才能かそれとも
「だめだ。あの冷却ボックスの故障原因がさっぱりわからない」
不調が発覚した冷却ボックスの改良は深刻で、イシュガルドをいつもより二時間も早く目覚めさせてしまった。今までの装置の中で、理論も構造も自信作である冷却ボックスがつくって早々に壊れるとは思っていなかった。ようやく偽賢者の石を判別できる人材であるを発見できたことで一歩前進できたものの、偽賢者の石が流出した経緯や流れた場所の特定もまだできていない。そこに通常の仕事も抱えているからに頭の中の紐がこんがらがったままだ。
こういう時はまずは目の前のことから紐を解くのが一番。眠たい眼をこすらせて錬金術部がある地下に入ると、友人のオーベムが戦場の中でゆったりと座って待ち構えていた。
「おや今日はいつもよりも早いな」
「冷却ボックスのことであんまり眠れなくてね。君もいつもより早くサボりに来たじゃないか」
「騎士団にいると今まで部下に押し付けた書類仕事のことでとやかく文句言われることになるから今日はさっさと逃げてきたんだ。そうそう偽賢者の石の仕分けが終わったとマクレガー殿が渡しに来てたぞ」
「え? 終わった?」
仕分けされた袋を受け取ると、きちんとどちらが偽賢者の石かラベリングされていた。中のものもどれが赤のペリドットで、ルビーであるかと細かい種類で分けられいた。
これをたった数日で?
「それとマクレガー殿がこいつについてパイプが塞がっているとか言ってたな」
「パイプ?」
オーベムが指した装置は、冷却ボックスの根幹を担う冷却装置だ。いくら装置の動力源が宝石とは言えマクレガーはあくまで宝石鑑定士であり、錬金術に関しては素人だ。
…………とりあえず冷却ボックスのところを見るか。
中を開けて左端のパイプを少し叩いてみると中で何か固いものが割れる音がした。音が鳴ったパイプを取り出すと、パイプの中が凍っていたのだ。冷却した空気がパイプ中に溜まっていた水分を凍らせてしまい冷気が広がらなくなったのが原因であった。
その箇所を変えて冷却ボックスを稼働すると、冷却ボックスは完成予想通りに動き始めた。弟子たちは復活した冷却ボックスに喜ぶ中、直した本人であるイシュガルドは険しい表情をしていた。
「よかったなイシュガルド。原因がわかって」
「ああ」
ケビンが背中を叩いて励ましたが、イシュガルドの反応は鈍かった。
難関だった部分があっさりと終わったことによる脱力感からか、体が自然と柔らかいソファーに導かれてもたれかかる。だが体の疲労感だけではない、イシュガルドの脳の片隅に原因を見抜いたキャラット・マクレガーのことが引っ掛かっていた。
「どうした。もしかしてマクレガー殿に先に原因を特定されたことに焼きもちでもやいているのか」
「……そうだな。しいて言うならものすごく気になっている」
「え」
ケビンの口元が引いた。
イシュガルドという男は錬金術師になるために心血を注いできた人間であり、そのため人間が普通出来ることを放棄することもいとわず、昼夜逆転生活もおかしいとはみじんも思わなかった。他人のことよりも自分優先。それを突き詰めて錬金術士のトップにまで登り詰めた。それが他人をましてや年が近い若い少女に関心があると明言したのだ。
「私でさえ苦戦したのにあの子は少し見ただけで原因を特定できた。ただの才覚にしては考え難い」
「ああ、そういうこと。そうだよなお前はそっちは疎いからな」
オーベムが安心するような息を吐いたが、どういうことかイシュガルドは理解できなかった。
ここに来てまだ四日と経っていないにもかかわらず、不調の原因が宝石の魔力回路が流れていなかったのを彼女は一発で見抜いた。彼女が非常に優秀ということか? いや何も教えを受けていないただの素人が錬金術師の作った装置を見抜けるなんてありえない。そもそもこの冷却ボックスの設計図をマクレガーさんに見せたのは今日が初めてだというし、ケビンからの調査では彼女の友人関係や家族に錬金術師はいないことはわかっている。これは才能というより予見染みている。
彼女は予言者であるか。いや予言の力を何かしら持っているのならケビンと最初に邂逅したときに自分に誰であるか予見しているはず。
イシュガルドは他の線を考える。彼女はボックスの中を見て一体どこを見ていた。
キャラットがあの時ボックスの中で手を伸ばして触れていた箇所は…………冷却動力となるサファイヤが入っている箇所だ。
「……彼女は宝石を見た時何かを感じ取ったのか」
ただの優れた宝石鑑定士が宝石の不調さえも見抜いた? 違うキャラット・マクレガーは特殊な力を持っていると考えた方が符号が着く。よくよく考えたら初めて見せた偽賢者の石をたった一回見ただけで見抜き、しかもそれが混ざっているはずの七つの袋をたった四日で種類ごと分けていること自体おかしい。
偽賢者の石であると見抜けた老錬金術師は、一つ見抜くのに数日かかってできたこと。それも多数の宝石と資料を見比べてという多大な労力があってだ。多大な労力と時間がかかるというのはそういう前例があってのことだ。
宝石が本物であると見抜ける能力、それに近しい能力をイシュガルドは知っていた。それは錬金術師たちが希求し、血で血を洗う事態にもなったあの眼が彼女に宿っていたとしたら。
とろんと眠たげな眼が持ち上がり、鋭い目つきでケビンを見た。
「ケビン。もしも私の予想があっていたら、頼みたいことがある」
「言ってくれ。大抵のことなら振り回され慣れている」
「彼女を家に帰さないようにしてほしい。できればこの町から私の許可なくでることがないように」
宝石少女は緋色の石の夢を見たい チクチクネズミ @tikutikumouse
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