力を貸して


「どうもこうもあるか!」




 近所迷惑。騒音どうも失礼


「なんでチカさんがあんな目に遭わなきゃいけないんだ。演劇部だって実行委員だって、不足なく額に汗してきたあの子が、誰かに嫌がらせをされるなんて間違っている!」


 で? という無言の圧力、マチは私を試している。チラついたのは、あのハガキに綴られていた言葉だ。これ以上関わるな、そんなこと言われる筋合い、どこの誰にだってない。こいつの力が、私には必要だ。


「マチ、力を貸して」


 その目が少し、見開いた。


「あの子の文化祭を成功させよう」


 その瞬間、ドラマチックに落雷が一発。かなり近い、地震のように家が揺れた。微動だにしないマチは、雨の街で残る響きが終わるのを待ってから立ち上がり、私のもとへと歩み寄る。パーカーから伸びた白い脚と、全体的にこじんまりとしたシルエットがまさしく小人を連想させる。


「情報、物資、金、身体、欲しけりゃぼくに相談を」


 パーカーの裾を捲るマチ。隠されている輪郭が下半身から順に露わになっていく。一〇〇人の肉体と交わってきたのだという、小さくて大きな器。


「先生にならサービスしちゃうよ?」


 私も立ち上がり、やつより少し上の目線に立った。ニヤリとするバカに、脳天を勝ち割らない程度のチョップをお見舞い。


「うっさいバカ。腹が冷える季節なんだろ?」


「USBだね」


 得意げな表情。ぶん殴りたい。


「は?」


「うっさいバカのこと」


 なに言ってんだこいつ。というところで、多摩川=TMGのくだりを思い出す。何周も遅れているようなネタだとは思うが、おそらくはこいつのブームなのだろう。肩をすくめて相手にしないぞと暗に言う。


「川の水より先に、先生のUSB目盛りが溢れちゃった。なんて、どう? うまいかな?」


 うまくない。


「どうせマクドナルドで満足する舌なのに?」


「……はあ」


 徹夜のダメージがいよいよ来たらしい。濃厚ではないがふわとろな思考では、こいつの言っていることについていけそうもなかった。本当にバカ、バカな癖に、どうしてこうも気骨があるように見えるのか。


「マチ、じゃああんたの目盛りはどうなの?」


 私はすでに決壊した。世界とか理不尽とか、そういう大きなものに対しても、同時に、高校生にもなってしょうもない嫌がらせをしてくるようなやつらにも、濁流は溢れて止まらないだろう。東京の街を呑み込んだ、在りし日の多摩川のように。


「残念ながら、とっくにぶっ壊れているよ」


 眦を決するマチ。


 顔を見合わせる小人たち。


 そのUSB目盛りは台風の朝朗、決壊した。


「やるよ先生」


 肘を差し出したマチ。欧米圏で流行っているやつなんだろ? よく知っている。この挨拶を教えてもらった借りを、彼女に返してやろうじゃないか。


「おう」


 肘を突き出しごっつんこ。マチの平均ちょい下ちまちました骨格と、不格好でバランスの悪い骸骨を携えた私が交わっては離れていく。平日明け方午前六時。揺れた住居は鉄砲雨を弾き飛ばした。やってやろうじゃないかと不敵、同じ屋根の下住民とだって意気投合だ。


 それでも吹き荒れる嵐は、まだ過ぎ去ってくれそうにないのだが。

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