文化祭

 私とマチが繰り出した展示だらけの大海原は、一年生と二年生のフロアを回るだけでもお腹いっぱいになるという壮絶さを持っていた。さすがに地元の公立中学じゃ学年トップを争っていたチカさんの通う学校だ。制服以外はすべてが自由という状況で育った子供たちは、こういうクリエイティビティが求められる行事に真価を発揮するものらしい。


 飲食禁止の喫茶店と称して、ウエイトレスさんがおしぼりだけを持ってくるという休憩所も発想としては好きだった。距離も離して会話をしないとすぐさまディスタンスをと忠告されるという窮屈さも、規制を厳しくした学校を皮肉っていて笑えた。この地の名物、シラスを着ぐるみ化したという展示をしていたクラスは、本当に着ぐるみが寝転がっているだけという絶妙なシュールさを醸し出していたし、水族館として大量のメダカを放流した巨大水槽を用意しているクラスもあった。それ以外でも、インターネットでバズっていたネタを参考にしたらしい教室内ジェットコースターには度肝を抜かれた。日々まとわりつく授業が停止されたわずかな日数で、入り組んだ木製の骨組みやらレールやらを仕上げたというのだ。マチのはしゃぎ声が教室に響き渡るのを聞きながら、こいつにとってもいい機会だったのかもなと独りごちた。


「次はここね!」


「へいへい」


 三階、二年生の教室が並んだこの階には天文学部のこしらえたスペースもあった。暗幕で教室中を覆いつくし、家庭用プラネタリウムを改造したという装置で三六五日のなかから好きな日時を選んでくださいとオーディエンスにうながすなど、こんなことまでできるんだなと呆気にとられるばかりだった。


『この光はケンタウルス座アルファ星。太陽を除けば地球に最も近い恒星です。人工物でもっとも速いスピードを持つボイジャー一号でも、この星を目指したとして数万年もの月日が経たなければたどり着けないほどの距離があります』


「ボイジャーか……」


 小声のマチ。


「あんたってゴールデンレコードとか好きそうよね」


 同じく小声。


「そりゃそうでしょ。全人類が大好きに決まってるじゃん。未知の生命に対して、伝わるかどうかも分からないメッセージを飛ばす。大まじめに考えたんだろうけれど、人間が最大限に絞った知恵が、ただのロマンチシズムに使われているんだから」


 この瞬間にも暗闇を疾走するボイジャーが聞いたらなんていうだろうか。こんな噂話でくしゃみなんてしていられないだろう。けれど、二〇〇億キロメートルの孤独と、二十億光年の孤独にはどんな違いがあるのだろうか。数珠繋ぎは上映終了までひたすら続き、ついには廊下の光によってかき消されてしまった。



「すんばらしいデートだと思わない? ねえ先生」


 すんばらしいとは思うがデートではない。どちらかというと、それこそ保護者目線というか、犬にリードを繋いだご主人様という気分だ。ドッグランに連れてこられた小型犬がごとく、興味を惹くものがあれば駆け出していくパーカーには、こっちのことなど見えていないだろうに。


「三年生はどうなっているんだろうね」


 不思議のダンジョンをプレイしているかのように、階段を見つけ喜んでいるマチ。楽しんでいるところ申し訳ないけれど、時間は確実に経過しているらしい。この調子じゃ三年生のフロアをすべて堪能するころには、チカさんの演劇が始まってしまうだろう。忠告も聞かないで階段を上ったバカを追いかけると、見えた廊下では開幕耳を打つ叫びが襲った。


「ねえ! あんたこの時間シフトでしょ!」


「っせーなだから決めるとき無理だっつったろ? 部活あんだよこっちは!」


「そっちで都合つけるって話したじゃん!」


「言ってねーよ! バーカ!」


 低レベルだなぁ、おい。

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