錬金術と宝石

 食客しょくきゃくとして工房街に居座り四日が経とうとしていた。最初の朝は商人や町の人の話し声が飛び交うのが日常茶飯事だった下宿とは違い、金属が研磨され叩かれる機械的な音が外から流れてくるのは物珍しかった。だが数日経てば慣れてきてしまい、飽きてしまった。

 とにかくやることがない。グルシュナー商会では宝石鑑定のほかに宝石の仕分け・来客対応・掃除などやることが多く、気が付けばあっという間に一日が終わってしまうことばかりだった。しかしここに来てからはイシュガルドに頼まれていた偽賢者の石がどれかを探すことしかなく、一日が長く感じてしまう。


「よし、これで最後かな」


 袋の底にあった最後の宝石の鑑定を終え、宝石を分類すると完全に仕事が終わってしまった。椅子に座りながら体を伸ばしてみるが、まだ錆がくっついているように固い。一日二時間程度の仕事なのに人間の疲れはたまるものらしい。

 この錆を落とすには普通遊びに費やしたり物欲を満たりするのだが、あいにくキャラットにはどちらもできなかった。そのため自分が持っている本をベッドの上で横になりながら読んで一日を終えていた。しかし仕事が終わった以上もっと時間ができてしまう。


「こんな姿ルイーダが見たら卒倒して、いいご身分ねと皮肉一つ言うかも」


 ルイーダが皮肉を言う姿を想像することはできなかったが、そうして欲しいと願った。宝石鑑定士を目指すために私よりも長く何年もグルシュナー商会に勤めているルイーダ。筆記試験はなんとか通過するのだが、難関である実技試験でいつも落ちていると嘆いていた。実技試験では宝石の種類や大きさ・カットなど細かい所まで厳しくチェックする必要があるため受験者の三分の二が毎回落ちる。ルイーダはその三分の二の中だ。

 上昇志向が強い彼女に比べ、来て二年も経たないのにその最難関を見ただけで判別できる『眼』を持っているというズルで最優秀賞を取ってしまったのだ。そんなのを隣にいたら生意気だとか嫌がらせの一つでもしてくれればいいのに、ルイーダはなぜか私を応援してくれている。


 順番が逆だ。


 未熟な私が、夜遅くまで試験勉強を頑張っているルイーダを応援するべきなのに。

恨み妬みの一つでも言ってくれた方が、私の怠惰な姿を見て蔑んでくれる方が気が楽になれるのに、ルイーダの優しさが足を動かせずにいる。

 だが今日はまだ商会の営業日でルイーダが来る様子はないのでキャラットのこの姿を見ることはないだろう。


 ちらりと部屋にある振り子時計を見ると今は午後三時。イシュガルドの起床時間はだいたい午後五時ぐらいに起きるから、まだ二時間もある。


「このまま置いておくよりも誰かに預かってもらったほうがいいかな」


 ベッドから起き上がり鑑定士終えた宝石たちを持って工房へと降りて行った。複数の建物で構成されているイシュガルドの工房は、製造部・開発部・錬金術部・管理部の四つに分かれている。製造部は文字通り装置の部品の製造を。開発部は新しい装置の開発に。錬金術部は装置を動かす心臓部分の改良と新しい錬金術の発見を。そして管理部はそれら三つの統括と経理を引き受けている部だ。

 イシュガルドは主に錬金術部か管理部のどちらかに出勤するのだが、不調を起こした冷却ボックスの修復に手間取っていてここ数日は錬金術部に入り浸っている。偽賢者の石を渡すのならそこが良いだろう。


 錬金術部があるのは間借りしている建物の地下にあるので降りてく。地下へ階段を降りて行くと、一段一段踏むごとに周りの熱が奪われていくようにひんやりとしていく。そして錬金術部のある階に到着すると、すぐそばの壁にもたれかかっているオーベムと出くわした。

 最初に出会った時にいきなり胸ぐらをつかまれた一件があり、この国家騎士に苦手意識が染みついてしまっている。


「久しぶりだなマクレガー殿」

「お久しぶりですオーベム様」


 キャラットが愛想笑いを含んで挨拶してもオーベムは相変わらずにこりともしない。そのまま錬金術部に入ろうと扉に手をかけるが開かない。引いても押してもびくともしない。鍵がかかっているのとは明らかに異なる。


「そこはイシュガルドの研究の成果の塊だ。錬金術の内容は親しい人や弟子でしか知られてはいけないらしいから、入室の許可がなよう錬金術がかけられている。俺が呼んだイシュガルドの弟子が来るまで待て」


 まさかそんな掟があるとは全く知らなかった。このまま待とうにも隣に居るオーベムと会話を続けていく自信がない。かといって失言なくうまく話ができる自信もない。


「それでお前は何のようでここに来ているんだ」

「イシュガルド様に頼まれました偽賢者の石の選別が終わりましたので、弟子様たちにこちらでお預かりしようと思いまして」

「もう終わったのか。そんなに早いのなら捜査の時間をもっと増やせばよかった」

「やはり騎士様とあって熱心でございますね」

「いや調査と称してサボれる時間が増えるからな」

「さ、サボる」


 さらりと口にしたオーベムに反省や引け目の色はなく、当然だろと言わんばかりの様子でコートのポケットから煙草を取り出した。


「怪しいという憶測だけの情報で偽物を探すなんて時間がかかるばかりで、進展が少ないからストレスが貯まるから抜け出して息抜きでもしないと死んでしまう。おまけに通常の書類仕事もあるから苦痛で苦痛で、おかげでここ最近タバコの量が増えてしまってな」


