女装ブロマイド


「ね、伝えてた通りでしょ? とりあえず表面上はいつも通りだし、しっかり準備もできているって」


 あてもなく校内をさまよい始めた私たちは、女装メイドコスプレブロマイドを販売している一年六組を横目に話を続けている。最低学年のエッジは場所に違わず尖っているな。


「まあ、いまのところはそのようね……」


 廊下に身動きができないほど人が敷き詰められているというわけでもないが、石を投げれば高確率で人に当たるという具合には盛況だ。マスク姿の人々が、顔の半分だけで感情を読み取っていると思うと、目は口ほどにものを言うとはまことらしい。


「心配していてもしかたないし、ボディーガードみたくついていくのも得策じゃなさそう。じゃ、どうせなら四時の公演までは文化祭を楽しんでいこうよ、先生」


 そういうわけで、人ごみのなかで立ち止まるというのは憚られるのだ。人の流れとはするりと滑らかさを持っていなければ、ドミノ倒しのようにあちこちでぎこちなさを生み出してしまうものなのだ。


「えっと、別に楽しむのはいいと思う。了解した」


 そうは言っても人間には立ち止まらなければならない瞬間というものがある。英単語で言えばStopのあとにto+動詞の原形で表現されるあれだ。中学二年生だと今度のテスト範囲にバッチリ重なっている。


「おっけ、では行こうか」


「ここに?」


「ここに」


 私が通り過ぎようとしても、地蔵のように固まったマチのおかげで叶うことはなかった。一年生たちのエッジ部分。女装ブロマイド、そのサンプルが教室の壁に並べられている。おそらくはいっさいの手を抜かずに本気のメイクやらもろもろの処理をしているのだろう。ものによっちゃパッドまで入れて胸の大きさを持っている作品まである。本気だ。ここの男子ではなく、間違いなく女子が。


「ぼく、文化祭って初めてなんだ!」


 振り向いたマチはゆびをこちらに指して、ずいぶんと楽しげな表情を浮かべている。顔の半分しか見えていないのに、顔の全部がほころんでいることはすぐに分かった。チカさんに対して不穏な影が伸びているかもしれないが、先んじてその尻尾を掴むことなんて私たちにはできないだろう。だとしたら、この瞬間は彼女が尽力してくれた祭典を、思う存分楽しむのが礼儀なのかもしれない。


「……金は出さんぞ」


 時間だけはくれてやる。

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