第3話 電車と飛行機

 プシューと電車のドアが開いた。その度にドキドキする。

 大丈夫、まだ降りる駅ではない。ふーっとため息が漏れた。

 今日のためにお父さんと練習したじゃないか。降りてからどこに行くかもバッチリ予習をしたはず。お父さんがもしもの時のために、と書いてくれた紙もズボンのポケットに入っている。そっとポケットを触って紙があることを確認して安心する。


 今日は土曜日だから人がいっぱい乗ってる。でも僕みたいに子供一人でいる子はいないみたい。みんなお父さんとお母さんと一緒だ。あとは、お友達同士やカップルばっかり。

 そうだよね、普通10歳の男の子が一人で電車に乗っていて、ましてや一人で飛行機に乗る子なんてめったにいないよね。


「太一、一人で頑張っておじいちゃんおばあちゃんの家に行けるか?」

 そうお父さんに言われたのが夏休みに入る少し前だった。お母さんは赤ちゃんを産むために入院している。

 元から夏休みの間はおじいちゃんおばあちゃんの家に行くことになっていたんだ。でも、お母さんが「せっぱくそうざん」という危険があるからと予定より早く入院してしまった。

 今までは一人で電車に乗ることもあまりなかったし、もちろん飛行機に一人で乗ったこともなかった。とても不安だったけど、僕ももうすぐお兄ちゃんになるんだから怖くて一人は嫌だなんて言えない。クラスの友達にも甘えん坊って馬鹿にされちゃう。

「うん。僕一人でおじいちゃんおばあちゃんの家に行くよ。早く夏休みにならないかな。」

「えらいぞ太一。さすが俺の息子だ。お父さんもお盆休みになったらおじいちゃんおばあちゃんの家に行くからな。それまでいい子にしているんだぞ。男同士の約束な。」

「うん。約束する。」

 そうは言って指切げんまんをしたものの強がりだった。本当はすっごく不安。お父さんに着いてきてほしい。いつもお父さんとお母さんと飛行機に乗るときは楽しいけど、一人だととても怖い。

 でも僕もお兄ちゃんになるし、ちゃんと一人で飛行機に乗れたらカッコイイよね。友達にも自慢できるし。そう思って頑張ることにした。


 そしてお父さんと電車に乗って空港に行く練習をした。お父さんが丁寧にここから何個目の駅で降りるんだぞとか、ここのエスカレーターを上ってここで荷物検査をして中に入ると教えてくれた。

 教えてもらった時は何だか一人でも全然平気な気がした。何度も家族で飛行機には乗ったことがあったから、どんな感じかはわかってる。

「お父さん、僕覚えたから大丈夫だよ。一人で飛行機乗れるよ。」

「そうか?やっぱりお父さんは心配だな。」

「大丈夫。だって僕お兄ちゃんになるんだよ。任せてよ。」

 それでもお父さんは心配そうな顔をしていた。


 いよいよ一人で飛行機に乗る日がやって来た。

「いってきます。」

「気を付けるんだぞ。何かあったらすぐに電話しなさい。」

「はーい。」

「おじいちゃんおばあちゃんと仲良くするんだぞ。」

「わかってる。」

 こうして今日、僕の人生初の一人旅が始まったんだ。


 この前お父さんと一緒に空港に行ったときは大丈夫だったのに、今日はとても緊張している。しっかりするんだと自分に言い聞かせた。でも手は汗でビチョビチョだった。

 