 咥えたタバコの端を少し噛みしめながらマッチで火をつけると、狭い地下に薄い雲が現れた。


「今日だって協力者であるイシュガルドへの連絡と称して逃げ出したからな。敵の姿がわからない仕事ほど苦痛なものはない。だが、マクレガー殿が協力してくれたおかげで少し節約できそうになったな」

「私のおかげですか?」

「うむ。俺もあの時煙草を切らしてイラついていたし、イシュガルドもあちこち歩き回っていてだいぶ疲労が溜まっていてあまり眠れていないかったからな」

「ではイシュガルド様の昼夜逆転も偽賢者の石の騒動のせいと」

「いやあいつの場合昔からだ。この前政府に午前中に呼ばれたときも、お偉いさんの前でマイマクラを持って堂々と寝ていたから俺が隣で叩き起こさないとならなくてな」

「どれだけ寝たいの!?」


 ハッと思わず素が出てしまい慌てて口を塞いだ。国家騎士の前でツッコミなど侮辱に捉えられるのではと思った。だがオーベムはさっきよりも悪そうな笑みを浮かべていた。


「庶民じみた話し方ができるんだな。ほら時間もあっという間に過ぎてしまったようだ」


 半分も灰になった煙草を咥えながら、にやりと階段を見上げるとこの前イシュガルドの書斎にやってきた弟子が「オーベム様お待たせしました」と円状の鍵を手にやってきた。時間をつぶすためと会話を続けさせつつ、自分の反応を見ていたのか。やはりこの人は苦手だ。


 ようやく錬金術部に入れたが、中は戦場のようなありさまだった。ネジやナットなどの部品が床のあちこちに散乱し、机や床に弟子の一人であったものがもの言わぬ死体のように転がって伏せっていた。その荒れっぷりはイシュガルドの書斎も引けに取らないほど混とんとしていた。


「これは一体……」

「冷却ボックスの改良にみんな手間取っているんです」


 弟子困った視線を冷却ボックスに送った。書斎で見た時と違いガワがだいぶ外されて中の細かい装置や部品がむき出し状態になっていた。


「こいつか。またややこしいものをつくろうとしたものだ。四大元素のうちの二つ同時にするとかあいつでしかやれない芸当だが、少々複雑にしすぎたんじゃないか」

「オーベム様は騎士ですのに錬金術のことをお知りなのですか」

「俺とイシュガルドは同じ学校に通っていた縁で、それなりに知識だけはある。苦手な午前の授業中堂々と寝ていたから俺が代筆しないといけなくてな」

「学生時代からそうだったですね」


 やはり錬金術師=変人の図式は変わらずだ。


「それで見たところ新しく心臓部を作っているみたいらしいが……上手くいっていないようだな」

「はい、冷却を担う部分心臓部がいかれているようで。僕らが別の宝石で魔力を組み合わせてはいるのですが、今度は冷却機能が働かないんです。やっぱりイシュガルド様が組み立てたものでないと」

「起きるのを待つしかないな」

「それしかありません」


 弟子たちは完全に諦めムードに入っていた。だがイシュガルドが簡単に解決できるかとは思えなかった。書斎で見せた嬉々として説明したイシュガルドが、中を見た時に眉をひそめて真剣に悩んでいたあの姿。時折すれ違った時もずっと悩んでいてとてもすぐに解決できる様子ではなかった。

 しかしオーベムと違い錬金術の知識がない自分になにができるか。と机の上に置かれていた取り外された部品に見覚えがあった。以前イシュガルドが見せてくれた冷却をつかさどる装置だ。


「あのこの装置って宝石をもとにしているのでしたよね」

「ええ、そうですが」

「触ってもよろしいですか」

「いいですよ。もう本体から切り離しましたので持っただけで手が凍ったりしませんし」


 ゆっくりと外された装置に手を取ってみるとひんやりとしているが、手が凍るような冷たさではない。仕事中毒というものだろうか、あとは寝ることしかやることがないからか。何かしてあげたいという欲求がキャラットを突き動かした。錬金術のことはわからないが、おおよその話でキャラットの『眼』は宝石の魔力を視ることができるのでその流れが悪いところが見つかれば、イシュガルドの負担を少しでも減られるかもと。


 両手で筒を作り片目を装置の隙間から覗く。思った通り宝石を見た時と同じように中で青い魔力と緑の魔力が反射して煌めいている。その流れが途中にある細い筒の中で阻められているのが見えた。おそらくあの箇所が原因かもしれない。

 しかし問題はどう伝えるかだ。素人の意見を挟んでも聞いてくれるかどうか。もしかしたら彼の自尊心を傷つけるかもしれない。


「何を覗いているんだ」


 にゅっと後ろからオーベムが顔を出した。

 そうだオーベム様なら、イシュガルド様とは仲がいいし知識があるなら受け入れてくれるかも。


「オーベム様、私そろそろ部屋にお戻りしますので、仕分けしたこれをイシュガルド様にお渡しできますか」

「ああ。わかった渡しておこう」

「それとこの中の一番左端にあるパイプが塞がっているようです」

「塞がっている?」

「はい、それをオーベム様が発見したとお伝えください」


 そう言って一礼すると錬金術部を後にした。

 これで役立てればいいのだけど。

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