脱皮

海津大崎の母

脱皮

爛々と覗かせる目は心の鏡。

振り上げ踊る手足は羽根のよう。

瞬間刻む鼓動は自己の証明。

ならば生とは、見て呉れだ。


緑が死を免れ、紅葉に生まれ変わる。

雪に押し潰され、桃色の美女になる。

わたしは季節が好きだ、喧しい夏も鬱蒼な秋も、

賑やかな冬も変革の春も、全て好き。

父も母も同級生も先生も隣人も好き、人が好き。

犬も猿も鳥も獅子も牛も兎も好き、生物が好き。

だって、生きているのだから。

こつこつ、ぱたぱた、がりがり、靴で奏でてみる。

なんだろう、すごく楽しい。

靴を脱ぎたくなる、裸足はどんな音なのだろう。

調子に乗って手も使ってみよう、いやだめだ。

手に持つ鞄が汚れてしまう、母からの弁当が傷む。

残念、ならば声をだしてみよう。

んんんんんん、ああああああ、つまらない。

あれだ、彼女がよく歌っていたあの曲、あれだ。

なんだったけ、まあいいか。

こうして歩いてみるとよくわかる、人と街がひとつに動いている、朝になれば目を開き、夜になると耳を閉じる、まるで生き物だ。

ああ、横に歩いているのは同級生、写真で見た。

挨拶してみよう、大きな声と笑顔で。

おはよう!同級生!

ん、同級生は心底びっくりしていた、

わたしの顔をみると跳ねながら逃げ出した、

違った、同級生という名前じゃないのか?

学校に近づくに連れて同級生が多くなる。

しかし、わたしの顔をちらりと覗くと、みな揃って足早に去る、失礼な人たちだ。

だけど全て好き、だって生きてるのだから。



影は巨大な盾で、槍のような夕陽を遮る、

わたしの上を炎が手を組み、足を組む、

金色の顔がわたしたちを監視している。

明日はなにがあるだろう。



落ちる、そんな感覚、これが疲れたというもの。

手足は銅剣、硬く動かせない、

目は粛々と細まる、頭は文鎮のようだ。

しかし、全て好きだ、とても楽しい。

こんなに楽しいものを棄てるとは理解できない。

母からの弁当は美味だと思う、特にあの黄色いものは絶品だ、毎日が楽しみになる。

しかし、授業というのがよくわからなかった、

なぜ教科書のものを黒板に写すのだろう、

そのまま暗記すればいいのではないのだろうか。

だが、知らないものを知ることは楽しい。

椅子に座るのは億劫だが、これからも楽しみだ。

もちろん、同級生との交流が一番の楽しみ。

はじめは誰も話しかけてくれなかったが、

わたしから話すと、揃って、笑顔で答えてくれる。

とても有意義な時間だった。

学校というものは言葉では形容できない楽しさに溢れていた、外にはもっとあるだろう、楽しみだ。

本当に楽しかった、ずっと続けばいいのに、

わたしはそう思う、だが彼女はどうだ。

なぁ、どうしてはお前は投げ出したんだ。

母と父の愛を、季節の色を、友との語らいを、

お前が唯一好きだったあの歌も、これから味わう幸せを。

なぜ、どうして、わからない、理解できない。

だが、いらないならわたしが貰おう。

だってお前は全てを棄てたのだから。

ありがとう。美春。















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