スケープゴート
「なにやってんだか……」
自分がさっきよりも一歩前に出ていることなんて無視だ。ちょっと目立ちすぎているからマチを連れてこの場を離れないと。ため息を吐きながらパンダカラーから客寄せパンダと化し始めている連れに歩む。
「……ん?」
マチは寝転がっている鹿島のもとにしゃがみ、なにやら小声で話をしているようだった。なにかを問いかけられている少年は首を振り続け、マチはそれを茶化すでもなく聞いている。あいつがどうしてこんなヒーローショーを演じたのかは、おそらくはこの瞬間になにかを聞き出すためだったのだろう。
「えーあの子何年生?」
「一年生かな?」
「誰かの妹とかじゃなくて?」
どうにもマチには他人を惹きつける魅力というものが備わっているらしく、一躍この空間のスターへと駆けあがってしまった。私には絶対にできない芸当だ。羨ましいとは思わないけれど、どうにもマチにとってその特性が合っているのかどうか、ということについては気になってしまう。あいつはたいていの場所で自分の能力を発揮しては華を咲かせることができる人間だ。理解も早ければ行動も速い。一挙手一投足が人の目線を集めるような、台風の目。
「なんであいつ、ひとりなんだ?」
学校には行かず、勉強とセックスだけで人と繋がる。社会との接点を極力削いでいるようにしか見えないのだ。誰とでも仲良くできて、誰にだってぶつかっていける。社会適合という意味では、これ以上の人材はあるのか?
分からない。この瞬間にもマチは、集団を無視。たったひとりの少年にむかって、小さく質問を投げつけた。
スケープゴート。聖書由来の言葉を思い出したのはマチなりの推理を聞かされたからだった。つまりはこれまで、チカさんがどうして立て続けに苦難を浴びなければならなかったのかということ。もちろんそれは正当な理由にはなりえない。私たちがいまこうして、二階から別校舎へと渡る廊下、天井のない屋外空間で手すりに体重を預けていることと同じだ。理由なんて持ってない。
「ぼくはあの鹿島ってやつくらいしか、チカっちに嫌がらせをしそうなやつを知らないんだ」
「……まあ、別にありえない話じゃないとは思う」
「でもね、カマかけてはみたけどどれも不発だった。チカっちにミスや責任を押しつけるとしたら、彼女が文化祭実行委員でどういう仕事をしているのか知っていないといけない。でもやつにその情報は渡っていなかった……」
風が吹いていく。こういう渡り廊下の醍醐味だ。空はナイフで切り裂かれたかのように半球だ。夕日が沈むさまもよく見えるだろう。まだ夕刻とは形容できないが、少なくとも昼のピークが終わり始め、帰り支度を始めている太陽が西へ身を寄せている。
「横断幕の件とか?」
「そう」
「でもまあ鹿島ではないにせよ、チカさんに対する嫌がらせが彼女の立場なんかを逆手にとっての罪のなすりつけって線は正しいだろうね。旗を燃やした結果チカさんの管理責任が問われなかったわけでもないそうだし……」
チカさんから聞いた話でも、犯人らしき人物は間違いなく隣のクラス。チカさんが時間制限によって、講堂使用希望書を受け取らなかったことの逆恨みを抱いているとのことだ。しかしながら、その時点では容疑者が四〇人もいることになってしまうのだ。さすがに当事者である彼女にそれ以上の詮索をすることは叶わず、今日この日を迎えることになってしまった。やれやれ、私たちもなにからチカさんを守ればいいのやら、皆目見当もつかないぞ。
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