第2話 電車と髪
「まもなく1番線に電車がまいります。危ないですから黄色い線まで下がってお待ちください。」
今日は久しぶりの大学時代の同期との飲み会楽しかったな。みんな仕事は忙しそうだけど、元気そうだったし。優子はあの調子だともうすぐ結婚かもな。優しそうな彼氏みたいで良かった。
そんなことを考えながら来た電車に乗った。
車内はまあまあな混み具合で座れそうな場所は無かった。ドア付近のつり革に掴まり今日の飲み会を思い出していた。
そんな時にカーブに差し掛かったのか急に電車が大きく揺れた。慌ててつり革を強く握ったけど反動で前の人に頭突きをするようにぶつかってしまった。
「ごめんなさい。」
と慌てて離れようとしたが頭に激痛が走った。
「大丈夫ですか?」
と声をかけられたが、どうしてだか頭が動かない。
「あ、カバンに髪が引っかかってます。」
「えっ?」
どうしよう、身動きとれないから自分でどうにも出来ない。
「今取るので髪の毛触りますよ?」
「はい。お願いします。」
俯きながらお願いした。
頭を動かせないので相手の顔は見えないのだが、明らかに男性の声だった。
見ず知らずの男性に髪を触られるのに若干抵抗を感じたが、仕方がないので大人しくジッとしていた。
「本当にすみません。」
ひたすら謝り続けるしかなかった。
「次は〇〇。」
車掌さんのアナウンスが聞こえてきた。
「すみませんが、一度電車を降りてベンチに座って髪を取ってもいいですか?」
男性が優しく言った。
「そこまでしなくても。こんな髪、引きちぎっても結構なので。」
「そんなことは出来ません。次の駅で一緒に降りてくださいね。」
念を押されて諦めて駅に着いた電車から降りた。
「もう少しで取れそうですからね。」
髪の毛を触る男性の手つきはとても優しかった。
「ご迷惑をお掛けして本当にすみません。」
「大丈夫ですよ。実は僕、美容師なんです。だから髪の扱いには慣れているし、髪を引きちぎったりは絶対に出来ないんですよ。」
「美容師さんだったんですね。ある意味助かりました。」
それを聞くと美容師さんはクスっと笑った。
「はい、全部取れました。痛いところとかは無いですか?」
「大丈夫です。ありがとうございました。」
お礼を言いつつ自分の髪を確認しながら触った。
「もしかしたら今ので髪の毛が傷んでしまったかもしれないので、今度良かったらうちの美容室に来てください。カットとトリートメントを無料でやらせていただきます。」
そう言われて名刺を渡された。
「こちらが勝手にぶつかってしまっただけなので、そこまでしていただかなくても。無事に髪もほどけましたし。」
「でしたら気が向いた時で結構ですよ。もし髪を切りたくなったらいらっしゃってください。」
優しく微笑んでそう言ってくれた。
「ありがとうございます。」
「すごくキレイなロングヘアーですよね。きちんとお手入れされているのが良くわかります。」
「いえ、それほどでも。」
それから少し世間話をした。
「では僕はこれで。」
「本当にすみませんでした。」
それぞれお互い帰路に着いた。
家に帰ってからお風呂に入って髪を洗っていると今日の美容師さんのことを思い出した。思い切って髪の毛切ろうかな。
ずっと頑張って伸ばしてきたけど、もう伸ばす理由も無くなっちゃったし。
しばらくは仕事が忙しく、あの日の出来事や美容師さんのことを忘れていた。
仕事がひと段落して久しぶりにゆっくり出来る週末になった。
ふとあの時の美容師さんのことを思い出し、もらった名刺を机の引き出しから出した。
「いらっしゃいませ。」
「10時から鈴木さんで予約をしている佐々木です。」
「佐々木様、お待ちしておりました。お荷物をお預かりいたします。」
荷物を預けて待合スペースに通された。
とってもキレイなお店。初めての美容室に緊張しつつも、色々と観察してしまった。
「佐々木様いらっしゃいませ。ご予約ありがとうございました。」
後ろから声をかけられ振り向くと、この前の美容師の鈴木さんが立っていた。
「いえ、お言葉に甘えて来ちゃいました。」
「嬉しいですよ。今日はカットとトリートメントでよろしいですか?。」
「はい、よろしくお願いします。」
席に案内され、どのような髪形にしたいか聞かれた。
「あの、思い切ってショートカットにしたいんです。」
「えっ?ショートにしちゃうんですか?こんなに大事に伸ばしているのに良いんですか?」
「はい。バッサリお願いします。」
鈴木さんは戸惑っていたが、
「わかりました。ではご要望通り、切らせていただきます。」
「本当に短くして大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。」
最後の確認が行われ、
「じゃあハサミを入れますよ。」
ジョキっと音がして髪の毛が床に落ちていった。
私は床に溜まっていく髪の毛たちをじっと見つめていた。
「どうして思い切ってショートカットにしようと思ったんですか?」
鈴木さんがおずおずと尋ねてきた。
私がすぐに答えられないと
「もちろん言いたくなければ大丈夫ですよ。気分転換したくなるときもありますよね。」
ジョキジョキとしばらくハサミの音だけが響いた。
「私、振られたんです。」
「えっ?」
「付き合っていた彼氏に振られたんです。失恋したら髪を切るって古いかもしれないですけど。」
私は苦笑しながら話し始めた。
「元彼がロングヘアーの女の子が好きだったんです。だからずっと伸ばしてて。奇麗だねって言われたくてケアもすごく頑張りました。」
鈴木さんは静かに私の話を聞いてくれていた。
「でも突然別れてくれ、他に好きな子が出来たからって。」
言いながらちょっと泣きそうになってしまった。
「そうだったんですか。つらかったですね。」
「だから元カレのために伸ばしていた髪を切ってサッパリして、新たな自分になって頑張ろうと思って。ちょうど振られてどん底な気持ちの時に鈴木さんと電車で出会ったんです。」
いつまでもウジウジしていても時間がもったいないと思うし、勇気を出して自分を変えてみようと思えたきっかけを鈴木さんが与えてくれたのかもしれない。偶然の出会いだったけど。
「佐々木様が新たな一歩を踏み出せるお手伝いが出来て光栄です。」
何だか可笑しくなって鏡越しに顔を見合わせて二人で笑ってしまった。
「完成しました。今鏡を持ってきますね。」
とうとうショートカットの完成だ。前から見るといい感じ。後は後ろから見てどうかだな。
鈴木さんが合わせ鏡で後ろを映してくれた。
「わー、髪の毛がない(笑)頭が軽い。気に入りました。でも何だか自分じゃないみたい。」
「大分イメチェンしたと思いますよ。佐々木様はロングもショートも似合いますね。」
「ありがとうございます。」
荷物を受け取って支払いをしようとすると、
「お代は大丈夫ですよ。この前お約束しましたから。」
「でも悪いです。トリートメントもしていただいたし。」
「佐々木様に元気になっていただけただけで嬉しいです。もしそれでも気になるようでしたら、またカットに来てください。」
そう言われてしまったので、
「すみません。ありがとうございます。」
と言ってお財布をしまった。
「今日は天気が良いですね。」
お店のドアを開けてくれながら鈴木さんが言った。
「本当にいい天気ですね。髪も切ったしすごく爽やかな気分です。」
「きっと会う人みんなに驚かれますよ。」
「そうですね。本当にありがとうございました。」
お辞儀をして外へと一歩踏み出した。
「また来ます。」
「お待ちしております。ありがとうございました。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます