に隠れてる! 追うならいまなんだ、先生!」


「いいから待て!」


 振りほどこうとする大型犬をなだめるブリーダーの気持ちがよく分かる。こんなところでスーパーヒーローよろしく飛んでみろ、最悪下にいる生徒と衝突して大けがか、それじゃ済まない可能性だってある!


「電話してたんだ! 分かるだろ?」見開いた目。


「飛び降りることだけはするな!」マチを放す。


 聞いて血相を変えたのは私も同じ。すかさず中庭へと叫んだ。


「チカさーん! 演劇部の部室はどこ!」


 教員も何人か集合しているようで、いたずらの処理をどうしようかという人の輪から、チカさんはこちらを見てくれた。質問の意味が分からないという表情ではあったけれど、ともかくは返答を授けてくれる。


「格技施設の脇、体育倉庫のすぐ横に倉庫を貰ってますが!」


 言い終わると、すぐに事の意味を理解したチカさん。メガホンのように口の前を覆っていた手がストンと重力の意のまま落ちていく。フォロー、慰み、それとも笑顔でも見せるべきか。最善手はするりと零れる、砂時計の粒。


 背後で地面を蹴った音。私も後を追わないと。


「ありがとう!」


 くそが。なにも言えなかった。



 先行したマチが作った、モーセ風の一本道を辿る。スリップストリームに入るかのよう、なぞるよう。数メートルは離れていた距離も次第に縮まっていく。さっき見たマップを思い出す。この先の階段を下ればもう少し走るだけ。コンバースの足音はたいていのスニーカーよりも大きく、私たちの連弾は校舎中に響き渡った。


 人を避けて、避けて、くるりと回ってまた避けて、ホップステップで踊ろうかという世界の隅っこ、私とマチ。線になって消えていく群衆に謝りながら、マチの背後に辿り着く。止めるつもりもないが合わせるつもりもない、階段の直前で、トップは私が切らせてもらう。


「さすが」


 小さな称賛は横流し、中距離走者の力を発揮。足のからくりはそれなりには理解しているつもりだ。歩幅と段差を目算ながらに思い切る。一気に二、三段飛ばしを決行する。ビビる頭、四の五の言わずについて来い。人が少なかったことも幸いして、義経の馬になった気分で階段を駆けた。


 着地、さあ急げ。


 文芸部の機関誌が売っているらしき教室が、校舎の隅にあたる場所にあるらしい。が、ここにも人はまるで見えない。廊下は滑りのいいトラックだ。


 光が見える、外。


 飛び出して曲がる。白い金属製の倉庫たち。

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