 しばらくすると急に英語で声をかけられた。びっくりして隣を見ると、大きな外国のお兄さんが座っていた。

何か聞かれているみたいだけど、英語だから全然わからない。どうしよう。

「一人なのって聞いてるわよ。」

 前の席に座っているお姉さんが僕を見て教えてくれた。

「はい、一人です。」

 お姉さんに向かって言うと、お姉さんは英語でお兄さんに伝えてくれた。

 するとお兄さんは大きく頷いてまた英語を話した。

「小さいのにえらいね。どこまで行くのですって。」

 またお姉さんが通訳してくれた。

「おじいちゃんとおばあちゃんの家に飛行機に乗っていくんです。」

 お姉さんを介して外国人のお兄さんに言うと、

「頑張ってね。幸運を祈ってるよ。」

 と言ってお兄さんは電車を降りて行った。


 知らない人としゃべったのと、大きな外国のお兄さんだったからか、ドッと疲れてしまった。

 前の席からお姉さんが

「急に外国人の人に話しかけられてビックリしちゃったんでしょ。」

 と笑いながら話しかけてきた。

「はい。緊張しました。」

 と答えるとお姉さんはクスクスと笑った。

「おじいちゃんおばあちゃんの家はどこなの?」

「北海道です。」

「あら、遠いのね。本当に一人でえらいわね。」

「全然えらくないです。お兄ちゃんになるからこれくらいへっちゃらです。」

「さすがお兄ちゃん。」

 お姉さんはそれから空港に着くまでずっとお話してくれた。


 電車が降りる駅に着いた。やっとほぐれていた緊張が一気に戻ってきた。

 リュックを背負って電車から降りる準備をしていると、

「飛行機のチケットを見せてくれる?」

 お姉さんにそう言われた。

 お姉さんに乗る飛行機のチケットを見せると、

「一緒に荷物検査場まで行きましょう。」

「えっ?いいんですか?」

「今日だけ特別よ。初めての一人旅を頑張っているから。」

 本当は一人で全部出来なくちゃいけないんだろうけど、今日くらいは大人の人に甘えてもいいかな。

 少し自分の中で迷ったけど

「…じゃあお願いします。一緒に行ってください。」

 お姉さんにお願いした。


 お姉さんに連れられて保安検査場に向かった。お姉さんと歩いているうちに、お父さんと練習した日のことを思い出してきた。ここを曲がるんだよね。と復習をしながらお姉さんと歩いた。

 そして保安検査場に着いた。

「ありがとうございました。」

 お礼を言ってペコリとお辞儀をした。

「どういたしまして。ここから一人で大丈夫?」

「はい、大丈夫です。」

「じゃあ、私は行くね。バイバイ。頑張ってね。」

 お姉さんは手を振って去っていった。


 やっと飛行機に乗り込むことが出来た。あとは飛行機が北海道まで運んでくれる。飛行機に乗るまでが不安だったので無事に乗れてホッとした。

 座席に座って出発を待っていると声をかけられた。

「ご搭乗ありがとうございます。太一くんは一人旅と伺っていますので、何かあればすぐに私たちCAに声をかけてくださいね。」

 どうして僕の名前をしているんだろうと思ってCAさんの顔を見ると

「あっ!」

 ニコニコと素敵な笑顔を見せてくれているのは、さっき電車で前に座って通訳をしてくれて、保安検査場まで連れてってくれたあのお姉さんだった。

「ビックリしたー。お姉さんCAさんだったんですね。」

「フフフ。さっき飛行機のチケットを見せてもらったときに私が乗る飛行機だと知ったの。偶然ね。」

「お姉さんがいるなら安心です。」

 僕は照れながら頭を掻いた。

「じゃあ、シートベルトをしっかりしてね。」

 僕のシートベルトを確認すると、

「また後で来るね。」

 と言ってお姉さんはお仕事に戻っていった。


 ドーン。飛行機が北海道に着いた。乗っているとあっという間だった。

 荷物を持って出口へと向かった。

 あのお姉さんが笑顔で他のお客さんを見送っていた。

 僕が近づくと気が付いてくれた。

「ご搭乗ありがとうございました。一人で大丈夫?」

「もう大丈夫です。おじいちゃんとおばあちゃんが迎えに来てくれてるはずだから。」

「いってらっしゃい。」

「いってきます。」

 僕はお姉さんの前を通り過ぎた。

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電車での日常 坂川 美折 @miki0519

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