電車での日常
坂川 美折
第1話 電車と本
ガタンゴトン。
今日も電車に乗って会社に行く。20分くらいの短い時間だけど、私にとっては大切な時間。座席は空いていないけど、ギュウギュウでは無いので助かっている。
ドアが開いて乗り込んで、座席の前のつり革を掴んで立って落ち着くと、いつもいるお姉さんを見つけた。
いつも同じ電車に乗っているお姉さん。いつも私より前の駅から乗ってきて、座席に座って必ず本を読んでいる。朝の通勤電車なんて、だいたい寝ている人や、今の時代はスマートフォンを見ている人が多い気がする。朝の通勤時間で本を読む人は少なくなっている印象。
毎朝必ず本を読んでいるあのお姉さんは貴重な気がする。ついつい気になっちゃうんだよね。
ここ半年くらい毎朝の観察の結果、おそらく年齢は30歳前後。いつも私が乗る駅から3つ先の駅で降りていく。読んでいる本は文庫が多い。そして何といっても、女の私が見てもうっとりするような本を読んでいる横顔(笑)
変態みたいな発言だけど、本当にキレイな人なんだよね。モデルさんとかそういう系統ではないけれどキレイなの。だから毎朝見かけるのが、ささやかな通勤時間の私の楽しみ。
この話を彼氏にしたら若干引いてて、ストーカーだけはするなよと念を押されてしまった。好きとかじゃなくて、憧れてるだけなのに。
電車が駅に着いて人が乗ってきたので、奥に詰めたらあのお姉さんの前に立つことになった。ラッキーだな!今日は何の本を読んでいるのかな?
お姉さんは本にカバーはしない主義のようでタイトルが見えるのも良いんだよね。今日はお気に入りらしい作家さんの本を読んでいた。この作家さんの本、良く読んでるもんね。
私も気になってその作家さんの本買っちゃったもん。すっごい面白かった。私もファンになっちゃったよ。他の本も読んでみようって楽しみが増えた。
この前は私の好きな作家さんの本も読んでたし、このお姉さんと気が合いそうな気がするんだけどな。でも私が勝手にお姉さんのことを見ているだけだし、話したこともないからな。
いきなり話しかけたら引かれるよね。
こんなことを考えながら私もカバンから文庫本を取り出して読書を始めた。今日でこの本も読み終わりそうだから、次はどの本を読もうかな?
やがてステキなお姉さんが降りる駅になり、今日もお姉さんは本を閉じてカバンにしまい、電車を降りて行った。
今日は土曜日。会社は月曜から金曜なので土日はお休み。お休みは嬉しいんだけど、ステキなお姉さんに会えないのがちょっと寂しい。午後から彼氏とデートの予定だけど、もう少し寝ようかな。
彼氏と合流して駅ビルをブラブラすることにした。
洋服屋さんや雑貨屋さんを眺めながら、やっぱり足は本屋さんに向かっていた。
文庫本コーナーに行くと、電車のステキなお姉さんが読んでいた本が売っていた。手に取りあらすじを見ると読みたくなってきた。よし、買おう。
「それ買うの?その作家さん好きなんだっけ?」
彼氏が聞いてきた。
「電車のステキなお姉さんがこの前この本読んでたから読んでみようと思って。」
「あ、そう。」
あ、こいつ呆れたな。いいじゃん私が何の本を読んだって。
あと何冊か欲しいものを選び一緒にレジに持って行った。
月曜日。
どうして月曜って会社に行きたくないんだろう。別に仕事が嫌なわけじゃないんだけどな。でも週末に買った本の続きが気になるから早く電車で読みたいな。
いつも通り電車に乗ってお姉さんを探すと、いつも通り座って本を読んでいた。
お姉さんの近くのつり革に掴まって私も本を読み始めた。
かなり集中していたらしく、自分の降りる駅にあっという間に着いてしまった。私としたことが、お姉さんが降りるのに全く気が付かなかったんだ。
この前お姉さんが読んでいたのと同じ本を読んでいるけど、面白くて続きが気になって仕事にならないかも(笑)早く家に帰って続きが読みたいな。
水曜日。
いつもと同じ電車に乗ったのにあのお姉さんがいない。こんなの初めてだ。どうしたんだろう?体調でも悪いのかな?もしかして出勤時間が変わったり、転勤になっちゃったのかな?もう会えないのかな?毎朝の楽しみだったのに。
日曜日。
水曜からずっとお姉さんいなかったな。やっぱり職場が変わっちゃったのかな。明日からまた座って本を読んでいてくれると安心するんだけどな。
月曜日。
さて、やってきました月曜日。今日は緊張しながら電車に乗った。お姉さんいるかな?
あ、いた!
