罪ですよ、犯罪。


「で、どうやってあれを突破するのさ」


 野外はアスファルト上に長机が並べられ、軽い検問じみた列ができているのは、チカさんが通っている高校の正門だ。私たちはそれを遠巻きに眺め、走り去るトラックのドライバーに不思議な目で見られながら策を練る。ねるねるねるねよりも無意味なひねりは、私になんの閃きも知育してくれない。


「……どうしたらいいと思う?」


「なんでぼくに聞くのさ、そっちが文化祭に乗り込むって言い出したんだろう?」


 む、その通りではあるがあんただって乗り気だったじゃないか。実行委員のチカさんが言っていたのだから、あそこで誰の親族がやってきたのかという確認をしているのだろう。しかも事前申請制度となっているから、本当に誰かの親や兄弟姉妹だったとしても、今日の今日で学内に侵入することは叶わないだろう。


「……よし、正門以外のルートを探そう」


「賢明な判断に聞こえるけど、目撃者が出たときのリスクがとんでもなさすぎるよ」


「だからって、ここで手をこまねいていてもしかたないでしょう」


 長机には教師と生徒が一人ずつ並んでいて、書類を確認する役割と、手指消毒の促しや入場証代わりの首掛けストラップ支給に分かれているようだ。カフカの『掟の門』に出てくる主人公の気持ちを追体験するよう。どうにもこうにも隙が見えない。


「先生ったらどうしてそうも考えを懲り固めるのさ。とりあえず入れるかどうか確かめてから、無理なら強行突破するべきでしょ」


「確かめるって……」


 どうするつもりなのよと尋ねるより先に歩き出すマチ。見据えるは湘南の街に巣食った高校生の楽園。四次元ポケットに突っ込んだままの手と、口をすぼめて吹く笛の危なっかしさったらないものだ。急ぎあとを追って、風はぬるく背中を撫でた。



「すみませ~ん、いま学校着いたんですけど一組の生田で~す」


 保護者らしき中年たちと待った列の順番が来ると、さも当然とばかりにジャージ姿の教師に話しかけたマチは、表札とは違う真赤な嘘の苗字を告げて舐め腐る。


「ああ? 登校時は制服でって決められてただろう?」


 自分よりも数段知性が低い人間が現れたときの対応を見せる、よく日に焼けた教師。健康的な体格はどこか体育教師を思わせるが、真偽のほどは分からない。健康教師の担当を審議している暇もない。徒然なるままにとはいかないのだ、兼好法師的。


「いや~起きたらもう九時半とかで慌てちゃって、どうせ学校で着替えるんだしって来ちゃったんですよ。すみませ~ん」


「はあ……で、そちらはお姉さん?」


 マチに対してとはまるで違う、攻撃性を失わせた光で見る教師。となりの制服少女は腕章に「実行委員」の文字を刻んでいる。なるほど、チカさんの同僚というわけだ。見れば検問所にいる生徒は、一様に装飾をつけている。


「お母さんです!」


「てめえぶっ殺すぞ!」


 マチの胸ぐらをつかむのは半月ぶりだが、怒りに身を任せたのは本邦初。やっていいことと悪いことの区別をつけさせてやろうか?


「あ~、やっぱりお姉ちゃんです」


 やっぱりで家族構成が変更されてたまるか。


「はいはい、で二年生? 一年生?」


 いや先生、流さないでくれます? マチの扱いを心得たのは結構なんですけど、いまこのバカが放った言葉は教育者として無視しちゃダメでしょう。罪ですよ、犯罪。一〇も年齢が違わないんだこっちは。


「二年で~す」


「ん~……」


 書類の束からなにかを探している教師。一変して私の腹に緊張感が走っていく。マチを横目で見ると、視線がかち合った。なにかを訴えるようにニヤリと笑ったパンダカラーは、教師の唸りに反応して前を向いた。


「ねえ、ひょっとしたらぼく申請書類出してないかも」


「は? お前なぁルールはしっかり守ってくれよ……どうすんだ、お姉さんここまで来ちゃってるじゃんか……」


「えへへ~」


 振り向いたマチ。再びのアイコンタクトが飛ばされる。硬直していた頭をほぐし、この意図を汲み取ることに知恵を絞る。


「あ……あんたはいつもそうやって他人様に迷惑かけて……!」


 よしきたと笑い顔。そんならビンゴとばかりにたたみかけてやる。


「だいたい申請が必要なんて一言も聞いてないわよ! あんたが演劇やるから観に来いって言ったんでしょう? どうすんのよ」


「え~そんな怒んなくてもいいじゃん」


「一回や二回じゃないから言ってんの! このあとお母さんも来るって言ってたのに……」


 おっ、いいぞ私。案外演技むいているんじゃなかろうか。周囲の親族連中も、私たちの言い合いに注目を集めているようだ。こっぱずかしいが、旅の恥はなんとやらだ、ぞんぶんにいこうじゃなか。


「そんなに怒るとまたシワが増えるよ? リラックス~」


「相模湾に浮かぶか沈むか、選べ」


 慌てて立ち上がった教師に引き留められ、ひとまずは休戦を結ぶことになった私たち。う~んと悩んでいるジャージマンの苦悩を横に。肘で小突いてきたマチへ、私はコンバースのスニーカーでやり返した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る