まんまる

雨世界

1 私と結婚してください。

 まんまる


 登場人物


 小林丸 中学生 十四歳


 山里和 中学生 十四歳


 宮下花 中学生 十四歳


 プロローグ


 あなたのことが大好きです。


 本編


 私と結婚してください。


「ねえ、丸。あなた今、好きな人とかいるの?」

「え?」

 お昼休みの教室で、いつものように一緒にお昼ご飯を食べているときに、いきなりそんなことを親友の山里和に言われて、中学校二年生の女の子、小林丸はとても驚いた。


「あれ? なに焦ってるの? もしかして、丸。好きな人、いるの?」にやにやっといやらしい笑いかたをして和は言う。

「いないよ、そんな人! 急に変なこと和が聞くから、ちょっとだけびっくりしただけだよ」と手を振りながら丸はいった。

「えー。本当かな? なんか怪しい」と笑いながら和は言う。

「いないよ、好きな人なんて、世界のどこにもいない。……もちろん、今のところはね」にっこりと笑って(ようやく落ち着いた)丸は言う。

「なんだ。そうなんだ」和は言う。

「絶対、丸にもようやく、好きな人ができたと思ったんだけどな」残念と言う顔をして和はいった。(なにが残念なのかは、よくわからなかったけど)


「あ、そうだ、丸。この間話した映画、見てくれた? あのすごく感動する恋愛映画なんだけどさ、実はね……」

 と言って和はいつものようなあまり意味のない、いつの間にか二人の思い出の中から泡のように消えてしまう(でもとても大切な)時間つぶしのような会話を始めた。


 そうやって和の言葉から逃げ切った丸だったのだけど、実は丸は最近、好きな人が(生まれて初めて)できたばかりだった。

 だから親友の和の言葉に丸は内心、本当に心から驚いていた。(そして、感心もしていた。さすが私の一番の親友だと思った)


 ずっと恋に興味がなかった(丸は陸上部に所属していて、大地の上をいかに早く走るか、にしか興味のない女の子だった)丸は、数日前に一人の男の子に恋をしていた。

 その男の子の名前は、宮下花といった。

 花くんは、丸と同じ都立桜花中学校に通っている、丸と同じ中学校二年生の男の子なのだけど、あの放課後の時間に花くんと出会うまで、丸は隣の教室に通っている花くんのことをまったく知らなかった。(丸は一組。花くんは二組だった)


 今から数日前の放課後の時間。

 その日、丸は一人で誰もいない放課後の教室の中で、自分の席に座って、ただ一人で泣いていた。

 丸は(どんなに辛いことや、悲しいことがあっても)ずっと泣かない女の子だった。

 丸はいつも笑っている明るい元気な女の子で、(まるで太陽みたいだと家族からは言われたりしていた)そんな自分のことを、丸本人もすごく気に入っていた。


 そんな丸が泣いていた理由。


 それはこの間の練習の時間に、足を怪我してしまって、今度の大会に出られなくなってしまったからだった。(それは、陸上に人生のすべてを捧げてきた丸にとって、そして、陸上部のレギュラー選手でもある丸にとって、とても辛いことだった)

 誰もいないことを確認してから、丸は我慢しきれなくなって、オレンジ色の夕焼けに染まる放課後の教室の中で、(本当なら今も校庭で和やみんなと一緒に、風の中を全力で走っていたはずなのに)一人で泣き出してしまったのだった。(急に涙が溢れてきて、丸は自分でもすごく驚いた)


 そんな丸を偶然、家に帰る途中で廊下から(ちょっとだけドアの隙間が空いていたようだ)見つけて(居残りをして、勉強をしていたらしい)「大丈夫?」と花くんはわざわざ教室の中にまでやってきて、お節介にも、丸にいった。

 いつもの丸ならこんなときは絶対に「うん。全然大丈夫だよ」とにっこりと笑って笑顔で答えるのだけど、このときの泣いている丸は、思わず「……全然大丈夫じゃないよ」と思わず自分の本心を素直に花くんにいってしまったのだった。(しかも、泣きながら。今思い出しても、本当に恥ずかしい、なかったことにしたい、一番の思い出だった)

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