偽物の出どころ

 夕方の六時が過ぎるとイシュガルドが起きてきた。朝方見た時のような気だるげな感じはなく、すっきりとした表情だ。


「では私の書斎で偽賢者の石をお見せしよう」


 彼の書斎に入ったときに感じたのは、書斎というより本の巣だった。

 確かに書斎というだけあり、本棚にカビが生えてそうなほど背表紙の糸がほつれるほど古い本が並べられ、それでも入り切れない本は床に置かれて通り道がけもの道にのように自然に形成されている。中には本が天井と密着していて一体化しているのではと思わしい本の塔まである。


 本の道を抜けてやっとソファーに座れると、目の前に二つの装飾品が並べ置かれた。


「マクレガーさん。この二つの石どちらが偽賢者の石か判別できる?」


 二つの装飾品にはめ込まれているルビーは前回見たのと違い、大きさも加工の度合いも同じだ。加えて部屋に差し込む夕日でルビー特有の赤みをいっそう増幅させて輝かせているため、言われなければ偽物があるとは思えないほど違いがない。

 ルーペで見ても、どちらも良い宝石にしか見えない。そしてルーペを置いて二つの宝石をいっぺんに手の中に閉じ込めて中を覗き込んだ。


「左のが偽賢者の石。そしてこちらもまたイシュガルド様がお作りになられた偽物のルビーですね」


 二つとも偽物と見抜かれたのかイシュガルドは一瞬目をぱちくりさせて瞠目したが、目に見える動揺はせず静かに「正解」と短く答えた。


「よくわかったね」

「質問がどちらが偽物ではなく、偽賢者の石としか言わなかったのでもしかしてお試しになったのではと」


 本当は『眼』で見た時に両方偽物であると判別できたからであるが、そう答えた方が色々詮索してこないだろう。


「観測をするのは錬金術師の性分でね。まぐれ当たりじゃないか何度か実験しないと気が済まないんだ」


 意地悪な人だとキャラットはしかめた。


「それでこの出来損ないの賢者の石はどこから出てきたのでしょうか」

「町の南側の宝石店からだ。老鑑定士が所属している店も南側に店を構えているから間違いない。ついでにいくつかのルビーの中で産出場所不明のものに探りを入れたら連鎖的に出てきたんだ」

「宝石の産出地はブランドと同じですから、産出不明だとおいそれと店頭に出せませんから。その方法なら高いものなら当たりは見つけられる可能性は高いでしょうが、品が落ちるとなると産出不明だけでは難しいですね」

「その通り、そこらへんはマクレガーさんの方が詳しいよね」


 高級な宝石にはブランド品という意味合いもあるためカラット数だけでなく産地など含めて細かく記載しないといけない、だが中産階級や成金など物の価値がわからない人間が買うような安めの宝石にはその記載がない。宝石とは権力と守護の象徴と力としか見ていない中産階級にブランドの価値を高める必要がないから産出地があいまいでも、鑑定士が品物に問題と判断できればよいのだ。特に錬成のためにただ高価な宝石を買いあさる錬金術師は、そんなことすら一々気にする必要がないほど疎い。

 そんな鑑定士の眼をかいくぐれるこの緋色偽賢者の石を売りつけたら大儲けできるだろう。ある意味錬金術だ。それが価値も何も知らないことをいいことに売りつける悪党たちが邪悪な笑みを浮かべるが、なぜかキャラットの脳裏にはそこにグルシュナーの顔がはまっていた。


「ほかに出てきた店はわかりますか」

「南側にある店から出所不明の怪しい宝石はあるかと問いだして、提供してくれた五つの宝石店と露天商二つだ。ケビンには引き続き南側の宝石店を中心に探りを入れているから、今度も増えるだろう」


 イシュガルドがカバンから取り出した七つの布袋。中を見るとどれも見た目がルビーやスピネルと思わしき赤い宝石たちが多く入っていて、先ほどの店から押収したものであろう。