先週はいなかったお姉さんが今日も座って本を読んでいる。良かった。安心した。
仕事の関係で電車の時間をずらしたり、転勤になってしまったなら納得出来たんだけど、もし病気だったら、事故にあっていたらと良くない妄想までしてしまって、正直週末は気が気じゃなかった。
お姉さんがいることを確認出来たので、安心して私も本を読むことにした。そしてお姉さんは今日も3つ目の駅で降りて行った。
金曜日。
どうしよう。死にそうなくらい眠い。今週は仕事のトラブルで毎日残業だったから朝がつらい。こんなに残業したの久しぶりだ。今日でメドをつけないと休日出勤になっちゃうかも。それだけは阻止したい。
そんな中電車に乗り込み、ふらふらと空いているスペースに滑り込むと目の前にお姉さんが座っていた。
ああ、今日もステキです。心の中でそう思っていると電車が発車した。
今日はとてもじゃないけど本を読む気力が湧かない。ボーっとつり革に掴まって窓の外を眺めていると、だんだん気分が悪くなってきた。
何だか気持ち悪いかも。残業続きで寝る時間確保のために朝ご飯抜いたのがいけなかったかな。ちょっと貧血っぽいかも。そして今日に限って隣に立っている少し派手目な女の人の香水の匂いが強く感じる。
冷や汗まで出てきてしまった。次の駅で一回降りて休んでから行こうかなと考えていると、
「ここの席に座ってください。」
声をかけられた方を見ると、あのいつもの本を読んでいるステキなお姉さんだった。
「大丈夫です。ありがとうございます。」
「具合悪そうじゃないですか、無理しないでください。」
と私の腕を優しく掴んで座らせてくれた。
「すみません。ありがとうございます。」
お姉さんは微笑んでから、つり革を掴んで私の前に立った。
私は具合が悪かったのでそのまま目を瞑ることにした。
気が付くと目の前にお姉さんはいなかった。ああ、降りてしまったんだ。きちんとお礼が言えなかったな。来週会った時に声をかけても良いかな。
会社に行く途中でコンビニで寄って朝ご飯を買った。会社に着いてから買った朝ご飯を食べると少し元気になってきた。良かった、これなら今日一日は持ちそうだ。
夜。
今日は朝から気分が悪くてどうなるかと思ったけど、具合も良くなったし、仕事のトラブルもある程度片付いたし、良い週末を迎えられそうだ。
金曜の夜の嬉しさを感じながら帰りの電車に乗った。
「お客様に申し上げます。この路線で人身事故が発生いたしました。そのためこの電車は当駅止まりとなります。普及時間の見込みが分かり次第、放送いたします。」
最悪だ。家まで3駅もあるのに止まってしまった。早く帰って休みたかったのに。仕方ないタクシーで帰るかと思い、タクシー乗り場に行くとすでに長蛇の列。一足遅かった。みんな考えることは一緒だよね。
おなかも空いたし夕飯でも食べながら電車が動くのを待つとするか。
せっかくだから美味しいものが食べたいと、前から気になっていたパスタ屋さんに行ってみることにした。駅から少し歩いたところにあるためか、すんなり入ることができた。
メニューを見て悩んだが、久しぶりにカルボナーラが食べたくなり注文してみた。運ばれてきたカルボナーラは麺はモチモチでチーズもふんだんに使われていて、卵もおいしくて、疲れた体に染み渡った。
あとどれくらいしたら電車動くかな。まだタクシーは並んでいるかな。
食後のコーヒーを運んできてくれた店員さんが
「まだ電車は動かないみたいですよ。」
と教えてくれた。
「そうなんですね。どうやって帰ろうか考えていたところです。」
「もうディナータイムは過ぎたから、電車が動くまでゆっくりしていって良いですからね。」
優しい言葉をかけられて、その言葉に甘えさせてもらうことにした。
暇だったので彼氏に「電車が止まって帰れなくて最悪」とLINEを送った。
すぐに「俺は帰れた」と返信が来た。どうやら彼は迂回ルートで家に帰れたらしい。
仕方がないのでコーヒーを飲みながら、持っていた本の続きを読むことにした。今週は忙しかったから全然読めなかったんだよね。
本を開いて読みだしてからしばらくすると、隣の席に別のお客さんが座った。
店員さんと電車の話をしているので、ああ、この人も帰れなくて困っているんだなと思い、そちらに顔を向けた。
一瞬フリーズしてしまった。
だって隣にいるのはいつも同じ電車に乗っているあのステキなお姉さんだったから。
私の視線に気が付いたのか、お姉さんがこちらを向いた。
「あ。」
お姉さんが声を出した。私を覚えていてくれたんだ。
「どうも。今朝はありがとうございました。」
お姉さんにペコリとお辞儀をした。
「あの後大丈夫でしたか?」
「お陰様で会社に着いてから朝ご飯を食べたら大分元気になりました。ご心配をおかけしてすみませんでした。」
「それなら良かったです。」
とステキな笑顔を見せてくれた。
まさかお姉さんと朝の電車以外で会えてお話まで出来るなんて。夢のよう。家に帰れなくてツイてないなと思ってたけど、逆にラッキーだったかも。
