#26 大図書館

 古書の国は岩山で囲まれた国だった。


 囲まれている、というより、岩山がもう、国のようなものだった。


 北西にある出入り口から入ると、見える景色の全方位が岩壁になっており、それが空高くまで伸びている。

 そのため光が差し込まない時の方が多く、全体的に暗いイメージだ。

 だから日中でも、ランプが必要になってくる。


 しかし、気づけば光が差し込んでいる時もある。

 その時は、眩しいくらいだ。


 壁を見ると、凸凹と段ができており、岩山を登るための道が整備してあった。

 岩山と人々の生活が一体化している、と分かる。


 壁の所々に入口があり、外にあまり人がいないと思えば、中を覗けば大勢の人々がいた。

 中は狭い通路ではなく、広がった空間があり、商人が店を広げていた。

 行列もできており、店によって差はあれど、繁盛している。


 自然と足が進むが、良い匂いに釣られるわたしを、サヘラが引っ張った。


「古書の国にきたのに、まず大図書館に行かないとか、ありえない!」


「本に興味がない人だって、いると思うけどなー」


 わたしの言葉はサヘラには届いていなさそうだった。

 大図書館へ行きたくて行きたくて、仕方がないって様子だ。

 そのため、自然とサヘラの足も速くなる。


 広い空間から出たわたしたちは、狭い通路に入る。

 蟻の巣のように、岩山の中は分かれ道がたくさんあり、道同士が交差している。

 そのため、行き止まりに当たることはないが、

 看板がなければ間違いなく迷っていたと思えるくらいに、複雑に入り組んでいる。


 大図書館への看板を見つけてはテンションが上がり、

 遂には小走りになったサヘラをわたしが注意するという、いつもとは逆のパターンになってしまった。


「いや、わたしが注意されるのが様式美ってわけじゃないんだけど……」


「タルト姉! 遅いよー!」

「サヘラが早いんだよぉ」


 進んでいると、部屋が見えた。

 部屋の大仰な扉が、開いたままになっていた。


 看板の指示に従い、辿り着いたのだから、ここが大図書館なのだろう。

 通路に比べてとびきり明るい部屋の中へ入ると、

 商人たちが集まっていたあの広い空間よりも、数十倍も広い空間が出迎えてくれた。


 丘の上から世界を見るかのように、入口から、奥、天井……、

 しかし、その果てまで、見通せない。

 端まで行っても、まだ先があるような、広大さを感じる。


 ――これが、世界最大の、大図書館。



「なんか、テンションが上がってきた……!」


 サヘラの気持ちが分かった。

 本自体、好まないわたしでもこれなのだ。

 本が大好きなサヘラは、壊れてもおかしくなかった。


 たったったっ、とわたしに目を向けず、一番近くの本棚に向かうサヘラ。

 わたしの存在など忘れているかのようだった。


 赤色のカーペットの上を歩く。

 カーペットの色によって、置いてある本の種類が違うらしい。

 これだけ多いと、検索するのも一苦労だ。

 そのため、分かりやすい分け方として、見た目ですぐに分かる、色のカーペットで分けたらしい。


 赤色は小説だった。

 サヘラは既に一冊の本を開いており、立ったまま読み始めてしまった。


 わたしは……、

 小説を読んでいると眠くなってしまうので、やっぱり本は漫画しか読めない。

 外の世界のことが書かれた旅日記や、図鑑なら、飽きずに読めるのだが。


 結局、興味が続くものしか、わたしは読めないのだ。


「サヘラー、向こうにテーブルと椅子があるから、向こうで読もうよ」


 数十時間、いや、普通に一日、ずっとこうして本を読んでいそうな気がする。

 付き合うわたしも、あまり遠くへ行くのも……、

 なので、サヘラをゆっくりできる読書スペースへ誘う。


「……」


 サヘラは読書を邪魔され、若干、嫌な顔をする。

 読書中のサヘラに声をかけると、決まって不機嫌になるのだ。

 昔からそうだから、あまり声をかけたくはなかったのだが、仕方がない。


「そうだね――じゃあ、ちょっと待って」


 自分が大図書館にいるということを思い出し、機嫌をすぐに直す。

 もしかしたら、ここにいれば、わたしはサヘラに怒られずに済むかもしれない。

 怒られないようにすればいいだけなのだが、そんな発想はないのだ。


 怒られることをしている自覚がないので、どれがアウトなのか分かりようもない。

 怒られることを恐がっていたら、なにもできなくなってしまう。


 本棚を物色し、読みたい本を抜き取っていく。

 棚一つを終えたら、別の棚へ。