 今後も偽物かどうかが怪しいものが増えるだろうし、南側はうちの商会を含めた宝石店が多い。これは長丁場になりそうだ。

 『眼』の負担が気になるが、それでもやらざる得ない。


「わかりました。事件の早期解決のためにご協力いたします」

「うん。助かるよ」


 キャラットが布袋を持って自分の部屋に持ち帰ろうとした時、書斎のドアをたたく音が聞こえた。イシュガルドが入るよう促すと作業着を着たキャラットと同じぐらいの年の少年が無機質で小さいキャビネットを両手で抱えながら運び込んできた。


「先生冷却ボックスから冷気が流れなくなったと報告がありまして……うわ、また本が積み上がっている危ないな」

「え~また? 今月で三度目だよ」

「僕らの方でも手は尽くしたのですが、直る見込みがなくて」

「やれやれ、これは私の方でなんとかしよう。他にだめなものがあったらついでに直しておくよ」

「はい。実はこれ以外にも問題があるものが……」

「やっぱりか。持ってきてくれ」

「はーい」


 キャビネットのようなものをイシュガルドのいるソファーの横に置くと、少年は本の道を危なげに通り抜けて書斎から出て行った。


「私の弟子の一人だよ。錬金術師には自分の弟子を持って、修行しにくる人を雇って将来の後継者づくりをしているんだ。私の作った装置を実用段階にまで動かせるように任しているけど、しかしこいつは困ったな。また朝までかかりそうだぞ」


 目を細めてイシュガルドが小さなキャビネットと同じ高さとなるように腰をかがめた。そのキャビネットは一目で見ただけで奇妙だった。なにせ服が五着ぐらいでやっと入れるであろうぐらいの小ささのわりに引き戸が一つしかなく、細かい装飾も飾りもない。シンプルというには寂しすぎるほど魅力がない。


「この装置はなんですか」

「ああ、この装置はね。冷却ボックスというもので、食料品を長期間保存できるよう冷蔵する機構を組んだものなんだ」

「氷室みたいなものですか?」

「そう。ただし、氷はいらず。むしろ氷を作ってしまうことができる装置だ」


 氷がいらずむしろ氷をつくれる装置なんてと妄想の産物かと思ったが、錬金術師ならできるだろう。錬金術師は宝石を利用した道具を作るのを生業としている。キャラットの部屋にあった魔石燭台もその一つで、あの中には工業用宝石を媒介として魔力を放ち、灯りを照らすという。

 最もキャラットはそこに関しては完全に門外漢であるが、装置の説明をするイシュガルドがキラキラと純粋な目をして語ったからかこの装置が本当に実現できるすごいものであるというのが理解できた。


「でもなんでかうまくいかないんだよね。ここの装置で冷却させるのだけど、気温を下げるサファイヤと風を起こすエメラルドだから四大属性的には相性は悪くないはず。あとは回路とかだけどこれが一番いいはずなのに」


 冷却ボックスの蓋を開けて中を見ながらひとり自分の世界へ没入していく。先ほどまで客人である自分と話していた時と、困ったと言いながら弟子と装置のことについて楽しそうに話していた時のギャップに少し興味が湧いた。

 こっそりとイシュガルドの後ろから装置の中身を覗いてみるが、やはり門外漢であるためか配線と箱のようなものが積み重なっているぐらいしかわからずさっぱりだ。その横でイシュガルドはきれいな顔や手を廃液やらがついて汚しながらも、まっすぐに向き合っていた。


 これは邪魔しては悪いな。私は私ができることだけしておこう。


 集中しているイシュガルドに小さく「失礼します」と袋を持って書斎の扉を開けようとした際で「お疲れ様、鑑定はゆっくりでいいからね」とイシュガルドがやっと振り向いてくれたので、スカートの裾を片方摘まみ上げて会釈した。

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