「電車が止まってしまったので、夕飯を食べて帰ろうと思ってこのお店で食事をしていたところなんです。」
「私も帰ろうと思ったら電車が動いていないと知って。同じですね。」
お姉さんは注文したパスタが来たので
「失礼します。」
と言って食べ始めた。
もっとお話ししたいけど、食べている最中に話しかけるのは気が引けたので、本の続きを読むことにした。
ふと隣を見るとお姉さんは食べ終わっていた。相当本に集中していたらしく気が付かなかった。
食後のコーヒーをお姉さんももらったようで、飲みながらまったりしている。
やっぱり近くで見ると改めてステキな人だな、なんて思っていると
「何の本を読んでいるんですか?」
お姉さんから話しかけてくれた。
「この本です。」
と表紙を見せると
「私もこの本読みました。面白いですよね。」
満面の笑みで嬉しそうに言うお姉さんに、「ごめんなさいお姉さんが読んでいたので、マネして買いました。」と心の中でつぶやいた。
さらにお姉さんは
「毎朝電車で本を読んでいる方がいるなと思っていたんです。」
え、私のこと知っててくれたの?嬉しいけど恥ずかしいような。
「ブックカバーをされているので、いつも何の本を読んでいるのか気になっていたんです。」
確かに私は文庫本にお気に入りのブックカバーをかけるので、傍から見たらわからない。
「そうだったんですね。気にしていただいていたなんて。」
「勝手に観察してすみません。ただ、いつも見ていると面白くて。」
お姉さんは吹き出しそうになりながら言った。
「面白い?私がですか?」
「はい。顔の表情からどんな場面を読んでいるのか想像していました。ニコニコされているときは楽しい場面なのかなと。驚きの表情をされているときは何か事件が起こったり、意外な事実がわかったシーンなのかな。悲しそうな表情のときは登場人物に何か良くないことがあったのかな。など推測していました。」
もう、死ぬほど恥ずかしい。本を読んでいるときにそんなに顔に表情が出ていたなんて知らなかった。
「こんなことお話ししてごめんなさいね。でもすごく楽しそうに毎日本を読んでらしたので、つい同じ本好きとしては嬉しくて。」
「確かに最近は紙の本を読む人が減っているみたいですよね。パソコンやタブレットでも読めちゃうし。でも私は紙の本が好きなんです。」
「わかります。本屋さんに好きな作家さんの新刊を買いに行くときなんてワクワクします。」
お姉さんも本当に本が好きなんだなととても感じた。
「あのー、実は私もお姉さんのことずっと前から見てました。」
「あら、そうだったんですね。」
「気持ち悪がらないで聞いてほしいんですけど、毎朝キレイなお姉さんが同じ電車で本を読んでるなと思っていました。さっき読んでいた本も、お姉さんが読んでいたので気になって買ったんです。」
大暴露をしてしまってから、キモイと思われちゃうかもと焦った。
しばらくの沈黙の後、「フフフ」とお姉さんが笑い出した。
「私たちお互いに気になっていたんですね。」
どうやら嫌われてはいないらしい。良かった、セーフ。
「先週お姉さんがいつもの電車にいなくて心配してました。」
もう会えないのではないかと思って本当に寂しかった。
「ああ、先週は珍しく出張に行っていたんです。あまり行くことはないんですけど、たまたま機会があって。」
「病気かな?職場が変わっちゃったのかなと色々考えちゃいました。」
「心配かけちゃいましたね。」
「いえ、こっちが勝手に心配していただけなので。」
「それなら今朝は私が心配しましたよ。いつも乗ってくると本を読み始めるのに読まないから。どうしたのかなと思って見たら真っ青な顔して立ってるんですもの。」
「すみません。今週は残業続きで疲れてて。いつも朝ご飯はきちんと食べるんですけど今朝は眠気に勝てなくて。」
「無理しちゃダメですよ。でも元気になったみたいで良かったです。」
そんな会話を二人でしているとお店の人が電車が動き出したと教えてくれた。
会計を済ませ、電車が動くまでゆっくりさせてくれたお礼を言ってお店を出た。
やっと家に帰って来れた。朝から具合が悪かったり、帰りは電車が止まったりと長い一日だった。
彼氏に「やっと家に着いた」とLINEをした。
着替えたり、お風呂を入れたりしてからスマートフォンを見ると新着のLINEが来ていた。彼氏から「お疲れ。週末はゆっくり休むんだよ。」と返事が来ていた。
もう一通来ていたLINEを開くとお姉さんからだった。帰る前にLINEを交換したのだ。
「お疲れ様です。無事に家に帰れましたか?今日はお疲れだと思うのでゆっくりお風呂に入ってよく寝てくださいね。今日はお話しできて楽しかったです。今度一緒に本屋に行ったり、おススメの本のお話などしましょうね。ではまた月曜日に電車で。」
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