 サヘラはジャンル関係なく読むが、やはり好んで読むのは物語の小説だった。

 サヘラの知識や、やってもいないのに経験が豊富なのは、本が根源だからだろう。


 誰よりも世界の中に入るのが、上手だ。

 その分、すぐに影響されてしまう。


 だからこそ、主人公になりきったサヘラの子供の頃の思い出が、黒歴史になっている。


 読みたい本を探している内に、結局、ほとんどの棚を一度は見てしまった。

 カーペットの色が赤ではない本棚も物色していた。

 抜き取ったのは、数冊だけだったが。


 なんだかんだと探している内に、二時間以上は経っていただろう。

 歩き続けたわたしたちは、本を抱え、やっと席につけた。


 まだ全てを見れたわけではない。

 見通せる部分以外にもスペースがある。

 別の通路を使い、別館もあるのだと、司書の人が言っていた。


 岩山の中身、全てが本で詰まっていると言われても、驚きはしなかった。


 積まれた本を前にして、わくわくが止められず、表情をほころばせるサヘラ。

 それを見れただけでも、ここまで疲弊しても、付き合って良かったな、と思えた。


 積まれた中から、サヘラが一冊目を手に持った。


 ――と、どこからか、積んだ物が崩れたような音と共に、人の声が騒がしくなった。


 図書館では静かにしましょう、という注意書きを無視した、マナーのなっていない人たちが近くにいる。

 ただ、本棚が多く、しかも一つ一つ、高さがあるので、椅子に座ったまま音の方を向いても様子はよく分からない。


 揉めごと、というのは分かるが、声は一方通行だった。

 言い返す言葉が、聞こえない。


「ちょっと見てくるね」

「私も行く」


 本を読んでていいよー、と説得したけど、

 本よりもタルト姉が心配なの、と言われてしまえば、無下にもできなかった。

 わたしとサヘラは、騒ぎに巻き込まれないように、本棚からちょこんと顔を出す。


 無造作に、床に散らばった本。

 四つん這いで本を拾い集めようとしているのは、獣側に見た目が寄っている亜人だった。

 全身が茶色い毛で覆われている、細い体つきをした、猫の亜人。


 四つん這いになっている亜人を見下ろしているのは、二人の人間の男だ。

 手伝うのかと思いきや、当然、そんな雰囲気ではない。

 会話を聞いていると、人間の方が、亜人の彼の足を引っかけ、転ばせた……、

 そのせいで、本が散ってしまったらしい。


 亜人を差別し、非難する言葉を繰り返す人間側に対して、

 亜人の彼は、なにも言わず、黙々と、床に散らばる本を拾っていた。


 言いなりになっているみたいに。

 でも、あれはあれで、言い返さない、つまりは相手にしないという、反発心ではある。


 相手にされていないことを自覚した男が、

 亜人の彼の、四つん這いになっているため空いている、お腹に蹴りを入れた。


 飛んだ体が本棚にぶつかり、棚の本が数冊、落ちてくる。

 一冊の分厚い本が彼の額に当たり、少量の血が流れ出した。


 亜人の彼を見ると、鋭い爪を伸ばしているのが見えた……、

 しかし、歯噛みしながら、その爪を引っ込ませる。


 深呼吸をして、怒りを鎮めていた。


 言い返さない、やり返さないのも一つの戦略としてはありかもしれない。

 でも、どうしてここまでされて、黙っているのだろう。


『またやってるぜ、あいつら。

 亜人たちが「手を出せない」、昔からのルールをいいことに、ストレス発散をしてやがる』


 見えない棚の向こう側から、そんなひそひそ声が聞こえた。


『亜人が本を借りようとするなんて、おこがましいんだよな。

 俺たちの国から、さっさと出て行けってんだよ、まったく――』


 そのひそひそ声はやがて遠ざかる。

 亜人への侮蔑的な態度……、人間側だろうと分かる。


 この国では、亜人は、嫌われている?


「おかしなことじゃないよ。

 亜人を認めている国もあれば、そうでない国もある。

 古書の国は、後者だったってだけだよ」


 サヘラが耳元でそう説明をした。


「なんで……、あの亜人が、なにかをしたわけじゃないのにっ」


「そうだけど……、亜人、そのものの見た目や、存在自体を嫌悪する人がいるし、

 人間とは違い、力を持つ亜人に、親族を殺されたり、怪我をさせられたりした人もいる。

 世界中のみんなが、亜人を好きなわけじゃないんだよ……」


 外の世界は危険で、人間とは、すぐに暴力を振るう、野蛮な種族だ――、

 ロワお姉ちゃんが繰り返し言っていた、その言葉が、今になって響いてくる。

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