むずかしいことを考えている顔ですね

「むずかしいことを考えている顔ですね~」


「……そこの窓は入口でも勝手口でもない。お引き取りを」


「じゃあ窓口と名付けようか。さあ、さっきから気がついていたんでしょう? 開けてよ」


 窓のむこうに見えていた人影、白と黒しか色を宿していない、パンダのようなカラーリングのやつ。通常、この窓辺からは墓と寺しか見えやしないのだ。人間が見えたとするなら、それはきっと幽霊かマチしかいないだろう。


「しっかしほんと、律儀というかそこまで行くと健気だね。愛する生徒のためならば徹夜してでも力を貸すとは……」


「別に……」


 にやついているマチにいちいち構っていられるか。突っぱねることも考えたが、この時期の朝は稍寒かろう。カラカラと音をたて、ベランダに通じる大窓を開けてやる。人道的判断としてはしかたがないが、個人的には絶対入れたくない来訪者。


「とにかく、まだ入力しないといけない分が残っているから、あんたは黙って紅茶でも飲んでて」


「へーい」


 なんだって朝っぱらからこんなやつの相手をこんな時間からしなくてはならないのだ。闘牛のような鼻息が出てしまった私は、本来は夜型である自分の心身にぎこちなさが出てきているのを実感した。


 いや、待てよ。止まる手。マチがこんな朝っぱらに家へ突撃してきたことなんて、今まであっただろうか。朝方に電話を寄越したことならあったと思うが、あのときだって家のインターホンすら鳴らさなかったんだ。いつだってマチは、夜のベランダから侵入を試みていた。私が起きているのであろう時間、もっといえば、職場から帰ってのんびりしているような時間に……。振り返る、椅子の回転が空虚に響いた。


「……あんた本当は、なにか用があるでしょう?」


 勝手知ったるなキッチンを弄くり回し、アールグレイのティーバッグが沈んだカップを持ってきたマチ。私の言葉にすぐ応えることはなく、優雅に安物の匂いを吸い込んでいた。ぺたぺたと、素足の音はどこか冷たく柔らかい。


「先生がさ、ひょっとしてこれが欲しかったりするんじゃないかって思ってね」


 バカが取りだしたのは茶色いスライド式のUSBメモリ。短く、綺麗に切り揃った爪で挟まれた小物は、話に聞いていた特徴とそっくりだ。


「だいたい、音が大きすぎるんだよ。なにやっているのかは察しがついたから、あとは器を用意するのがこっちの仕事でしょ? どうせガワのことなんて頭になかったんだろうしね」


 どうやら小人は私だけではなかったらしい。私が呆気にとられていると、マチはさぞ愉快そうに小さな情報機器をさしだした。徹夜特有の頭痛がするなかで、ちょっとは救いがあったということなのか。脳味噌が安らぎを得ようとする。


「騒音どうも失礼」


「いやいや、ひと晩どうもお疲れ様でした」

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